第72話 ジャニーンとの勝負




 ジュディ夫人への海産物のプレゼンテーションは上手く行った。

 これでフライス村への海産物の輸送をよりスムースに進めることができる。


 次の日、俺たちは1か月強ぶりにフライス村へ戻ることにした。


 多分、今日戻れば夕方には代官のマッシュもフライス村に来るので早々に打ち合わせができる。

 ちなみに戻るメンバーは俺とハンス、ドノバン先生のみだ。


 フリッツにはまたライバックに戻ってもらい、ダリウス主導で設立されるレルク村の海産物加工工場の設立の折衝や運営の方法の確立などに当たってもらうからだ。最もライネル商会でフリッツの代わりが務まる者を派遣してもらえれば引き継いでまたベルシュに戻ってもらうつもりだが。

 ライネル商会としては、ハールディーズ家に食い込む大きなチャンスなので優秀な者を送って来るだろう。最も商会嫡男のフリッツに大きな経験を積ませる方向で考えるかも知れないが。


 俺は与えられた客間でフライス村に戻るための出発準備をしていた。


 ジュディ夫人が馬車を仕立ててくれて、出発は昼12時の予定だ。

 今はまだ掛時計だと11時過ぎ。時間に余裕がある。


 戻るための準備もそれほど大した物はない。

 着替えの衣類や皮鎧や木剣、バックラーなどの装備の他はレルク村から持ってきた乾燥海藻類と煮干し、それとフリッツがバルザー商会から手に入れてきてくれたタラの干物程度だ。


 けっこう時間が余ったのでどうしようか、と思っているとドアをコンコンとノックされる。


 「どうぞ」


 と声を掛けると、ジャニーンの侍女のリズが扉を開けた。


 「ジャニーン様はジョアン殿下と出発前にお話したいと言われておりますが、ジョアン殿下におかれましてはご都合はいかがでしょうか」


 「私は大丈夫ですよ。どうしましょう、大広間まで行きますか?」


 「そうですね、荷物の準備ができておられるのであれば従僕に伝えて馬車まで運びますので、ジョアン殿下には大広間までお越しいただければ有難く存じます」


 「わかりました。従僕の方が荷物を運びに来たら一緒に大広間まで行きますので、ジャニーン様にはそのようにお伝え下さい」


 「はい、では後程、よろしくお願いします」


 ああ、貴族って一々屋敷の中でもこうやって先触れして貰わないと会えないから面倒くさいもんだ。

 王宮のお茶会の時みたいに気軽だったらいいんだが。

 いやあれもジャニーン達にしてみればそこそこ面倒臭いか。


 しばらく待っていると従僕が荷物を運びにやってきたので、俺も一緒に客間を出て大広間に向かった。


 大広間には既にジャニーンと侍女のリズが先にいて待たせてしまった。


 「お待たせして申し訳ありません、ハールディーズ公爵令嬢」


 「いえ、そんなに待っておりませんわジョアン殿下。よろしければ別荘の庭園を少し散策がてらご案内したいのですけれど、如何ですか」


 「公爵令嬢のお誘いとあれば喜んで」


 今日は俺に従者はついていないが、ジャニーンの侍女のリズがいるから2人きりではないし大丈夫だろう。


 俺とジャニーンは別荘の庭園に向かった。


 ハールディーズ公爵家の庭園もなかなかに広い。

 王宮の庭園と同様で庭師らが手入れしている部分以外に手つかずの山林も沢山ある。

 東に少し歩けばバッカー湖畔で、風光明媚でピクニックには最適だろう。

 最も今日は馬車の出発までそんなに時間が無いので湖畔までは行けそうにない。


 ジャニーンと連れ立ってぶらぶらと一緒に歩く。


 別荘が見えない位置までくるとジャニーンはいつもどおり言葉を崩す。


 「ジョアン、お兄様とこの1か月一緒に過ごしてどうだった?」


 「いや、どうだったって言われても、いつも通り稽古では手厳しく指導されたよ」


 「お兄様は強いからね! 当然よ。私にもそれくらい厳しく教えて下さってもいいのになぁ」


 「ジャニーンも剣の稽古をしているのかい?」


 「お兄様もお父様も私には教えて下さらないのよ。それにけっこう二人ともお屋敷を空けていることが多いし。お兄様やお父様が戻られた時に修練しているのを見て覚えようとしているのよ」


 そう言うとジャニーンは落ちていた木の枝を拾い、片手剣の素振りをする。


 なかなか鋭い振りで堂に入っている。見ているだけで覚えるなんて才能があるんじゃないかと思う。


 「でも、お母さまは私がお兄様やお父様の修練を見ているのはあまり気に入らないみたい。女の子が剣に興味を持つなんて、ってお説教されるのよね」


 「ジュディ夫人の言うこともわかるなぁ、私は。私もまだ非力だからわかるけど、単純に大きくて力が強い者には生半可な技術って通用しないんだよ。まだジャニーンも小さいからさ、もう少し大きくなってから考えてもいいんじゃないかな」


 俺がそう言うとジャニーンは


 「ジョアンまでお父様やお兄様みたいなことを言うようになったのね。昔のジョアンは私の気持ちがわかってくれてると思ってたのになぁ」


 と機嫌を損ねたように言う。


 癇癪かんしゃくを起さないだけ成長してる、かも知れない。


 「私もまだ小さいから、単純に力で対抗できないし稽古の時は骨折したり怪我ばっかりだよ。ダリウスや公爵もまだ小さい女の子のジャニーンにそんな怪我をさせてまで剣を覚えさせるのは嫌なんじゃないかな。だって自分の愛しい存在を傷つけることになるんだもの。できないよ」


 「でも、私と変わらない年のジャルランや、ジャルランのお付きのラルフって子だって、手押し相撲じゃ私に勝てないのよ! でも二人とも剣の稽古はしているみたいだし、私の方が強いのにおかしいわよ!」


 ジャニーンは負けず嫌いだからな。最後まで足を動かさないから、負けを認めないだけじゃないのか?


 「リズさん、そうなの? ジャニーンが完全に体勢崩して倒れてるのに足だけ意地でも動かさなくて前みたいにリズさんが支えてるとかじゃないの?」


 ジャニーンの侍女のリズはジャニーンを見た。


 ジャニーンが言ってあげなさいよ、と言うかのように両腕を胸の前で組み、得意げな表情を作りアゴで俺の方をクイッと指す。


 「お嬢様は正攻法でジャルラン殿下、ラルフ様に勝っておいでです。ジョアン殿下も一緒にお茶をしていた昨年の冬から比べると、今年の春はお二人に滅多に負けることは無くなりました。

 私がお嬢様の後ろでお嬢様を支える必要がない程でした」


 「ほら、嘘じゃないでしょう!」


 ジャニーンが勝ち誇ったように言う。


 リズの表情を見ても、ジャニーンに嘘を言わされているようには見えない。


 「ジョアン、久しぶりだけど私と勝負しない? 私が勝ったらお兄様とお父様に私に剣を教えるようにジョアンが頼んでよ」


 おいおい、無茶ぶりするなよ~。


 あの二人にそんなこと頼んでも絶対に聞いてくれないぞ。


 俺が迷っていると、ジャニーンは挑発してくる。


 「あらあらジョアンたら、私に勝つ自信もないの~? まあ王宮で勝負していた時も私の圧勝だったものね~」


 まあ、子供の遊びだし、そこまで真剣にやってもなーと思ってそんなに勝負にこだわったりしてなかったからな。

 どちらかと言えばジャルランとジャニーンの間を取り持つように気を使ってばかりだった。

 ジャルランとジャニーンは最初の出会いがあんなんだったから。


 「ジャニーンに勝つ自信がないよ」


 俺がそう言うと、ジャニーンはむきになる。


 「ラルフって子もそうだけど、ジョアンも私をバカにしてるの? 私が女の子だからって手を抜いてたの? ジョアンが王宮にいた時も私とジャルランのことばっかり気にしてて、全然勝負に身が入ってなかったでしょ! 何気取ってんのよ!」


 「いや、そんなつもりじゃ」


 「私はそう思ったの! 私が女の子だから手を抜くなんてバカにしてる! お兄様もお父様もそうよ! 私が女の子だからって理由だけで全然私のこと相手にしてくれないんだから!」


 ジャニーンに見透かされていたな。

 王宮の頃真剣に勝負していなかったって。

 確かに手を抜かれて勝ちを譲られても、真剣勝負なら勝負をバカにしたも同然だ。


 俺は単なるコミュニケーションの一環で行っている遊びとしてしか手押し相撲を捉えてなかったけれど、ジャニーンにとっては自分の価値を証明するための戦いって思っていたのかも知れない。

 偉大な父や兄に並びたい、二人にいつか認めてもらうための戦いなのだと。

 まあイザベル母さんやジュディ夫人にバレたらまた止やめさせられる遊びではあるが、本人がそう思っていたのならその思いに応えてあげないと、人として失礼すぎるだろう。


 「ごめん、ジャニーン。ジャニーンにそう思わせてしまった私の態度が悪かった。本当に済まない。

 真剣勝負、挑ませてもらうよ。私が負けたらダリウスと公爵に次に会った時、ジャニーンの剣の稽古について必ず二人にお願いする。その条件で勝負しよう」


 「……今更本気になったところで私に勝てるなんて思わないでよ。いつも本気で掛かって来るジャルランを返り討ちにしてたんだから」


 「勝てるかは本当に自信がないよ。ただ、ジャニーンが本気で勝負しようとしているのに、そこから逃げたらジャニーンに失礼だからね。当然勝つつもりで行く。もし負けても恨まないでよ。

 それと、馬車の時間が近いから勝負は一度きり。また遅くなってジュディ夫人にバレたりしたらまた止めさせられるからね」


 「望むところよ! 勝って必ずお兄様とお父様に剣を教えてもらうから!

 リズ、合図はお願い!」


 何だよ、ジャニーンが勝ったらダリウスと公爵に俺はジャニーンに剣を教えてくれるように頼むけれど、それを二人が承知するとは決まってないんだぞ?


 ゆっくりジャニーンと50㎝程の間隔を開けて対面し、両手を顔の横に広げ勝負の準備をする。ジャニーンはもう既に準備万端、臨戦態勢を取っている。


 「始め!」 いきなりリズが開始の合図をした。


 同時に俺の顔の横に挙げていた両掌にジャニーンの両掌が当たった。

 やばい、不意に一発いきなりもらった。 

 他のことを考えて集中してなかった!

 後ろに崩れそうになるバランスを必死に両腕を回し、頭と腰を前方に踏ん張って何とか持ちこたえる。

 何とかバランスを戻し両掌をまた上に挙げた瞬間、またジャニーンの両掌で俺の両掌が打たれる。

 両腕に力を入れていない状態だったので何とか耐えられたが、ジャニーンの手の動きは全く見えなかった。


 ジャニーンは『瞬足』を使っている。


 『瞬足』はドノバン先生の考察だと、身体強化の魔法の一種だと言う。

 『瞬足』で体全体を動かすのではなく、腕だけ速く動かしているんだろう。

 本当に何たる『瞬足』の無駄遣い!

 これはジャルラン達の剣の修練がどの程度まで進んでいるかは知らないが、『瞬足』を使えるようになっていないと見極められずに勝てないだろう。

 ジャニーンがずっと勝っているというのは『瞬足』を使っているからだろうな。


 俺も落ち着いてハンスと特訓した『瞬足』の感覚を思い出す。


 視界全体を意識し、イメージした通り体を動かす。

 多分視界全体を意識し、イメージした通りに体を動かそうと『イメージ』すると、視界も強化されている筈だ。そうでないとあの『瞬足』中の視界、間接視野は速く流れるのにぼんやりと視点が捉えているところはゆっくり見える、あの視野にならない。


 俺がゆっくりと両掌を頭の横に挙げると同時に、ジャニーンの頭の横にあった両掌が俺の掌に向かって押し出されるのが見える。 


 俺は両掌を広げてジャニーンの掌を避けた。


 俺に避けられたジャニーンは、勢いのまま俺に向かって倒れそうになるが、なんとか踏ん張って止まり、元の体勢に戻そうと両掌をひっ込める。

 引っ込めたジャニーンの両掌に俺は『瞬足』の速さで両掌を当てに行く、と見せかけて途中で止める。

 ジャニーンは俺の動きに反応していない。

 ジャニーンはずっと『瞬足』を使っている訳ではないようだ。

 ジャニーンが『瞬足』を今も使っているのなら、今の俺の攻撃に何らかの反応がある筈だからだ。


 ジャニーンは駆け引きの点ではあまり慣れていないと見た。


 多分王宮で対戦したジャルランもラルフも『瞬足』は使っていなかったのだろうから、一方的に最初の攻撃で勝ち続けていたに違いない。

 ジャニーンが『瞬足』を使っていない瞬間にこちらが『瞬足』を使う、というのも立派な駆け引きの一つだ。だが、それで勝ってもジャニーンと同じ勝ち方になる。ジャニーンの『瞬足』を先に使ったもの勝ちという認識は変わらないだろう。

 しっかりジャニーンの攻撃を受け止めた上で勝ち切らないといけない。


 多分、俺が掌を頭の横の位置に戻したところをジャニーンは全力で突きに来る。


 ならば……


 俺はゆっくり掌を頭の横に戻し、ジャニーンに掌の位置を印象付けると同時に『瞬足』で俺とジャニーンの立っている距離のちょうど中間にある目の前の壁を押すつもりで両掌を少し前に力を込めて出した。


 ジャニーンは俺の掌が俺の頭の横にあるつもりで全力で突きにきたが、それよりも手前にある俺の両掌に跳ね返され、後ろにバランスを崩した。


 ジャニーンは必死で両腕をグルグル回しながらバランスを取ろうとするが、全力で体重を乗せて突きに来たのが途中で跳ね返されたので、完全にバランスを崩している。リカバリーは不可能だ。


 ジャニーンの全力に全身全霊で応えられたな、とホッとしたが、ジャニーンは体が後ろに45°の角度で倒れながらも足を意地でも動かさず、立ち直ろうとしない。

 昔は後ろで支えていたリズさんも今日は審判の位置で俺たちの真横1mくらい離れていて間に合いそうもない。

 普通なら転んでも怪我しないだろうが、意地でも足を動かさないみたいな不自然な体勢では手首などを捻挫してしまうかも知れない。


 俺は『瞬足』でジャニーンの後ろに回り込み、ジャニーンの肩と腰を支えようとした。


 ただ、もうジャニーンの体は40°くらいの傾きだったので、ジャニーンの体の下には回り込めず、仕方なく後ろからジャニーンの頭を俺の肩鎖骨辺りで支えて両腕は脇の下に入れて胸を支えた。


 ジャニーンを急いで座らせて、すぐに手を放す。

 曲がりなりにも公爵令嬢の体をいつまでも触っている訳にはいかない。

 満員電車の痴漢の疑いを避けるためのように、俺は両手を大きく上に挙げてジャニーンに声をかけた。


 「大丈夫かい? ジャニーン」


 ジャニーンは驚いたように俺を見上げ、俺の元いた位置と俺を見比べている。

 フフフ、『瞬足』が使えるのは自分だけだと思っちゃいけないぞ。


 「私の勝ちね!」


 ジャニーンは俺の予想外の言葉を言った。

 へ? 何でそうなる?


 「ジャニーンは完全にバランス崩してたじゃないか、何を言ってるんだよ」


 「私が倒れている間にジョアンが元居た場所を動いているんだから、私の勝ちに決まってるでしょ!」


 はあぁ~? どんだけ意地っ張りの勝ちたがりなんだよ。


 「ジャニーン、だってあんな無理な姿勢で倒れたら大怪我したかも知れないんだよ? そうならないように必死で支えたんだから仕方ないじゃないか」


 「怪我したって、お兄様に治してもらえるもん!」


 あ~、そういうことか。


 例え怪我をしてもダリウスに治療してもらうためにライバックに戻るって口実ができるってことなのか。

 たとえ幼女でもその辺り計算高いな。はあ。


 「わかったよ。私の負けだよ。ジャニーンの勝ち。今度ダリウスと公爵にお会いする時にジャニーンに剣の稽古つけて下さいってお願いするよ。

 ただし、お願いするだけだからね。お願いを受けて下さるかは解らないからね?」


 「わかってるわよ! でもお兄様とお父様はジョアンの言うことなら耳を傾けて下さるような気がするの!」


 「それは私を買いかぶり過ぎだよ。私は単なるお二人の弟子なんだから」


 「そうかな? お兄様はジョアンのこと凄く気に入ってるわよ。そうじゃなければわざわざジョアンを迎えに行ったりしなかったと思うし、哨戒任務よりも視察を優先したりしなかったと思うもの」


 「あの、お嬢様」


 リズさんが口を開く。


 「なあに、リズ」


 「差し出がましいことを申し上げますが、ジョアン殿下に助けていただいたお礼はきちんと言われませんと。

 いくらお嬢様がダリウス様に怪我を治してもらえると思っていらしても、ライバックまでは簡単には行けませんし、怪我をした理由も奥様に説明しなければなりません。

 私はお嬢様の侍女ですが、奥様に問われましたら正直に話さなければなりません。

 それに本来でしたらお嬢様がいくらお認めにならなくても勝負は負けです。お嬢様もわかっておられるはずです。ジョアン殿下の優しさにつけ込んで勝ちを主張しているだけだということに。

 それらを飲み込んで下さっているジョアン殿下にせめてお礼くらい言えなければ。

 ここで殿下にお礼を言わずにいて、お嬢様はガリウス様とジュディ様の娘でダリウス様の妹だと、胸を張って言えるのですか?」 


 「……何よ、リズ! 侍女のくせに偉そうに!」


 「はい、差し出がましい口ききでした。お嬢様のご機嫌を損ねてしまったようで申し訳ありません。ですが先程の件は何があってもお伝えしなければと思いましたので。ご考慮いただきたく存じます」


 「いや、いいですよリズさん。私の負けです。相手が自分の身を捨ててでも勝ちたいって思っているのに、私は相手がケガするんじゃないかって気遣ってしまったんですから。身を捨てている相手にしてみれば要らぬ気遣いをされたのですから、感謝も何もありません。

 私の甘さが敗因だったんですよ。私もいい勉強になりました」


 そうだな。


 ここは弱肉強食の世界だ。

 女性はか弱いとか守ってあげなければとかは思い上りだ。

 女性だってそれぞれ必死に生きている。


 ジャニーンだって騎士になりたいって言うくらいだ。これくらいの負けん気が無いと物にならないだろうし、相手の気持ちの弱さにつけ込むなんて、実際の命のやり取りをしている中ではザラにあるだろう。


 俺の前世の感覚で物事を計ってはいけないのだ。


 「ジャニーン、ありがとう。私はけっこう思い上がっていたみたいだ。王宮の頃の勝負もそうだし、今日も真剣勝負って言ってたのに勝敗が着く前に相手を気遣う何て思い上がった行動をしてジャニーンを侮辱してしまった。済まなかった。

 これからはジャニーンと勝負する時は常にジャニーンに負けないように必死にやるよ」


 空を見上げると太陽が真上に来ている。


 そろそろ正午に近いだろう。


 「そろそろ出して頂く馬車が出発する時間になりそうだから、戻りましょう。

 ジャニーンとの約束は必ず守るから安心してね」


 俺はそう言うと別荘玄関前に停められている馬車に向かって歩き出した。



 ハールディーズ家が用意してくれた馬車に乗り込む。

 ドノバン先生もハンスも既に乗り込んでいる。


 「どうかされたのですか、殿下。あまり顔色が優れないようですが」


 ドノバン先生がそう言って声をかけてくる。


 「いや、別に大したことはありません。ちょっと私は自覚が足りないな、と気付かされただけです」


 本当にただそれだけ。

 でも自分の足りない部分を見るのはつらい。


 馬車の外を見ると、わざわざジュディ夫人が見送りに出てきてくれている。

 馬車の窓を開け、ジュディ夫人に御礼を言う。


 「ありがとうございました、ジュディ夫人。1か月もの間、ハールディーズ領に滞在させていただいた上、馬車鉄道の件も優先していただいて」


 「殿下、こちらこそ新しい産業をご教唆いただき感謝しております。またいずれ王都でお会いいたしましょう。お体にお気を付けてお元気にお過ごしいただけますよう。

 神の恵みを」


 「神の恵みを」


 そして馬車はフライス村に向けて出発した。




 ジャニーンは見送りの時には姿を見せなかった。










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