第71話 海産物のプレゼンテーション




 「ジョアン、フライス村に戻っても、なるべくハンスさんと対人稽古は続けるんだよ。

 1日やらないでいると取り戻すのに3日はかかるものだからね」


 ダリウス=ハールディーズ公爵令息はハールディーズ家の馬車に乗る俺にそう声をかけた。


 俺とハンス、フリッツはこれからハールディーズ家の奥方、ジュディ夫人の待つベルシュのハールディーズ公爵家の別荘に戻るため、ハールディーズ領都ライバックのハールディーズ家邸宅を出発するところだ。


 「ありがとうございました、ダリウス兄さん。厨房も貸してもらえたし助かりました」


 「ジョアンが煮干しから作ったダシ、うちの料理長のセザールも驚いていたよ。手間暇をかけるフォンやブイヨンと違って、簡単に取れるのに料理の味わいを広げるってね」


 「煮干しは作る過程で沢山アクが出ますからね。完成した煮干しはアクを取り切った、すぐにダシが手軽に取れる状態になってる食品ですから、煮込みながらアク取りを丹念に行わないといけないフォンやブイヨンとはまた違いますよ。味わいも違いますしね。まあ、レルク村でこれからも煮干しは製造して貰うんで、多分料理長のセザールさんの方が煮干しを扱う機会も多くなるでしょうし、いろんな料理を考案してくれると思います。私も教えて貰うようになると思いますよ」


 「料理をする王族なんて、ジョアンが初めてじゃないかな。もしセザールがジョアンに料理を教えるなんてことになったら、多分アレイエムでは初のことになるよ。うちも大変な栄誉に浴することになるなぁ」


 ダリウスは笑顔でそんなことを言う。冗談だろうが、公になったら確かに大事だろうな。お忍びで、ジョアン=デンカーとして、また聞きにくるとしよう。


 「じゃあジョアン、母上とジャニーンにも新しい海産加工品で作る料理を味あわせてあげてね。それと母上への手紙にはレルク村の水産品加工工場についての相談事を書いて、護衛騎士のイヴォに預けておいたから悪いことにはならないと思うよ。ジョアンがフライス村に出した手紙も一緒に預けておいたからね。

 じゃあ、道中の安全を祈ってるよ。

 神の恵みを」


 ダリウスに見送られ、俺たちはハールディーズ家邸宅を出発した。


 ダリウスはレルク村の水産加工工場の件の区切りが付くまではライバックに滞在することになる。

 当初は俺が漁村を見て回るのが終わったら、父ガリウス公爵が行っているテルプ国境のタイレル川沿いの地域の哨戒に合流するはずだった。

 だが、母ジュディ夫人の意向で多分ダリウスにとっては初になる、ハールディーズ家の事業にどっぷり関わり実際に動かす機会を与えられ、それを形にしようと意欲的なのだ。

 戦闘とはまた違った責任ある立場で、どう自分が立ち振る舞えば良いのかを学ぶ良い機会と捉えているようだ。補佐として家宰のアーベル氏も付いているので取返しのつかない失敗はしないだろう。



 何だかんだでもう9月も上旬。ダリウスに強引にベルシュに拉致されてから1か月が経った。

 1か月、ダリウスと共に過ごし、ダリウスの押し付けながらも兄さん、兄弟子と呼んでいたが、やはりダリウスはハールディーズ家の方針とは言え俺よりも一つ先を進んでいると思う。その点で兄さんと呼ぶことに違和感を感じなくなった自分がいる。

 もしかして洗脳されてしまったのか? 怖わッ。

 でも、尊敬できる部分は多い人だ。俺の家族と公の場以外では兄さんと呼んであげよう。


 ベルシュまでは来た行程と逆で戻り、ライバックを出発してから3日目の夕方にハールディーズ家の別荘に着いた。


 この1か月で馬車の移動にも慣れたので、来た時に比べると馬車の揺れによる気分の悪さも感じなくなったので快適とは言わないまでも落ち着いて移動することができた。

 あらかじめダリウスの護衛騎士の一人イヴォが先触れとして伝えておいてくれたため、問題なくハールディーズ家別荘に到着した。


 「殿下、お疲れ様でした」


 俺を出迎えてくれたのはハールディーズ家の別荘の使用人と護衛騎士のイヴォの他に、懐かしいドノバン先生。


 「ドノバン先生、わざわざありがとうございます。どうやってこちらまで?」


 「ハールディーズ家がわざわざ馬車を仕立てて下さいました。殿下の手紙を届けていただいたのですが、どうやらダリウス様がジュディ様に頼んで下さったようです」


 ダリウスは本当に気が回るなあ。


 俺は別にダリウスにはドノバン先生を迎えに行ってくれとは頼んでいない。

 でも俺がフライス村に手紙を出したことで、誰かがフライス村からベルシュに来る必要があると察したのだろうな。


 「後でジュディ夫人に改めてお礼を伝えておきます。ところでドノバン先生、手紙で頼んだミソとショウユ、持ってきていただけましたか」


 「ええ、持ってきていますよ。殿下が不在の間、そこまで多量には使いませんでしたし、リューズさんがエルフの集落に戻った時に時々追加で貰ってきてくれていましたからね」


 「ありがとうございます。ジュディ夫人に振る舞おうと思っている料理には欠かせないものですから助かります。でもすみません、ピアと離れ離れにさせてしまって」


 「何、そんなお気遣いは無用ですよ。ピアさんはリューズさんと一緒に楽しく過ごせているようですしね。ダイクさんも、また後で詳しく話しますが頑張ってくれていますしね」


 俺達が不在の間も、フライス村に残った皆は元気でやってくれていたようだ。






 到着の挨拶をジュディ夫人にしに行く。


「ジュディ夫人、この度はありがとうございました。ハールディーズ領内の漁村の産物を見せていただき実り多い滞在になりました。また、ドノバン先生の迎えに馬車を差し向けていただくなど細やかな対応も大変有難く思います」


 「いえ、殿下、こちらこそ殿下のお働きのお陰で色々と恩恵に預からせていただきました。夫に似て武辺一辺倒だったダリウスが領内統治に目を向けるきっかけを頂きましたし、漁村の税収増に繋がりそうな提案もいただきました。

 ところで殿下のお探しだった物は見つかったのですか?」


 「ええ、全てではありませんが、フライス村の民間に流通させたいと思う最低限の物は得ることができました。

 それでジュディ夫人、お約束どおり私が見つけて来た海産物を振る舞いたいと思うのですが、味わっていただけますでしょうか」


 「ええ、もちろんですわ。ダリウスも書状で味わった感想を書いておりましたし、当初のお約束通り、是非この機会を楽しませていただこうと思います。

 厨房の料理人には殿下の指示に従いお手伝いするように伝えておりますので、気兼ねなくお使いください」


 「ありがとうございます。では用意してまいります。用意ができましたらダイニングの広間にお呼びいたしますので、お部屋でお待ち下さい」



 俺は別荘の厨房に持ってきた材料を持ち込み、料理人に調理の指示を伝えた。


 素人が行うよりは、主人を満足させる技術を持った料理人に任せる方が確実だ。

 とはいえ、材料が材料なので和洋折衷の前世の感覚ならあり得ない料理のラインナップになったのはお許しいただきたいところだ。


 作ってもらうメニューは単純なものだ。全部で5品。


 1,乾燥ワカメや海藻を戻し、他の野菜と和えた海藻サラダ。ドレッシングは当然ハールディーズ家の料理人に任せる。玉ねぎをすりおろした物と砂糖、酢、油を混ぜて作ったドレッシングになった。

 2,ちくわの穴にチーズを入れたものと油とガーリックで炒めたインゲンと人参を詰めたもの、きゅうりを詰めたもの。斜め切りにして見栄えを揃えてもらう。

 3,細かくした乾燥ワカメを衣に入れたちくわの磯部揚げもどき。ノリは見つからなかったので仕方ない。

 4,エビの身で作ったすり身に衣を付けて揚げてもらった海老カツをバンに挟んだ海老カツサンド。ソースは小麦粉と牛乳で作ったベシャメルソースを海老カツにたっぷりかけてある。

 5,煮干しを粉末にしたいりこでダシを取った、黒はんぺん、茹でつみれ、さつま揚げと野菜を入れた鍋料理。何ならおでんでも良かった気がするが、どうせならダシを吸った野菜も食べてもらいたい。


 ドノバン先生に持ってきてもらったショウユは2,のインゲンと人参を炒める時の味付けと、3の磯部揚げに少し垂らし、5,の鍋の味を調えるのに使ってもらった。


 ミソは5,の鍋の味付けだけだが、キュウリをスティック状にカットしてもらい、そこに付けソース代わりに合わせて出している。スティックキュウリは海産品ではないので付け合わせ扱いだ。 


 まあフライス村まで問題なく運べる食品というのは煮干しと乾燥ワカメなどの海藻類くらいだろうが、せっかくレルク村で作ることになった魚介の練り物は是非ともジュディ夫人とジャニーンに味わって貰いたかったので、ライバックのハールディーズ家を出発する直前に、ダリウスと料理人に手伝ってもらってちくわ、さつま揚げ、黒はんぺん、茹でつみれ、そして海老のすり身などを作り、布でくるんで保温性の高い宝箱のような箱に入れ、氷で冷やしながら、何度も水魔法で氷を作り入れ替えながら運んできたのだ。


 気に入ってくれると嬉しいが、どうだろうか。


 和洋の入り乱れたメニューなだけに、一緒に食べるとどうなるのだろうと思ってしまうが、多分いつもの食事の様に1品づつ出すと思うので、そこまで強烈な違和感を感じなくて済むのではないかと期待はしている。



 出来上がった料理は、流石に本職の料理人が作っただけあって、盛り付けも綺麗にされている。こういったセンスも長年の修行で培うのだろうな。


 ハールディーズ家の使用人にジュディ夫人とジャニーンを呼びに行ってもらい、俺はダイニングで待つ。


 料理の給仕はハールディーズ家の給仕に任せている。


 しばらく待つとジュディ夫人、ジャニーンがダイニングにやってきた。


 「お待たせいたしました。ではハールディーズ領で加工された海産物を使った料理、味わっていただきたいと思います。

 では給仕の方、よろしくお願いします」


 料理が1品づつ運ばれてきて、ジュディ夫人とジャニーンの前に置かれる。


 俺は一品一品を紹介していく。 


 「乾燥した海藻を水に浸けて戻して他の野菜と和えた、玉ねぎドレッシング掛けのサラダです」


 「小魚のすり身を棒に巻いて蒸しあげた後、表面を炭火で炙り棒を抜いたちくわというものの穴の中に各種の素材を詰めたものです」


 「先程のちくわに、乾燥した海藻を細かく砕いたものを混ぜた衣をつけ揚げた磯部揚げというものです」


 「海老のすり身を蒸して加熱したものの表面にパンを細かくした衣をつけて揚げた海老カツをパンで挟んでサンドイッチにしたものです。海老カツにはベシャメルソースをたっぷり掛けています」


 「小魚のすり身を蒸したものと揚げたものなど各種のすり身の加工品を鍋で野菜と共に煮込んだ料理です。すり身も骨ごとすり身にしたものと身だけすり身にしたものと2種類入っています。味付けの元として小魚を煮て乾燥させた煮干しを粉末にしたいりこというものを使い、東洋の調味料のミソ、ショウユで味付けをしています」


 ジュディ夫人とジャニーンは黙々と俺の説明を聞きながら出てきた料理を食べていく。


 ジャニーンには少し量が多かったかな、と思ったが、意外に食欲旺盛に残さずに食べていた。


 ジュディ夫人とジャニーンが食べ終わって食後のお茶が運ばれてくる。


 ジュディ夫人がお茶を見て怪訝な顔をする。


 「殿下、このお茶も海産物の一種なのですか?」


 「はい、ジュディ夫人。そのお茶は最初にサラダで召し上がっていただいた海藻、ワカメの根元部分を加工して作ったものです。メカブ茶と言って体にとても良い物です。気に入っていただけると良いのですが」


 ティーカップの中には湯に浸されたメカブが入っている。初見の人は驚くだろう。


 「殿下、これはどう飲んだら良いのですか?」


 「カップの中の湯を飲んで下さい。湯にメカブから出たうま味などが溶け出しています。湯を飲み終わったらメカブは食べていただいても良いですし、残していただいてもかまいません。ただ、食べていただく方が栄養は摂れると思います」


 俺がそう伝えるとジュディ夫人、ジャニーン、2人ともゆっくりティーカップに口を付け飲みだした。


 前世ならメカブ茶とか昆布茶はズズズッとすするイメージだが、二人とも音を立てずに優雅にゆっくりと味わって飲んでいる。

 気に入ってくれると良いんだが。

 実はメカブ茶は加工にけっこう手間がかかっている。

 一度洗ったメカブを茹で、茹で上がったらすぐに水で冷やし、塩、酒を混ぜた調味液を振りかけて乾燥させている。

 ジュディ夫人が気に入らなくてもノースフォレスト地区では流通させようと思っているのだが、出来れば気に入ってもらいたい。


 ジュディ夫人は湯を飲み干すと、クイッとカップを持ち上げて中のメカブを口に入れコリコリとメカブをかみ砕く。

 ジャニーンもジュディ夫人の仕草を見ていて、同じようにメカブを食べ終わった。


 ジュディ夫人は音が立たないようにティーカップをソーサーにそっと戻すと、ゆっくりと口を開いた。


 「ごちそうさまでした、ジョアン殿下。

 少し味の系統が違う物もあって、夕食のコースとしては統一感はありませんでしたね。

 また、育ち盛りの殿下やダリウスにとっては丁度良い量なのでしょうが、女性である私とジャニーンには少々多かったと思います。

 ですが、一つ一つの料理は海産物を上手く使って、それが持つ魅力を引き出していた、と思います。

 特に魚介を使った練り物は自分が主役になるだけでなく他の素材の味を引き立たせることもできる優秀な素材、と私は感じました。

 最後のメカブ茶というものも、メカブの持つ粘り気が湯に溶け出して湯の温度がなかなか冷めないという特徴があって、冬の寒さが厳しいここベルシュや殿下のおられるノースフォレスト地区では重宝されるのではないか、と思います」


 褒められている、ということでいいのだろうか?


 ジュディ夫人の言葉をどう捉えていいのか、少し悩んでいると、ジュディ夫人が重ねて言葉を言う。


 「結論としては、私はジョアン殿下が探してきた海産品はここベルシュや王家直轄領ノースフォレスト地区の民にも受け入れられると判断します。

 つまり、ライバックからベルシュの間の馬車鉄道の敷設を優先的に行い、多くの海産品をここベルシュでも不足なく流通させるように尽力したいと思います」


 「あ、ありがとうございますジュディ夫人!」


 俺はジュディ夫人に飛びついて喜びたくなったが、愛妻家のガリウス公爵の髭で覆われた顔を思い出し自重する。バックラー代わりに頭を粉砕されるのは嫌だ。


 「私個人の好みとしては、ちくわの中に物を詰めたもの、あれはとても美味しくいただけました。どんなものを詰めてもちくわの風味がそれをしっかりと受けてめていて、白ワインに合いそうですね。また今度家の料理人に作ってもらって楽しみたいと思います。

 庶民にとっては煮込み料理は喜ばれそうですね。非常にわかりやすい料理ですが、複数の具材の味をいりこのダシがまとめていました。

 ジャニーン、ジャニーンはどう感じましたか?」


 「はい、私は海老カツのサンドイッチがとても美味しかったです! 海老の身が残った部分に当たると凄くプリプリしていて、幸せな気持ちになりました! 今度ピクニックに行く時に持っていきたいです」


 母親のジュディ夫人の前ではお淑やかに振る舞っていたジャニーンだったが、こういう食べ物の話になると地が出るようだ。


 「今度ジャニーンが王宮に遊びに来た時には海老カツサンドを出せるように、料理人のエルマーにも王都に帰ったら教えておくよ。よかった、お二人が喜んで下さって。

 ありがとうございます、ジュディ夫人。必ず代官のバーデン男爵や教会と協力して、海産物をノースフォレスト地区に浸透させるように致します」


 そうだ、フライス村に戻ったら海産物を身近な消費食品として定着させないといけない。


 海藻に含まれるミネラル、小魚に含まれるたんぱく質とカルシウム、今のフライス村の村人には足りていない栄養素だからな。


 村人が健康を保って生活できるようにする、第一歩だ。


 他の人の力を借りないといけないが、必ずやってみせるぞ。


 俺はまた決心した。




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