第70話 黒はんぺん




 俺たち一行はまた悪路を馬車で揺られながら、ライバックのハールディーズ家邸宅に戻った。


 悪路のせいでやっぱり俺は気分が悪くなり、邸宅に着いたら1時間ほどベッドで休ませてもらった。

 体調が落ち着いてから、昼間小魚を扱ったので匂いが取れていないことに気づいた。

 風呂に入りたいと思ったので、あてがわれたダイニングにハ-ルディーズ家の家人が誰かいないか探そうと出て行くと、ダリウスが誰かと話している。


 何か真剣に話しているようなので少し待っていると、ダリウスが俺に気づいた。


 「どうかしたのかい、ジョアン」


 ダリウスがそう声をかけてきたので、俺は正直に風呂に入りたいと伝えた。


 「ちょっと部屋で待ってて、ジョアン。ちょっと調べものが終わったら一緒に流しっこしよう」


 「いや別に一人でも構わないんだけど」


 「何言ってんのジョアン。せっかくだから背中とか流して兄と弟の親睦を深めよう」


 いや、聞いちゃいねえ。


 仕方ないので待ってダリウスと一緒に風呂に入った。

 やっぱりお湯のかけっこと、今日は潜水勝負が長かった。


 夕食後、ダリウス、フリッツ、ハンスらに集まってもらって、今日の話をもう一度確認しあう。


 「ジョアン、さっき家の家宰を任せているアーベルに確認してもらったけど、あの辺りの漁村は確かに税収は殆ど上がってないみたいだね。海沿いだから畑の出来も良くない。

 まあ、言い方は悪くなっちゃうけど、あの村の税収を上げるためにもジョアンが言っていた魚の直接取引と、新たな加工品の製造はやっておきたいところだよ」


 さっき風呂入る前にダリウスが話していたのが家宰のアーベル氏なのだろうな。一応村長の話の裏を税収の記録などを確認して取ったということなのだろう。


 「やっぱりそうなんだね。私も自分とこのフライス村のためにって考えてたけど、レルク村のためにもこの件は上手くやりたいなって思うんだ。ダリウス、漁師ギルドのレルク村への干渉を防ぐ方策って何かないかなあ」


 腹案はあるが、ダリウスにも意見を聞く。もしかしたら俺の腹案よりもいい案があるかも知れない。


 「この件は母上のお力をお借りしないといけないけれども、そうだなあ、新たな加工品に関してはこれまで漁師ギルドで扱ってない品だから、それに関しては直接生産者が加工するって体なら良いかも知れないな」


 なかなかいいところを突くけど、結局村人には資本がないんだ。そこが一つ大きな問題なんだよな。


 「実は、私は王家のコタツ工場と同じ形を考えていたんだ。ハールディーズ家が直接水産品の加工場を建てて経営する。で、出資は商会などに募ってみるって形。これだったら漁師ギルドも文句の出しようがない、こともないけど、面と向かってハールディーズ家の妨害はしてこないと思うんだ。そこで従業する者として地元レルク村の村人を雇うっていうね」


 「それはいいアイデアだけれど、うちには加工場経営のノウハウは多分ないよ」


 「いや、実際の経営や運営は商会に投げてもいいよ。ハールディーズ家が表に出てるってのが大事なんだ。看板を貸すって形。大事なのは漁師ギルドの干渉を抑えることなんだもの。最初はフライス村やノースフォレスト地区のための小規模な生産でいいよ。製品が認知されてきたら徐々に販売先が増えると思うから、それから設備を大きくしていけばいいんだよ。

 それでフリッツの存在が重要なの。フリッツ、どう? ライネル商会はこの話に乗れそうかい?」


 「ライネル商会としては、うちに話が来れば万々歳で出資すると思う。大きな取引が見込めるハールディーズ家の事業だからな。

 ただ、正直言ってうちのライネル商会はハールディーズ領内ではバルザー商会に取り扱う品目、取り扱う物資の量ともに負けている。バルザー商会がハールディーズの御用商なんだよ。

 ですよね? ダリウス様。

 そんな事情だからうちも出資し経営はさせてもらいたいが、バルザー商会も引き入れる形の方が角が立たないと思う」


 「確かにフリッツの言う通りだ。私の家はバルザーとの付き合いが大きいからな。新たな事業を始めるにあたってバルザーに声を掛けないでいて関係を損なう訳には流石にいかない。

 だからジョアン、出資の比率は私たちハールディーズ家に決めさせてもらえないか? 母上にも相談した上で決定したい」


 「うん、そこはダリウス達ハールディーズ家にお任せするよ。要はレルク村で水揚げした魚を、漁師ギルドを通さず直接加工業者と取引できるようになればいいわけだからね。お願いするよ。

 それで、塩専売局の方なんだけど、私の家というか国の機関だから私が交渉するのが一番なんだろうな。イザベル母さんと父上、両方に手紙を書いて頼んでみるよ。当面小魚を茹でるのに海水を使う許可を正式に貰っておいた方がいいだろうしね」


 「すまないな、ジョアン。結果的に私の家の領地内の収入を上げることを手伝ってもらう形になってしまって」


 「いや、いいんだよダリウス兄さん。ノースフォレスト地区5ヶ村のためにはどうしてもハールディーズ領内から海産物を持って来る必要があったんだから。王家直轄領からだと煮干しとか完全に乾燥した乾物でないと持ち込めないしね。あと関所で関税も取られるから、王家直轄領からの輸送だとダリウス兄さんのところの税収増やすのに貢献しちゃうしさ。どうせ税収増やすんだったら貧しい漁村を少しでも豊かにする方向の方が喜ぶ人も多いじゃない。

 今日試しに作った製品には、人間の体に必要なのに農村ではなかなか取りづらい栄養素が豊富なんだよね。だから絶対欲しかったんだ。

 そのうちフライス村から東に、森を切り開いて王家直轄領までの道を開くことができればその必要はないけれど、まだまだそれには時間がかかるもの。もしそうなったとしても、それ以降のために出来た加工品の販売先とかもハールディーズ領内で作ってもらうために、食べ方広めたりもしてもらわないといけない訳だからね。お互い様ってことで」


 「ではジョアン、私はどうしたらいい?」


 フリッツがそう聞く。フリッツには結構やってもらうことがある。


 「そうだねえ、フリッツにはとりあえず、明日バルザー商会とヤンセン商会に行ってタラの干物を仕入れられるか確認を頼みたいのと、レルク村の加工工場で使える鍋、すだれ、お玉とか小魚を煮るのに使う道具と、材料をすり潰す道具の仕入れをお願いしたいな。あとはダリウス兄さんとジュディ夫人が出資比率を決めたらフリッツの父上に話を通してもらうことかな。

 あと、私は王宮に塩の件で手紙を書くけど、そこに王家直轄領でも同じ加工工場を作るように提案を書いておくから、王家直轄領の方の工場の創設準備もフリッツの父上にそれとなく伝えておいて」


 「随分やることがあるな。とりあえず手近なところから片付けていくか。バルザー商会とヤンセン商会は明日回ってみる。レルク村で使う物はいつまでにどの程度用意すればいい?」


 「そうだね。今日干してきた分は4日もあれば出来上がると思うから、5日後にまたレルク村に行こう思ってるんだ。それまでに、大鍋は2個、お玉と掬い網は10もあればいいと思うよ。あとは煮た魚を並べるすだれとかは、ちょっと特注で段にして重ねられるようにしてもらえると助かるかな」


 「わかった。では明日からはそのように動くぞ。とりあえず5日後に間に合えばいいな」


 「うん、よろしく頼むよ。私は明日はイザベル母さん宛に塩の件で手紙を書いておくよ。ダリウス兄さんも申し訳ないけどジュディ夫人に手紙で加工工場の可否を尋ねてもらいたいんだ。できれば5日後にレルク村に行った時に、村長のカイルにいい知らせを伝えて安心させたいし」


 「では母上宛に書状を書こう。明日騎乗の者に持たせるから、早ければ4日後には母上の返答がわかるようにしておくよ。

 ということでジョアンはまた明日以降は剣の稽古ができるね」


 「いや、私も書状を書かないといけないし……」


 「何言ってんだい、書状はそんなにかからないだろう、ね?」


 うへあー、何とか断りたい。何かないか。


 「殿下、諦めが肝心ですよ。下手な考え休むに似たり、ってね。休んで明日からの稽古に備えましょうや」


 ハンスは何だか知らないが非常に諦めがいい。


 「……はあぁぁ、わかりましたよ~兄さん。明日書状を書いたら剣の稽古、お願いします」


 多少でも前向きに取り組もう。仕方ない。だってここはハールディーズ領なんだもの。そうだ仕方ない。仕方ない……




 次の日、俺は王宮のイザベル母さんとパパ上に宛てた手紙と、別件で国営コタツ工場の工場長ヘルマン氏に宛てた手紙を書いて、ダリウスの配下の騎士に預け、王宮まで届けてもらうようにした。

 それと、フライス村のドノバン先生宛にも書いておく。こちらは返信不要で大丈夫だ。


 その後はダリウスと一緒に剣の稽古の日々。

 あれ、俺何しにここに来てるんだっけ。

 そんな日が4日間続いた。

 叩きのめされても治癒魔法で治されちゃうのは、生殺しだよ。一思いにやって。


 4日目の夕方、ジュディ夫人からの返書がダリウスに届いた。


 ジュディ夫人の返答は……ハールディーズが前面に出る形での加工工場の設立を許可してくれた。

 加工工場の立ち上げに関してはダリウスに任せるので、困ったことがあったら相談してくるように、と。

 暖かくも厳しいな。実践で全て体得させるのがハールディーズ流なのかな。まあ、それだけ補佐する人材に自信があるということでもある。


 ジュディ夫人からの返信が来た翌日、レルク村に出発する準備をしていると、王宮からの手紙を携えてダリウス配下の騎士が戻ってきた。

 差出人の署名と封蝋はイザベル母さんだった。パパ上にも同じ内容の手紙を書いていたが、代表してイザベル母さんが返書を書いたらしい。

 以下、内容を意訳する。


 「ジョアン、あなたラウラにばっかり手紙書いて、アデリナ様やジャルランがどれだけ寂しがってるかわからないのぉ? 今度手紙を出す時は必ず皆に出しなさぁい。

 今回の返信は私が代表して書くわぁ。もちろん陛下もご存じよぉ。

 塩の件、ハールディーズが工場を作る、ということが確定したならライバックの塩専売局に工場としての申請をしなさぁい。そうしたら加工用ということで安く卸すように手配しておくわぁ。海水を使うのは止めて。それをしてしまうと横流しの温床になってしまうからねぇ。試験的に作った時のことは見逃すけれど、今後は必ず塩専売所から購入した塩を使いなさい。

 それと、王家直轄領に水産品加工工場を作る件、陛下と前向きに検討しているわぁ。ハールディーズの加工工場がモデルケースになる訳だから、そこでの運営のノウハウをライネル商会に伝えておいてねぇ。私たちも慣例的に各ギルドに権益を与えているけれど、今後はギルドのやり方では対応し切れないことが増えてくると思うの。もちろんギルドを潰そうとは思っていないわ。ただ、今後はギルドに許可しているこれまでの権益以外の部分の事案が増えると思うのよ。だから国営コタツ工場もそうだけど、この水産物加工工場もギルドの影響を排した生産活動のテストケースよ。期待しているわぁ。

 最後に、ジュディにはあまり迷惑を掛けないようにねぇ。

 じゃあ、10月になったら元気な顔を見せてちょうだいね。  

                      イザベル=ニールセン」


 初めて見たイザベル母さんの字は、少し右上がりの癖があるが、美しい字だ。

 ありがとう、イザベル母さん。


 そして、よし、許可が下りたぞ。


 「ダリウス兄さん、イザベル母さんから、塩専売局にハールディーズが工場を設立する形で届け出れば塩の卸売価格を加工用として安く卸してくれると許可が出たよ。とりあえず正式な申請は後に回すとしても、塩専売局に寄ってあいさつしてからレルク村に行こうよ」


 「よし、そうしようか。ある程度話がまとまった状態でレルク村の村長のカイルには伝えてやりたいからね」


 俺たちは荷馬車と馬車で出発した。

 ダリウスとダリウスの護衛騎士クリストフ達、それとハンスは騎乗で行く。

 前回の馬車の揺れには閉口したらしい。


 塩専売局はライバック城から1km程離れた城塞都市の市民街にある。


 受付で用件を伝えると、王宮からの通達は届いていたらしく俺とダリウスが名乗っただけで支局長室に通された。

 支局長に挨拶し、届け出の様式等を確認したあと、頼むと今日使う分の塩も渡してくれた。

 細かいやりとりは後日にし、俺達はレルク村に急いだ。


 ライバック城を出たのが何だかんだで昼くらいの時間だったので、レルク村に着いたのは昼下がりのまったりした時間だった。

 もう村人たちの漁も終わって、家に皆引き上げている。

 そんな中、村長のカイルと数人が前回煮干しとわかめを干した小屋の前にたむろしている。

 どうやら煮干しを天日で干しているらしい。

 ダリウス達は先に村長のカイルのところに行って話をしている。


 俺はやっぱり馬車酔いがひどく、到着してから草むらに寝転び少し休まねばならなかった。

 あああ、道を良くするか、馬車の車輪を良くするか。

 エイクロイドに船で行った時は全く船酔いしなかったのになあ。


 5分ほど休んだら気分が良くなったので、傍らで鼻歌をふんふん歌っていたハンスと一緒に村長たちのところに行く。


 「村長、良かったですね。ダーリング兄さんがハールディーズ家と交渉してくれたおかげですよ」


 「ああ、本当にあんたたちには感謝しかないよ。あんたたちを俺たちに引き合わせてくれた神にはいくら感謝を捧げても足りないくらいだ。本当にありがとう」


 村長カイルは真っ黒な顔を歪めて泣きそうだ。


 「いやいや、とりあえずまだスタートラインに立ってもいませんよ。これからが大事ですから」


 俺はそう言って、干してある煮干しとワカメを確認する。

 うん、干しあがっている。

 煮干しは前世で俺の知っている煮干しだ。

 ワカメもまだカットしていないが、乾燥ワカメになっている。

 煮干しを一匹つまんでかじると、塩味と旨味が濃縮された、あの煮干しの味がする。


 「みんな、ちょっと食べてみて」


 俺はそう言って煮干しを1本づつ皆に渡す。

 皆バリバリとかじっている。


 「へえ、何か味がギュッとした感じだね」


 ダリウスがそんな感想を言う。


 「そうだね。そのまま食べてもいいんだけど、これを煮物に入れて、その濃縮された味を汁や他の具材に移して食べる料理が美味しいはずだよ」


 俺はそう答えながら、川で水を汲み、そこに乾燥させたワカメを少し割って入れる。

 ワカメ以外の刺身のツマみたいな海藻も入れる。 

 しばらく待つと、ワカメと謎の海藻、どちらも水分を吸って元に戻る。

 乾燥ワカメも成功だ。


 「うん、村長、これはいい出来だと思うよ。とりあえずこれからはこの煮干しと乾燥させた海藻、これを漁が終わった後に作って欲しい。王家直轄領のノースフォレスト地区で買い取るから。

 それと、設備が整って来たら、今日これから作る物も作ってくれれば、多分ライバック周辺で売れるようになると思うから、よろしくね」


 「ジョアン、また何か作るのかい?」


 「ええ、ダリウス兄さん。本当は煮干しと乾燥ワカメだけで考えてましたけど、せっかく原料の小魚と塩があるなら、そんなに日持ちはしないけれど作っておきたいものがあるんです」


 そう言って俺は荷馬車に積んであった、フリッツが手配してくれたミートミンサーをハンスに出してもらった。

 俺が思っていた魚をすり潰す道具は擂鉢すりばちみたいなものだったが、考えてみればソーセージが一般的に作られているのだから挽肉を作るためのミートミンサーも一般的に存在するのだ。


 ハンスに出してもらったミートミンサーに小魚の頭としっぽと胸ビレを取った物を入れ、ハンスに上から入れた小魚を押さえてもらってハンドルを回すと、前面からうにょうにょとミンチ状になった魚肉が出てくる。それをボウルに入れ、塩を混ぜながらヘラで掻きまわす。

 骨も一緒に入った魚肉のミンチは掻き回しているうちに少しづつ固く練りあがってくる。

 それを丸めて成型し、金網に乗せて火で炙り加熱する。

 

 前世日本の静岡県で作られてる黒はんぺんもどきができた。


 本当なら茹でるか蒸すかだが、まああまり大した準備もしてこなかったので仕方なし。

 油があるなら揚げたかった。さつま揚げを食べたい。


 「これ、とりあえず皆食べてみてよ」


 俺はそう言って黒はんぺんもどきをその場にいた全員に勧める。

 当然俺もかぶりつく。


 何だろう、海産物ってどうしてこんなに風味豊かなんだろう。

 ああ、元日本人の魂の根源を揺さぶられる!

 やや塩味が効いているが、塩の加減が適当だった割にはまとまった味になった。

 小骨のカリッとした食感も良いアクセントだ。


 「殿下、ー坊ちゃん、これは旨いですね、このザリッとした食感と濃厚な魚肉の旨味と濃い目の塩味、これはエールに合いますよ。今日エールがあったなら飲んでます」


 ハンスは気に入ったようだ。しかし例えにすぐエールを出すなハンスは。

 そして一瞬殿下って呼びそうになったな、全く。いかんぞよ。


 「うん、いいね。外見どおり野趣溢れてる感じだ」


 ダリウスも気に入ったようだ。


 他の人も概ね好感触だ。


 「これは多分そんなに日持ちしないだろうから、工夫して持って行けてもベルシュくらいまでじゃないかな。でも、これはそのままでも食べられるし、煮込み料理に入れてもいいから、広がりさえすれば安定して売れると思うんだ。だから作って損はないと思う」


 「ジョアン、これを製造するにあたって、何か気をつけないといけないことはあるのかい?」


 ダリウスが、もう製造することを決めたのかそう聞いてくる。


 「塩加減とかは作りながら変えて試して丁度いい分量を探して欲しいかな。今日私がやったのは結構適当だったから。それと、ショウガとか薬味になるものを混ぜてもいいかもね。

 ただ、それ以外に、絶対に絶対に関わる人全員が守って欲しいことはあるけど」


 「大事な事なんだね、何だい?」


 「まず、必ず製造に使った器具は、石鹸と流水で洗って、しっかりと汚れを落として毎日作業が終わったら一度沸騰させた湯で煮て欲しい。それで必ず乾燥させること。製造に関わる人も必ず作業する前に石鹸で手を洗って流水で流すこと。

 手や器具を洗う流水は必ず一回沸騰させた湯を冷ましたものを使うこと。

 この魚肉練りを作る人だけじゃなくて煮干しと乾燥海藻を作る人たちも、だね」


 「ずいぶんと徹底させるんだね。それは必要なことなのかい?」


 そうなのよな。まだこの世界は衛生観念が発達していない。ダリウスだって知らない。

 まあどこもおまるで排泄するかその辺りの野原なんかでしているし、排泄物の処理も適当だ。

 貴族の女性がパーティ会場で平気で立ちションする世界だ。

 俺も大分慣れてしまった。

 でも食品に関しては、やはり出来得る限り衛生状態に注意を払いたい。

 病原菌が原因の病気の治療は治癒魔法では治療できないのだから。


 「汚れをそのままにしておくと、病気の元が増えてしまうんです。

 病気の元はいろんなところにいます。風などで飛んできてくっついて、汚れに病気の元が着くと目に見えませんが物凄く増えるんです。

 でも洗い流せるし、熱湯で煮れば多くの病気の元は無くなります。

 ダリ、ダーリング兄さんもお風呂に入る様になってから風邪を引かなくなったと思いませんか?

 体についた病気の元が洗い流されているからなんですよ。

 だから、ここで使った道具は必ず洗って煮ないと、病気の元がたくさん入った食べ物を作ることになってしまうんです。

 ここで作っている物が元で病気になる人が増えてしまったら、商売としても立ち行きませんし、街や村のことを考えても、働く人手が益々減ってしまいます。

 それでは元も子もないと思いませんか」


 「ジョアンの言っていることは聞いたこともないことだけれど、確かにお風呂に入る様になって風邪はひかなくなったね。一理あるのかも知れない。

 村長、今ジョアンが言った通り、道具と作業する者の手はきれいにして作業してくれよ」


 「ああ、あんた方の言う通りにやらせてもらうよ。そうしないといけないんだったらやるよ。そうじゃないと俺達のレルク村は何時までたっても貧しい生活のままだからな」


 「くれぐれもお願いしますね、村長」


 「ああ、任せとけ。俺が責任もって皆にやらせるから」


 安心はできないけれど、前向きにやろうとは思ってくれているようだ。


 衛生観念って、どうやったら一般的になるんだろうな。



 またまた考えることが増えてしまった俺は、ちょっぴり憂鬱な気分になりながら黒はんぺんをかじった。




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