第67話 領都ライバックへ




 俺とハンスとダリウスの一行はハールディーズ領の領都ライバックへ行くことにした。


 ライバックは大型船が停泊できる港街。国際貿易の東の玄関口だ。

 他国の物産も集まるし、周辺には漁村も点在している。

 ただ、冷凍技術などは無いため、周辺の漁村の魚介類が集まる市が立つ、何てことは無く、多くは干物などに各村で加工されてからライバックなどの近隣の都市に漁師ギルドを通じて運ばれ販売されているそうだ。

 

 そうそう、ライバック行きにはライネル商会のフリッツ=ライネルにも声をかけた。


 ライネル商会には海産物をノースフォレスト地区までの運搬と販売を担ってもらうし、もしかしたら買い付けなども頼むかも知れないため、どんな物があるのかを知っておいてもらった方がいいと思ったからだ。


 「デンカー坊ちゃん、ハンスと一緒ってことは悪い遊びを覚えさせられるってことになりますよ」


 「フリッツ、俺は殿下にそんなことを教えるのはまだ早いとしっかり弁えてるぞ。殿下がもう少し大きくなってからだ」


 「おまえ、そんなことしたらどんな罰が下るかわからないぞ。自重しろ」


 ハンスとフリッツのじゃれ合い。


 フリッツはダリウス達ハールディーズ家の人も一緒にいるため、フライス村での尊大な兄キャラはせず、カバーストーリーのデンカー商会に修行に来ている体で話している。


 ああしかし悪所に身分を隠してお忍びで行くなんて、遠〇の金〇んや暴れんBow将軍のようで憧れる。


 いつかやってみたい。


 「ジョアン、デンカーの坊ちゃんてどういうことだい?」


 近くで聞いていたダリウスが不思議そうに聞いてくる。


 「フライス村では私が王子と言うことを隠しているんだよ。民の生活を中に入って知るって目的もあったから、王子とわかったら余所行きになるだろうし、長い事滞在してたら普段どおり生活できずに村人に変に恨まれたりするかも知れないから。

 それで代官マッシュ=バーデン男爵の知己のデンカー商会の息子ってことにしているんだ。

 フリッツはライネル商会の息子だけど、修行でデンカー商会に奉公に出てるって設定だよ。

 だからフリッツが私とハンスに対して多少ぞんざいな話し方をしても目くじらを立てないでほしいんだ」


 「なるほどね。だったら私も身分を偽れば、ジョアンがいる時にフライス村に遊びに行けるね」


 いやそれはやめてほしい。


 「いや、ダリウス兄さんは止めといてよ。ダリウス兄さんは何て言うかその……たとえ服を変えても高貴な身の上ってわかってしまうから」


 そうなのだ。ダリウスは汚れない銀髪にジュディ夫人譲りの切れ長の目、整った目鼻立ち、スラリとした体形で、身長も11歳なのに160㎝近い。絶対に農民や商人に見えない。どんなに外見を汚しても難しい。


 「そうかい? 炭を顔に塗れば何とかならないかい?」


 「ダリウス兄さん、農民でもそんな奴はいないよ」


 これから移住してくる人々の中で炭焼きに従事する人以外は。


 あえてそれは言わない。


 「あ、そうだ、フリッツ、こちらはハールディーズ公爵家の嫡男のダリウス様だよ。ダリウス兄さん、フリッツとは知己があったかい?」


 「いや、初めてだね」


 「これはご挨拶が遅れて大変申し訳ありませんダリウス様。私はライネル商会の息子のフリッツ=ライネルと申します。本来でしたらしっかりお会いできるお時間を確認してからご挨拶に向かうべきところ、ご無礼をお許し下さい」


 「そう固くならなくてもいいよ。ジョアンがフリッツ=ライネルを同行させたいって急に言い出したんだからね。こちらの都合で急に呼び出したんだ、気にしなくていいよ。

 それでフリッツは、デンカー商会に奉公に出ているという設定らしいけど、普段はジョアンとどんな感じで話しているの?」


 「ジョアン殿下に許可を頂いた上で行っていることですので、ダリウス様がそう仰せであれば普段の口調で話しますが、本当によろしいのですか?」


 フリッツ、やばい自覚があるな。


 「うん、いいよ。聞いてみたい」


 「では……ジョアン、久しぶりだな。元気にしていたか?」


 「うん、何とか元気だったよ。フリッツはどう?」


 「私はいつも通り、この通り元気さ、ハハハ」


 「相変わらず兄キャラだねえ」


 「ちょっと待って、ジョアン、フリッツ=ライネルはジョアンの兄のように振る舞っているのかい?」


 ダリウスが口を挟む。


 「そうだねえ、自分で私の兄と言ったことは一度もないけれど、兄キャラではあるね。まあフリッツは弟が何人もいるみたいだから地が兄キャラなんだろうけど」


 「だとしたらそれは今後ジョアンに対しては禁止だ。ジョアンの兄は私一人で十分だ」


 「は、はい、ダリウス様、今後は殿下に対しての口調を改めさせていただきます」


 「うん、よろしく頼むよ」


 何がだ。


 本人をさておいて何を言ってるんだダリウスは。

 まあもしかしたら弟が欲しかったのかも知れないけど。

 風呂場ではしゃぐダリウスの様子を見てるとそうなのかも知れない。

 しっかり者のダリウスだけれど、どこか背伸びしている部分もあるのかも知れない。

 それを、俺を弟扱いすることで解消してるのかもなあ。

 でも、ジャニーンなんて愛い妹がいるんだから、贅沢じゃないか? まったく。


 「じゃあそろそろ出発しようか。私は馬に騎乗するし、ハンスにも馬を貸し与えるから、馬車はジョアンとフリッツだね。乗ったら出発するよ」


 ダリウスがそう声を掛ける。


 行程はプティ、レンブルグを経由しライバックへ。


 それぞれプティ、レンブルグで一泊する。

 レンブルグとライバック間は既に馬車鉄道が敷かれているので、その間は馬車の揺れに悩まされることはない。


 御者に開けてもらった馬車の扉から中に入ると、水色のふわふわしたワンピースを着て白い帽子を被ったジャニーンが既に座っている。


 「え? ジャニーンも一緒に行くの?」


 「ええそうよ。何か面白そうだし、お兄様とせっかく一緒になったのに離れたくないもの」


 とジャニーンは答えるが、昨日の話ではジャニーンが一緒に行くなんて一言も出ていなかった。


 「ジャニーン、ダリウスとジュディさんの許可は貰ってるの? 私は聞いてないけど」


 「許可は貰ってないわ。でも休暇に来てるんだから、過ごし方は私の好きで良いと思わない?」


 「ダメだよジャニーン、ジャニーンが急に居なくなったらジュディさんが心配するよ。それに護衛してくれる人たちも、子供が増えたら護衛のプランだって変えなきゃいけないよ」


 「もう、ジョアンそんな大きい声出さないでよ。他の人にバレちゃうじゃない」


 すると俺の後ろからダリウスのゆーっくり発音した声が聞こえてきた。


 「ジャニーン、他の人って誰のことかなあ?」


 「お、お兄様! えーっと、あの、うぅぅ……私も一緒に連れていってください、お願い、お兄様!」


 ジャニーンは可愛らしく両手を合わせてダリウスに頼み込む。


 「ジャニーン、いくら可愛いジャニーンのお願いでも、それは聞けないよ。だいたいジョアンと一緒の馬車で行くなんて、淑女レディのすることじゃないよ。 淑女レディは契りを結ばない男性と同室するようなはしたないことはしないよ。たとえ馬車の中であってもね。

 だいたい侍女のリズが一緒じゃない時点で許可はできないよ。誰がジャニーンのお世話をすると思ってるの? 私の従者は全員男ばかりだから、ジャニーンのお世話をさせることはできないよ」


 「お世話なんていらないわ! 私自分のことは自分でできるもの」


 「本当かい? 着替える服も全部自分で用意して着れるの?」


 「着れるわ! 一人で出来るもの」


 「朝起きた時に顔を洗ったり歯を磨いたり、使うものを準備して一人で出来るの? 片付けもだよ?」


 「……使うものの置いてある場所を教えて貰えば出来るわ……」


 「夜、蝋燭を消した暗い部屋で一人で寝ることができるの?」


 「うぅぅ……お兄様のいじわるっ! そんなこと言わなくてもいいじゃない……」


 「ね、ジャニーン、まだジャニーンにはお世話してくれる人が必要なんだよ。ジャニーンが聞き分けてくれたら私は嬉しいんだけどなぁ。そうじゃないと私は悲しくなってしまうよ」


 「うぅぅぅ……わかりました……」


 そう言うとジャニーンはダリウスに近づき、ダリウスの手を握る。


 「でもお兄様、今度はもう少し長く一緒に居れるようにお休みを合わせて下さい……」


 「わかったよ、ジャニーン。ジャニーンと一緒に、長く過ごせるように父上にお願いしておくよ」


 「約束ですからね、お兄様」


 そう言うとジャニーンはダリウスに手を支えられ馬車から降りた。


 俺はジャニーンに声をかける。


 「ジャニーン、昨日ジュディさんたちにも伝えたリンス、ちゃんと作って使うんだよ。髪の毛がサラサラになるから、今度ダリウス様に逢った時に驚かせてあげないとね」


 「わかったわよ、ジョアン。ジョアンにはすぐ会えるんだからジョアンが戻って来る前にはサラサラにしておいてあげるわよ」


 「うん、ジャニーンの髪が今以上に綺麗になるのを楽しみにしておくよ」


 「ジョアーン、女性の髪を褒めるのはまだ早いよ~? もう少しジョアンが大きくなってからにしようねぇ?」


 ダリウスが俺を振り返り、剣の稽古の時のような、言葉は柔らかいが恐ろしい気迫を込めてそう言ったので、つい「はい、兄弟子! まだ私には早いです!」と剣の稽古の時のように答えてしまった。


 出発前にこうしたひと悶着があったが、どうにか無事、ライバックに向けて出発することができた。



 途中の宿泊地プティ、レンブルグでは宿で宿泊した。


 フライス村に入った時以来の長距離の馬車移動のため、慣れていない俺は馬車から降りても世界が上下しているような感覚に捉われる。


 この世界の馬車は当然まだ車輪にゴムタイヤは履いていない。一応俺が乗っているハールディーズ家の馬車は高級品で、車輪の付いた車体と俺たちが乗る車室は分れていて、車体と車室の間には板バネを挟んで衝撃を吸収する仕組みにはなっているが、路面が多少の整地はしてあるものの基本的には凸凹しており、硬い車輪が拾う衝撃は板バネが吸収しきれないことも多く、むしろその後の反動でかえって揺れたりするのだ。

 フライス村に行く時にこの道中を馬車で揺られていた時は何度か気持ち悪くなり、途中で馬車を降りて休んだりしたのだ。

 今回は一度通った道なので、何となく予想が出来ていることが良かったのか、そこまでひどい事にはならなかったが、宿につくともう食事も摂らずに寝たい、というくらい移動で疲れていた。


 そんな中、レンブルグから馬車鉄道が使えたのは神に感謝を捧げたくなった。


 馬車鉄道はその字の通り、線路を敷いてその上に車体を乗せ、その車体を馬で引くものだ。

 来た時も思ったが、鉄道を考案した人は偉大だ。

 凹凸のない線路の上は乗車していても揺れが少なく快適。

 車体を引く馬の疲労も通常の凹凸のある道に比べ大分違うので、何度か休憩させる必要は変わらずあるが、移動距離も断然違う。ライバック-レンブルグ間はレンブルグ-プティ間よりも距離自体は20km程長いのだが、かかる時間的にはたいして変わらなかった。


 これは本当に何とかジュディ夫人を納得させる物を探して、ベルシュまでの馬車鉄道の敷設を前倒しにしてもらわないといけないと思った。


 そんなこんなで、ベルシュのハールディーズ家別荘を出発してから3日目の夕方に俺達一行はハールディーズ領都ライバックに着いた。

 ライバックは王都アレイエムと同様、ライバック城を中心として周囲を城壁で囲まれた城塞都市となっている。

 その城塞都市の傍らを川幅が1km近い大河レイズ川が流れており、レイズ川の広く開いた河口の傍らに広がった入り江に、アレイエム国内で2番目に大きな貿易港である港町ライバックが存在する。

 政庁である城塞都市ライバックと、貿易港の港町ライバックは、同じ地名ではあるが市街地は別になっている。


 俺たちの一行は山側からライバックに向かっていたので直接城塞都市の城門に向かう。城塞都市ライバックを囲う城壁は高さ5m程もある立派なものだ。

 領主のハールディーズ家嫡男ダリウスの一行というのは掲げている家紋で判るため、俺たちの一行が近づくと誰何もなく城門が開き、全く待つことなく市内に入った。

 騎乗しているダリウスが衛兵に言葉をかけると衛兵たちがキビキビと敬礼を返す。

 軍の末端に至るまで統制が行き届いているようだ。 


 城門から市内の大通りを真っ直ぐ10分も進むと城塞都市ライバックの中心、ライバック城に着く。 

 俺たちが向かうのはハールディーズ家の邸宅。

 ハールディーズ家邸宅は城塞都市ライバックの中心にある政庁も兼ねたハールディーズ家の城、ライバック城の敷地内にある領主の館だ。


 なかなか豪華な作りになっている邸宅の前の車寄せに馬車が止まると、立派な玄関前に佇む2mの巨体。その顔は髭に覆われ、特徴的な向かい傷が刻まれている。

 なんと当主のガリウス=ハールディーズ公爵がわざわざ玄関先まで俺たちを出迎えてくれた。


 ダリウスら騎乗組はすでに馬の手綱を馬丁に預け、ガリウス=ハールディーズ公爵に帰着の報告をしている。


 御者に扉を開けてもらい、俺とフリッツは馬車から降りた。


 俺はハールディーズ公爵に挨拶をする。


 「ガリウス=ハールディーズ公爵におかれましては変わらずご壮健でなによりです。ジョアン=ニールセン第一王子です。半年前は大変お世話になり心より感謝しております。

 この度は私の我儘を大変快く受け入れて下さり、感謝の言葉もございません。

 私と同行しているのは、こちらにいるのが私の護衛騎士ハンス=リーベルト、そして私の後ろに控えているのがライネル商会の長男フリッツ=ライネルです。

 フリッツにはベルシュから王家直轄領ノースフォレスト地区までの商品の輸送と、場合によっては品物の買い付けを依頼することもあるかと思い今回同行を私がお願いしました。

 どうぞよしなに願います」


 フリッツも続いて挨拶をする。


 「ジョアン殿下にご紹介いただきました、ライネル商会のフリッツ=ライネルと申します。

 この度は私ごとき商人が公爵様のお屋敷の片隅を使わせていただけるという望外の光栄に預かり、寛大な計らいをしていただいたハールディーズ公爵様とジョアン第一殿下、そして神に感謝を捧げさせていただきます」


 「そう固くなるな。フリッツとやら、ジョアンを補佐して良き物産を目利きしてくれ。

 ジュディの書状にあったが、王家領のノースフォレスト地区との取引が活発になるのであれば、我がハールディーズ領にとっても悪い話ではないからな。

 それとジョアン第一王子殿下、殿下は私にとって主君の長子。本来であれば私が臣下の礼を取るべきでありますが、こちらに滞在している間は、修行で滞在していた時の様に、弟子として扱いますがよろしいですな?

 最も私は明日には発ちますが」


 「はい、師匠、お願いいたします」


 「うむ、ではジョアン、早速修練所へ行こう。ダリウスが言うには大分鈍っていたのをどうにかこうにか鍛えなおしたということだが、早速見せてもらおう」


 「え、師匠今からですか?」


 「今からやらねば夕食に間に合わんからな、ハッハッハ」


 えええええ、嘘だろ。


 今からガリウス公爵にしごかれるの?

 勘弁してください本当に。


 「いくぞジョアン、父上直々の機会はこれからもそうないと思うから時間が勿体ないぞ。

 ハンスもいつも通りクリストフとやって、時間があれば父上が少し手合わせしてくれそうだぞ。

 さあ、行こう」



 俺はダリウスに腕を引っ張られて修練場に強引に拉致された。

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