第64話 観察の日々

アレイエム銅貨1枚200円くらい。銅貨1枚で王都の酒場でエール1杯分くらい。

銅貨100枚=銀貨1枚(20.000円) 銀貨10枚=金貨1枚(200.000円)。



 代官執務室で、俺と代官マッシュ、フリッツは、今後のことについて少し打ち合わせをした。移住希望者は20名程度を考えていたが、もう少し増えそうなこと、移住の時期については11月頃になりそうなこと、移住希望者は誰もが食うや食わずに近く、フライス村に来てからも暫くは食料などはこちらが用意してやらないといけなそうなことなどだ。


 「まあ、最もそういう者でもないと都市部から移住しようとは思わないからな、そこは仕方がない。ただ、そうした新参者が増えると、元からいた村民との間に軋轢は起こりやすくなる。そこの調整はバーデン男爵殿に村長と牧師に言い含めてもらわねばならんと思う」


 「新規移住者には林業に従事してもらおうと思うんだけど、切り出した木材で木炭を作って貰おうと思ってるんだ。多分コタツが普及してきているから、木炭の需要は高いと思うんだけど。フリッツ、木炭の買取と販売、どんな具合になりそう?」


 「木炭は確かにコタツの熱源として需要は高い。それ以外にも調理用の燃料としての需要もある。販売価格はカマス袋入り一袋10㎏で銅貨20枚ってところか。買取価格カマス袋一袋分10㎏で銅貨13枚だな」


 カマス袋は藁蓆わらむしろを二つ折りにして縫い合わせ袋状にしたものだ。燃料や肥料、土嚢などを入れる袋として一般的に使われている。


 「マッシュ、そういえば王家の畑で取れた麦の藁って、扱いはどうしてたの?」


 「自家消費分以外は藁束にして麦と一緒に商会に売却しています。騎士団分や教会分はそのまま納めてます」


 「じゃあマッシュ取り分のうちの藁束を使ってカマス袋とか藁蓆わらむしろとかを作るようにしようか。各村の村人に賃金を支払ってやってもらうようにしよう。それで炭を入れる分はそこから卸すようにしよう」


 「そうしますか。多少でも村民に現金収入になるのもいいですしね」


 「あまりないのかと思うけど、洪水とかの時の土嚢用にも沢山ストックしておいて悪いことはないからね」


 「ところでジョアン、家屋についてだが、自分たちで行える部分は自分たちで作ってしまうというのはどうだ? 素人には難しい部分だけ大工ギルドに発注し、自分たちで行える部分は自分たちで行えば多少は費用が抑えられるのではないか?」


 「どうだろうマッシュ、そういう発注は可能なのかい?」


 「どうでしょうな、そういう発注の仕方は今までしたことがありませんから。でも、聞いてみてもいいんじゃないでしょうかね」


 「じゃあ、それはマッシュにお願いするよ。その場合必要な材料はライネル商会から購入する形で大丈夫かな?」


 「一般に流通しているもの、例えばレンガとかモルタル原料なら大丈夫だぞ」


 「じゃあ、大工ギルドとの話の結果でお願いするかもしれないのでよろしくね」 


 そんな内容を話したあと、広間で待つ他の面々に合流した。


 ラウラ母さん宛とダリウス宛の手紙は代官マッシュに託した。



 その夜は当然宴会になった。


 リューズを代官マッシュ他、面識のない人々に紹介する。


 「ボクはリューズっていいます。暫くここに滞在させてもらうことになりましたので、皆さんよろしくお願いします」


 リューズはそう言って代官マッシュ他、まだ会ったことのない面々に挨拶した。

 暗き暗き森のエルダーエルフ、ということは伏せておく。

 暗き暗き森のエルフは、一般にはまだまだ恐れられているからだ。


 「これからよろしくね、リューズちゃん。私のことはマッシュでいいからね」


 「ありがとうございますマッシュさん。色々お世話になります」


 マッシュはエルフ美少女に上機嫌で酒が進む。

 釘は指しておこう。


 「マッシュ、リューズの親御さんは厳しい人たちだから、変な目で見たりしないでよ」


 「デンカーさん、流石にそのようなことはしませんよ」


 「大丈夫だと思うけど、従者の人たちにもしっかり伝えておいてね」


 まかり間違わないように、ホント。


 リューズは村長のディルクと夫人のマールさん、ルンベック牧師にも挨拶をして親交を深めている。

 村の人たちとも馴染めるといいんだけど。




 次の日の朝、代官マッシュとフリッツがそれぞれ戻る際にお見送りをした。


 フリッツには、次回持ってきてもらうものを頼んでおく。


 「えーっと、様々な分野の学術書と、炭焼き窯を作るためのレンガとレンガを繋ぐモルタル、それとコテと。あとシャベルを追加で10本だな。また次に来るときには用意してくるぞ」


 そう言ってフリッツは今回は二日酔いにならずに戻って行った。

 さすがに自重を覚えたようだ。


 ドノバン先生とピア、リューズはまたいつも通り掃除、洗濯後に勉強会だ。


 今日は俺とハンスとダイクはトレントの観察。

 来週フリッツが来るまでは毎日トレントの観察に行くことにした。


 「殿下も物好きですよね、トレントの観察なんて」


 ハンスがそう言う。


 「ハンス、昨日一日見ててどうだったの?」


 「いやー、全く動いたの気づきませんでした。ダイクの野郎は動いているところが見れたって言うんですけどね」


 「何でわからんかね。集中力クソなんだよオメーは」


 「はいはい。殿下、しかし何でそんなトレントを気にするんです?」


 「いやー、単純に木が動くのが不思議ってのもあるけど、この森がどんどん外に浸食してくる状況って、やっぱりただ木が森の外に出て来てるだけ、ってわけじゃないだろうなって思ったんだよね」


 「どうゆうところが疑問なんです?」


 「うん、単純に木が外に出てくるだけだったら、こんなに森としての木の密度が濃くなる訳がない」


 「もっと木と木の間隔が空いてもいい、ってことですね」


 「そうそう、そうゆうこと。暗き暗き森の木全部がトレントだったとしたら別だけど、普通の木も混じっているなら、普通の木が動かない分、森としての密度が薄くなった状態、木と木の間隔がもっと広がった状態になっていないといけないってことなんだよ。

 だから今日からは、観察する範囲を決めて、その範囲内にある木には全部目印を付けて、普通の木とトレントの判別を付けた上で、トレントがどう動くか、ってのを見たいなって思うんだ。

 だからハンス、今日からしっかり頼むよ」


 「わかりましたよ。まずは目印をつけるところからですね」


 暗き暗き森の入り口に到着した俺たちは、手分けして50m程の範囲内の周辺の木すべてに目印になる色分けした縄を付け、木々の根元の地面にも釘を打っておいた。


 けっこうそれだけでも2時間程時間がかかった。


 その後、俺とハンス、ダイクに分かれ、俺とハンスは森の外から双眼鏡で観察。ダイクは森の中から雪狼らと観察することにした。


 俺とハンスは互いに50m程離れて、森の外の原野から目印を付けた木々を観察する。

 これはけっこう体は楽だが、精神的にはきつい。


 ついつい天気がいいこともあって眠くなってくる。


 それでも日暮れ近くまで観察していたが、動いた様子そのものはその日はわからなかった。

 それでも、帰る間際に森に近寄ってみると、けっこうな本数が動いているのがわかった。

 木1本に対して等間隔に4方に打った地面の釘が、木の根元に近づいていたり、木の根で持ち上がったりしているのがわかったからだ。

 だいたい大きく動いた木で2m弱、少ない木で50cm程度。


 「これだけ動いているんですから、その時の様子は殿下、おわかりになられたんじゃないですか」


 とダイクに言われる。


 「いや、全然気づかなかったよ。ハンスはどうだった?」


 「私も気付きませんでしたね」 


 「あれだけはっきり動いてたのにわかりませんでしたか」


 「ダイクはわかったの?」


 「ええ、4,5本動いたのはわかりましたよ」


 「何でだろう。何かコツみたいなものがあるのかい?」


 「いや、特には。ただまあ殿下もハンスに『瞬足』は教わったんですよね? 『瞬足』の時の視界みたいに見るというか、一点を凝視するのではなく、全体を見渡していると違和感を感じてそこを見ると動いている、って感じですね」


 「ダイクはもしかして双眼鏡は使ってないの?」


 「ええ。双眼鏡を使うと何か目が疲れるので」


 なるほどね。双眼鏡を使わないと見えない俺達と違ってダイクは視力もいいわけだ。


 「じゃあダイク、しばらく観察は続けるけど、明日以降で動いてる木が見えたら、根元の様子をみておくれ。どんな感じで動いているのか、本当に気になるよ」


 「わかりました。なるべく近寄れたら近寄って根元を見るように努力してみます」


 次の日も同じ配置で1日観察した。


 やはり俺とハンスには動いているところはわからなかった。


 「動くと言っても、一回の移動でそんなに長い距離を動くわけじゃありませんね。ほんの少しづつです」


 ダイクにはわかるのが羨ましい。


 次の日もまた観察のため同じ場所を訪れると、夜の間の方が大きく動いた様子がある。

 昨日の夜地面に打っておいた釘がけっこう倒れていたり見当たらなくなっている。多分地面の中に沈んでしまったのだろう。


  そして3日目にして、動く木トレントと動かない木の判別がようやくできた。動かない木はこの3日間、地面に打った釘が全く変化していない。

 俺たちは手分けして、動く木トレントと普通の木に分けて目印の縄を縛った。

 そして今日も同じ配置で、ただしもう少し距離は近づいて様子を観察した。


 その瞬間は唐突に訪れた。

 俺の双眼鏡が捉えていた、目印を付けた動く木トレントが動いた。


 双眼鏡で捉えている動く木トレントが、その背後にある普通の木と比較して見た時に、ゆっくりと少し高く持ち上がった。そして滑るように右横に移動したのだ。


 「ハンス、動いた、動いたぞ! 見えたかい?」


 「いや、殿下、私が見ていた木は全く動いてなかったんですが、どれが動いたんですか?」


 「私が今から行って触る木だよ!」


 そう言って俺は今動いたばかりの木に向かって走って行き、その木に触った。

 その動く木トレントは森の一番外側に位置する木。

 50cm程木の根元から離れた地面に打っておいた目印の釘は、今その動く木トレントの根元に乗りあがっている。

 また、周辺の草も、動く木トレントが動いたことで動いた方向の地面に寄せられたようになっている。


 「ハンス、多分動く木トレントは、一度自分の植わっている土の高さを魔法で高くした後、周りの土を液状化して滑り降りるように移動してるみたいだ。そういう動きだってことを頭に入れて、また観察してみて!」


 俺はついに動く木トレントが動くところを見れて、ハンスに興奮して叫んだが、ハンスは然程驚くこともなかった。

 まあ、あまり木が動こうが何しようが興味がない人は興味がないのだ。ハンスは興味がそれほどわかないのだろうな。

 いや、付き合わせて悪かった。

 その日も夕暮れまで観察していたが、目印を付けた動く木トレントの移動する様子は目星を付けられたこともあって何度も見れた。


 ただ、同じ木が一日のうちに何度も動くことはそう多くないようで、1回の移動距離も30㎝から50cm程度のようだった。


 初観測した時のの2m弱動いた動く木トレントは頑張ったのだろう。



 その日の夕食の時に、俺はドノバン先生に、トレントの移動のことを話した。


 「そう言う動き方だったんですね。なるほど」


 ドノバン先生は感心して聞いてくれた。


 リューズには「ボクも移動するところそのものは見た事がなかったんだけど、そうだったんだね。でもジョアン達、けっこうトレントと他の木の見分けに時間かけたんだね。ボクに言ってくれれば、木の魔力量の減り方で大体は見分けられたと思うよ」


 と言われてしまった。


 「いや、殿下、最初からそうしていればあんな暇な時間を過ごさなくて良かったじゃないですか。

 1日2日ならまだしも、ずっと木を見てるのって結構暇で苦痛でしたよ」


 ハンスには恨みがましくそう言われてしまった。すまん。


 次の日、マリスさん達との約束通り、一度エルダーエルフの集落に戻るリューズを、俺達は森の入り口まで送って行った。


 ちなみにダイクと雪狼のボスはリューズの護衛として一緒にエルダーエルフの集落まで同行する。


 リューズ一人でも移動は問題ないと言えばないのだが、今回リューズは弓矢を持ってきていなかったので、万が一何かに襲われた場合の用心のためだ。


 森の入り口近くの動く木トレントの様子を何気なく見ていると、辺り一帯の全ての木に目印を付けていたはずなのに、目印の縄が付いていない若木が何本かあることに気づいた。


 「あれ、いつの間に」


 「ジョアン、ボクもトレントのことはよくわからないけど、お父さんたちに何か聞いてくるよ。その若木のことなんかもね」


 そう言ってリューズは森に入っていく。 


 そうだな、暗き暗き森のことはエルダーエルフに聞いた方が確実だ。


 「リューズ、よろしく頼むね」


 俺はリューズにそう声をかけた。


 リューズと、それを追うように後ろからついて行くダイクとボスの姿は、数分で木の陰に隠れ見えなくなった。


  


 その日の午後、代官屋敷にダリウス=ハールディーズの使者が現れ、手紙を渡された。


 代官マッシュには、王宮宛の手紙のついでにダリウス=ハールディーズにも手紙を渡してほしいとお願いしていたのだが、マッシュはわざわざハールディーズの方にも使者を仕立ててくれたらしい。

 ハールディーズの使者に泊まっていくよう勧めたが、使者はハールディーズ領都ライバックまで戻るのではなく、フリッツ=ライネルが滞在しているライネル商会の支店がある湖畔の街ベルシュに戻るので日帰りで予定している、とのことだった。


 ダリウスは今、ベルシュのハールディーズ家の別荘に滞在しているらしい。


 「すみません、手紙の内容を読みますので、しばし休息を取ってお待ちいただけませんか」


 俺は使者に待ってもらい、ダリウスからの手紙を確認した。


 手紙によるとダリウスは休暇でベルシュに滞在しているが、暇だから俺に顔を出して欲しい、俺の剣の腕が鈍っていないか確認したい、とある。


 いやいや、嫌だよ何でダリウスのシゴキに付き合わないといけないのよ。


 そう思って2枚目を読むと、俺が出した手紙の件について、10日後にジュディ夫人が別荘を訪れるので、そこで相談してみては、と書いてあった。



 俺は急いで返書を書き、使者に渡した。






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