第63話 世知辛え~




 軽くパンをつまみ、ペパーミント茶を飲んだ後は、俺、ドノバン先生、リューズ、そしてピアも一緒にお勉強をすることになった。


 ドノバン先生が各々に課題を出し、それに取り組みつつ、解らないことがあれば聞く方式。


 ピアも参加しているのは、ピアも孤児院のころに初歩の読み書き計算は習ったらしいが、今後ドノバン先生と結婚した後に、貴族家などの家庭教師は続けるであろうドノバン先生の補助をしたいと希望したためだ。

 リューズと部屋で喋っている時にそういう話題になったらしい。


 「ピアは私を見捨てるのかいッ!」


 ピアにそう言ったら、「殿下付のメイドは続けさせていただきたいですが、正妃陛下や第二王妃殿下のご判断になりますから」と冷静に返された。

 でも、身支度などは抜かしても、物品の用意や準備など、ピアの手際良さに慣れたら他の者の働きで満足できるかどうか。

 つくづくピアのおかげでダメ人間になっている。


 リューズは、あれから口を聞いてくれない。


 何かの拍子に目が合うと、プイッと逸らされる。


 これは俺が悪いので仕方がない。


 その夜の夕食後に「今日はこれくらいで勘弁するけど、ジョアンはボクには当然で、ボク以外の人にもデリカシーを持って接してね」と言われるまで続いた。


 誠に申し訳ない。

 今後は気を付けようと思う。



 そしてその次の朝のお勤めで、ついに風魔法乾燥ウインドドライの試用機会がやってきた。


 排便後、水魔法洗浄マジックウオッシュで洗浄。

 濡れた肛門付近にを風魔法の刷毛はけで拭くような感じでササっと。

 おお、これはいい。

 少し強めたい時は風魔法の刷毛はけを押し付ける感覚で。

 一応終わった後、葉っぱで拭いてみると、便は付かない。


 ただ、起こした風の方向には気を付けないと、自分で自分の臭いをモロに食らうことになってしまう。

 基本は前から後ろへ、だ。




 この成果は早速、朝食後に皆に発表した。


 「いいかい、大事なのは方向だ。間違っても後ろから前にイメージしちゃだめだぞ」


 俺がそう言うと、ハンスが「殿下、何でいつもそんな誰も気にしないけどやってみると便利で大事な事に気づくんですか?」と不思議そうに聞く。


 リューズをちらっと見ると、また顔を赤くしてソッポを向いているので、これはリューズの名を出しちゃ駄目なやつ、と察し「夢に出た謎の大賢者のお告げだよ」と誤魔化しておいた。




 さて、今日は代官マッシュとフリッツが来村する日だ。


 多分フリッツもマッシュも来るのは昼過ぎだろう。


 午後は彼らと話をするとして、午前中はラウラ母さんと、ハールディーズ公爵家の嫡男ダリウス宛に手紙を書くことにする。

 ラウラ母さんには帰還予定とドノバン先生とピアの件を、ダリウスには海産物の流通についての相談を公爵夫妻としたい、と言う件を手紙にしたためた。


 2通とも封筒に入れ、蝋をたらし指輪で封蝋を押す。


 本来ならば俺の従者、ダイクかハンスに直接届けてもらわないといけないが……正直ハンスもダイクも王都までの往復の約2週間強を手放したくないんだよなあ。


 代官マッシュに頼むか。


 今日、ハンスとダイクには暗き暗き森のトレントの観察をお願いしている。

 トレントの観察は本当は俺も行きたかったのだが、手紙を書かないといけないので断念した。

 トレントは、エルダーエルフが変化した『生命の木』の何らかの物質によって土魔法を使い移動するようになった木、という話をエルダーエルフのマリスさんから聞いたが、その移動や増え方がまだよくわからない。

 上手くその特性を、例えば土木工事などに生かせれば、少ない人手でもそこそこの規模の工事ができるのではないだろうか、と思ったのだ。

 そのための観察だが、まあ一日で何もかもわかる、ということはないだろう。

 長期の観察が必要になると思うが、とりあえず今日はその初日ということで2人に行ってもらった。


 ドノバン先生、ピア、リューズは今日も掃除、洗濯の後で勉強会。


 リューズに関しては前世の知識があるため、リューズ本人は地理、歴史の他、化学、物理学、数学などの専門書を読んでみたいと希望している。リューズの前世知識とこのネーレピア世界との学問の発展の差を知りたいらしい。

 無論、ドノバン先生にそのまま伝えてはいない。ただ、色々な学問を知りたいと伝えているだけだ。

 多分、リューズの知識は現在のネーレピア世界では最先端だろう。それを生かしていくにはマリスさんにきつく言われている7日間の縛りはかなりの枷になる。

 しかし当面は遵守していかないことにはマリスさんからの信頼は得られない。リューズ本人がマリスさん達を捨てるというのなら別だが、リューズにそんなつもりはないし、俺もできればそんなことにはなって欲しくない。

 だからしばらくは学問書を取り寄せるまで、ゆるく勉強をしていく形になる。



 午後になり、代官のマッシュが従者2人とともに代官屋敷に到着した。


 代官マッシュとフリッツが来る日は、6部屋ある宿泊部屋のうち、代官マッシュと従者、フリッツたちライネル商会の者たち2部屋で4部屋を空けなければならないので、この時ばかりは俺達男は全員同部屋になり、実に暑苦しい。

 特にハンスがめちゃくちゃ飲むので、かなり酒臭い中で寝ることになる。

 ハンスは次の日ケロッとしているのがまた腹立つんだよなあ。


 来年以降もフライス村に滞在することになるとすると、そろそろ代官屋敷ではなく、俺達が滞在する家、屋敷程でなくていいから家を作った方が良いかも知れない。


 そうなると結構な資金が必要になるが、うーむ、どうしたものか。


 とりあえず、代官マッシュに色々聞いて、決めれるところは決めて行こう。


 以前に代官マッシュと話し合った時、フリッツが提案する林業専業者の定住については受け入れてもらっていたし、林業従事者の課税についても、課税額のうち薪や木炭、木工品などの物納を半分と金銭収入に対する課税半分で徴収することに決まった。移住者が住む家屋については今年度のノースフォレスト地区の税収から建築費を出す、ということになっている。


 「マッシュ、今年度の税収から家屋の建築費を出すってことだけど、税収って言っても殆ど農作物だろう? どうやって金銭に変えるんだい?」


 「クリン村の倉庫に収められた麦等を商会に売却して金銭にします。それと金銭収入としてはクリン村他の水車税とハールディーズ公爵領などとの間の通行税がありますが」


 「ちなみに全部の農産物は売却できないでしょ? 農産物どうなってるの? 倉庫に積みっぱなしではないよね?」


 「まあ、私の頂く分4割は私に処分が任されています。他の6割のうち5割はこの周辺を管轄する第5騎士団の駐屯都市シュリルへ運ばれておりますな。残り1割は教会への教会税となります」


 「今回の家屋建設費用は、じゃあマッシュの取り分4割から出るわけだ」


 「私の取り分と言えど、全てを私の物にできるわけでは当然ありません。塩専売所の職員などの棒給も出さねばなりませんから。また、家屋や水車などの修理費用も出したその上で私の家族と私に仕えてくれる家人の報酬がやっと出る訳です」


 思った以上に世知辛え~。すまんマッシュ。


 「今回みたいに思わぬ家屋の出費、なんてことがある場合はどうするの? 石工ギルドや大工ギルドで職人を雇うんだろ? 支払いはツケが効くの?」


 「効くこともありますが、そろそろツケが嵩んでましてねえ……今回は厳しいかと……」


 本当に世知辛え~。


 「どうするの、マッシュ。大ピンチだよ」


 「殿下……恥を忍んで申し上げます……殿下が王都にご帰還の際、私も同行させていただき、何とか王家から資金援助していただけるようにお口添えいただけませんか……」


 「……そうだね、私のせいでもあるからね……」


 うおおおおおおおおおおおお、どうしよう、異国の食べ物なんかをねだるような訳にはいかないぞおおおおおおおおおんうおおん。


 とりあえず、さっきラウラ母さんに書いた書面は書き直しだ。

 何とか資金繰りをお願いするようにしなければ。


 ん? そう言えばフライス村に来て初めて聞く団体名がさっきマッシュの口から出てたな。


 「マッシュ、ところで第5騎士団ってさっき言ってたけど、全然フライス村に駐屯してたり見回りに来たりしたのを見たことがないけど」


 「本来でしたらフライス村も第5騎士団の管轄ですが、今は殆ど見回りに来ていないみたいですね。関所の兵士らは第5騎士団の管轄ですが、関所の警備がありますから関所を離れられませんし。

 クリン村も以前は駐屯部隊がいましたが、今はもういませんから」


 「じゃあノースフォレスト5カ村って、殆ど第5騎士団に守られてないってことじゃないか。害獣の駆除なんかも本来騎士団の任務じゃないの?」


 「第5騎士団の駐屯するシュリルは、大体クリン村から馬で1日強かかります。シュリルはテルプとの国境であるタイレル川の岸にありまして、テルプからの密入国や侵攻に常に備える必要がある、というのが騎士団長の申し分です。

 害獣や魔物の駆除は都度依頼すれば対応する、と言われていますが、正直依頼してから来てもらうのに早くて2日かかるようでは間に合いはしません。

 私も一代官の立場ですからね、強く要請できないのですよ」


 「だったらノースフォレスト地区5ヵ村が第5騎士団に納めてる農産物が勿体ないよ」


 その辺り、王都に戻った時に聞いておくか。


 「マッシュ、とりあえず10月に王都に戻るってことと、資金援助のことを書面に書き直すから、マッシュの従者に王宮まで運ぶのお願いしてもいいかな? あと、申し訳ないんだけど途中でライバックにも寄ってハールディーズ公爵の嫡男ダリウス宛の手紙もお願いしたいんだ」


 「それくらいお安い御用ですよ。私も王宮に書面を出さないといけないので、一緒に持たせましょう」


 はあ。簡単にいかないなあ。


 マッシュと一緒に代官執務室でラウラ母さん宛の手紙の書面を書いていると、表が騒がしくなった。


 どうやらフリッツたちライネル商会の一行が到着したようだ。


 一度顔だけは見せにいかないと。


 代官屋敷の表に出ると、ライネル商会の荷馬車が2台と、従業員5人が忙しく荷物を下ろしている。

 その指揮を執っているフリッツに声をかける。


 「いらっしゃい、フリッツ。代官のマッシュももう着いているよ」


 「お、ジョアン、1週間ぶりだな。変わりないか? もうリューズは来ているのか?」


 「リューズは一昨日来たよ。それでごめんフリッツ、ハンスとダイクは暗き暗き森の入り口まで出かけていて、男手がドノバン先生と私しかいないんだけど、私は王宮宛の手紙を書かないといけないから申し訳ないけど荷物はいつもの場所に運んでおいてくれないか?

 それと、フリッツは荷物を下ろし終わったら悪いけど代官執務室に来てほしいんだけど」


 「ん、わかった、ジョアン。荷下ろしが終わり次第代官執務室に行く。少し待っててくれ」


 「じゃ、私は執務室で手紙を書いているから」


 そう言って代官執務室まで戻る。


 そうしてまたマッシュと共に手紙を書く。

 凄く頼みづらいことを書くのは本当に気が重い。ドノバン先生とピアのことだけだったらいいのにな。


 悩みながら書き終え、封蝋をする。


 そうしているとノックの音がした。


 「どうぞ」


 マッシュが良く通る声で入室を許可すると、荷下ろしを終えたフリッツが入ってくる。


 「バーデン男爵に置かれましてはご健勝そうでなによりでございます、ってところでいつも通りの話し方でよろしいでしょうか?」


 「ああ、構わないよフリッツ。いつも通りの格式なしでいこう。今日は少し相談したいこともあるのでね」


  マッシュが執務机に乗せた手を組み、その上に立派なアゴをのせて答える。実に代官チックだ。


 「さっきジョアンが外に来た時に何か奥歯に物が挟まった言い方をしていましたからね。ジョアン、何か困りごとか?」


 「うん、まずはマッシュの話を聞いておくれ」


 「うむ。フリッツ、今年の収穫物の買取をお願いしたいのだが、例年よりも少し高めに買い取ってもらえないかね?」


 「事の次第をお聞かせいただければ、と言いたいところですが、私の一存では決めかねますね」


 「……商業ギルドの買取価格から、やはり大きくは上げられないかね」


 「そうですね。まあうちの利益を削ってになりますから、どうしてもそこまで高く買い取る訳にはいきません」


 「そこを何とかしてもらえないかね?」


 「正直、物が農産物でなければ何とかなるんですが、農産物、特に麦は難しいです。バーデン男爵もご存じだと思いますが、商業ギルドで決めた買取価格以上で買っても、都市部での小売価格や製パンギルドへの卸価格よりも高く売れませんから。

 うちの利益分は場合によっては0でも構わないですが、その分の何かがないと」


 「そうだな。もう君も私と一緒で殿下の協力者でもあるし、元はと言えば君が言い出したことでもあるな。うん、はっきり言おう。移住者のための家屋建設資金だ。正直大工ギルドや石工ギルドに支払いの目途が立たないんだ。彼等にはクリン村の橋の修理代金やらのツケをまだ返していなくてね。ツケという訳にはいかないんだよ。だから殿下と一緒に王宮へ行き、資金援助の陳情もするつもりなんだ。

 ただ、王宮にお願いするにしても、できるだけ自己資金で賄える分は賄いたい。何とかならんかね?」


 「麦の取引で私ら商会が得ている利益は本当に少ないんですよ。まあ、ここをなぶったりしたら多くの民衆が飢えかねませんからね。ただまあ、そういった理由でしたら私らの利益分3%は買取価格に乗せましょう。将来の木材で出す利益のための先行投資ですね」


 「おお、それだけでも助かる。ありがとうフリッツ」


 「ねえ、フリッツ、その価格で買い取る麦って、数量はどこまで大丈夫なの?」


 「際限なくは流石に無理だ。せいぜい例年の買取量の1.3倍くらいまでだな。それ以上は俺が親父に勘当されかねん。ジョアン、王家の他の蔵から麦持ってきて一緒に売ろうって思っただろう?」


 「ばれたか。しかし小麦価格は国民の生活の安定に直結しているとはいえ、実際は高く売る抜け道もあるでしょ? 都市国家連合に売るとか」


 「まあそうだな。とはいえ、都市国家連合まで小麦を運搬するのも大変だからそんな大した儲けにはならないぞ」


 「いや、そんなことないでしょ。商人ギルドは横のつながりあるんだから、帳簿上の動きはアレイエムのギルドから都市国家連合に売った形にしても、実際の現物の動きはせいぜい隣国で済むんじゃないの? スリマルクかアールマンスでいいでしょ」


 「いや、まあそうなんだけどな、ただ、よほどどこかの国で凶作にならない限りは、そんなに国際取引で黒字にはならないんだ。正直言うと商人ギルドのお偉いさんが腐ってきててな、それなりのをせびるるのさ。正規の額以上にな」


 「でも、去年から小麦の大産地のエイクロイドと他国の国交は閉じてて交易もないから、エイクロイド産の小麦が市場に出回らず品薄で価格も上がってるんじゃないの?」


 「ああ、正直に言うと去年の売値は上がった。だから商人も去年は小麦で儲けを出したよ。ただな、都市国家オーエ、あそこはエイクロイドと国交は開いてるだろ?

 共和制になって唯一。オーエの商人ギルドがエイクロイド産の小麦を安く買い叩いて膨大に仕入れたんだ。今年はそれが出回ってるから、今年に関してはそんなに値は上がらないんだ」


 「なるほどね。こっちも世知辛いな」


 「そうだぞジョアン。主食の麦じゃあ儲けを出すのは難しいぞ。何か付加価値を付けて唯一、みたいな製品だったらいくら高値つけても常識の範囲だったら売れる。そういった製品をなにか考えた方がいい」


 いやいや本当に世知辛えな~。


 この間、教会への寄付を銀貨30枚とかするんじゃなかった、と後悔が襲ってきた。



 今年はパパ上達に頭を下げて頼むしかないか。








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