第53話 エルダーエルフに質問のコーナー




 「たくさん話して喉が渇いたでしょう、もう一杯どうぞ」


 ニースさんにペパーミントのハーブ茶を勧められ、俺達は砂糖の入った甘いハーブ茶で喉を潤わせた。


 3杯目だが、変わらずに美味しい。


 「私たちエルダーエルフの生活は、大きな変化もなく、平穏そのものです。野生の魔物などを狩ったりすることはあっても、それは闘争ではなく狩りですしね。

 リューズはエルダーエルフとしては珍しく好奇心旺盛で、物覚えも良く、小さな頃からこの暗き暗き森の生活だけでは飽き足らないのではないか、と親として心配していました。

 案の定、こちらの場所に私たちのグループが移ってきた後、森の切れ目を見つけてからは結構足しげくあの岩の所に行って、人族に話しかけようとしたりしてましたからね、いつかはこんな日が来るのではないかとは思っていました」


 「リューズは本当にお転婆ですからね。もっと繕い物なども覚えてくれると良かったのに興味が無くって。お料理は好きで手伝ってくれましたけどね」


 「お父さん、お母さん、恥ずかしいよ、ジョアン達がいるのに、止めて」


 「ジョアン殿下たちがいるからこそ、お前の小さい頃の話を聞かせたいのだよ。私とニースがどれだけお前を大事に思っていたのか知ってもらいたいからね」


 リューズがマリスさんとニースさんと、親子らしくじゃれ合っている。


 俺はその様子を見て、何となく不思議な思いがした。


 俺は前世でもう50過ぎのオッサンだったし、俺の両親は生きているとはいえもう20年以上帰省した時にしか顔を合せなかったので、前世の両親に甘えた記憶は忘却の彼方だ。


 だから今世のラウラ母さん達には本当に親として家族として甘えることが出来ている。



 リューズの場合は、前世ではまだ高校生だった。


 反抗期だったかも知れないから何とも言えないが、今の両親のマリスさんとニースさんに抱く父母の情と、前世の両親に対しての父母の情、しっかり別と分けて感じているのだろうか?


 マリスさんとニースさんに前世の父母の面影を重ねてしまうことはないのだろうか?


 そんなことを思ってしまう。


 まあでもそんなことはここでは聞けない。


 転生して前世の記憶があるということは、この世界では俺とリューズの心の中だけに留めておくべき秘密だ。


 「マリスさん、こんなことを聞くのもどうかと思うのですが、暗き暗き森のエルダーエルフにとって人族は森の侵略者として排除すべき敵なのではないですか? 私は自分の国の歴史を勉強して、人族が何度も暗き暗き森を侵略しようとしてその度に手ひどく返り討ちに遭ってきたという話を嫌という程聞かされてきたので、てっきり今回のリューズのことも、交渉の余地なく断られるんじゃないか、と思っていました」


 「ジョアン殿下、私たちエルダーエルフにとっては、この暗き暗き森を侵す者全てが敵です。

 それは人族に留まらず、自然現象もそうですよ。

 例えば落雷や暴風による自然発火などは、放っておけば森すべてを燃やしてしまいますからね。

 そういう意味では人族よりも火を出す魔物の方が私たちにとって危険かも知れません。

 50年程前に人族の軍が攻め入ってきた時も返り討ちは容易でしたし、それ以降もポツポツと森に入って来る、私たちを奴隷にしようとする人攫いも、甘言にのる迂闊な同族がいなければ然程脅威ではありませんね。

 人族全体に対しては、私たちとこの森に仇なそうとする者以外は特に敵視したりはしていませんよ。

 普通に麓の村人や木こりが道に迷ったりした時は助けたりしていますから」


 「やっぱり年を経たエルダーエルフが変化した『生命の木』を守るためですか?」


 「そうですね、当然その理由もありますが、この暗き暗き森自体がけっこう貴重な動物や植物も多く、私たちが暮らしていくために様々な恵みを十分にもたらしてくれるからそこを守りたいという思いの方が大きいかも知れません。

 『生命の木』に関しては、この世界が生まれた時に存在していたエルダーエルフの変化した『生命の木』は枯れてしまいましたが、もう4000年は経っていると伝えられている『生命の木』もありますし、私の父母は、実は健在ですが、祖父母の変化した『生命の木』もありますからね。それを守るというのは子孫としての責務です」


 「マリスさんの両親はお幾つなんですか」


 「父が170歳、母が178歳でしたかね、確か。

 実は私たちのグループがここに移住してきたのは、私の両親に子供が生まれたからなんですよ。

 エルダーエルフは長寿で滅多に死ぬことが無い代わりに、子供があまりできません。大体一人産まれたら次の子供が産まれるのは集落全体で見ても平均5,6年後です。長く子供が出来ない時期は10年生まれないこともあります。

 そして不思議なことに必ず男女が交互に生まれます。そのため、年の近い子供同士が成長して夫婦になることが多いのですよ。

 私と両親が住んでいた集落では、一番幼い子供がリューズでした。次に私の両親から生まれるのは男の子です。流石に私の弟と私の娘を夫婦にするのはどうなのか、ということで私たちが両親の居る集落を出て、新しくここに住み始めたのですよ」


 いやー、そんな華麗なる近親相姦的なのはちょっとな。


 その決断は俺から見ると正解だ。


 「まあ私たちのような事情になることもあるので、結構暗き暗き森の中に多くのエルダーエルフの集落が分散していますよ。私たちエルダーエルフの総数は暗き暗き森全体で4000人程でしょうか。」


 暗き暗き森と言われる低山が連なる森林区域は、長さ南北に200㎞、幅東西に100㎞のけっこう広大な地域だ。その中に4000人だから、これは結構少ないな。


 「思ったより少ないんですね。人族の大軍に対抗していた頃より数は減っているのですか」


 「どうでしょうね。他の種族と交わったエルフたちもその後暗き暗き森から出たりしたでしょうから減ってはいるのかも知れないですね。

 ただ、人族の大軍と言えども、この暗き暗き森の中では私たちには絶対に勝てませんよ」


 「それは一体どういった理由ですか」


 「まあ単純に私たちの方が地形をよく知っていますし、森の中の移動も苦になりませんし、大軍とは言え指揮官を討ち取ってしまえば烏合の衆です。私たちの弓は風魔法を応用して放つので人族の弓よりも狙いは正確ですし、射程距離も長いのですよ」


 「風魔法をどのように応用すればいいんです?」


 ハンスが興味を持ったのか口を挟む。


 「全て手の内を教えるわけには行きません。ただまあヒントを出すとすれば、風を素早く動かすことですね」


 「そういえば先程、エルダーエルフの能力として、植物の力を使って魔法を使える、と言ってましたが、それと関係しているのですか」


 ドノバン先生も聞く。


 「弓とは関係ありませんが、確かに植物の蓄えた力を使って自ら魔法を使うことができます。

 多分人族の方もご存じだとは思いますが、魔法を使うためには自らの体力が必要となります。体力が尽きれば気を失ったりします。私たちエルダーエルフは植物に触れて魔法を使うことで、その植物の蓄えている体力? 養分を使って魔法を使用することができるのです。治癒魔法の時などは重宝しますよ」


 「リューズが狼の体に挟まれて左膝を骨折した時に、私の手を握って治癒魔法を使い、私の体力を消費したのですが、あれと一緒ですか?」


 「あの折は殿下を驚かせたようですね。リューズ、謝ったのかい?」


 「ごめんね、ジョアン。でも私はちゃんと事前に貴方に言ったよ、貴方の体力をちょうだいって」


 いや、今考えたら言葉が通じなくて良かった。


 初めて会う存在にそんなセリフを言われたとわかったら、逃げたかも知れない。


 「そんな怖いこと言ってたんだね。いいよいいよ、今となってはリューズの怪我が治ったんだから」


 「流石ジョアン。ありがとう」


 「……お互い仲が深まって良かったのでしょうかな。まあそれはそれとして、他者に触れていれば他者の体力を使って魔法を使用することも可能ですが、これは結構慣れが必要ですね。私たちは植物の力を使えるので割とすぐ慣れますが、人族の場合は意外と難しいかも知れません。

 他者の体力を使用するつもりで自分の体力を使っているという失敗を何度も繰り返しているうちに感覚が掴めれば、といったところです」


 「けっこう難しいんですね」


 「そうですね。自分の体力を使ってまで魔法を使う必要があるのか、というと他の手段で代行できるならそうしますし、その上他者の体力を使ってまで、となると殆ど使う機会なんてないでしょうね」


 「マリスさん、魔法に詳しいエルダーエルフのあなた方なら、この魔法という力が何故作用するのか、その理由もご存じなのではないですか?」


 ドノバン先生が尋ねる。


 確かに、魔法を使うためのエネルギーは自分たちの体力、栄養分だ。


 多分ATPとかそんなのを使ってるんだろうと思う。


 しかし、何故魔法が対象となる現象をイメージすることで、「自分の体以外の離れた場所」で発現するのか。


 この作用はまったくわからない。


 普通に考えれば体内のエネルギーを使った現象は体内でしか起りようがない。


 「それに関しては私たちも分かりません。ただ、何らかの力の伝達が起こっている結果だろう、とは推測しています。その伝達を仲立ちするものが空気中にあるのだろうと。

 ただ、それ以上は判りませんし、解き明かそうとも思っていません。私たちは、ただ起こる事象を利用するのみです。

 その点が人族と私たちの違いかも知れませんね。ドノバン=アーレントさん、あなたの様に起こる事象がなぜ起こるのか、その理由を知りたいとは私たちはあまり考えないのです」


 「お父さん、私はそういった自然の不思議を解き明かしてみたいって思うわよ」


 「リューズは本当に好奇心旺盛だね。私たちエルダーエルフの中でも変わり種だよ」


 確かにな。前世のある転生者だからこそリューズはそう考えるんだろう。


 最も俺がエルダーエルフに転生していたら、多分エルダーエルフの生活にずっぽりで、そんなに疑問を解き明かしたいなんて思わなかったかも知れないな。俺はズボラだから。


 そう考えるとリューズ個人の資質でもあるのだろう。


 「マリスさん、私たちは暗き暗き森のエルダーエルフに認められたのですか?」


 今後のエルフの集落との交流を念頭に置いて俺は尋ねる。



 「暗き暗き森のエルダーエルフ全体としてアレイエム王国を認めた、という訳ではありませんよ。

 リューズの父としての私と母としてのニースが、ジョアンさんとその友人たちを認めた、という段階です。

 ですから、ジョアンさんとそのご友人、ドノバン=アーレントさん、ハンス=リーベルトさん、そして峠で待っておられるダイク=ループスさんとその手下の雪狼に関してはこの集落への今後の来訪も認める、と言ったところですか。

 信頼関係というのは一朝一夕で出来るものではありませんからね。今後の交流次第ですよジョアン殿下」 


 「わかりましたマリスさん。リューズをお預かりする責任者として、提示された条件を必ず順守することを神に誓います」


 「ええ、よろしくお願いします。それと今後、この集落とあなた方の村の連絡には多分足の速いダイクさんの手下の雪狼を使うのだろうと思いますが、申し訳ないんですが何か雪狼に目印を付けておくようにしてください。さもないと間違えて狩ってしまうこともあり得ますから」


 「わかりました。ダイクに伝えておきます。では、そろそろお暇しようと思うのですが、リューズはどうしましょう、今日私たちと一緒にフライス村に同行させてもらって良いのですか?」


 「うん、お願いするわジョアン。よろしくね」


 「待ちなさいリューズ。今日は私とニースと一緒に過ごす最後の夜になるかも知れないんだよ。

 だからリューズは明日の朝出発しなさい。

 今晩は私とニースと一緒に過ごすんだ」


 「そうよリューズ。貴方にせめて最後の夜くらい女の子らしい事を教えてあげないと」


 「お父さんもお母さんも大げさだよ。7日に1度は戻るのに」


 「いや、リューズ、お父さんお母さんの言う通りだよ。別に人里が無くなる訳じゃないんだから、無理に今日出発する必要はないよ。明日、10時くらいにヒヨコ岩まで行くから、明日合流しよう」


 俺はそうリューズに伝えた。


 別にスケジュールが差し迫っている訳でもないから、お父さんお母さんとしっかり話をして別れを惜しんでおいた方がいい。


 「わかったわ。じゃあ明日10時にヒヨコ岩ね」




 リューズは無邪気な笑顔で笑った。










 

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