第51話 暗き暗き森のエルフ




 エルフの集落のリューズの自宅。


 囲炉裏を挟んで入り口側に俺たち3人が座り、対面にリューズの父であろうエルフの男性、俺たちの左側にリューズの母ニースさん、右側にリューズといった着座配置になった。


 ニースさんは後ろにあった戸棚から陶器の湯呑みのような器を人数分出し、囲炉裏の火に掛けてあった薬缶やかんのような容器から、液体を湯呑みに注いでいる。


 注ぎ終わると、俺たち一人一人に手渡された。

 リューズとリューズの父にも渡される。

 湯呑みの暖かい液体からは、甘い香りが漂っている。


 「私はリューズの父のマリスと言います。人族の皆さん、ようこそ我が家へ」


 飲み物が全員に行き渡ったところで、対面に座ったエルフの男性、リューズの父のマリスさんがそう挨拶した。


 「初めまして、私はジョアンといいます」


 そう言って俺は少し迷った。


 カバーストーリーであるデンカー商会の息子と言った方がいいのか、それとも正直にアレイエム王国第一王子と名乗り出た方がいいのか。

 まだアレイエム王国として、暗き暗き森のエルフとどのように付き合っていくのかなど国王であるパパ上ダニエルに相談した訳でもない。


 ただ、リューズには王子ということは話している。


 それをマリスさんとニースさんが聞いていれば、俺達に対して不誠実な者たちという印象を与えてしまう。


 「こちらのジョアン殿下は、一応暗き暗き森も含む範囲を国土とする、アレイエム王国の第一王子なんですよ。

 私はジョアン殿下の護衛騎士、ハンス=リーベルトと言います」


 ハンスが俺が迷っている間に、俺たちの正式な地位を名乗った。


 「私はジョアン殿下の家庭教師を務めているドノバン=アーレントと申します。ハンスさん、こちらを」


 ドノバン先生も名乗り、背負っていたシャベルをハンスに渡す。


 ハンスも自分が背負っていたシャベルとドノバン先生から渡された2本のシャベルを、ニースさんに渡した。


 「今渡した道具はシャベルと言って、すきを改良したもので、土を掘ったりする時にすきよりもしっかり掘れますし、使いやすいんです。

 贈り物として差し上げます。

 リューズの嬢ちゃんと相談して、エルフの皆さんは鍛冶はやってないそうですから贈り物としてはこれが良いんじゃないかって決めさせていただきました」

 ハンスがそのまま口上を述べる。


 「わざわざお気遣い頂いたようですね。シャベルと言う道具、有難く頂きます。

 私たちは確かに鍛冶は行っていません。同じく暗き暗き森に住むドワーフから物々交換で金属製品は手に入れているので、人族が工夫して作った道具というのは貴重です。

 ところで皆さん、せっかく淹れたのですから、冷めないうちに飲んでください」


 マリスさんがそう言って飲み物を勧める。


 せっかくなのでいただく。


 ズズズッ。


 これはハーブ茶の一種だろう。ハッカの甘い香りが鼻をくすぐる。

 そこに糖分が加えられている。ハッカの甘い香りに糖分で甘い味付けになっている。


 山歩きで疲れた体に染み渡るようだ。


 「これは美味しいですね。ハーブに甘い調味料を入れているのですか」


 「ええ、繁殖力が強く森に多く咲いているパピリンという植物の葉を乾燥させたものを煮だして、そこにコンプルの汁を煮詰めたものを加えています」


 「パピリンはペパーミント、コンプルは多分甜菜てんさいのことよ」


 リューズがそう言って単語の違いを教えてくれる。


 「どうですか、気に入っていただけましたか?」


 リューズの母のニースさんがそう俺たちに尋ねる。


 「ええ、山を歩いてきて疲れた体が、本当に癒されます」


 「宜しければもう一杯いかが?」


 ニースさんがそう言ってくれたので、俺は遠慮なく湯呑みをニースさんに差し出したところ、ニースさんは薬缶やかんからペパーミント茶を湯呑みに注いでまた俺に渡す。


 ドノバン先生とハンスも同じくお替りをしている。


 「さて、では本題に入りましょうか。リューズ、お前は森の外の世界に行ってみたい、そう言っていたが、この人たちを本当に連れて来たということはその気持ちに変わりはない、そう言うことだね?」


 マリスさんは平静な表情でそうリューズに尋ねる。


 「……うん、お父さん、私、この森の外の世界を見てみたいし、学んでみたいの。この森の生活が嫌になったってわけじゃないよ? 森は沢山の恵みを私たちに施してくれているし、危険な物や事もお父さんとお母さんが教えてくれた。この森の生活は豊かだと思うし、恵まれていると思う」


 エルフの言語で話しているリューズの一人称は私だ。


 日本語の時も私だ。


 ネーレピア共通言語の時だけボクになる。


 「でもね、私はね、お父さんお母さんに教えられたことだけじゃなく、もっと色々なことを知りたいの。そしてできればそれを他の人や存在の為に生かしたい。

 そんな風に考えるエルフは滅多にいないのも知ってるけど、でも……」


 「リューズ、お前の考えは変わっていないんだね。

 それでジョアンさん、貴方方はリューズの希望を聞いてここに来た、そういうことですね」


 マリスさんの表情は変わらず、俺たちにもそう尋ねる。


 「はい、私達はリューズと出会って2か月、共に森の中でお互いの言葉を学んで語り合いました。今私がこうしてマリスさんとニースさんと言葉を交わせるのもリューズのおかげです。

 リューズもまた私たちの言葉を学びましたが、リューズはもう外の世界、私たちの国に来ても言葉に不自由するレベルではありません」


 ふーむ、とため息をつき、マリスさんはあごに手をやり、考え込む。


 ニースさんは笑みを絶やさず、マリスさんとリューズを見守っている。


 「ねえ、お父さん、私の希望、叶えさせて」


 リューズはそう懇願する。


 「マリスさん、私たちの国には他の森出身のエルフも一緒に暮らしています。ですからリューズさんがエルフということで迫害されるようなことはありません」


 ドノバン先生もそう言って助け舟を出す。


 「……実はあなた方に対しては、お伝えしておかねばならんことがあるのです」


 マリスさんがそう口を開く。


 「あなた方は気づいておられませんでしたが、実は私たちはリューズとあなた方が接触した時からずっとあなた方を監視していたのです。

 私たちの一団がこの地に移り住んできた後、リューズが森の切れ目を見つけて森の外の世界に憧れているのは前からわかっておりました。

 リューズが外の人族に何とか接触できないかと探っているのもね」


 「お父さん、そんなに前から知っていたの?」


 「当然だよ。リューズはまだ4歳だったんだ。そんな小さな子供のことを見守らない親なんていないよ。リューズはエルフにしては好奇心旺盛だったからね。何かあった時のために備えていたんだ」


 「えー、言ってくれたって良かったじゃない!」


 「言ってたら見守りの意味がないだろう。

 それで、あなた方がリューズと初めて出会った時も、何かリューズに危険が及べばすぐに排除できるようにはしていたのです。ただ、雪狼の奇襲は察知が遅れてしまいましてね、私たちの大失態でした。

 あなた方の仲間のダイクさんですか、狼人間ワーウルフの彼には、私たちは借りを作った気分です」


 本当に最初から監視されていたのか。


 「あなた方の様子は慎重に観察させていただきましたよ。

 ジョアン殿下、あなたが手負いの雪狼を機転を利かせて撃退したところや、リューズをずっとかばっていたのもね。

 ただ、あなた方の目的は判らなかった。

 ここ数十年はなかったが、奴隷にする目的で暗き暗き森のエルフを攫おうとする人間もかつてはいたのでね」


 「マリスさん、今ではもうアレイエム王国には奴隷は存在しませんよ。皆もう自分自身を買い戻し、奴隷身分の子供たちも同じく平民となっています」


 ドノバン先生が説明する。


 「あなた方の国にはもう奴隷はいないとしても、他の文化の国にはまだ存在するのでしょう? 

 人族の中には自分の私欲のために暗き暗き森の私たちを狙ってくるものもかつてはいた、そして私たちを商品として扱う場所は今でも存在している、となれば奴隷目的ということを除外するわけにはいかないのです」


 まあどうゆう手段をとるかわからないが、国外に奴隷にするための攫った人間を持ち出すルートがあれば、絶対に無いと言い切れる話でもない。


 「あなた方は気絶したリューズを攫ったりすることはしませんでした。また、リューズがどうやってか、貴方方に外の世界に出たいという意向を伝えた後も、人族の言葉が判らないままのリューズを外の世界に連れ出すことをしませんでした。

 時間をかけてゆっくり互いの言葉を覚え、ある程度の意思疎通ができる状態になった上で、きちんと私たちに受け入れる意思があることを伝えに来られました。

 その点であなた方は信用できると私は判断したのです。ですから今日こうしてあなた方を迎えいれています」


 「マリスさん、ということは……」


 「ええ、あなた方にならリューズをお預けしても良いと思っています」


 「お父さん、ありがとう!」


 リューズはそう言ってマリスさんの胸に飛び込み抱き着いた。


 マリスさんはリューズの頭を優しく撫でている。


 「ただし、条件があります」


 マリスさんはリューズの頭を撫でながら、条件付きであることを俺たちに伝える。


 「条件は2つあります。

 一つは7日に1回、リューズは必ず私たちの元に戻ること。

 そして、もう一つは、絶対に森の外の世界で、リューズに性行為をさせないことです」


 娘を持つ父親としては当然の条件だが、しかし直接的な物言い過ぎ。


 「親として当然だと思いますが、まだ8歳のリューズさんにそんな心配をされるのは早いのでは?」


 ドノバン先生がそう聞き返す。


 確かに俺たちの中にリューズに手を出しそうな者は……ハンスも身近な女性にはわきまえて接しているしなあ。


 「……あと10年も経って、リューズが自分で自分の生き方を決断できるようになれば、それはそれでリューズの選択だと私たちも納得することができますが、今の時点では何があろうと許すことは出来ません」


 「エルフの皆さんは貞操観念がしっかりされているということですね」


 俺がそう相槌を打つと、マリスさんはまた少し考えこみ、そして口を開いた。


 「ジョアン殿下、あなたは何やら不思議な力をお持ちのようだ。あなた方を監視している時も、貴方からは何故かあなたの気持ちが私たちに伝わってきていました。

 あなたが私たちに悪意が無く、純粋に今後の自国と私たち暗き暗き森のエルフの懸け橋になりたいと、そういった気持ちでいるというのがね。

 そんな貴方だからこそ、私たちのことをお話ししておきます。

 まあ、広められて困ることでもありませんが、大っぴらに言うことでもないのでね、できれば無暗むやみに他人に吹聴はしないで欲しいのですが」


 「……どんな話でしょう?」


 「私たち、暗き暗き森のエルフは他の場所に住まうエルフとは違って、原初のエルフ、エルダーエルフなのです」


 エルダーエルフ? なんじゃそりゃ。


 エルダーバンパイアとかなら前世のゲームとかで見たけど。




 とりあえず俺たちはマリスさんの話を更に聞くことにした。












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