暗き暗き森のエルフ
第50話 エルフの集落
「ジョアン、明日は一旦ヒヨコ岩で合流、ってことでいい?」
リューズが聞く。
「うん。だいたいいつもの時間くらいにヒヨコ岩に来るよ。
リューズのお父さんお母さんにお会いするんだから、何か手土産持ってった方がいいかな?」
「そんなに気を使わなくていいよ。ボクが父さん母さんに森の外に行きたいって言うだけなんだし」
「そうは言ってもなあ。森の外では私たちがリューズを責任もって預かるって伝えないといけない訳だし、森の外の産物とか手土産にした方がいいだろ?」
「だったら、そうね……ジョアン達が使ってたシャベルなんかいいかもね。暗き暗き森のエルフは鍛冶はしないから」
「わかった。シャベル2本をリューズのお父さんお母さんに進呈するよ。リボンかけてね」
「装飾なんてどうでもいいけどね。じゃあ明日、よろしく」
リューズはそう言って拠点小屋から出て、自分の集落への帰路に着いた。
俺とハンス、ドノバン先生も代官屋敷に戻るために外に出る。
これから代官屋敷に戻ればちょうど日暮れ前だ。
「殿下、感慨深いですね。初めてリューズさんに会ってから2か月強。こんなに早く意思疎通できるようになって、暗き暗き森のエルフの集落に立ち入ることができるなんて」
「そうですね、ドノバン先生。リューズが優秀で、いい言語教師役でしたからね」
「まったくです。最初の教材の選定も良かったですね。『自慢のお兄ちゃん』ですか。ハンスさんの気の利かせ方はなかなか普通はできませんよ」
「自分が言葉を覚えた時のことを思い出したらね。殿下は最初から優秀で、絵本は使わなかったって聞いてましたから」
「失礼だなあハンス。ドノバン先生には最初から教科書で教わったけど、私だってラウラ母さんに絵本を読んでもらってたんだぞ、オーエ・ヒートの水道の話とか」
「ああ、あれも良い絵本ですね。ただそこはかとないオーエ教の布教のニオイがどうも私は駄目でした」
「まあ、でも世界初の活版印刷書はオーエ教の聖書でしたからね。文化の発展に宗教が関わるのは仕方がないですよ」
そんなとりとめもない雑談をしながら俺たちは代官屋敷への帰り道を進む。
明日はいよいよエルフの集落だ。
リューズが一緒とは言ってもやっぱり心配はある。
いきなり敵対的な行動をされないとも限らない。
かといってこちらも最初から争いを考慮に入れて準備するというのも、かえって相手を刺激する可能性が高いしな。
明日は俺、ドノバン先生、ハンスの3人でエルフの集落を訪れる予定だ。
ダイクには南の山の山頂付近で待っていてもらう手筈にしている。
ダイクは最悪俺たちに何かあった時、状況の確認と生き残った者を救出するように言ってある。
まあエルフの集団を怒らせて、報復にフライス村が襲われたら対抗する手段なんてないけれど。
そんなことがないように祈りたい。
パパ上ならどんな判断をするだろうか。
俺の行動を無鉄砲で無計画だと叱るかも知れない。
まあ、でもそこまでひどいことには、俺たちが余程のことを仕出かさない限りはならないだろう。
次の日の朝、俺とドノバン先生とハンス、ダイクとバロンが率いる雪狼5頭がヒヨコ岩でリューズを待った。
ピアは変わらず留守番で、フデは代官屋敷でピアの手伝いをしている。洗濯物を干したりはできないが、洗濯後の水を運搬したりとか、シーツなどの大物を外の干場に運んだりなどしている。
雪狼のフデをこき使っているように見えるピアは完全に代官屋敷の主だ。
時々通りかかる村人もその様子には驚いているようだ。
俺たちが10分ほど待っていると、リューズが勢いよく斜面を駆け下りてきた。
相変わらず林野を見事に移動してくる。
「お待たせ。じゃあ行こうか。ボクがゆっくり案内するから付いてきてね」
そういってリューズは歩き出す。俺たちも付いて行く。
正直、こんな藪や草むらの斜面を登っていくのは俺にとって初体験だ。
前世でも、山の中に入る時は一応林道みたいになってたところばかりしか行ったことがない。趣味で山菜取りやイワナ釣りをやってる友達に誘われたことがあるが、一度行ってギブアップした。
ハンスやドノバン先生が所々マチェットで切り開いてくれないと登れない。
多分移動の足を俺が引っ張っている。
リューズの足ならヒヨコ岩からエルフの集落までだいたい30分、と言っていたが、今は歩き出して30分は経っているが、まだ南の山々の峠にも到達していない。
「一旦休もうか。慣れない林野の移動だから、あまりジョアンの負担になってもいけないからね」
リューズがそう言って休憩を取った。
水筒(湯たんぽ)から水を飲むと、熱を帯びた体の温度が少し下がり、呼吸も落ち着いた。
いや、こりゃ俺を傍から見たら大変そうに見えるだろうな。実際大変だけど。
『ジョアンも、同種族の中で最も優れた肉体を貰ってるみたいだけど、やっぱり成長しないと十分に力を発揮できないのね』
リューズが日本語で話しかける。
俺とリューズの間だけの内緒話はこれからも日本語だ。前世の話や転生の話は必然的に日本語になる。
『まあねえ。8歳なりの体力しかないよ。ハンスやドノバン先生、当然リューズにも敵わない。あとどれくらいかかりそう?』
「この峠を登り切ったら、あとは下り。盆地みたいになってるからそんなにかからないよ。このペースだったら30分くらいかな」
最初にエルフの里までの距離を聞いた時のダイクの見立ては正しかったみたいだ。
「じゃあ、一息ついたら出発しましょう」
リューズはそう言って立ち上がった。
リューズの言った通り、10分ほど藪をかき分けて昇っていくと、峠の頂上に出た。
少し木の密度が少なくなり、見通しが良くなっている。
俺たちが昇ってきた方向を振り返ると、遥かに広がる一面の森の中に、そこだけ木が少なくなっている場所がある。
そこがフライス村だ。
本当にフライス村は森の只中だ。
あそこに100人弱の人間が暮らしているんだな。
ハンスが双眼鏡を持ってきており、それをのぞき込んでいる。
「ここからだと村の中も見えますね。礼拝堂の鐘を突きに子供が走ってますよ。もうすぐ10時なんですね」
耳を澄ますとカーン、カーンと鐘の音が微かに聞こえた。
峠の反対側を見ると、今いる峠よりも低い
池の周囲の丘陵に幾つかの木造のテントのような建物が見える。
あそこがエルフの集落なのだろう。
当たり前だが、フライス村よりはここからだと全然近い。
「あそこがボク達の集落だよ。じゃあダイクさんとバロン以外の雪狼の群れはここで待っててね」
「じゃあダイク、すまないけど何かあったら任せるよ。何もないとは思うけどね」
そう言ってダイク、雪狼たちと別れ、盆地へと俺たち+バロンは降りて行く。
下りは随分体は楽だが、別に藪や草むらが歩きやすい訳ではない。
ただ、下りは体重が軽い方が膝への負担が少ない。この時ばかりは8歳の体に感謝だ。
登りとそう変わらないペースで俺たちは歩いた。
ようやく池のほとりに出て、歩きやすくなる。
池から少し昇った丘陵の上に10ばかりの木を組んで木の枝で屋根を拭いた、竪穴式住居がある。
そのうちの一軒の前に、エルフの女性が立ってこちらを見ている。
弓は持っておらず手ぶらだ。
「お母さーん!」
リューズはそのエルフの女性に手を振った。
俺たちはそのエルフの女性の前に移動した。
緑の髪。抜けるように白い肌。切れ長の
耳はリューズと同じく大きく、尖っておりやや開き気味。
身長は170cmくらいか。ドノバン先生よりも少し低い。
着ている衣類はリューズと全く同じ麻の生地で袖や襟元、裾に緑の糸で
うん、どう見てもリューズのお母さんだ。似ている。
「初めまして、リューズのお母さん。私はジョアンと言います。リューズとは森の中で出会いました。
私たちはエルフの皆さんと敵対するつもりはありません。私たちが腰に差している物も剣ではなく、草を切り払うための山刀です。ここでは必要ありませんから、お預けしても構いません」
「上手に私たちの言葉を話されますね。私はリューズの母のニースです。そうですね、山刀とはいえ腰に差したまま話すというのも野暮ですね。一度お預かりさせていただきますね」
俺たちはそれを聞いてニースさんにホルダーごとマチェットを外し、渡した。
ニースさんは俺たち3人分のマチェットを、重さが無いかの如く軽々と左手で抱えた。
「そちらのお二人が背中に背負っておられるのは何でしょうか」
ニースさんはハンスとドノバン先生が背負って持ってきたシャベルのことを聞く。
一応贈り物だから、柄の部分にリボンをかけておいた。リボンはピアが作ってくれたものだ。
リボンで可愛らしく飾ってあっても、確かにシャベルは武器になる。聞きかじった話だと前世の第一次世界大戦で最も敵を殺戮した武器だ。
「これはシャベルと言って、
「そうでしたか。でしたら中で夫にお渡し下さい。人を招くのは初めてなので、何かと行き届かないところもあるかと思いますが、どうぞお入りください」
ニースさんに手で入るよう示されたため、俺たちはリューズの自宅であろう竪穴式住居の中に入った。
中に入る前に、一緒にここまで来たバロンには中には入らず、外で待つように言う。
バロンも俺たちの簡単な指示は理解できるので、大人しく地面に座り、丸くなって休む。
ニースさんは体調3m近いバロンに全く動じることなく気にもかけていないようだ。
建物の中に入ると明り取りの窓があり、そこには例のごとく加工したスライム皮膜が貼り付けられており、建物内は意外と明るかった。
中は土間のようになっており、床の中心が囲炉裏の様に掘られ、火が焚かれており、
俺たちから見て囲炉裏の向こう側に一人のエルフの男性があぐらをかいて座っていた。
「どうぞお座り下さい」
そのエルフの男性は俺たちにそう声をかけた。
その声を聞いて俺たちは敷物の上に座った。
ハンス、ドノバン先生はエルフの男性と同じくあぐらをかいて座った。
俺は正座だ。
やっぱりこの姿勢が一番馴染む。
そう言えばこの世界で正座は初めてだ。足の痺れはどうだろうか。
「足を崩してくれていいんですよ」
エルフの男性はそう言って、あぐらを勧めてくれる。
「いえ、この姿勢の方が背筋が伸びて、腰に負担がかからないのでいいんです。足が痺れてきたら崩します」
俺はそう返答した。
それを聞いてエルフの男性はちょっと苦笑した。
このエルフの男性も緑の髪。
長く伸びた髪をヘアバンドを付けて顔に掛からないようにしている。
着ている物もリューズやニースさんと一緒。
耳が尖って開いていることを抜かせば、ヘアバンドをしていることもあって、壮年になった北〇の拳のトキに似ている。
そうしていると、リューズとニースさんも中に入り、囲炉裏端に座る。
二人とも横座りだ。何とも
ニースさんは俺たちから預かったマチェットを入り口付近に立てかけて置いていて、今は持っていない。
囲炉裏を挟んで入り口側に俺たち3人が座り、対面にリューズの父であろうエルフの男性、俺たちの左側にニースさん、右側にリューズといった着座配置になった。
ニースさんは後ろにあった戸棚から陶器の湯呑みのような器を人数分出し、囲炉裏の火に掛けてあった
注ぎ終わると、俺たち一人一人に手渡された。
リューズとリューズの父にも渡される。
湯呑みの暖かい液体からは、甘い香りが漂っている。
「私はリューズの父のマリスと言います。人族の皆さん、ようこそ我が家へ」
飲み物が全員に行き渡ったところで、対面に座ったエルフの男性、リューズの父のマリスさんがそう挨拶した。
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