第47話 拠点小屋完成
今世で初のアルコールのせいで
風呂を沸かすための焚火の消し炭に火を付けて燃やし、ズボンを乾かそう! と思いついたが、酔いが回った状態は魔法の制御が効かないので、思ったところに火が付かないのだ。
消し炭に火を付けるようイメージしているのに、1m横の草に火が付き、すぐ消えたりするのだ。
知らん。もういい。
俺は開き直って濡れたズボンで屋敷に戻り、ダッシュで広間を駆け抜け自室に飛び込んだ。
セーフ。
上手く行った。
誰にも気づかれていない。
俺の尊厳は守られたのだ。
コンコン。
「殿下、失礼します」
ノックと同時にピアが入ってきた。
「どっどっどどうしたんだいピアさん、急に、私に惚れたのかい?」
「……何を言ってるんですか殿下、お着替えをお持ちしたんですよ」
「ななな何で着替えなんか」
「殿下のおズボンが濡れておられましたから。いいんですよ殿下、初めてお酒を飲んだ方が粗相してしまうのはよくあることです。初めてでなくても粗相する方もおられるのですから」
「そそそ粗相なんてしてねーし」
「大体殿下はまだ8歳なんですから、粗相しても恥ずかしがらなくても良いのですよ」
「いや、水魔法の制御に失敗しただけだから」
「おしっこだろうと水だろうと、濡れているのに変わりありません。どっちみち洗濯しなければならないのですから、早く着替えて汚れ物を出して下さい。私は向こうを向いていますから」
くそう。
ピアめ、俺が失禁したと完全に思ってる。
違うんだ、本当に魔法の制御ミスなんだ。
まあ考えていても仕方がない。
急いでズボンと下着を履き替えた。
「着替えたよ、ピア。じゃあ、これお願い」
「はい、殿下。洗濯物に出しておきますね」
そう言ってピアは俺が脱いだパンツとズボンを受け取った。
「ピア、本当に違うんだ。何なら臭いを嗅げばおしっこじゃないってわかるから」
「殿下、人に変なことを勧めるのはお止し下さい。では」
そう言ってピアは部屋を出て行った。
あ~、信じてくれ。
何だかわからないが俺はとてつもなく大きな敗北感を感じた。
次の日の朝。
俺が起きて広間に行くと、ハンスが元気に挨拶してくる。
「おはようございます殿下。昨日は気持ちよく飲ませていただきました」
まあにこやかに挨拶してくる。
「おはようハンス。フリッツさんは?」
「フリッツの奴はまだ寝てますよ。飲み過ぎとか言ってましたがね、まあ商会のお坊ちゃんですから軟弱なこってす」
「ハンスは平気なの?」
「あれっぽちじゃあ次の日に酒が残るなんてことはありませんよ。かえって今日生きる元気満タンって奴ですな」
おまえも二日酔いになっとけ!
多分樽の半分は飲み干してたぞ。
「まあ元気なんだったら、今日の作業も頑張ってほしいな」
「このハンスにお任せあれ、って奴ですな、ハハハ」
ゲオルグ先生と同じように笑う。やはり親子だ。
デンカー商会の従業員、という役割を与えられたライネル商会の従業員たちは今日、ベルシュに戻る。
戻るにあたり空の荷馬車で帰るのも勿体ないので、暗き暗き森の外縁で切り倒したトレントなどの原木を買って帰るらしい。
フリッツはしばらくフライス村に残るらしいが、今日は原木の買い入れ交渉でディルクと話すらしいので村に残るようだ。
俺たちはいつもの森に入るメンバーで暗き暗き森の拠点建設に入った。
拠点の小屋はログハウスにする。
ログハウスといえば聞こえがいいが、要するに丸太小屋だ。
そのために俺たちは木をひたすら切り倒し、長さを揃える加工をした。
やっぱり斧って大事だよね。
ハンスが買ってきてくれた道具が大活躍した。
今日一日で1面分の壁になるくらいの木は取れた。
生木をそのまま使う訳にはいかないので、リューズが追加で持ってきてくれたスライムの皮膜で更に大きい乾燥室を作り、そこに生木を並べて入れた。
俺はリューズと一緒に生木を入れる乾燥室の制作と、生木を乾燥室に入れる作業をした。
作業の合間にリューズに聞く。
『そういえばリューズ、エルフはキノコは食べないのかい?』
『食べるに決まってるじゃない。シイタケっぽいのとかシメジっぽいのとかあるよ。私も父母に仕込まれてるから、食べられるキノコと食べられないキノコの見分けはつくよ』
『いや、実はさ、以前ウドン作ったんだけどダシを取るものが無くてさ。エルフが乾燥シイタケとか作ってるんだったらちょっと分けて貰えないかなあと思って』
『人里だと乾燥キノコ作ってないの? 前世だと乾燥シイタケくらいしか知らなかったけど、こっちだと冬の保存食用に食べられるキノコは乾燥させて保存してるよ』
『いや、多分日本っぽい国のニーパンとかだったら乾燥キノコは作ってると思うんだけど、アレイエムだと作ってないみたいなんだよ。キノコ自体は食べるみたいだけど』
『へえ、そうなんだ。じゃあ今度持ってきてあげるよ』
やったぜ、ウドンリベンジができるぞ。
森の拠点小屋は二週間程で完成した。
商談を終えたフリッツも次の日から俺たちと一緒に作業をしたので人手が増えたのも大きかった。
小屋の支柱になる丸太を立てるのにはシャベルが大活躍した。
俺が土魔法で掘っても良かったのだが、やっぱり何が起こるかわからない森の中だけに、いざと言う時の体力は残しておくため、普通に手掘りにしたのだ。
丸太を積み上げて壁にし、屋根も丸太で葺いた。
明り取りの窓はスライムの皮膜を、リューズが持ってきたウルシのような樹液で作られた接着剤で貼り付けた。
屋根や壁の隙間は土を捏ねたもので埋め、俺とリューズを中心に魔法で陶器化して仕上げた。
出来上がった拠点小屋を見て、やっぱり感慨がこみ上げる。
大人が10人も入ればギュウギュウになる、それほど広い小屋ではない。
何となく王宮庭園の作業用具置き場の小屋を思い起こさせる。
俺たちだけで作り上げた秘密基地だ。
完成した日の昼は小屋の完成を祝って、皆で鍋を作ってつついた。
雪狼たちが狩ってきたアルミラージを捌き、今度はしっかり川で血抜きしたものを煮込む。
野菜はフライス村から持ってきたものを使った他、リューズが野草を取ってきてくれたので刻んで入れた。
リューズが干しシイタケを持ってきてくれたので、いいダシが取れた。
「ほほう、ジョアン、エルフの料理というのは野性味に溢れていて実に旨いな」
フリッツが小鉢に取った分を、その辺りで摂ってきた木の枝を箸替わりに使いながらそう言って感心する。
みんな箸の使い方を教えたら、けっこう簡単に使えるようになった。
フリッツはずっと兄キャラを崩そうとしない。
聞けば下に弟が2人いるらしいので、元々こうなのだろう。
言葉の通じないリューズに対しても兄キャラで平気で話しかけるのは、商人としてやっていく上では強みだろう。
「それで明日からはどうするんだ? 一応の目的の小屋は完成しただろう?」
「そうですね……」
明日からは、俺とドノバン先生とリューズは、ここでお互いの言語の習得をする。
ハンス、ダイク、フリッツはどうするのか。
「殿下、私は雪狼たちと、もう少しこの周辺を探索し、必要なら危険な魔物の駆逐をしておこうかと思うのですが。フライス村でも牧畜を行おうというのであれば、家畜が襲われないようにしておきたいのです」
「そうだね、そうしてもらえると助かるよ。ただ、エルフといきなり鉢合わせたりするのはまずいな。『リューズ、ダイクがフライス村を襲いそうな魔物や動物の駆逐をしたいそうだけど、エルフとかち合わないためにはどうしたらいい?』」
『そうね、南の山を一つ越えると私たちの集落になるから、北の方面だったら東西にはどれだけ動き回っても問題ないと思う』
「ダイク、南の山を越えるとエルフの集落があるらしい。だから北方だったら東西どれだけでも動いていいそうだぞ。万が一エルフに出くわしても、決して敵対する態度を取らないようにね」
「わかりました。では明日からはそのように動かせてもらいます。それと殿下、もう一つ検討していただきたいことがあるのですが」
「何だい、ダイク。言ってみてよ」
「この周辺の魔物を駆逐しても、以後一切魔物がこの辺りに出なくなる訳ではありません。ですから、フライス村が襲われた時に対処できるよう、雪狼たちをフライス村に住まわせるようにしたいのです」
確かに一理ある。
ただなあ、村人の反応がどう出るか。
雪狼は暗き暗き森の中でも最も恐ろしい魔物の一つと認識されている。
フライス村で家畜を飼わなくなったのも雪狼を始めとした魔物に襲われたから、と村長のディルクは言っていた。
「ダイク、そうできればいいとは私も思う。けど、村人が受け入れられるかってのはまた別の問題だよ」
「村長の様子から、それはわかっています。ただ、少しづつでも村人に受け入れてもらえるようにする努力はしていきたいのです。
フデならばそこまで体躯も大きくなく、村人に恐怖感を感じさせないと思いますので、まずフデを私たちと一緒にフライス村に連れて行き、村人に慣れてもらうのは如何でしょうか」
「……絶対にフデが村人を襲ったりしないようにしないといけない。できるのかい、ダイク?」
「はい、私の誇りにかけて、絶対に村人を襲わせないと誓います」
「だったらやってみようか。確かにフライス村に雪狼たちが居てくれた方が何かと安心できるようになるからね」
「殿下、ありがとうございます」
ダイクは雪狼にとっての親分だな。雪狼のことはダイクに任せてみよう。
「殿下、私は殿下の護衛任務がありますから、殿下と一緒にエルフの言葉を勉強しますよ」
ハンスはそう言った。まあ確かに護衛騎士のどちらかは必ず俺と一緒に居て護衛していないと意味ないからな。当然だ。
「じゃあハンスも一緒に勉強しようか。ハンス、マッシュが来るとき以外は禁酒だぞ。しっかり学んでおくれよ」
「いや、殿下の厳しいところ見られるのもまた配下冥利ってもんですよ」
あ~ハンスは軽い。でもこれがハンスの良さだな。
「じゃああとはフリッツだね。フリッツはどうする? 一緒に言葉を勉強する?」
「そうだな、エルフの言葉を覚えて、いの一番にエルフとの取引ができれば、莫大な利益になる。
ただ、私は少し考えていたことがあるのだよジョアン」
フリッツの兄キャラ炸裂! 何者だお前。
「なになに何だよフリッツ~、気になるなあ」
「この間の原木の取引で思った事だが、フライス村を含むノースフォレスト地区5ヶ村は森林資源が豊富だ。ただ、その豊富な森林資源を生かし切れているとは言い難い。
まず単純に木を伐り出す人手が足りていない。そして切り出した木を加工する人手もない。技術も設備もない。更に言えば運搬する手段もない。ないない尽くしだ。
ジョアン、これは実に勿体ないことだと思わないか」
「確かに勿体ないことだと思うよ。現状だと森からトレントが溢れ出てきてどんどん森が広がっている訳だからね。ただ村人にこれ以上の農作業以外の課役を課す訳にもいかないよ」
「うん、確かに今現在の人手ではこれ以上のことは難しいだろうな。だからこそ、だ。新しく働ける人手をどこからか引っ張ってくる必要がある。それを私にやらせてくれないか?」
「それは願ってもない申し出だけど、アテはあるのかい? 今はどこも人手が足りてないよ?」
「確かにな。ただ、それは農村部に顕著な傾向でもある。都市部では逆に職にあぶれ、その日暮らしを続け、冬には餓死と凍死の恐怖に晒されている者も多い。そういった者たちならば、食と住が安定する環境を提供できさえすれば林業に従事しても良い、というものもあるだろう。そのあたりの募集と、移住の手配を私にやらせてほしい」
「わかったよ、ありがとうフリッツ。そちらの手配をお願いするよ。ただ、現状だと際限なく受け入れるというのは難しいと思う。だから当面20人くらいなんとか募集して。それくらいなら代官のマッシュと村長のディルクに相談して受け入れられると思う」
「なら話は決まりだな。私は一度ベルシュに戻る。週に1度、こちらに顔を出す。そうだな、代官のマッシュがフライス村に来る日に合わせるようにしよう。
それと移住人員の募集はハールディーズ公爵領で行う訳には行かない。ハールディーズ公爵領の人民を勝手に王家直轄領に移住させたら王家とハールディーズ公爵との間の問題になってしまうからな。
移住の募集は王家直轄領の都市で行うようになるから、それなりに時間はかかる。受け入れる制度的な準備などはなるべく整えておいてくれ。
建物などのインフラ整備は職人などの手配は言ってくれれば手伝えるぞ」
おお、何か一気に事が動き出した感じだ。
フリッツ、商会の跡取りだけに都市の事情にも通じているようだ。
当初は代官のマッシュに人手を集める依頼をしようと思っていたが、それはフリッツに任せて、マッシュとは移住の受け入れの制度をどうするか相談しよう。実際に制度の執行はマッシュの仕事だからな。
「ありがとう、皆。じゃあ明日からまた頑張ろう。とりあえず今日は鍋を食べて英気を養ってね」
「あ~、湯たんぽにエールを入れて持ってくれば良かった! この煮込み料理は絶対にエールに合うんですよ」
「ハンスぅ、本当にオメーは酒と女にゃだらしねえなオイ」
「うっせーよダイク、オメーは何で男しかいねーのに気取ってるんだよ。ちったあフリッツを見習え」
「人の金で飲む酒と女は旨いのか、このやさぐれ騎士が」
「まあまあ皆さん、殿下の情操に悪いのでその辺りで」
『ねえジョアン、彼らは何の話をしているの?』
『アハハ! 気にしない気にしない、一休み一休み』
『何それ、意味わかんない』
最近、ずっと宴会みたいなことをしている気がする。
まあ、それだけこの仲間との仲が深まってきているんだろう。
また明日から、言語の勉強もある。
気持ちを新たに、頑張っていこう。
お椀によそったアルミラージの肉を食べながら俺は決意を新たにした。
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