第41話 知ってしまった
次の日、俺たちは準備を整えてまた暗き暗き森へと向かった。
天気は本日も晴れ。多分1日雨が降ることはないだろう。
今日は昨日の夜話したとおり、ジャイアントボアの死骸を埋めるための
全員革製の胴当てと木製のバックラー、マチェットは変わらず。背嚢には食料としてパンを入れている。
魔法をバンバン使うような事態になっても一応はすぐに栄養補給できるようにだ。
今日もピアはお留守番だ。
洗濯、ベッドメイクの他に今日は村長ディルクの奥さんのマールさんに料理を教えてもらう予定となっている。
ピアは包丁の扱いは上手にできるので、あとは料理を作る際の材料、調味料の分量と、加熱のタイミングなどを教えて貰えればすぐに料理もマスターすると思う。
暗き暗き森へ行く途中でまた村長のディルクが農作業している畑の前を通る。
わざわざ来てもらうのも悪いので、大声で挨拶だけする。
「ディルクさ~ん! お疲れ様で~す! 行ってきま~す!」
ディルクとその子たちが手を振って見送ってくれる。
晴れているから熱中症には気を付けてほしい。
まあ前世の日本に比べるとアレイエムは湿度が低いから、死に至るなんてことはないのだろうが。
暗き暗き森の入り口に着く。
森から出てきたトレントたちは、やっぱり少しづつ広がっているようだ。
昨日、道から一番近いトレントの根元に色付きの釘を囲うように刺しておいたが、釘が刺さっている場所から1~2mの範囲で森の外側に移動していた。
一方の釘を倒して移動していたので、何らかの手段で地中の根ごと移動しているようだ。
一度地面から根が抜け出して、根が足代わりになり移動する、という魔物らしい移動ではないようなので残念なようなホッとしたような。
「移動しない種類のナラやブナに似ている木で、移動する種類の別種の植物、という解釈が正しいのかも知れませんね」
ドノバン先生がそう言う。
本当に一度観察して移動方法確認したい。
多分、何かに繋がる発見になる筈だ。
途中の木に何か所か同じように色付釘で印をつけながら、15分くらい森に埋もれた元道を歩くとヒヨコ岩に出た。
付近にはダイクが手下にした雪狼のうち2頭が地面に丸まって休んでいる。
もう1頭はどこかに行っているようだ。
Gurururu,WowWow、Wow
ダイクが残っている雪狼たちに聞く。
Gururururu、Gururu
雪狼たちが答える。
「もう一頭は周囲の偵察に出たそうです」
なるほど。本能的に危険を早く察知するためなのかも知れんな。
野生では周囲の外敵の警戒は怠る訳にはいかないのだろう。
ジャイアントボアは、内臓も全て平らげられている。残すは骨だけだ。
とはいっても骨の周りには肉が付いている。イヌなんかだと喜んでしゃぶりそうだ。
「ダイク、どうする? もう埋めちゃう? まだ雪狼たち食べそう?」
「もう少し綺麗に食べさせましょう。勿体ない」
WowWowWow
ダイクは雪狼たちにまた唸った。もう少し食べて綺麗にしろ、とでも言っているのだろう。
しばらく待っていると、昨日と同じ方向からリューズがこちらに向かってくる。
昨日とは違い、走ってくる。速い。
あっという間に小高い斜面の上からヒヨコ岩まで来る。
「majijk♣urabuシュ」
何かエルフの言葉で挨拶するが、当然わからない。
『おはよう、リューズ。昨日あれから雪狼取りに来たのかい?』
『おはよう、ジョアン。ええ、一度集落まで戻ってから獲物を運びに来たわよ』
『集落はここからそんなに離れてないのかい?』
『ここから歩いて30分、走れば15分くらいね。最も私基準だけど。ジョアンならもっとかかるんじゃない?』
『結構遠いのか、それとも近いのか、判断に困るな~』
『暗き暗き森全体からすれば近いみたいよ』
『そうなんだね』
俺はハンス、ダイク、ドノバン先生にエルフの集落までの時間を伝えた。
「多分私なら、そのリューズ嬢と同じくらいの時間で行けると思います。ハンスやドノバン先生だともう少し、殿下が行くなら徒歩で片道1時間弱は見ておいてもらった方がいいでしょう」
さっきのリューズの移動速度を見ていたダイクがそう答える。
結構あるな。
最もエルフの集落に行ってみたいのはやまやまだが、エルフ側の事情を知らないと。
リューズと一緒だったら多少の警戒で済むかも知れない。
とはいえ、森に対する侵略者としてしか人間は暗き暗き森に対して来なかったのも確かだ。
リューズと一緒だったとしても、リューズが俺たちに脅されて道案内させられたと取られる可能性もある。
『リューズ、今日は昨日話せなかったことを色々話して、お互いの理解を深めようと思うんだけど、リューズはそれで大丈夫かい?』
『ええ、大丈夫よ。元々ここに私が来ていたのは森の外が気になっていたからだし。私は出来ればこの森から出てみたいんだ』
『そうなの? もしかして数年前からヒヨコ岩の辺りで姿を見られていたエルフってのはリューズのことなのかい?』
『多分、そうよ。私たちは時計とかがないし暦も持たないから、年月、日時は関係ない生活なんだ。でも私の父母が属する一団が今の場所に移ってから、周辺を探索していたら森が途切れてるここを見つけた。
私たちは森の中の生活に適応しているから、父も母も、他の家族も森の外へ出ようなんて考えてないのはわかってた。でも私はこの世界が森だけじゃないことがこの場所のおかげで分かったから、外の世界を知りたいと思ってたの』
『そう考えるエルフはリューズくらいなの?』
『そうね、父母に森の外に行ってみたいって言ったけど、取り合ってはくれなかった。私とそれほど年が近い子もいなかったし、私みたいに考えるエルフはいないみたい。私も前世の記憶が無ければ森の外を見たいなんて思わずに森の中の生活で満足していたんだろうと思う』
『そうなんだね。でもリューズがそう思ってここ、ヒヨコ岩まで来ていなかったら、俺もエルフが人里近くに姿を見せるって話は聞かなかっただろうから、ここに来ようとは思わなかったかも知れないなー』
多分。
元々俺が暗き暗き森に来たいと思った理由は絶滅したと言われるスライムが暗き暗き森なら生き残ってるんじゃないかと思ったからだ。
スライムを気にした理由は排泄物の処理に昔の人はスライムを使っていたから。
スライムのことを探すために昔の人は他の地域のエルフと交流していったというのを聞いて、暗き暗き森でもエルフに聞けばスライムのことがわかるかも、という単純な理由だった。
おお、元々エルフにそこまで深く関わろうとは考えてなかったな。
しかし、リューズがあの自転車に乗った女子高生が転生した存在じゃなかったら、ここまですんなりコミュニケーションは取れてなかっただろうし、言語が違い過ぎて相互理解なぞ難しかっただろうな。
そう考えるとリューズと俺はまさに違う文化、習慣を持つ二つの民族のファーストコンタクト役にはうってつけの存在だ。
なら、暗き暗き森のエルフ全体とアレイエム王国との幸せな共存が出来るように、多少でも努力するべきだろう。
『リューズ、今日はじっくりお互いの話をしたいんだけど、待っててくれる俺の仲間を、俺たちが話している間ずっと待ってて貰うのも手持ち無沙汰になる。この周辺の森の中の様子を探索してもらおうと思うんだけど、エルフ的には人間に森の中をウロウロされるのは困るの?』
『うーん、特に人間を森から排除しろってことは父母にも仲間にも言われてないけど。ただ、エルフの能力は人間よりも優れている部分が多いけど、人間は悪知恵が働く者が多いから、騙されて取返しが付かなくなるようなことには用心しろ、とは言われた』
『じゃあ、とりあえず周辺を見て回ってもらうのはOKってことでいい?』
『多分うちの集落に近づきすぎないんだったらいいと思う』
『あ、あと森の木を勝手に切ったり、木の実を食べたり、動物を狩ったりすると殺されるとかない? 大丈夫?』
『森を燃やそうとしたり、根こそぎ整地して家を建てようとかしない限り大丈夫、じゃないかなあ』
『わかった、ありがとう。ちょっと仲間に周辺を探索してもらうよう伝えるよ』
俺はドノバン先生らに、この森の中の周辺を探索してくれるように頼んだ。
ダイクらには、それぞれ分担を決めて周辺の探索に出てもらった。
ダイクと雪狼らは穴を掘ってジャイアントボアの骨を埋めて処理してもらった後、ヒヨコ岩からあまり離れないようにしながら周辺の地形と、生息している動植物の確認。
ハンスとドノバン先生は、どうせ時間があるのなら、ということでトレントの移動する様子が見れたら観察する、という。
皆に動いてもらった後、リューズと腰を据えて話す。
まずは互いの転生前の状況。
まずは俺の状況から話した。
昨日、年齢のことは言ったから、もうスッキリ話した。
『まさかジョアンの前世の人が河川敷にいたなんて気づかなかったな。で隕石直撃したなんて、どんだけ運悪いの』
『俺にすれば、俺は体がバラバラになったから生き返れないんで仕方ないけど、蘇生の可能性があるリューズがこの世界への転生を選んだのがわからないな。来年医学部受けようとしてたんだろ? 未練あったんじゃないか?』
『……もうこっちの世界で生まれ変わって8年経つから吹っ切れたけど、私が医学部に行こうと思って勉強してたのは大好きだったお祖母ちゃんの認知症を何とかできれば、っていう一心だった。でも私が死ぬちょっと前にお祖母ちゃんの認知症、すごく進んじゃって。自分のうんちを自分で片付ける方法まで忘れちゃってね、家中にうんち擦り付けるようになっちゃって。
それもショックだったし、お祖母ちゃんのうんちの後片付けしてあげようとしたら、お祖母ちゃんが私だってわからなくて凄く怒りだして。
認知症のせいだとは理解はしてた。けどあの優しかったお祖母ちゃんじゃなくなったように感じる私が私の中で大きくなっちゃって、そんな自分も嫌だったんだ。
部活のサッカーやってる時は忘れられたんだけど、勉強もお祖母ちゃんの認知症をなんとかしたい、っていう子供っぽい夢が元だったから、認知症が進んだお祖母ちゃんの現実を見たら心折れちゃって、勉強する気力もなかったんだ。
それでこっちの世界に来ることにしたの。逃げ出したんだ、私』
『……そっか、そうだったのか』
『ジョアンはどうだったの? 仕事は何やってたの』
『……ごめん、リューズ、俺のせいだ。リューズが前世でそんなに悩み苦しむ状況になったのは俺が永田さん家の状況に早く介入できなかったせいだ……』
『何で? ジョアンに私の家のことなんて全然関係ないでしょ』
『リューズの前世、永田未央さんのお祖母ちゃんって、名前は永田チヨノさん……って人じゃなかったか? それでお母さんの名前は永田美智子さん……』
『うん、確かにお祖母ちゃんは永田チヨノで、お母さんは永田美智子だったけど……何でジョアンが知ってるの?』
俺は、本当は言いたくなかった。
できたら素知らぬ顔で聞き流したかった。
俺があの河川敷に立ち寄る直前に行っていた最後の訪問先が、まさに前世のリューズの家だった。
永田チヨノさんと永田美智子さんに会って話を聞いていたんだ。
まさにリューズが今言った内容だったんだ。
『……俺が永田チヨノさんの担当ケアマネージャーだったんだ。チヨノさんの様子が1月の入院後から変わってきてるって、デイサービスから情報は貰ってたんだ……電話で一度美智子さんに状況聞いた時に家では変わりないって聞いて、それで……そうであって欲しいって思ってしまったんだ……
あの日、訪問して話を聞いて欲しいって言われて……予想は出来てた、けど何もしてこなかった……
リューズが悩んで苦しんだのは俺が何もしなかったせいなんだ……』
そう、永田チヨノさんの認知症が進行しつつあるのはデイサービスの情報でわかっていた。
デイサービスに行ってる間、デイサービス職員がチヨノさんをトイレに連れて行っても、自分でズボンを下ろし排泄する、その一連の動作がわからなくなってきており、職員がズボンの上げ下げや排泄後に後始末をするトイレットペーパーを渡してあげないと、トイレに入っても排泄しないで出てきてしまい、運動や食事をしている間に失禁してしまう状態だ、というのは聞いていた。
その情報をデイサービスから貰った直後に美智子さんに電話し、チヨノさんの家での様子を聞いたが、家では特に変わった様子はない、と言われていた。
一緒に住んでいる家族は、意外に老人の物忘れの状態変化に気づかないものだ。
排泄なんて特にそうだ。 一緒に住んでいる家族がトイレの中まで付いて行って様子を見る、なんて、長年一緒に住んでいるだけにかえって出来ない。
かといって世話をしたくない、という訳ではない。
老人本人が「困った、手伝ってくれ」と言い出せば手伝うつもりでいる家族が大半だ。
ただ、家族は「困った、手伝ってほしい」と同居している本人が困れば言うと思っている。
普通なら確かにそうだ。
認知症の場合は、進行の早さによってはそうならない。
本人が排泄動作を忘れていても、「排泄動作を自分が忘れて困っている」ことを忘れてしまうからだ。
だから、家族が気づくのは失禁回数が決定的に多くなってから、失禁の処理で手が回らなくなってからようやく、というケースが多い。
永田さんのお宅の場合もそれに当てはまるパターンだろう、と俺は分析した。
家族が気づいていない段階で、俺の経験に基づくこの先の見通しを話しても大抵聞き入れてもらえない。
多くの家族は、家族間の関係が良いお宅ほど「自分の家の年寄りはまだしっかりしている」と思いたがるものだからだ。
それでも一応、今後失禁が増えた時には訪問介護ヘルパーに時間を決めて排泄の誘導と介助をしてもらう手配はできるので、と伝えたが、「またそういった状況になったら相談します」と言われた。
ここで強く押しても大抵反発されるだけだ。これまで何度か目の前の悲惨な状況を回避してもらうために強く提案したことがある。その度に家族に反発された。曰く「命令口調でこうしろと言われた」「必要ないと断っているのにしつこくされた」。その度にクレームが事業所に行き、ご指導ご鞭撻を受けた。担当も変更された。そんな経験が何度もあったから、ただの提案に留めるしかないのは解っていた。
それから2週間後の訪問時に、美智子さんからチヨノさんを施設に入れたい、という話が出たことで、俺は危惧した通りになったことを知った。
チヨノさんの
家族にとっては、生活空間を汚されるのは耐えがたい。清拭や清掃にも少なくない時間を取られる。本当にきつい状況だということはわかったし、これ以上在宅で、とは言えない状況。
美智子さんの負担は考えていたが、孫だったリューズにもそんな心理的な負担がかかっていたとは……
やっぱりあの電話の時に、美智子さんに強く
こんな下らない俺だから、自分が何を言われようとせめて孫が戻りたいと思うような状況を作ってあげられる努力をするべきだった!
『本当に……本当に済まない……』
俺はそれしか言えない。
ああ、やばい。
俺の魂の傷が開く。
これは、俺の理性では止めようがないものだ。
リューズになる前の女子高生すら救えない俺。
そんな俺が王子? アホか。
偉そうに出来る立場か。
下らない、無力な俺はもう消えた方がいい。
そうだ。
魔法で脳幹への血流を止めよう。そうすれば静かに呼吸が止まる。
この期に及んで苦しくない死に方を考える俺は、度し難い小物だ。
やっぱりどうしようもない男だ。
俺は土魔法で、自分の脳動脈に硬い土の塊が詰まることをイメージした。
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