第40話 ドノバン先生ダイ~ン!




 リューズが立ち去った後、俺たちも一度フライス村の代官屋敷に戻ることにした。


 ダイクは手下にした雪狼たちに、村を襲うな、エルフに手を出すな、と厳命していた。


 「殿下、こいつらが言うにはこいつらはエルフの怖さが良く分かっているそうですよ。

 エルフの弓は絶対に外れることがなく、さっきのリューズに襲い掛かった奴はアホだから群れを追放されたどうしようもない奴だったので、あの末路は当然だそうです」


 「その雪狼たち、ハグレだって言ってたけど、どんな事情で群れから追放されたの?」


 Wow,Gurururu,WowWow


 ダイクが雪狼たちに聞く。


 Gururururu,Gaw,Gruru


 雪狼たちが何か唸っている。


 「こいつとこいつは別々の群れのボス争いで負けた結果追い出されたようです。こいつは幼体の頃群れとはぐれて一匹狼だったそうです。殺られた2頭は群れの中でもボスの女に手を出すような、問題を起こす奴だったみたいですね」


 「雪狼にも人間みたいな社会関係があるんだね。世知辛いな」


 「狼の群れの上下関係は人間と同じですよ。むしろボスのしか繁殖行為ができませんから、ある意味人間よりも厳しいかも知れません」


 「何だよダイク、じゃあ手下にしたそいつらはお前が女作るの指を咥えて見てなきゃならないのか? そいつはヒデー話だな、オイ」


 ハンスが茶化す。


 「アホかハンス。俺はこいつらと同じじゃないから別カウントだ。まったくオメーはよ、女の話にゃ見境ねえなオイ」


 ダイクも言い返す。


 ダイクは俺やドノバン先生、村人たちには丁寧に喋るのに、ハンスにだけは砕けた口調だ。というか柄が悪い喋り方になる。

 それだけ心を許してるってことなんだろうな。

 ハンスのズケズケとしたくさす物言いが、けっこうダイクの心を開かせてるのかも知れない。

 知らんけど。


 「まあまあ、ハンスもダイクも、どつき漫才はその辺にして、そろそろ戻ろうか。日が大分傾いてきてるから。

 一応その3頭のリーダーに、また明日来るし、絶対森の外の人里は襲わないように言っといてよ」


 「了解しました殿下。ところでどつき漫才って何ですか」


 とダイクが生真面目に聞き返す。


 「どつき漫才……しまった、つい出てしまったか。

 ダイク、どつき漫才とはその……東方の国、ニーパンにおける、演芸の1種だよ。お互いにケンカし合って、誰かが止めに入ったら、うるせーなー、と言って止めに入った人の痛いところを突くっていうね」


 いや、本当は違うな。これは鬼〇ト〇ホークのケンカ芸だ。

 でも今度、ダイクとハンスにやらせてみたい。


 「そうでしたか、ではまた今度やり方を詳しく教えて下さい。ハンスとのやり取りが演芸に聞こえるというのは複雑ですが、騎士としての幅を広げるには必要かもしれません」


 「まあ話芸が出来た方が市中警備だと何かと有利だったりしますがね。ケンカの仲裁とか、悪事を働こうとしている奴を寸前で止めたりするのには」


 ハンスの皮肉や煽りは市中警備で培われたんだな。

 それはそうとダイク、あんまり真面目に受け止められると困るぞ。




 俺たちは日が赤みを帯び出し、夕暮れを感じさせる頃に代官屋敷に戻った。


 夕食は、まだウドンが残っている。

 今日の夕食で終わりそうだが。

 とりあえず、昨日捏ねて倉庫の中に寝かしておいたパン生地で、明日の分のパンを焼いておかないと明日の朝食べる物がない。

 それとスープも新しく作っておかないと。


 仕事の分担はダイクとハンスが水汲み、その後村長宅に行って革のなめしが可能かどうかなど細かいことの確認をしてもらう。

 ドノバン先生とピアは野菜、ソーセージ、今日持って帰ったジャイアントボアの肉を使ってスープ作り。

 俺はパン焼き。

 体のいい閑職。ありがたいと言っておこう。

 時々ドノバン先生とピアを手伝えばいいか。


 調理をしながら雑談をする。


 「そう言えばドノバン先生、今日は雪狼に襲われた時に、しっかり立ち回りされてましたけど、剣の心得もおありだったんですね」


 「もう何年もやってませんから、そんなに威張れたものではないですが、一応これでも伯爵家の3男ですから、小さい頃から剣は教えられて身に付けてはいます」


 「ドノバン先生の立ち回り、雪狼たちのスピードに負けてませんでしたよ」


 「あれは一応私も『瞬足』を使いましたからね。ダイクさんやハンスさん程のキレは無いんですが。元々の運動能力の差は『瞬足』を使っても現れますからね」


 「ドノバン先生も『瞬足』が使えるんですね、知らなかった」


 いや、凄いぞドノバン先生。どんな教科も教え、剣術もでき、魔法も苦手がない。更に趣味は蒸気機関の考察。パーフェクトだ。


 「そうですね、私の感覚で言えば『瞬足』はそんなに秘伝というほど難しい技術ではないと思います。まだ証明された訳ではありませんが、あれは魔法で身体能力を強化し、素早く動く技術だと私は考察しているのですよ。自分で使っている実感としてですが」


 「そうなんですか? でも確かに魔法が使える人達と『瞬足』が使えると言われる人たちは共通していますね」


 魔法は貴族などの富裕層、瞬足も貴族階級の騎士や教会の騎士などだ。


 「ええ、殿下は剣術はまだ基本しか修練されていないと思いますが、『瞬足』を使う時に指導されるのは、自分が速く動くイメージを持て、ということです。魔法も発動するイメージがいかに上手くできるかどうかが発動と効果の鍵になります。どちらも同じでしょう?」


 「確かにそうですね、言われてみれば」


 「ですから、私は身体強化の魔法なのだと思っているのですよ。これが他人の強化に使えれば証明されるんでしょうけどね。多分それは無理なのでしょうね」


 「どうしてです? 魔法なら他人を強化することも可能なように思えますが」


 「多分、単純に筋力を強化するだけとかなら、他人にも使えるのかも知れません。ですが、実際に速く動くにあたり、単純に筋力を上げればいいというものではなく、速く動いた分の運動負担がかかる膝、腰、足などの関節や骨などの部分の強化も必要になる筈です。

 さもないと自分の筋力で自分の体を痛めることになります。それは自分の体だからこそ無意識にでも繊細にイメージできるものであって、他人の体に行うと、多分一々筋力と体を支えるための身体強化とを細かくイメージしないと負担のバランスが崩れ、強化した相手に大怪我をさせてしまうことになると思います」


 「なるほど。確かにそうですね。自分の体の動きを自分の体が支えきれずに体を痛めることって、普段でも起こりますもんね、寝違えとか」


 「ええ、殿下のその例えはいいですね」


 「私も魔法が使えれば、もっと殿下や皆様のお役に立てるんですけど、残念です」

 ピアが少し残念そうにそう言う。


 ピアは平民の出だから、魔法は使えない。


 「いや、ピアはもう十分私たちの役に立っているよ。今日だってしっかりベッドメイクされたベッドでゆっくり眠れるのもピアのおかげだし、明日さっぱりした服を着れるのもピアのおかげさ。この良妻候補め」


 「殿下、まだ8歳の殿下が何をおっしゃるんですか、まったく」


 「それにダイクとハンスがピアの希望を聞きに行ってくれてるんだから、それが上手く行けばもっとピアは私たちにとってなくてはならない存在になるよ」


 「そうですね、村長の奥様、マールさんが了承してくださるといいんですが」


 ピアはマールさんに料理を習いたいと希望したのだ。


 今日1日、俺たちが出かけている間に洗濯や掃除を全部済ませてくれたピアだが、料理も出来るなら、俺たちが出かけている間に準備をしておき、俺たちが戻ったらすぐに食べられるよう食事を用意できるのに、と言ってくれたのだ。

 有難い。

 これを良妻候補と言わずして何と言うのか?

 ピア自身がすぐ食べたいって訳じゃない、そう信じたい。


 「そういえばドノバン先生は何故独身を貫かれているのですか?」


 ピアがドノバン先生の心を抉る質問をする。

 俺も気にはなっていたけど、そんなにストレートに聞けないわ~。


 ドノバン先生は左胸を抑え、俯いた。


 「私は教職者ですから……」


 「またまた、ドノバン先生。改革派は牧師の結婚を禁止しておりませんし、むしろ推奨しているじゃないですか」


 「グハッ」


 ピアの容赦ない追い打ち。


 ドノバン先生は自力で立っていられず、テーブルに右手を付き、自分の体を支える。


 「ドノバン先生は学問も優秀、魔法も優秀、剣も優秀、王子の家庭教師で給金もいい、これで何故ご結婚されていないのか不思議でなりません。もしかして、修道院時代にそちら方面に目覚められたとか?」


 「ぐうッ……」


 ドノバン先生は両膝を床に突いてヘタりこんでしまう。


 止めろーピア!

 どうしたんだ、ピア!


 ドノバン先生の霊圧が……消えた……だと。


 「ドノバン先生! しっかりしてください! 大丈夫です、必ずいい出会いがドノバン先生を待っている筈です!」


 「ああ、殿下……私は殿下に女性との付き合い方は教えて差し上げることができません……不甲斐ないこの私をお許し下さい……」


 「ドノバン先生ー!」


 「ドノバン先生、お鍋を見ないと焦げてしまいますよ」


 ピアは普段と変わらずドノバン先生に調理の続きを催促した。


 怖いわこの子。




 ダイクとハンスが戻り、皆揃ったところで夕食にした。


 今日は最後のウドンと、ジャイアントボアのステーキだ。


 血抜きしてない肉だが、森で食べた塩を振って焼いたものではなく、香辛料をたっぷり使って焼いている。多少獣臭さは紛れるだろう。


 「我らを見守って下さる大いなる神よ。今日も私たちに生きる糧をお与え下さり感謝いたします。

 神の恵みを」


 「「神の恵みを」」


 ドノバン先生はまだ動揺しているようで、食前の神への祈りも蚊の鳴くような小さい声だ。


 それはそれとして、まずは情報の共有だ。


 ハンス、ダイク、ドノバン先生は森で俺がリューズと話しているのを知っているが、ピアにも伝えておきたいし、リューズと話してわかったことを森で全部話した訳でもない。


 俺はとりあえず判ったことを話した。


 エルフの少女リューズに会った事、エルフはネーレピア共通の言語とは別に独自の言語を使っていること、エルフが他者の体力も使って治癒魔法を使えたこと、エルフは狩猟も行っており、食べる物は俺たち人間とそう変わらないこと、身に付けていた物から推測するに、暗き暗き森の内部にはアレイエムの一般的な植物とは違った植物もありそうなこと、そしてネーレピアから絶滅したと思われていたスライムが暗き暗き森には生き残っていて、今朝川で見つけた透明な物体はスライムの皮膜だったこと、エルフはスライムの皮膜の加工法を知っていて、今朝見つけたスライムの皮膜はリューズに渡したことなどだ。


 当然リューズが俺と同じ転生者だから言葉が通じたということは伝えない。そこは森で話したように、エルフの生涯に一度きり使える魔法で俺とリューズだけ話せる、ということにした。


 「スライムがまだ生き残っていた、というのは歴史的な発見ですよ」


 ドノバン先生が元気を取り戻して言う。

 知的好奇心が個人的な落胆を上回る、学究の徒の鏡と言えよう。


 「そうですね。でも生き残っていたとしても400年前と同じような排泄物処理に使うなんてことはもっての外でしょうね」


 また絶滅させてしまう。それは暗き暗き森でわざわざ探した価値がない。


 「ええ、まずは生態の解明に取り組むべきでしょうね。エルフは何か知っているのでしたね、殿下」


 「リューズはそれらしいことを言ってましたので、また明日聞いてみます」


 「殿下、村長のディルクにはトレントがヒヨコ岩が完全に森の中になってしまう程広がっていることを伝えておきましたので、村の男衆が伐採に今後当たってくれるようです」


 とハンスが報告する。


 「獣の皮のなめしについては、狩猟の権限が代官のマッシュ=バーデン男爵にあるので、男爵に届け出をしないと出来ないそうです。なめし自体は各家庭で協力し手伝いあって行っているそうですよ」


 ダイクもそう報告する。


 「男爵が1週間後に来た時にお願いしてみようか。多分狩猟権は王家のものだから、私が狩猟するのなら問題ないんだと思うけど、一応しっかり筋は通しておかないと変に思われても困るしね」


 「それと、ピアさんに料理を教えるのはマールさんは了承してくれました。明日、午後3時頃に村長宅まで行けばいいそうです」


 「ありがとうございます。しっかり覚えないと」


 ピアは静かな口調だがやる気に溢れている。


 「でしたら明日森から戻ったら、村長宅に顔を出しますよ。何か料理があれば代官屋敷に運ばないといけませんから手伝います」


 ドノバン先生がさっきピアに心をグッサリグリグリ抉られたことを繰り返したくないのか手伝いを申し出る。


 「ありがとうドノバン先生。助かります」


 ピアは今はしおらしく答えた。



 「じゃあ、明日はジャイアントボアの残骸を埋めないといけないし、納屋からすきを各自1本づつ持っていこうか。装備は今日と一緒で、何かあった時の為に食料も持って行った方がいいね」


 ある程度明日の行動方針を決めた。


 さて、まだ謎が多い暗き暗き森。


 新たな発見が俺を待っている。



 リューズにも色々聞かないと。



 ファンタジー世界の冒険が始まったように思えて、未知の明日に俺はワクワクした。



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