第39話 謎の物体の正体
暫く待っていると、ダイクと雪狼3頭が戻ってきた。
ハンスはどこかに行ってるのかと思ったら、ハンスも食べ物を探していたようだ。
エルフの少女、リューズはダイクの後ろの雪狼を見て少しギョッとした表情を見せたが、ダイクが雪狼に指示しているのを見て、多少安心したようだ。
同時に疑念も口に出した。
『ねえ、あの雪狼たち、元々あなた達の手下で、私を捕らえるためにけしかけた、とかじゃないでしょうね』
『いや、そんなことしてないよ。俺が雪狼に襲われてワーウルフのダイクが撃退してたの見たでしょ。その後ダイクが雪狼を倒して手懐けたんだよ』
『ああ、そういえばそうだったよね』
リューズは思い出してくれたようだ。
治癒魔法を使って意識を失っていたから、記憶が曖昧になっていたんだろう。
「殿下、遅くなって申し訳ありません。お待たせしましたが、お待たせしただけの成果はありましたよ」
ダイクがそう言って、雪狼3頭の背に乗せていた物を下ろす。
雪狼よりも一回り大きな体長5mはあるイノシシ、ジャイアントボアだ。
「いやいやダイク、これ今から捌くのかい?」
血抜きだけで時間かかるだろうに。
「ご安心下さい、捌くのは私がやりますから」
そうゆうことじゃない。
あれ、もしかしてあれか、血抜きしないで食べる気か。
「ご安心下さい、殿下。こんなこともあろうかと、ちゃんと塩も持ってきています」
いやダイク、用意はいいんだけどさ。
やっぱり血抜きしない気だな。
まあ前世のヨーロッパにも血まで食べる文化あったけどさ。
「殿下、私もいい物を見つけましたよ」
ハンスが背嚢から沢山のサクランボを取り出した。
「この森は人が殆ど入っていないためか、野生の植物の実がけっこう多く成っているようです。放っておけば鳥の餌になるだけでしょうから、我々がいただいても構わないでしょう」
ああ、ありがとうハンス。
これならすぐに食べられるよ。
エルフのリューズにサクランボを渡しながら聞く。
『リューズたちエルフは普段どんなものを食べてるの?』
『多分人間と変わらないよ。穀物を粥状にしたものだったり、粉にして捏ねて焼いた物だったりが主食で、後は獣の肉、木の実、野草なんかを食べてるかな。』
リューズは早速サクランボを頬張りながら返事をする。
獣肉もやっぱり食べてるのか。
まあ、そうじゃないと革細工とかやらないもんな。
その点、エルフも俺たち人間と変わらない生物ってことだな。
「おや、殿下、そちらのエルフと会話ができるんですか?」
ハンスが不思議そうに聞く。
「ハンスさん、殿下はそちらのエルフにエルフの生涯で一度だけ使える、意思疎通の魔法を掛けてもらって、そちらのエルフとだけ意思疎通できるそうなんですよ。」
「そうなんですね、殿下は大したもんですね。暗き暗き森のエルフに認められるなんて。
ところで殿下、そちらのエルフのお嬢さん、何てお呼びすればよろしいんですか?」
「彼女の名前はリューズ。私と同じ8歳らしいよ」
「ほう、エルフは成長が早いですね。やっぱり森の中で生活するから外敵に対抗するため成長が早くなるんですかね」
ドノバン先生が学究肌らしく考察する。
「どうでしょう? まあこれから色々尋ねてみますよ」
俺はそう言ってまたリューズと話す。
おっと、あれは確認しておかないといけない。
『リューズ、雪狼に襲われる前に見せたこれだけど、何だかわかるかい?』
そう言って俺はリューズに透明なビニール状の、川で拾った物を見せた。
『ああ、それ。スライムの皮膜よ。昨日の大雨で川に流されたスライムが、流される途中で破れて皮膜だけ下流に流れ着いたんでしょうね』
『やっぱりそうなんだ! やった、スライムはまだ暗き暗き森には残ってたんだ!』
『え? 人間の里にはスライムが居ないの?』
『うん。そこのドノバン先生の話だと、400年くらい前に人間に捕り尽くされて絶滅しちゃったらしい。排泄物の処理にスライムの中身の液体を使ってたから、そのために捕獲されてたみたいなんだ』
『嘘でしょ? この世界の人間はスライムの生態を知らなかったの?』
『うん。どうも生物や魔物の生態を研究しようっていう人は誰もいなかったらしいね。前世のヨーロッパの暗黒時代みたいなもので、文化的にも社会的にも停滞していた時期だったらしい』
『そうなんだ。ところで今は何年になるの?』
『前世と全く一緒って訳じゃないけど、今年は1758年だよ』
『1758年なら、前世のヨーロッパなら7年戦争の真っ最中だね。今の世界ではどう? ジョアンの国も戦争してるの?』
『ここネーレピアだと、昨年エイクロイド帝国っていうフランスっぽい国で市民革命が起こって、周りの王政の国は対エイクロイドで緩く同盟みたいな関係になってるから、複雑な戦争は起こらないかな?』
『ジョアンの国はどこなの? プロイセンっぽい国なの?』
『地理的にはそんな感じ。国内貴族が独立した行政を自分の領内で行っているところも含めてドイツっぽいかな。うちの王家はそう考えると確かにプロイセンに当たるかも知れない。でも前世のプロイセン程強権を使える状況じゃないね。
前世と似てはいるけど、やっぱり別の世界だよ』
『そうなんだね。何か必死で医学部入ろうと思って勉強したこと、歴史に関しては役に立たないかあ』
『医学部! 頭良かったんだね。俺なんか高校の勉強、殆ど忘れてるよ』
『ジョアンは前世で死んだ時、何歳だったの』
答えたくねえ~、女子高生からしたら俺なんかヘタすりゃおじいちゃんくらいの年ってのも有り得る。
俺が逡巡していると、リューズは重ねて言う。
『別に年上だろうと女だろうと気にしないからさ、幾つだったの?』
『……50過ぎのオッサンだった』
『……』
リューズは俺の頭の天辺からつま先まで、目を見開いて何度も眺め、やがてジト目で俺の目を見た。
『……何か転生って詐欺よね。こんな見た目で中身が50過ぎのオッサンだなんて……前世のうちの父親よりも上じゃん。何かホント詐欺だよね』
あー、もう何か色々ごめん。
本当ごめん。
泣きたい。
ラウラ母さんに慰められたい。
俺は下を向いてじっと地面の一点を見つめた。
『ねえねえ、その体になっても、前世のままの意識なの? 女の子を見るとえっちなことすぐ考えたりしちゃうの?』
追い打ちか、容赦ねえな~。
君ら女子高生が思ってる以上にオッサンの心はナイーブなんだぞ……。
『……えーっとですね、確かに私めは前世の記憶と人格を保持しておりまする。だからと言ってですね、そんなどんな女性も見境なくエロい目で見ているのか、と言われますと、まったくそんなことはございませんなのです。
私めの前世の記憶には確かにえっちなことをしたことが残っておりまする。ただ、結局のところですね、私めの記憶だの人格だのはですね、この体に準拠しておる訳でございまして、現在8歳のこの体では例ええっちなことを考えようと、体の中から溢れ出るかの如きあの生命を次世代に繋ごうというまさに生命の本能がですね、まだ全然なんでございますです』
『よーするに、どーゆうこと?』
『……この体相応のエロ意欲しかないってこと。つまり今の8歳の体の俺は全然えっちなことを女性を見ても考えられないってことだよ。普通に普通の人としてしか女性を見てないよ。
えっちなことを前世の記憶で考えても、それは明日の天気は晴れかなー、とかと一緒の感覚だよ』
何か普通に腹立ってきた。
『リューズはどうなんだよ。一応俺とこの世界での年は一緒だろ? 体の成長は早いって言っても、赤ん坊の頃はあったんだろ? 生まれた時からずっと同じ意識と人格のままじゃなかっただろ?』
その時、空気を読まないダイクが俺に呼びかけた。
「殿下、焼けましたよ! まずは殿下、召し上がって下さい!」
そう言ってジャイアントボアの肉の塊を幾つか、串代わりにした木の枝に刺したものを何本か持ってきてくれた。
Oh、センキュー、ダイク!
こうゆう時に空気を読まないのはGood!
「ありがとう、ダイク」
俺はその肉串を2本受け取り、1本をリューズに渡す。
『とりあえず食べてよ。体力回復させないと』
そう言って俺は肉串にかぶりついた。
うん、血抜きしてないからとてもとても獣臭い。
でもこの際贅沢は言ってられない。
自分自身が肉食獣になったつもりでとにかく食べる。
リューズは、というとこの世界で血抜きしていない肉に慣れているのだろう、さしたる抵抗もなく肉串を食べている。
「ダイク、あれだけ大きなジャイアントボアの肉、全部は食べられないだろう? どうするの?」
俺はダイクにジャイアントボアの肉について聞いた。
「私たち3人の分はもう焼いてますから、残りは夕食用に持ち帰る分以外は雪狼にやろうかと思いますがよろしいでしょうか」
「そうだね、ダイクが雪狼たちをシメてくれたんだったらフライス村を襲おうなんて思わないと思うけど、一応腹は満たしておいた方がいいんだろうね。そうしてよ」
「はい、ありがとうございます。雪狼たちも喜びます」
ダイクはそう言うと雪狼たちにまた狼語? で何事かを伝えた。
雪狼たちは嬉しそうに皮だけ剝がされた、まだ形を残しているジャイアントボアに群がって肉を食べ始める。
「ダイク、この辺りに雪狼以外の肉食獣は出ないのかい? あれは雪狼たちも食べ切れないだろうから、食べ残すと他の肉食獣を呼び寄せちゃうんじゃないか」
「他の肉食獣は雪狼たちを恐れて近づきませんよ。とりあえず1日では食べ切れないでしょうから、また明日私たちがここへ来て、骨などの食べ残しは処理しましょう」
「剥がした毛皮とかはどうするの?」
「持ち帰って毛皮にしたいところですが、なめすことができる人間がフライス村にいるのかどうか、確認してなかったですね。私がやってもいいのですが」
「ダイクをそちらに取られるのは困るよ。 せっかくの毛皮だけど、諦めるしかないか」
「どうせ持ち帰らないのなら、エルフにやってもいいんじゃありませんか? 見たところ革細工もやってるようですし、不要ということはないんじゃないですか」
「なるほど。じゃあ聞いてみるよ」
俺は肉串を食べ終わったリューズに聞いた。
『ジャイアントボアの毛皮だけど、俺たちは持ち帰っても使えるかわからないからリューズにあげようかって話になったけど、いる?』
『くれるというなら遠慮なく貰うわよ。森の生活では何でも使うからね。それと、雪狼の死体、あれも雪狼は共食いしないからいらないでしょう? 貰っていい?』
『それはかまわないよ。1頭はリューズが仕留めたんだし』
『だったら有難く頂くね。後で部族の者と一緒に回収に来るから、雪狼たちにそう伝えておいて。それとあなた達の手下の雪狼に、前足に布を巻き付けておくとか何か目印付けておいて。そうじゃないと回収に来た時に狩っちゃうから』
『わかった、伝えとく』
俺はダイクにリューズに言われたことを伝えると、ダイクは雪狼たちの前足に目印を付けに行った。
この森の探索、ダイクが同行してくれて本当に助かった。
ダイクがいなかったら俺たち下手したら全滅してたな。
今日の夕食は大盤振る舞いしてやろう。
『ところでさっきの話だけど、ごめん。 前世がどうであろうと今は今よね。
でも絶対変な目で私のことは見ないでよ。私前世の頃からそういうの、慣れてないんだ』
リューズがそう言った。
『わかってるよ。さっき言ったみたいに俺は8歳相当の感覚しかないから、その点は安心して』
『ええ、とりあえずはそう思っておくわ。じゃあ世話になっておいて大したお礼もできないけど、今日はこれで一度戻るよ。けっこういい時間だし。
明日またこの岩の所まで来て。お互い色々話したいことはあるだろうけど、とりあえずまた明日』
リューズはそう言って立ち上がった。
『あ、そうだ、さっきのスライムの皮膜。貸して。』
『何で? 暗き暗き森から持ち出しちゃいけないとか、そんな感じの扱いなのかい?』
『違うよ。そのままだとすぐ腐っちゃうから勿体ないでしょ。加工すれば使えるようになるからよ』
スライムの皮膜の加工法とかあるんだ。気になる。けどまた明日聞けばいいか。
俺はスライムの皮膜をリューズに渡した。
『じゃあ、また明日、ここでね』
そう言うとリューズは来た方向へ戻っていった。
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