第38話 最初の対話




 エルフの少女の意識はまだ戻らない。


 俺はドノバン先生に上半身を支えられているエルフの少女を近くで観察した。


 ショートにカットされた緑色の髪。

 肌の色は抜けるように白い。静脈が浮いて見えそうな白い肌だ。

 耳は大きく尖っている。やや開き気味で、多分ものすごく音に敏感だろう。

 さっきの俺たちの会話なども、もしかしたら気づかれていて、あえて近づいてきたのかも知れない。

 着ている衣服がゆったりとしたシルエットなので胸の膨らみが目立たないが、やはり女性だろう。

 貫頭衣みたいだと思った衣服。貫頭衣だと失礼だな、一応ワンピースだ。

 布は麻布っぽい、少しざらついた感じ。襟や袖や裾の折り返し部分は緑色の糸でかがり縫いされてアクセントになっている。

 腰の部分を何の動物性なのか判らないが、革のベルトで止めている。

 足はやっぱりサンダルなのだろうな、これも動物の革で底を編み、ひざ下まで革紐を巻き付けて足に固定している。

 手に持った弓の材質は竹に見える。背負った矢籠も竹を編んで作ったものらしいし、矢も竹で出来ているようだ。弓の弦は、これは何で出来ているのか良くわからない。


 暗き暗き森の中には竹林があるようだ。


 あんな繁殖力の強い植物、大丈夫なんだろうか。他の木々を駆逐してしまわないのか。心配になる。



 エルフの少女の様子を見て、現時点で解るのは、エルフは麻を栽培していて衣服にしていること、動物の皮をなめし、革細工をしていること、竹を使って弓矢を作り竹細工をしていること、がわかる。

 麻の栽培はともかく、動物の革を細工するということは動物も狩るのだろうし、竹に関しては少なくとも王宮では見たいことがない。


 やっぱりアレイエム王国民とは生活の仕方が違う部分がある、独自の生活を送っているようだ。



 エルフの少女はドノバン先生に変わらず介抱をされている。


 ドノバン先生が魔法でもう一個1c㎡程度の氷を出し、またエルフの少女の口に含ませた。

 エルフの少女は今度はすぐに氷を咀嚼し、飲み込む。


 ドノバン先生は、今度は魔法で2c㎡くらいの氷をだして、またエルフの少女の口に含ませる。


 エルフの少女は咀嚼はせずに舐めていたが、氷の冷たさと口の中の氷の違和感からか、ようやく目を開けた。


 『気分はどうだい、まだふらふらする?』


 ボーっとしているエルフの少女に俺は日本語で声をかけた。


 エルフの少女はまだボーっとしていて、氷をレロレロしている。

 かわいい。

 多分年上に可愛いも何もないが。


 『氷ゆっくり舐めて。今、仲間に食べる物探しに行ってもらってるから、もう少し待ってて』


 『はりはろう』


 エルフの少女は氷を舐めながら返事をする。

 多分ありがとうって言ったと思う。


 「殿下、エルフの言葉がわかるんですか?」

 ドノバン先生が不思議そうに俺に言う。


 どうしよう、わかるのはエルフの言葉じゃなくて日本語だ。

 日本からの転生者ってバラすのもどうなんだ、この場合。

 以前イザベル母さんとラウラ母さんに対して転生者ということを告白したい、って考えた時とは状況が違うし、俺の心理的なコンディションも違う。

 前世で俺自身がつけた俺の魂の傷は、完全に治ったわけではないだろうが数年前に比べると疼くことは少なくなっている。

 それだけこの世界に俺が馴染んできたということもあるだろう。


 今の俺は前世の名を忘れるほどジョアン=ニールセンになってきている。


 王子ジョアン=ニールセンがエルフの言葉がわかる理由。

 何かあるか?


 思いつかない。


 『あなた、何で日本語がわかるの?』


 エルフの少女に逆に聞かれた。疑問に思うのも当然だ。


 『私も日本から転生したんだよ、8年前に。今はジョアン=ニールセンて名前だよ』


 『え、そうなの? 私も8年前にこの世界に転生したの。この世界での名前はリューズよ。日本では永田未央って名前だった』


 8年前って、同い年かよ。

 その割には体の発育が違い過ぎるんだが。


 『リューズ、私と君は体の発育が違い過ぎるよ。とても同じ8歳とは思えない』


 『多分、エルフと人間の違いじゃない? 私は生まれてから結構すぐにこれくらいの体に成長したよ。人間に比べてエルフの方が成長が早いんじゃないかなあ』


 なるほど、そういうこともあるか。

 なんせ俺は人間以外の種族を実際見たのはダイクが初めてだし、エルフに会うのも今が初めてだ。


 『なるほどね。エルフは成長が早いってことか。ところで、私は他の仲間に転生者だって言ってないんだ。今こうやってリューズと日本語で話してるけど、さっきのエルフの言葉はわからなかった。リューズとだけこうやって会話できる理由、なにか誤魔化すいいアイデアはない?』


 『私もエルフとして転生した後は両親や部族の仲間にも転生前の記憶があるとは言ってないよ。やっぱり普通ではないだろうから。

 私は転生前はあまり小説とかアニメとかに触れてなかったから、こうやって日本語で話せる理由をそれらしく考えるなんて無理だよ』


 『そうなんだ。その辺りのことは追々話をして、お互いの情報をすり合わせようか。とりあえずそうだなあ、さっき治癒魔法使った時、私の手を取って私の力も使ったでしょ? あれってエルフの間では一般的に知られてることなの?』


 『魔法を使う時に他者の力を借りること? あれはエルフの間では普通に知られてるよ。一応さっきもあなたの力を使わせてもらうよって言ってから使ったけど、人間には知られてないの?』


 『人間の間では魔法ってあまり使われてないからね。初めて知ったよ』


 『じゃあ、こうやって日本語で話ができる理由もエルフの魔法って言っとけばいいんじゃない?』


 『それだと他の人にもその魔法かけてくれって言われたら困らない?』


 『魔法かけるかけないはエルフ側が決められるんだから別にいいんじゃない? あなたみたいな無害そうな人じゃないとかけられないとか適当に言っとけば』


 『わかった。じゃあ適当に伝えとくよ』


 そうか、俺は無害そうな人なのか。

 あれか、幼いからか。

 雰囲気で考えを何となく伝える力は意味なかったか。

 いや、敵意がないことが伝わったから無害そうって言ってもらえてるのか?

 この力の効果って、自分じゃ全然わからないな。困ったもんだ。


 「ドノバン先生、私がこのエルフと話ができる理由なんですが、このエルフが私の力で治癒魔法を使った時に、エルフの生涯で一度だけ使える、意思疎通の魔法を私に掛けてくれたようなんです。それでこのエルフと意思疎通できるみたいです。

 何か私とこのエルフとの間だけで通用する言語みたいな感じで、何も意識せずともこのエルフと私が話そうと思えば、私とこのエルフの間だけに共通の言語コミュニケーションが成立するようです」


 「殿下! 暗き暗き森のエルフにはそんな秘術のような魔法が伝わっているのですか! 大発見ですよ!」


 「そうですね、暗き暗き森のエルフたちは、少なくとも魔法に関しては人間よりも多くのことを知っているようです」


 「殿下、もっと色々とそのエルフから話を聞きましょう! オーエ教会ですら知らない知識が、まさか同じ国の中に住む種族から聞けるなんて! 神よ、この幸運な出会いに感謝いたします」


 ドノバン先生は嬉しさのあまり神に祈り出した。

 聖職者だから当然か。

 まあ、どっちにしろリューズとはもう少し話をしておきたい。

 そのためには、とりあえず何か食べて俺とリューズの体力を回復させたいところだ。


 『リューズ、とりあえずエルフの生涯で一度だけ使える秘術でリューズと私の間にだけ通用する言葉ができたってことにしといたよ。だから今後自分にもその魔法をかけてくれって言われる心配はないと思う』


 『それは助かるわ』


 『そうだね、私としてもあまり突っ込まれたくない部分だからね。

 ところで、リューズの前世での死因は、隕石の落下に巻き込まれたってことで合ってるかい?

 私をこの世界に転生させたリクルーターが、私以外にもう一人、自転車に乗った女子高生もこの世界に転生したって言ってたからさ、それで合ってるのかどうか知りたいんだ』


 『多分そうだと思う。川岸の堤防道路で空に強い光を見つけて、その光が反対側の河川敷に落ちて、それで意識を失ったから。私をこの世界に転生させた人もリクルーターって言ってた。名前は確かトリッシュだったかな』


 『そうそうトリッシュ。あいつにずっと飽きるまで謎空間で過ごして元の魂の流れに戻るっていう選択肢、勧められなかった?』


 『勧められたっていうか、私がもういいやって思うまで、話し相手になってもいいとは言ってた』


 『そうなんだよ、俺の時もあいつ、それを勧めてきてさ。その理由が、あいつがリクルーター特権で全ての世界の出来事が記録されてるアカシックレコードっていうのを見れるんだけど、俺と話をすると、話した部分が情報としてトリッシュの奴に流れ込んで体験できるから、って理由で、自分が楽しむためだったんだよな』


 『そうだったの? 私の時は私の魂がいつまでも悩んでいると私にとっても全ての世界にとってもいい事じゃないからって言ってたけど。

 ところでジョアン、あなた本当はそういう話し方してるの? 一人称が俺になってるけど』


 『そうだね、本来の、というか前世の俺は単なる一般人だったから、こういう話し方だね。

 転生した今は、柄にもなくここアレイエム王国の第一王子、なんて身分になってるから、普段は丁寧な私って一人称を使ってるけどね』


 『そうなんだ、王子様かあ。昔だったら高貴過ぎて一般人の私なんか話できない存在なんだろうね』


 『いや、俺からすると、何者の侵入も許さない、全て返り討ちにする暗き暗き森のエルフって存在の方が滅多に会えない存在だと思っていたよ』


 『そういうものなの? 私が生まれてから6年間、特に森の外の存在は敵だ、みたいなことは言われてなかったからわからないよ』


 『そうなんだね。色々お互いのこれまでの生活ではわからないことが結構あるんだな。

 とりあえず仲間が食べ物を持って帰ってきたら腹ごしらえして、ゆっくりその辺りについて話そうか』


 何か色々と聞いてみたいことがある。


 なんにせよ、この空腹を何とかしてからだな。





 俺達はダイク達の帰りを待つことにした。








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