第37話 永田未央の転生
お祖母ちゃんが便失禁し、壁などに便を塗りたくることが出だしてから2週間が経ち、母が耐えきれなくなり、私に話があった。
お祖母ちゃんを施設に預けたい。
もう家で見るのは限界だ。
お祖母ちゃんに懐いていた私の気持ちを無視する様で悪いけど、もうお祖母ちゃんの世話に振り回されるのも疲れたし、父がお祖母ちゃんの世話の大変さも考えずにお祖母ちゃんを怒鳴りつけてばかりで、全部母に負担が来るのにも耐えられない、と絞り出すように言った。
お祖母ちゃんの世話から逃げた私に、母に何か言う資格なんてない。
私は母に、お祖母ちゃんのためにもそうした方がいい、と返事した。
ネットで調べたけど、比較的すぐに入れる施設は料金が高い。
うちの家計で入れそうな特別養護老人ホームは順番待ちがある。
結局ケアマネージャーに相談するしかない。
母は明日の午後、ケアマネージャーの定期訪問の時に施設入所の要望を話す、と言った。
次の日、部活に出た後、私は母とケアマネージャーの話が気になったので家に急いで帰ろうとした。
もう日が落ちて暗くなったいつもの通学路の堤防道路を、自転車を必死で漕いで家に急いでいた。
すると、北の空に、いつもは見えない明るい光が見えた。
自転車を止めてその光を見ていると、その光がどんどん大きく、眩しくなる。
私は危機感を持たずにその光を眺めていたが、えっ、と思った瞬間に光が堤防に落ちた。
私は直後全身に衝撃を受け、意識を失った。
私は気がつくと地面に仰向けに横たわっていた。
目を開けると、青空が見える。
雲一つない澄んだ青空。
何だか空に落っこちてしまいそうに思う程の澄んだ空だ。
あれ、私なんで外で横になってるんだろう?
私何してたんだっけ?
自分の行動を思い出してみる。
そうだ、部活が終わって家に帰ろうとしていたんだった。
今日は母とケアマネージャーが話をする。
お祖母ちゃんを施設に入れたいって相談をするためだ。
私もその方がお祖母ちゃんのためだって母に言って、母の気持ちを後押ししていた。
その結果を聞きに家に帰ろうとしていたんだった。
あれ、確かもう暗くなっていたような?
何でこんな真昼間みたいなんだろう?
上半身を起こして辺りを見回してみる。
目の前に沢山の2階建ての観客席、その後ろにスコアボード、そして観客席にかかる銀の屋根。
左右を見渡しても同じく2階建ての観客席と屋根。
いや、左側の観客席の上には実況席のような囲われたブースがある。
私の真後ろを見てみると、後ろの観客先だけ1階建て。観客席の屋根の上には巨大なオーロラビジョン。
間違いない、
ここは高校の県大会決勝戦の時だけ使われる、普段は地元のJチームとなでしこリーグのチームがホームとして使っている市立スタジアムだ。
私はそのセンターサークルのど真ん中に横たわっているんだ。
降り注ぐ太陽の光が暖かい。
あれ? 季節は冬だったはずなのに、冬服の制服だとほんのり暑いくらいの気温だ。
誰もいないスタジアムは音一つなくシーンと静まり返っている。
何でこんなところにいるんだろう?
河川敷で強い光を見上げていて、それがあっという間に地面に落下したと思ったら意識が途切れた。
その直後にこのスタジアム。
あ、普段このスタジアムは芝の育成のために立ち入り禁止になってるんじゃなかったっけ?
管理してる人に怒られてしまう。
急いで出なければ。
そう思い急いで立ち上がる。
メインスタンドの下に選手入場口があったはずだ。
怒られても仕方ない、そこから出よう。
選手入場口へ向かおうとした時に
「大丈夫、誰にも怒られやしないから」
私の背後から誰かが話しかけた。
振り返ると、そこにいたのは地元なでしこリーグ所属チームの選手が4人。そして監督。
エース、ボランチ、キャプテン、スピードスター、そして監督だけなぜか私の高校の部活の顧問の先生だ。
「永田未央さん、あなたは不幸な事故で命を落としました」
エースが言った。
私は河川敷に落ちた隕石の飛ばした土砂に巻き込まれ命を失ったらしい。
普通なら死んだら魂は全てを忘れ次の世界の新たな命として生まれ変わるそうだが、時々今の私の様に生前の記憶を残した魂と言う状態でその流れから外れる魂が出るらしい。
そうした魂にはまた元の魂の流れに戻るために3つ選択肢が与えられる。
1つ目は元の世界に戻る。
ただし死んだ直後の状態で戻るので、急いで元の世界で手当されれば助かる可能性がある、ということらしい。
2つ目は他の世界にこれまでの記憶を残した魂を持つものとして転生する。
その際にはその世界のリクルート担当者から、多少の便宜は図って貰えるという。
3つ目は、このままここで何もしないでいること。
私がここで飽きたな、と思うまで過ごし、もういいやと思ったら本来の魂の流れに還って、どこか別の世界の生命として全てを忘れて生まれ変われる。
私の前にいる5人は、それぞれ別の世界から来たリクルーターだそうだ。
今の話は全部リクルーターが説明してくれた内容だ。
それぞれどんな世界なのか説明してくれた。
エースの世界は完全なファンタジーの世界だそうだ。
色々な種族がいて、色々な武器がある中、結局強いのは魔法。その世界で一番の魔力量を持ち最強の魔法を最初から覚えた状態で身体能力もカンスト?した状態で生まれ変わらせてくれると言われた。
ボランチの世界は乙女ゲームの世界。
最近の流行りは主人公と言われる身分の低い女の子の敵役の悪役令嬢に生まれ変わって、主人公と王子を見返すパターンを選ぶ魂が多いけど、段々とそれだけでは飽き足らずに全然関係ないモブと呼ばれる登場人物への生まれ変わりだったり、逆に主人公をストレートに選ぶパターンもある、と言われた。
キャプテンの世界は、広大な宇宙に人類が進出し、科学技術も発展した世界。
宇宙船の性能が全てを決めるのでその時点どころか数十年経っても最強の宇宙船として君臨できる性能の宇宙船を付けるし、転生当時の最高の技術を集めたヒューマノイド型のインターフェースもつける、と言われた。
スピードスターの世界は、過去の日本。
幕末の薩摩の高級武士の娘で、女だてらに剣の腕は日乃本1。弁舌も女性らしくさわやかに立ち、どんな男も虜にする魅力を付ける。当然薩摩訛りは可愛い場合のみ訛る機能付き。そのまま薩摩で倒幕を目指すも良し、あえて新選組など幕府側に付くもよし、帝に輿入れを狙うもよし、と言われた。
先生の世界は、何だか先生は言いにくそうにしていた。
他の世界に比べるとショボいから、だそうだ。
一応地球の1700年台、近世ヨーロッパに似た世界で、ショボいながら魔法もある世界、と言っていた。
はっきり言ってどれもこれもピンと来ない。
エースやボランチが言うには、転生物に憧れる日本に住む地球人なら飛びつく条件だそうだ。
私はラノベは読まなかったし、マンガは最近自分で買ってたものは「さよな〇私のク〇マー」だからスポーツ物中心に読んでいた。ゲームも「つ〇つ〇」とか「パ〇ド〇」みたいなスマホゲー、しかも無課金でしかやったことがない。
仲の良かった友達たちも私と趣味が似ていたから、リクルーターたちの言う世界観には触れたことがなかった。
物語の数だけ世界がある、ということだから「さよな〇私のク〇マー」の世界からリクルートがあったら選んだかも知れないが、今聞いたどの世界も私にとってはそんなに生まれ変わりたいとは思わなかった。
正直にそう伝えると、リクルーターたちは「そっか、残念」と言って消えて行った。
自分の世界に戻ったのだろう。
彼らの世界に転生を希望する者は多いらしいし、特典を付けたのに断られたのだから、これ以上無理にお願いしてまで私に来て貰う必要もないってことなんだろうな。
別に捨て台詞を吐かれたりもしなかった。淡々としたものだ。
先生だけは何故か残ってくれた。
「先生、何で残ってくれてるんですか」
「私はさっきも言ったけど、単なるリクルーター。この姿も君のイメージを借りてるだけだからね。私は私の世界では〇〇ッシュと呼ばれてる魂だよ。
ただ、リクルーターとしての特権で、君に関するすべての情報はわかるからさ。
君が元の世界に戻る選択をしない可能性が高いこともわかる。
大好きだったお祖母ちゃんが原因で家族の気持ちがバラバラ、ボロボロになって、自分ではそれをどうしようもないっていう深い無力感が心の奥底に刻まれてる訳だしね。
私がどうこう言えることじゃないけど、君はまだ若いし、そうは言ってももう一度元の世界に生きて戻ることを選ぶことができる。だったらその可能性は残しとかなきゃならないよ。
私も立ち去ったら、君はここで飽きるまで過ごす選択肢しか残らなくなるからね」
まるで本物の先生のようなことを言う。
私のことが全てわかるからだろうか。
「ああ、そう言えば君の先生も似たようなことを言ってたね。わざと同じようなことを言った訳じゃないよ。
どうも私をここに遣わした私の世界は、少しでも魂に来て欲しいらしい。彼らのように引く手あまたな世界じゃないようだね。だから最後のお願いみたいに粘らされているみたいだ。
それにね、たとえ元の魂の流れに戻るとしても、話相手はいた方がいいだろう? 一人だとずっと同じことを考え続けてなかなか踏ん切りつかないかも知れないしね。
ここは時間が関係ない場所とはいえ、もしかしたら永久に考え続けちゃうかも知れないじゃん? それは君にとっても、この沢山の世界にとっても不幸なことだからさ」
目の前の先生の姿をした存在が、本当に私を気遣ってくれているのが雰囲気で伝わってくる。
元の世界に未練はけっこうある。
特に学校の、部活の仲間たち。
出来ることならずっと一緒にサッカーをしたい、過ごしたい。
お祖母ちゃんの認知症がひどくなる前に戻れるなら。
あるいはお祖母ちゃんの認知症をすっきり治してもらえたら。
でもそれは他の世界のリクルーターの分限を超えているらしい。
私が死んだ時点の元の世界に戻ったら、生き返った後、私は大好きだったお祖母ちゃんを、多分このままだったら憎むようになる。私を、家族を苦しめる存在として。
大好きだったお祖母ちゃんの思い出をお祖母ちゃんによって壊される。
感情的な私は絶対にそう感じてしまう。
そしてそう思ってしまう自分を、理性的な私は絶対に許すことができない。
それは私にとって、私自身が2つに引き裂かれる、耐えがたいことだ。
「先生の世界に行きます」
私はそう答えた。
「……本当にいいのかい?
元の世界より不便で不自由なことも絶対沢山あるよ?
後悔するかもしれないよ?」
「……後悔するかも知れないけど、若いうちの後悔は取返しがつく、って先生は言ってたでしょ」
「私は先生じゃないんだけどなぁ。
あ、そうだ私は私のいる世界ではトリッシュと呼ばれてるよ。君が私のいる世界に来るのなら、いつか君が私に会いに来てくれて、私が君のことを思い出したら力になるよ。
ちなみに私は今、魂だけでここに来ていて、この姿は君のイメージを借りたものだから、私の世界の私は男か女かわからないよ? 私に惚れたらダメだからね。もし私が女だったら、百合展開になったら困るから」
「何言ってるんですか。こんな短時間で人に恋愛感情持ったりしませんよ。人としての好意は持ちますけど」
「君は前の世界でも奥手だったみたいだね。私のいる世界に来たら前の世界で出来なかった色々なことをやって見るのもいいさ。
じゃあ、私のリクルーターとしての特権で、君への特典をつけるよ。
前世のような苦しみを味わうことのないよう、すぐに死なない身分保障、同じ種族の中で最も優れた身体能力、あと、君が憧れてたサワさんのような、ここ一番の決定力だね」
「何ですか、サッカーのある世界なんですか」
「サッカーはないけど、これから始めたっていいよ。私のいる世界は君が元居た世界に比べると発展途上なんだからね。ここ一番の決定力って抽象的だけど、勝負強さって捉えてくれればいいよ」
「よくわからないけど、行ってみればわかることですね。じゃあお願いします」
「うん、じゃあ目を瞑って、そのまま後ろに倒れるような感じをイメージしてね」
私は目を瞑り、少しためらったけれど、後ろに倒れた。
怖い。
地面に当たったら痛くないだろうか。
そんなことを思ったが、私の体は地面にぶつかることなく180°回転して下に、まるで暗いトンネルの中を潜るかのように落ちていった。
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