暗き暗き森へ

第30話 フライス村



 さてフライス村に来た俺の一行を紹介しよう。


 まずは頼れる男、ドノバン=アーレント。

 言わすと知れた俺の家庭教師だ。

 幅広く深い知識に魔法のオールラウンダー。

 まあこの世界の魔法なのでアレだが、普通に野営などの時は頼りになる。


 次は俺に就けられた護衛騎士だ。


 まずはハンス=リーベルト。

 何か気づくかい?

 そう、彼はゲオルグ=リーベルト伯爵の息子だ。若干17歳だが、王都アレイエム市中警備に当たる第2騎士団に所属していたってこともあり、世情に詳しい。

 王宮を離れられないゲオルグ先生に代わり、俺の剣と乗馬の指導もしてくれるナイスガイだ。

 剣と乗馬をやってる時間があるかどうかが問題だが。


 もう一人の護衛騎士を紹介するぜ。


 ダイク=ループス。

 彼は何と獣人だ! 俺はこの世界がファアンタジー世界だってことを彼を見て改めて実感した。

 狼の獣人だ。ワーウルフって奴だな。

 暗き暗き森の外縁部にあるフライス村に来るにあたって、感覚が人より鋭い彼を真っ先に就けることをゲオルグ先生は進言したらしい。

 彼は第一騎士団に所属しており、王族の警護にも当たっていた。

 俺も彼に影から見守られていたようだ。


 そして最後に、俺の身の回りの世話をするメイド。


 ピアだ。


 まだ俺の体は性に目覚めていないようだが、この先どうなるかわからない。

 だから何とかピアにいいお相手をこの機会に探したい、そう思っている。

 19歳だからハンスなら行けるか。

 そんなことを俺は企んでいるのだ。



 何かテンションが上がって、途中少しバンドメンバー紹介みたいになったな。


 我ながら父母と離れ今の民衆と同じ生活をすることにテンションが上がっているようだ。



 今回フライス村に来るにあたって、俺は正直に暗き暗き森のエルフやスライムの探索をしたい、とはパパ上や両母さんには伝えていない。


 名目は「王家直轄領の最も貧しい地域の民の生活ぶりを一緒に暮らして感じて、改善方法を探りたい」ということにしてある。


 もちろん名目だけで終わらせるつもりはない。民の生活の実態は知っておきたかったし、そうしないと国全体を発展させる方策が見えてこないのも確かだ。


 ただ、今回は暗き暗き森の探索の方に重点を置きたい、そういうことだ。


 フライス村に滞在するにあたって、フライス村を含む王家直轄領ノースフォレスト地区五ヶ村の代官マッシュ=バーデン男爵にフライス村まで同行してもらい、代官屋敷を俺たちがしばらく使う、ということを村人達に伝えて貰った。


 ちなみに俺の身分は王族ではなく、マッシュ=バーデン男爵の懇意にしている商家の息子、ということにしてもらった。


 まんま俺たちの一行はスケさんカクさん風車の弥七、かげろうお銀に当てはまる。


 しまった、うっかり八兵衛がいない。


 これでは越後のちりめん問屋のご隠居は無理だ。




 「それではジョアン君、また1週間後に来るからね」


 マッシュ=バーデン男爵はそう言って普段常在しているクリン村に戻っていった。


 1週間後に食料などを持ってきてもらう予定になっている。



 王家直轄領ノースフォレスト地区五ヶ村は王家直轄領の中でも貧しい地域だ。


 村の規模も小さく、マッシュ=バーデン男爵が常在しているクリン村でも150戸程度で、俺たちが滞在するフライス村は80戸程度だ。



 フライス村村長はディルクという40代の男性だ。


 俺たちはディルクに色々と話を聞いた。


 主にハンスが質問し、俺が時々気になったことを聞く。



 「今、フライス村の人々の暮らしはどんなもんです?」


 ハンスが尋ねる。


 「どんなもんと言っても、何と答えりゃいいのか」


 ディルクは俺たちが商人の子供とその手代と思っているのでややフランクな話し方だ。


 「えーっと、昼間皆さん働いていると思うんですが、何をどう働いているんですか? 炭焼きとか畑とか」


 俺が聞きたいことを聞く。


 「そういう意味なら、ずっと畑さ。週に四日、王様の土地の作物の手入れをして、残り3日で自分の畑を作ってますよ」


 「農作業はどんな作物を作ってるんだい?」


 「王様の土地は殆ど麦だね。春蒔きの大麦・燕麦・豆などと秋撒き小麦とライ麦。撒く畑を毎年変えてやってますよ。この辺りはけっこう気温が低いから、同じ五ヶ村でも取れ高は少ない方だね」


 「皆さんの畑は?」


 「俺たちは自分たちで食べる分の麦や野菜なんかを作っていますよ」


 「野菜はどんな物を?」


 「キャベツ、玉ねぎ、人参、にんにく、カブが何種類かと、あとはレンズ豆などの豆類ですね」


 「冬の間の食べ物は?」


 「麦とキャベツの酢漬けと、豆類で春まで持たせます。春になってすぐに撒いた種が芽を出し育ってきているので、あと少しでやっと野菜が食べられますよ」


 「農業の道具ってどうなってるの?」


 「みんな自前ですきを用意して使ってますよ」


 「あんな広い農地をすきだけで耕しているのかい!」


 「すきだけって言っても他に道具、どんなのがあるってんですか」


 う-ん、確かにな。


 見たところ農耕用の牛馬などもいなかったようだ。


 農機具か。後ですきを見せて貰おう。何か思いつくかもしれない。


 「畜産というか、食用に動物を飼ったりはしていないんですか」


 「フライス村じゃやってないですね。クリン村で鳥と豚を飼ってて、そこで潰した奴を村で買ってきて食べることがあるくらいです」


 動物性たんぱく質は摂れていないのか。


 「何で畜産をしてないんですか」


 「森からね、狼だのが狙いに来たらしいですよ、昔ね。そんで家畜だけじゃなく村人も大勢被害が出たんでそれ以来止めちまったみたいですよ。まだ私が産まれる前のことですわ。もっとも私が生まれてからだって、たまに色んな魔物が単発で襲ってきてますよ」


 「あの木の柵じゃ止められないって訳か」


 ハンスが言う木の柵というのは、村境に張り巡らされている。高さは1m程度だから当然狼は飛び越えてしまう。


 「狼の群れに出会ったら、私がシメましょう」


 ワーウルフのダイクが言う。


 「おいおい、同族とは思ってもらえないんじゃないのかい?」


 ハンスが茶化して言う。


 この2人は、今回の俺の護衛が初顔合わせなんだよな? 以前所属していた騎士団が違うんだから。多分その筈だが、妙にウマが合っているようだ。ダイクは狼だけど。


 「坊ちゃんとこの狼手代が狼共を何とかしてくれるってんなら、ここでもまた鶏を飼ったりできるかも知れませんねえ。是非お願いしますよ」


 ディルクの言いざまに少し俺は悪意を感じたが、まだ会ったばかりの人だ。

 こういう話し方の人なのかも知れないし、内心は出さないように質問を続ける。


 「そう言えば、物を買ったりするのはどうしてるんですか? 村に商店らしき所などないようですが。

塩とか絶対に必要でしょう」


 「塩はやバター等は2週間に1回、クリン村の専売所の者が売りに来ます。ついでに村で必要な物を聞いてって、次に来る時に持ってきてもらってます」


 「煮炊きに使う薪とかはどうしてるんですか? それも購入?」


 「いや、流石にそれは村の外の木を切り倒して薪にしてますよ。どうも暗き暗き森からトレントが夜移動してきてるみたいでね、切っても切っても森が開ける、なんてことは無いんです。むしろ何もしないとどんどん森が村を飲み込んじまいますよ」


 こえーよ、暗き暗き森。


 ただ、無限とは言わないが、木材資源が豊富というのは有利なのかも知れない。


 現状、それを生かすだけの人も物もないってだけで。


 「薪は豊富だとして、それを炭に加工したりとかはしてないんですか」


 「薪を取るだけで精一杯ですよ。人手がないんでね。まあ結構木は切り倒さないといけないんで、村で使う分以上の薪は、クリン村とか近隣に売ったりして、貴重な収入にはなってますが。炭焼きは坊ちゃんとこの商会でやったらいいんじゃないですかね」


 まあその辺は、今後また考えて行こう。


 それより今回の目的、暗き暗き森の探索についての情報を聞こう。


 「また炭焼きのことについては、うちの父親などと話して考えておきますね。

 ところで、最近フライス村でエルフの姿が目撃されてるって噂を耳にしましたが、本当ですか」


 「ああ、それね。暗き暗き森の、この村からの入り口ってか境目として、大きな岩があるんでさあ。何となく形がひよこに似てるんでヒヨコ岩っていうんですけどね。薪にする木を伐採に行ったりしようとヒヨコ岩んとこへ行くと、ヒヨコ岩に隠れてエルフが村を見てるのを見た、って村人が何人かいるには居ます」


 「それって結構頻繁なんですか」


 「いや、そんなに頻繁て訳でもないですね。最初にエルフの姿を見たって話があったのが2年くらい前で、その後1,2か月に1回くらい見かけるって言ってる奴が出るくらいです。エルフに何か話しかけられたって奴もいますが、なんせ暗き暗き森のエルフですよ、みんな怖がって一目散に逃げだしちまうんですわ。木の伐採もヒヨコ岩の辺りはみんな避けるようになってまさあ」


 確かに、暗き暗き森のエルフに関する伝説はとても人間に友好的とは思えないものな。


 「そう言えばフライス村の村人は、暗き暗き森に入ったりしないのか」


 ハンスが尋ねる。


 「いや、少しでも森に入ってきた入り口が見えなくなると、いつの間にやら木が動いていて道がわからなくなっちまうんですよ。だから村人は森の中までは入らないようにしてますよ」


 「そうですか。ありがとうございますディルク村長。また色々とお聞きすることもあるかと思いますが、その時はまたよろしくお願いします」


 そう言ってドノバン先生がディルク村長に御礼として蒸留酒を渡す。


 「ええ、また聞きたい事があったら、夕方以降だったら時間を作れますんで。じゃ、今日のところはこれで失礼させてもらいます」


 そう言ってディルク村長は代官屋敷を立ち去った。


 蒸留酒は今日の農作業を休んでもらったディルク村長へのほんの気持ちだ。




 「さて、殿下、今日はどうします? 先程聞いたヒヨコ岩へ行ってみますか?」


 ドノバン先生が聞く。


 「ドノバン先生、ここフライス村では私は商会の息子ってことになってますから殿下は止めてください。ジョアンか、せいぜいジョアン坊ちゃんと呼んで下さい。ハンスとダイクもそう呼んでね。ピアは……以前から坊ちゃんって私を呼んでたっけ」


 「いえ、言ってませんよ殿下」


 「殿下は止め。ジョアン坊ちゃんだよ。ジョアン坊ちゃん。言ってみて、ピア」


 「はい殿下。ジョアン……坊ちゃん」


 「あーあ、ピアは硬い、硬いなー。そう思わないかい、ハンス、ダイク」


 「いや、普段の呼び方から急に変えろって言われても、そりゃ戸惑うでしょう殿下」


 「あーあ、ハンスもか。いいんだよ、ジョアンでもいいのにあえて坊ちゃんで妥協してるんだから、殿下は止めて」


 「まあまあ殿下、そんな急に殿下の呼び方を変えるのは皆難しいですよ。初のフライス村での夜、じっくり語らって坊ちゃん呼びに私たちを馴染ませてください」


 ドノバン先生がそう提案する。


 まあ確かに荷馬車に揺られてここまで来たから、多少疲れはある。



 今日はのんびりして明日から本格的にエルフ探索をするとしよう。




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