第28話 急遽帰国
「控室に戻る前にハラス王国のマルセル=ホーデンバーグ国王に挨拶に行くぞ」
パパ上にそう伝えられた俺たちは、ホーデンバーグ家の従者に従い通路を歩きハラス王国の方々の控室に向かう。
挨拶に行くのはパパ上、ラウラ母さん、俺の3人とそれぞれの従者、護衛のゲオルグ=リーベルト伯爵ら騎士5人だ。
クラウス=メイヤー伯爵夫妻、ディラン叔父さんは俺たちの控室だった応接間に戻っている。
ホーデンバーグ家の従者はとある一室の前に来ると扉をノックし
「失礼します。アレイエム王国国王ダニエル=ニールセン様とご家族をご案内してまいりました」
と中に伝えると、中から扉が開けられた。
部屋の中に入ると、この世界では老人と言っていい年齢の男性と、パパ上より少し上の年齢であろう男性と、その男性の妻であろう貴婦人がゆったりとした椅子に腰かけている。
「呼びつけてしまってすまんな。そちらに掛けられよ」
老人がそう声をかけると、従者たちが椅子を引く。
俺たちはその椅子に掛けた。
「長々と退屈な式典であったな。あくびが出るどころか居眠りまでしてしまったわい」
「父上があまりに堂々と居眠りをするものですから、私たちはハラハラしておりましたよ」
老人の横に座る男性がそうたしなめる。
「なーに、あんなものバーナビーの所の官僚が、自分とこの虚栄心のためにやってるようなものだ。
一々真面目に付き合っていてはこちらの身が持たん。リドルリア宮殿まで日向ぼっこに来たとでも思っておればいいのよ」
そう言って眠そうにあくびをするご老人。
この方がハラス国王マルセル=ホーデンバーグ陛下なのだろう。
「マルセル陛下、フェリクス殿下、イレーナ妃殿下、長らくご無沙汰しております。私の第二妃であるラウラと、ラウラの子である第一王子ジョアンです。
お三方と顔を合わせるのは初めてですな」
パパ上がそう俺たちを紹介する。
「初めまして、アレイエム国王ダニエル=ニールセンの第二妃、ラウラです。今後ともよしなに」
ラウラ母さんがそう言って挨拶する。
「初めまして、アレイエム国王ダニエル=ニールセンの長子、ジョアン=ニールセンです。今後ともよしなにお願いいたします」
俺もそう言って挨拶する。
一応マルセル陛下の孫の位置ではあるが、俺はイザベル母さんの子ではないので少しでも馴れ馴れしい態度を覗かせるべきではない。
それを聞いてマルセル陛下が
「わざわざすまんな。こちらも名乗るのが遅れた。
儂はハラス国王マルセル=ホーデンバーグ。隣が第二王子のフェリクス、フェリクスの隣がフェリクスの妻のイレーナだ。
今後ともよろしくな。
ところでダニエル陛下、イザベルからはちょくちょく便りが来ているので息災なのはわかっているが、イザベルはきちんと務めを果たしているかね?
ニールセン王家に嫁いでイザベルも大分以前とは変わってしっかりして来ているようだが、どうもこの年になると昔のイメージが抜けなくてな」
「イザベルは我が国への南方物資の輸入の統括や、内務でも国内法の整備などよくやってくれています。素晴らしい女性を育んで下さったマルセル陛下とホーデンバーグ王家にはどれだけ感謝してもしきれません」
「ならば儂も一安心だ。はねっ帰りで嫁の貰い手が無いと心配していたイザベルを、立派な王妃に仕立ててくれたアデリナ前王妃には感謝していると伝えてくれ。
どころでそちらの王子が東方の『ミソ』を所望した長男だな? 何でもコタツと湯たんぽも発案したとか。アレは良いな。儂の年になると冬の寒さが堪えるのでな。この春まで愛用させて貰ったよ」
「喜んでいただけて幸いです。こちらのジョアンが2年前に発案したものですが、当初は私も本当に5歳の子が思いつくものかと疑ってしまいました。実際使ってみると単純ながら効果は高く、簡素なものは民間にも出回り出しております。ジョアンは初めから民にも利用できるよう考えていたとか。
そうだったな、ジョアン」
「はい、元々湯たんぽもコタツも、手足の末端の寒さ対策になればと思い考えたものです。できるだけ民にも普及させて民が寒さを凌げる様に、とは考えておりました。実際の製造に当たってはイザベル母様に殆ど進めていただいたようなものです。ハラス王家に送られたコタツは職人が最上級の仕上げをし、我が祖母アデリナが縫製したものを贈らせていただいたと記憶しています。使っていただけているのなら、これに勝る喜びはございません」
「ほう。イザベルの便りで知ってはいたが、実際に話すと伝聞以上に利発な王子だな。イザベルの子のジャルランを良く教え導いているとか。その方の母ラウラ妃とともに、我が妹、我が息子のようであると何度もイザベルの書面に書かれている。今後もよろしく頼むぞ」
「はい、祖父の言葉、有難く心に刻み精進させていただきます」
この場面なら祖父と呼んでも差し支えないだろう。
「ところで父上、イザベルの話はそこまでにして、本題に入りませんと」
フェリクス第二殿下が言葉を挟む。
何やら急いているようだ。
「ム、そうだな。つい世間話に花を咲かせてしまった。では、フェリクス、話してくれ」
「実はお呼び立てしたのは他でもありません、私たちは晩餐会には出席せず、すぐにでもここリーバスを発って帰国しようと考えております。もしアレイエム王国の方々が同道を希望されるのであれば、お急ぎいただければ高速船に同乗できます、とお伝えしようと思いお呼び立ていたしました」
「……事態は差し迫っている、のですかな」
「我が国の外洋船がエイクロイド南部の港湾設備が暴徒に襲撃されているのを昨日確認したそうです。狙いはおそらく火薬などの武器で、エイクロイド南部を中心に民の反乱は広がりつつあるかと」
昨日、ディラン伯父上も今日明日で何か起こる可能性があると言っていた。
それか。
「南部で既に火の手が上がっているのなら、それが北部に及ぶのも時間の問題ではありますな。川湊などが暴動に巻き込まれてしまえば、確かに帰国するのに我が国も軍を出さねばならなくなる。
わかりました、すぐに支度させますので、高速船に同乗させていただきたい。
リーベルト伯爵、誰か使いをやってすぐに帰国の準備をさせてくれ」
パパ上の決断は早い。
「はっ、直ちに」
リーベルト伯爵は傍らの騎士を遣いに出す。
「しかし、随分と迅速な対応ですな。我々も明日の午後に発つ予定でしたが、まさか当初からこのご予定だったとか?」
パパ上が聞く。確かに速い対応だ。
多分パパ上たちもエイクロイド国内の不穏な状況は掴んでいたので弾丸日程にしたのだろうが、式典後の晩餐会をキャンセルするまでは考えていなかっただろう。
「何事も命あっての物種です。本来でしたら不穏な状況が濃厚な今のエイクロイドになぞ来たくもなかったのですが、オーエ教の教皇の添え状とあっては来ざるを得ない。
速度が出るお茶運搬船でリーバス郊外の川港まで来たのも用心のためです。幸いなことにワーズ川は水深が深いので海洋帆船も入れましたからな」
「よくハラスの船がワーズ川に入ることをエイクロイドが許可しましたな」
「なに、いつもの嫌がらせを逆手に取って言ってやったのですよ。我が国のシットスティックが恋しくなるので速く帰るためだ、とね。
それで断られればこちらも欠席の理由が立つ、とも重ねて伝えましてね」
何じゃおい、俺たちだけでなくどこの国に対してもやってんのか、あれを。
真性のアホ揃いじゃないのかエイクロイドの官僚は。
「実は水魔法の使い方で良い方法がありますよ。それもここにいるジョアンが思いついたのですがね」
そう言ってパパ上は
リーベルト伯爵の落ち着いた態度が驚愕に変わったのは馬術と剣術の指南を受けている俺としては見ものだった。
そうこうしているうちに先程遣いに出した騎士が戻り、出発準備が整ったと知らせる。
「ではまいろうか。バーナビーに対しては儂の方から遣いを出し、アレイエムの一行も晩餐会には出席せず我らと共に帰国すると伝えておいた」
ありがとうお祖父様。
流石です。
俺たちは連れ立って皇宮の出入り口に向かう。
俺たち以外でも帰国を急ぐ首脳たちが大勢おり、出入り口はごった返していた。
皆来たくなかったんだろうな。
オーエの教皇の添え状か。それさえなければ来ていないという国も多いのだろう。
これは晩餐会は中止かも知れないな。
そんなことを思いながら待つ。
ディラン伯父がエイクロイドの官僚が手配する馬車以外に町の馬運業者に当たっているらしい。
また、俺たちがハラスの高速船に同乗させてもらえる事となったため、空いた川船は他の国に使用を譲る代わりに馬車の順番と台数を融通してもらっているようだ。
流石に如才ない。
俺は今待つ以外に出来ることがない。
そう思っていると、昨日の夜、ディラン伯父といい雰囲気だった侍女がこちらにやってきて、ラウラ母さんの侍女のアルマに声をかけている。
アルマからラウラ母さんに何事か伝えられると、ラウラ母さんが俺に
「ジョアン、フランシーヌ=バーナビー様が貴方と少しお話したいそうよ」
と言いに来た。
「時間は大丈夫でしょうか」
ラウラ母さんに聞く。
「多分もう少しなら大丈夫よ。少しお話してきなさい。心細く思っておられるのかも知れないわよ」
ラウラ母さんのお許しが出たので、フランシーヌ嬢の侍女についていく。
フランシーヌ=バーナビー嬢は出入り口にほど近い階段上の、混雑する出入り口ホールを見渡せる場所にいた。
階段下の出入り口ホールは喧噪に満ちているが、ここは騒がしいものの会話できない程ではない。
「フランシーヌ様、申し訳ありません、急遽帰国することになってしまいました」
「仕方ないですわね。晩餐会にジョアン様がご出席されたら、我がエイクロイドの誇る様々な文化を教えて差し上げようと思っておりましたのに残念ですわ」
「ええ、私もフランシーヌ様にもっと色々と教えて頂きたかったのですが」
「アレイエムの方々は文化的に遅れているとは言え、自分たちに足りないものを熱心に取り入れようとする姿勢は好感が持てますわ。また機会があったら是非リーバスまで足をお運びくださいな」
「ええ、その時は是非」
ふと思った。
これが前世の世界初の市民革命の始まりみたいなものだったとしたら、あの国の王族はどうなった?
国王夫妻は断頭台送りになったのは有名だから覚えている。
他の王族はどうだったのだろう。
革命の混乱後、軍人皇帝が即位する前に確か一時的に王族が政治の旗頭に戻っていた気がするから族滅された訳ではないのだろうが。
それにこれが前世の世界初の市民革命とも限らない。
単なる暴動ですぐ鎮圧されるかも知れないしな。
ただ、知り合ってしまったこの少女に、何か手を差し伸べてあげることは出来ないだろうか。
「フランシーヌ様、もし宜しければ私たちと一緒にアレイエムまで遊学にお越しいただけませんか。
今から御父上や皇帝陛下に許可を頂くのは時間がかかりましょう、フランシーヌ様さえよければアレイエムから御父上と皇帝陛下に後ほど使者を出し了承をいただくことも可能かと存じます」
「ジョアン様、何を言われますの?」
「世情が不安で、民心が
「私も一度アレイエム王国に行ってみたいと思いますの。ただ、今すぐというのは流石に無理ですわ。少ないとはいえ晩餐会に出席される他国の方々もおられますし、皇族としての務めを放り出す訳には参りませんわ」
「……わかりました。ご無理なことを言ってお心を乱し申し訳ありませんでした。ご無礼をお許し下さい」
「ジョアン様が私を案じて下ったのは感謝いたします。いずれの折には必ずアレイエムを訪れるようにいたしますわ」
「はい、何かありましたらいつでも私をお頼りください」
そう言うと丁度リーベルト伯爵が呼びに来た。
「殿下、そろそろ出発できそうです。急ぎ馬車までお越しください」
「ありがとうございます、リーベルト伯爵。
ではフランシーヌ様、今日のところはこれで失礼します。
また再会できる日を楽しみにしております。それでは」
そう言って俺は階段を降りた。
出入り口前の広間の喧騒に包まれ、もう一度フランシーヌ嬢の居たところを見返すと、フランシーヌ嬢と、オーエ教のアナスタージ教皇が何か話しているのが見えた。
アナスタージ教皇は俺が見上げているのに気が付くと、俺に向かって何か言っているように見えた。
口の動きからすると「オイッス!」だろうか。
喧噪で聞き取れないので戻ろうとしたが、
「殿下、急ぎませぬと」
とリーベルト伯爵が俺の手を取り馬車まで連れて行かれた。
こうしてバタバタと慌ただしく俺たち一行はリドルリア皇宮を離れた。
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