第27話 エドモン=バーナビー戴冠10周年記念式典




 次の日の朝、俺は目を覚まし、いつものように朝イチの排泄のため、置かれていたおまるに座った。


 うん、王宮とは違った環境で緊張しているが、出るものはすっきり出たな。


 そう思っていつものように水魔法で洗浄する。


 さて、水を切るか。


 そう思ってセットされていた木べら=シットスティックを手に取る。



 ……ザラザラしとる。



 シットスティックの質が悪い物を当てられた。


 地味な嫌がらせだ。


 田舎者の固い尻にはぴったりだ、的な意味だろう。


 くそがッ! まさにクソのことでこれを言うとは不覚……しかし くそがッ!


 朝から心の中で呪詛の言葉を吐く。


 数本セットされている他のシットスティックを取り出す。



 どれもこれも低品質だ。


 くそがッ! 何度でも言ってやる、 くそがッ!



 仕方なく俺は火魔法でシットスティックの表面を焦がし、ささくれを焼き、それで尻を拭いた。


 大した被害があった訳ではないが、気分はクサクサする。


 昨日食事を摂った応接間に行くと、パパ上、ラウラ母さん、メイヤー夫妻、みんな苦虫を噛み潰した顔をしていた。


 「おはようございます父上、母上、メイヤー夫妻。皆様朝からどうされたのですか」


 「おはよう、ジョアン。実はね……」


 パパ上、ラウラ母さん、メイヤー夫妻、みんな俺と同じ仕打ちを受けたようだ。


 すげーな、エイクロイド帝国。


 こんな地味なのに絶妙に人を苛立たせる嫌がらせ、なかなかできないぞ。


 水魔法洗浄法マジックウオッシュを俺が家族に伝えていなかったらどうなっていたことか。



 という訳で俺はメイヤー夫妻にも水魔法洗浄法マジックウオッシュを教えた。


 夫妻はすぐに宛がわれた客間に逆戻りした。


 多くは聞くまい。



 しかしこんな気分で戴冠10周年記念式典に参加させられるのか。



 本当に凄いなエイクロイド帝国。


 船上でのパパ上の言葉が、スッキリ腑に落ちた。



 しばらくすると朝食が運ばれてくる。


 それに合わせるようにディラン=ニールセン公爵が応接間にやってくる。


 俺たちの案内役のアンドレイ=ジャッケも姿を見せた。


 まだ食事前だが、地味な嫌がらせに地味に怒り心頭の皆を代表しメイヤー伯爵が文句を言った。


 「ジャッケさん、我々のプライベートな部分への配慮、少々足りていなかったのではないですかな」


 ジャッケは白々しく薄っすらと笑みを浮かべながら


 「申し訳ありません。何分本日は参加して頂く各国の皆様方が大勢いらっしゃるため、皇宮の下人たちの手も足りておりません。落ち度がありましたならお詫び申し上げます」


 暖簾に腕押し、柳に風、蛙の面に小便。


 素晴らしい面の皮の厚さである。


 もうそうゆう国民性と言うことにして納得するしかない。


 「それでは本日は10時より皇宮正面広場にてエドモン=バーナビー皇帝陛下のご挨拶と各国よりの祝辞、その後は閲兵式となります。閲兵式の終了予定は13時30分です。

 その後いったん休憩に入り、16時より晩餐会のパーティとなっております。

 では9時半頃に再度迎えに上がりますので、お仕度をすませてこちらでお待ちください」


 そう言うとアンドレイ=ジャッケは一旦下がった。


 下男には一応シットスティックの件を伝えていたようで、入れ替わりで新しいものを持ってこさせていた。


 遅れてきたディラン伯父にシットスティックのことを聞くと。


 「エイクロイドの子供じみた嫌がらせで交渉のペースを握られたくないので、エイクロイドに来るときは毎回持参している」そうだ。 流石に常時エイクロイドを相手にしているだけのことはある。




 朝食後に着替えなどの用意をして応接間に集まる。


 それぞれ礼服に着替えており、いつもとは雰囲気が違う。


 ラウラ母さんも純白のドレスに白の長い手袋、頭にはティアラと王宮の内廷で見る姿とは全く違い、王妃様だ。


 俺もパパ上も刺繍の入った礼服の上着を着て、下はパパ上は長ズボン、俺は半ズボン。


 たまには半ズボン以外のものを着たい。



 やがてアンドレイ=ジャッケが戻ってきて、俺たちを会場の正面広場に案内する。


 今日も良く晴れている。


 俺たちは用意された席に着席する。


 俺たちの後ろにはゲオルグ=リーベルト伯爵ら騎士が立ち、俺たちを警護する。 


 式典が始まるまで、もう少し時間がある。少し会場の様子を眺める。


 皇宮の入り口正面左右に分かれ来賓席が用意されている。

 皇宮入り口に近い席から上座で、入り口から離れるに従い席次が低くなっているようだ。

 ちなみに俺たちアレイエム王国の席はけっこう皇宮入り口から離れた下座にあたる。


 俺たちの座席が用意されている列の様子は見えないが、俺たちの反対側に座る国々の様子は見える。 


 どこがどの国かは全然わからない。


 列席した国々とは一線を画した、皇宮入口の広い階段の広い踊り場に黒い服を着た一団が座っている。けっこうお年を召した方々だ。その中に一人、白いローブ? を着たまだ若い女性らしき姿が見える。


 隣に座るラウラ母さんに聞いてみる。


 「あの反対側に座っている国々はどこの国々なのですか」


 「一番高い場所に座っている黒い祭服を着た方々は、オーエから来たオーエ教の方々よ。一人女性がおられると思うけど、あの方が今の教皇様のアナスタージ様」と教えられた。


 オーエから来たオーエ教ということは本道派なのだろう。


 「オーエ教改革派の方々は参加されていないのですか」


 「多分私たちの列側の最上位席におられると思うわよ。エイクロイド帝国は本道派が国教だから、一番上座なのね」


 「私たちが座っている左側よりも右側の席の方が序列が上なのですか」


 「そうね、あちらが全て上というわけではなくて、右左右左という順番じゃないかしら。私たちの前はアールマンスの王家のようだから、そういった序列だと思うわ」


 「この序列はどのように決まっているのでしょうか」


 「多分国家が成立した順番が基本になっていると思うわよ。向こうの国賓席の一番末座がテルプのツェルナー王家のようだから」


 あれがアデリナお祖母ちゃんの実家の一族か。遠すぎて顔は見えない。

 俺は何の感情も湧かないが、パパ上たちは恨み骨髄なのかも知れない。

 そう思いラウラ母さんの横のパパ上を見るが、感情を出さない平然とした表情を保っている。

 さすが王の態度。立派だ。


 「ジョアン、キョロキョロするな。そろそろ始まるぞ」


 パパ上の言葉で俺も正面を向いておく。


 しばらくすると、多分軍楽隊の演奏だろう、勢いよくファンファーレが演奏される。


 前世の競馬のG1出走前か、と思ったのは秘密だ。

 ファンファーレに合わせて皇宮の中から一人の男がゆっくりと現れる。

 あれがエドモン=バーナビー皇帝なのだろう。

 ファンファーレに合わせて、エイクロイドの臣を中心とした万雷の拍手が鳴り響く中、エドモン=バーナビー皇帝はゆっくりと階段を降りてくる。


 そして、オーエ教本道派のアナスタージ教皇と、その左右に司祭が立って待っている前まで降りると歩みを止め、両手を挙げて制止のポーズを取る。


 同時に丁度ファンファーレの演奏が終了する。

 良く練習してるな。大したもんだ。


 エドモン=バーナビー皇帝はアナスタージ教皇の前に進み出て、膝まづく。

 アナスタージ教皇はエドモン=バーナビー皇帝に何事かを語りかけている。


 恐らく祝福を与えているのだろう。


 俺たちの下座までは声が全く届かず何を言っているのかさっぱり聞こえない。


 教皇自らがバーナビー皇帝の頭の上に手をかざし何かした後、教皇と司祭は自分たちの席に下がっていく。


 エドモン=バーナビー皇帝が立ちあがり、また両手を上に大きく上げると、エイクロイドの臣を中心に「皇帝に神の恵みを!」の大合唱が起こる。


 皇帝はしばらく手を挙げてその歓声に応えた後、用意されていた帝座に着席する。


 その後は各国の使者が、祝いの品の目録をエイクロイドの多分宰相に読み上げ渡す時間が始まった。


 祝いの品が豪華なのか時々オーっと歓声が上がるが、はっきり言って聞こえないのでど-でもいい。


 ひたすら退屈な時間だった。


 天気が良くなかったら最悪だったが、晴れていたので少しまどろみタイムだ。

 パパ上、ラウラ母さんも同様のようだ。


 ちなみにアレイエムの贈答の使者はディラン=ニールセン公爵とクラウス=メイヤー伯爵が務めた。


 長い長い贈答タイムが終了する。正直俺の気分はダレている。


 少し立ち上がって伸びをしたい気分だ。



 その時また軍楽隊の演奏が始まった。閲兵式なのだろう。


 勇壮なマーチの音と共に騎兵がキャンターでゆっくりと敬礼しながら反対側の国賓席の前を通り、階段上のエドモン=バーナビー皇帝の前で最敬礼をし、俺たちの前を敬礼しながら戻ってゆく。


 整った美しい動きだ。


 階段上のバーナビー皇帝も立ち上がって手を振り兵たちに挨拶を返し続ける。


 騎兵に続いて銃剣を着けた小銃を担いだ歩兵が同様のルートで、足を前に高く上げる行進をしながら敬礼しつつお目見えする。


 よく訓練されているな。


 最後に馬に曳かれた大砲と、その前後を歩兵と同様の後進をする砲兵隊がお目見えする。


 その中の一人の将軍であろう、ジャラジャラと勲章をつけた長身で黒い長髪の男が、何とも言えずにやる気がなさそうな様子で一際目を引く。


 一応他の将軍と同じような動きをするのだが、手の上げ方や足の上げ方などが妙に甘い。


 皇帝の閲兵式で大胆な男だ、と思った。



 俺たちの近くに座るアンドレイ=ジャッケに聞いた。


 「あの方だけ妙にやる気が無い感じですね」


 「ああ、彼はね、砲兵指揮官としての能力だけで成り上がった成り上がり者ですからね。元々下級貴族の出なんで、礼儀がなっていないのですよ」


 「何て名前の方ですか」


 「ポルナレフ=ボンバドルですよ。指揮官としての能力だけの成り上がりですから、どこかの戦場で遅れを取ることがあれば終わりでしょう。覚える価値もないと思いますよ」


 そう聞いているうちにボンバドル将軍が俺たちの前を甘い敬礼をしながら通り過ぎた。


 エイクロイドに来て二人目だ。


 あの光を感じさせない虚無を宿した目は。


 そう思って同じ目だと感じたディラン伯父上を見ると、叔父上もボンバドル将軍を目で追っていた。


 砲兵隊は皇宮の出口近くで列を組んで祝砲を打つ準備をしている。

 軍楽隊のマーチの演奏がピタッと中断すると同時に大砲がドドンと祝砲を放った。

 砲兵の指揮を執るボンバドル将軍は、その時だけ動きが機敏になっていた。

 しばしの余韻の後にマーチの演奏が再開し、砲兵隊も皇宮を後にする。


 こうして閲兵式は終了した。


 俺たちはまた一旦朝の応接室に戻って待機する。

 16時に大広間で晩餐会なので、2時間強の待機だ。

 中途半端な時間だが、その間に軽食を摂ったり諸々済ませなければならない。

 そう考えると大した時間ではない。

 俺たちも控室に戻るため、警護のリーベルト伯爵らと共に歩き出した。


 すると、戻る途中でパパ上の従者マルクに、どこかの従者が何事か話しかける。

 マルクはパパ上に何事かを伝えると、パパ上は俺とラウラ母さんを呼んだ。


 「控室に戻る前にハラス王国のマルセル=ホーデンバーグ国王に挨拶に行くぞ」


 パパ上にそう伝えられた。

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