第20話 どうした?ジャルラン

 



 俺はハールディーズ公爵夫人と娘のジャニーンとのお茶会に向かった。


 場所は今日は四阿あずまやではなくサンルーム。


 四阿あずまやよりも王宮の出入り口に近いところにある。

 全面ガラス張りで日光を取り入れられる、言わば温室だ。

 ここは季節から外れた花が色々と植えられており、ラウラ母さんがたまに世話をしている。

 コタツ工場で激務に追われる中、唯一心が休まるひと時らしい。

 当然ラウラ母さんだけで花の世話をしきれるものではないから、庭師も世話をしている。


 今日はラウラ母さんの姿も庭師の姿もない。

 ラウラ母さんはコタツ工場で伝票と格闘中で、庭師たちは席を外している。


 サンルーム内にしつらえたテーブルでイザベル母さん、俺、ジュディ夫人、ジャニーンの4人は優雅にお茶を飲んでいる。


 午後で太陽は傾いてきているが、日当たりは十分でかなり暖かい。

 ここでのんびりするのも、これはこれでいいなあ。そんなことを考える。


 「そう言えばイザベル母さんとジュディ様は随分と仲がよろしいようですが、お二人はいつ頃からの知り合いなんですか? ジュディ様もイザベル母さんと同じくハラスのご出身だったりとか?」


 「私とジュディは知り合って7年になるのかしらねえ。私が最初にラウラに紹介してもらったサロンの主宰をしていたのがジュディなのよぉ」


 「そうでしたわね。本当に数人のご婦人と集まっていた細々としたサロンでしたけど。主に自分たちの手芸の発表と言うか見せ合いをして、時々芸術家の方を呼んで話を聞く、程度でしたよ」


 「てっきりジュディ様もハラスの大貴族の方なのかと思っておりました」


 「ありがとう。でも私は元々ハールディーズの寄騎だったヴァイス伯爵家からハールディーズに嫁いだの。私が小さかった頃は伯爵家の娘でも家の労働もしなければならなかったくらいだから、そんなに優雅に育ってきた訳でもないのよ」


 「ジュディの生い立ちを聞いたら、私もアデリナ様の言うことを聞かないと、って思えたわぁ。本当にありがとう、ジュディ」


 「何をおっしゃいますの。そんな私でも蔑んだりすることなくお引き立て下さって、私の方こそ正妃陛下には感謝しておりますわ」


 その時、ジャニーンが口を開いた。


 「正妃陛下、お母さま、私、いつものように殿下に庭園を案内して頂きたいんですがよろしいでしょうか」


 「あら、ジャニーンは本当に庭園を見るのが好きねえ。いいわよ、行ってらっしゃい」


 とイザベル母さんは許可を与えてくれた。

 ジョディ夫人は何となく何か言いたそうではあったが、イザベル母さんの決定に異を唱えたりせず、静かに頷いていた。


 「では殿下、まいりましょう」


 ジャニーンはそう言って俺の手を引っ張って歩き出す。


 まったく、おせっかちだこと。



 サンルームから十分離れたところでジャニーンが言う。


 「危なかったわ。あのままだと私の刺繍ししゅうのことでお母さまにお小言を頂戴するところだったわ」


 「ジャニーンも刺繍ししゅうを習ってるの?」


 「お母さまに習わさせられてるのよ。淑女のたしなみだからって」


 「5歳から習うなんて大変だね。でも立派な淑女になるためにはお母さまの言うことを聞いて励まないとね」


 「私は別に淑女なんかになりたくないわ! 私はお父様やお兄様のような立派な騎士になりたいの! 領民を困らせる悪い盗賊をやっつけたりしたいのよ!」


 うへー、この子本当に男勝りだな。

 でも領民思いなのかも知れないな。


 「私は騎士になりたいのに、お父様もお母さまも、お兄様ですら反対するのよ。何でなのかしら!」


 まあ、可愛い娘や妹を下手したら命のやり取りをする騎士にしたいとは思わんだろうな。良かった、父も兄も常識人で。


 「ねえ、ジョアンはどう思う?」


 そこで俺に振るか~?


 「私はジャニーンの動きだったら騎士も夢ではない、とは思うよ。でも、家族みんなが反対するなら止めといた方がいいと思うよ」


 「何でよ! 家族が反対する理由がわからないわ!」


 この短気な幼女にゆっくり理屈を説いても納得してもらえるかな~?

 ここはアレか、単純に嫌悪感が沸くことを言っておく方が嫌になるかも知れないな。


 「いいかい、ジャニーン。この世界の女騎士にはたった一つだけ決まっていることがある!」


 「何なのよそれ」


 「女騎士が敵に捕まったら、敵は女騎士をいたぶろうとする! これは絶対だ! その時は必ず女騎士が言わねばならんセリフがある!」


 「はあ?」


 「くっ……殺せ…… だ!」


 両手の指をワキワキさせてジャニーンに近づきながら言った。


 ボグッ! 「お望み通りにしてやるわよ!」


 ジャニーンはそう言う前に既に俺の腹に回し蹴りを放っていた。

 腹に蹴りがヒットしよろめいた俺を後ろからピアが支えた。


 「殿下、今のは殿下が悪いですよ」


 冷静なピアの言葉。


 王族を警護する護衛の騎士も特に制止に来なかったということは、護衛のジャッジも俺がギルティなのであろう。


 「まったく! 意味がわからないわ!」


 そう言うとジャニーンはスタスタと歩き出した。



 その後は普通にかくれんぼをして遊んだ。


 ジャニーンの良いところは、怒っても根に持たないところだな。

 さっぱりしている。


 最近のかくれんぼは、いつもお茶会のお菓子を賭けてやっている。

 お茶会のたびに俺がジャニーンに茶菓子をあげるので、イザベル母さんらは「この年で女性に気を使えるなんて、小さな紳士ねぇ」と単純に喜んでいるようだ。

 樽柿は無くなってしまったが、今のジャニーンのお気に入りは干し柿を刻んで生地と混ぜ込んで焼いたパウンドケーキっぽい奴。また次回も取られるんだろうなあ。


 まあ喜んでくれてるからいいけどな。


 お菓子がかかっているのでジャニーンはかくれんぼも真剣だ。


 必死で隠れるから終ぞ見つからなかったことだってある。流石にルム川沿いの城壁まで行かれたら探し出すのは無理。10秒間で良く行くなと思ったら、俺が数え出したらひたすら全力で走って逃げたらしい。どんな身体能力だ。

 だから範囲を決めてやっている。作業用具置き場から100m以内。それといつまでも見つからないとダレるので、互いの付き人も探す際は参加させる。


 これでトータルどちらが長い時間隠れていられるかで競っている。


 今日もけっこう長い時間かくれんぼに興じていた。

 そろそろ太陽が夕日の赤になりつつある。


 ジャニーンはそんなに疲れは感じていないようでまだまだ元気一杯だ。

 俺もそれ程疲れは感じていない。

 だが、ピアとリズ、2人の付き人はけっこう疲れているようだ。


 俺たちは自分の好きに動き回っているだけだが、付き合わされる方は俺たちがどう動くか予測できないので疲れやすいのだろう。

 特にジャニーンはあまりリズのことを気にして動いている様子はないから、ピアより疲れるだろうな。


 「ジャニーン、そろそろ止めようよ。ジャニーンも帰りの馬車が迎えに来る時間が近いだろ」


 「最後にもう一回だけ! トータルで勝ってるかわからないもの」


 まったく負けず嫌いなお嬢様だ。


 この世界にもスポーツがあるなら、個人競技で世界を取れる逸材だろうな。

 前世だったら本当に初の女性プロ野球選手としてヤ○ルト入りを勧めるのだが。


 「仕方ないな。これで最後だよ」


 そう言って俺は作業用具置き場の壁に頭からもたれ、数を数え出した。


 「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく……」


 「君がお茶の後長く居座るから、僕がお兄ちゃんと遊べないんだ!」


 数えている途中で誰かの大声がした。


 「はーっち、きゅーう、じゅうっ」


 一応律儀に数え終わらせる。

 後でジャニーンに文句を言われるのは勘弁だ。


 振り向くと、低木の茂みに向かって睨んでいるジャルランが目に入る。

 もうドノバン先生の授業は終わったのか。


 ジャルランのところに行く。


 「ジャルラン、どうしたんだい?」


 ジャルランが初めて見せる怒った顔。


 その視線の先にはジャニーンが、こちらもやはり憤怒の顔でジャルランを睨んでいる。


 一応言っておかなくてはな。

 何故かジャニーンはこういうことをしっかりやらないと怒る子だからな。

 筋を1本通す、ある意味気持ちいい部分ではある。


 「ジャニーン見っけ!」


 するとジャニーンは堪忍袋の緒が切れたのかジャルランに向かって怒鳴り出した。

 両拳を握りしめて、グッと手を伸ばして顔を真っ赤にしている。

 おお、いきなり初対面の人物に殴りかかったりはしないんだな。

 一応怒りを自制しているのかな?


 「あんたのせいで見つかっちゃったじゃないの! あんたルールわかってんの! 次のお茶会のお菓子ジョアンにとられちゃうじゃないの!」


 いやまあそうだけど。


 自分の分も出る訳だからそこまで怒らんでも。

 俺が勝ってもジャニーンの分を全部取ったことはないぞ。


 「どうかしたのぉ?」


 イザベル母さんとジュディ様がこちらに歩いてくる。帰りの馬車の時間が近いため様子を見に来たようだ。


 ジャルランがイザベル母さんに言う。


 「イザベル母さん、この子ったらひどいんだ! お兄ちゃんがもう止めようって言ってるのにいつまでもかくれんぼを止めようとしないんだよ!」


 ジャ~ル~ラ~ン。

 駄~目だよそういうこと言っちゃ~あ。

 イザベル母さん達には内緒でやってるんだからさ~。


 「僕だってお兄ちゃんと一緒に遊びたいのに、この子ばっかりお兄ちゃんと遊んでさ! 僕はお兄ちゃん程覚えがよくないから、頑張って勉強しないとお兄ちゃんに追いつけない、そう思って勉強頑張ってるのに! 何でこの子ばっかりお兄ちゃんと遊べるんだよ! ずるいよ!」


 一気に訴え掛けたジャルランは、涙を流している。


 ああ、そうだった。

 ジャルランのことをイザベル母さんに話さないといけないんだった。

 でもなあ、この場で言い出す訳にはいかない雰囲気だ。

 無関係のジュディ夫人とジャニーンもいるし。


 ジャニーンはとばっちりでジャルランに怒鳴られたみたいなものだしな。


 ジャニーンもジャルランの勢いに押されているというか、一度怒鳴ったら毒気が抜けたのか、ただこの場の様子を眺めている。


 「ジャルラン、落ち着きなさぁい。泣いてちゃわからないわよぉ」


 ジャルランは泣きながらイザベル母さんに縋り付いている。

 もう言葉ではなく、嗚咽おえつになっている。


 「ジャルランがこんな様子だからあまり言いたくはないけれど、あなたたちのその遊び、今後はもう止めておきなさぁい。高位貴族の子弟がそんな泥だらけになってすることじゃないわぁ」


 いつもなら四阿あずまやに戻る前に土を払ったり髪を手で整えたり、一応体裁を保つようにしていたが、今日はそんな暇なくイザベル母さんたちに見つかったので 全力でかくれんぼをしたジャニーンはあちこちに土が付いている。


 これは言い訳できない。


 「すみません、イザベル様。うちのお転婆娘が原因で両殿下を困らせてしまって」


 「いや、いいのよジュディ、謝ってもらう必要はないわぁ。所詮子供の遊びよ。如何わしい事をしていた訳でもないしね。どうせこの遊びを考えたのもジョアンでしょうから、ジャニーンが悪い訳ではないわぁ」


 「申し訳ありません母上。私が無理にジャニーン様をお誘いして長々とお引止めしてしまいました」


 「ジョアンの言い出したことなら、お付きの者も止め切れる訳ないものね。仕方ないわぁ。

 ジュディ、お宅の娘さんを土で汚したお詫びになるか判らないけれど、帰る前に二人でうちのお風呂に入って行って。ハールディーズのタウンハウスには、私から事情を説明する先触れを出しておくわ。

 レオニー、先触れに事情を伝えてハールディーズのタウンハウスまで行かせる手配をして。その後悪いけど四阿あずまやまでアツアツの湯たんぽ3つ、持ってきてね。

 ジャルラン、話は夕食後にあなたのお部屋で聞かせてもらうわぁ。だから、カーヤと一度お部屋に戻って、話したいことを落ち着いてまとめておいてね。

 ピア、内廷の浴室までジュディとジャニーンをご案内して。その後着替えとタオルを浴室にお届けするのよ。侍女の2人も一緒に案内して、控室も教えてあげなさい。

 ジュディ、ゆっくりしていってね。ラウラも戻る時間だし、後でラウラも交えて一緒にお話ししましょう」


 「すみませんイザベル陛下、ご迷惑をおかけしたのはこちらですのに」


 「さっきも言ったけど、子供のしたことよぉ。私はジュディとお喋りする時間が増えて嬉しいくらいだわぁ。さあ、日も暮れてきたことだし、いくらお風呂に入るといってもあまり冷えない方がいいわぁ」


 「正妃陛下、お言葉に甘えさせていただきます」


 そう言うとジュディ様はジャニーンと一緒にピアに案内され、王宮の建物に向かって歩き出した。


 その後距離を置いてジャルランとカーヤが自分の部屋へ戻っていく。


 「さーて、ジョアン。話を聞かせてもらうわよぉ。四阿あずまやに行きましょうか」


 そう言うとイザベル母さんは四阿あずまやに向かって歩き出す。



 とぼとぼと俺もその後を着いて行った。




 

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