第18話 6歳はまだ子供なのだな

 



 夜。


 既に夜はけている。


 国王ダニエル=ニールセンのプライベートルームには二人の王妃が訪れていた。


 正妃イザベル=ニールセンと第二妃ラウラ=ニールセンである。


 今は部屋の中に3人だけだ。侍女も執事も下がっている。


 部屋の外には屈強な衛兵が2名、不寝番に当たっているが、プライベートルームの中の声は外に漏れ出ることはない。


 3人はコタツにあたっている。


 ダニエルは度数の高い蒸留酒をちびりちびりと舐めるように飲んでいる。

 彼は酒豪だが、国王となってから泥酔したことはなく、酔いを自制しつつ飲む。

 ダニエルの舐めるグラスの蒸留酒が減ってくると、第二王妃のラウラが少し注ぎ足す。


 イザベルもラウラも下戸ではない。イザベルは特に飲める口だ。普段は出身国ハラスの、これもやはり度数の高い蒸留酒を好んで飲むが、今日はダニエルに付き合ってアレイエム西部で作られた蒸留酒を少しづつ飲んでいる。


 ラウラの前にも蒸留酒の注がれたグラスが置かれているが、こちらの減りはダニエル、イザベルと比べても緩やかだ。けして嫌いというわけではないが、ダニエルのグラスに蒸留酒を注ぎ足すために控えている。


 3人の前には剥かれて8つに切り分けられた樽柿が3個分、皿に盛られている。


 ダニエルが蒸留酒を少し多めにクイッとあおった後、樽柿を一つまみ口に入れる。


 もぐもぐと味わった後、感想を言う。 


 「ふーむ。甘いな。これだけの甘さの物はなかなかないぞ。蒸留酒にも合う」


 イザベルも一口樽柿を口に入れながら言う。


 「これは実の瑞々しさを残したまま甘くしているのがいいのよねぇ」


 ラウラも樽柿を口に運び


 「干したものとはまた違った美味しさですね」


 と感想を言った。


 しばらく3人は柿の甘みを無言で味わっている。



 ダニエルが口を開く。


 「それで、ジョアンがのこと、気づいたのだな。ピアが口を滑らせたのか」


 「ええ、そのようねぇ。ピアにも事情を聞いたのだけれど、ジョアンがあの年では早すぎるほどの冗談を口にして、つい口が滑ったらしいのよねぇ」


 「ふむ。重ねて聞くが、ピアからジョアンを誘った、という訳ではないのだな?」


 「ええ、そこは間違いなくピアからでないようですよ。私がジョアンから聞いた事情もそうでした。ジョアンが自分で陰部を洗おうと思い、ピアについ『ジョアンのジョアンがおっきしたらどうする』と言ってしまった、と」


 「とても6歳児が言う冗談ではないな。ジョアンはもう、性の部分について成熟してきているのか?」


 「私が見た限りでは、まだまだ子供のままかと思います」


 「私から見てもそうねぇ。そんな女性に色目を使うような様子も見られないわぁ」


 「ふむ。で、イザベルがをつける事情を説明したのだな」


 「ええ。ディラン公爵のことを話して、理由も説明したわぁ。まだ6歳だから理解できないかと思ったのだけれど、すんなりと理解していたわぁ」


 「それでピアのは必要ない、と自分で言ったのか」


 「ええ。『ピアを自分のための犠牲にしたくない、ピアに幸せな家庭を築いてもらって、生まれた子供を自分に見せに来てほしい』だそうよ。ピア本人にもジョアンが自分でそう言ったとピアが言ってたわぁ」


 「イザベルはそれで納得したのか」


 「……私は、ジョアンのその心は尊いと思ったわぁ。ジョアンは今6歳でピアは17歳。確かにジョアンが性に目覚めるのが10歳頃だとして、ピアはその時21歳よぉ。数年間として過ごしたら、確かに良い縁談などは望めないわねぇ」


 「しかしピアは元々は孤児院出身の孤児を我が王宮で引き取った者だ。王宮外での生活はもう10年はしておらんし、王子付きのメイドをしていたら異性と知り合う機会もそうなかろう。縁談もなにもあるまい」


 「確かにその通りですが、ピアにとっては我が王家が親代わり、ということでもありますよ。ピアにもし良縁が舞い込んだら、私の実家ハースの寄騎に頼み養子縁組して嫁がせることは可能でしょう」


 「ふむ。ラウラがそう言うのなら、ピアに良縁があった場合はそのように取り図ろうか。ただ、そのような話も、結局はジョアンがピアをとしてしまったならば意味がない。ジョアンはそのことを分かっているのか」


 「それは分かっていると思うわよぉ。私も一応念は押しておいたもの。あの子ジョアン、私たちがディラン公爵のようなことを繰り返さないためにこうした措置を取っているのも理解できているはず。それでもね、自分はディラン公爵のようにはならない、ディラン公爵とはから、って言い切ったのよ」


 「ジョアンがそのようなことを……半信半疑だったが、母上の方針は正しかったのだな」


 「ええ。あの子ジョアン、あなたのことを何て言っていたと思うぅ?」


 「はて……私はお前たちとは違って子供らと接する時間が短いからな……想像もつかん」


 「自分のことを認めて、好きなことをやらせてくれる立派な父、だそうよぉ。よく見ているわねぇ」


 「そうか……最近内廷では威厳なぞ出したこともなく緩んでおったからな。そのようにしっかり見てくれているとは思わなかった」


 「多分あの子ジョアンにとっては、取って付けたような威厳はかえって逆効果になりますよ。むしろ陛下がのびのびと自然体で家族の前では過ごされていたのが良かったんじゃないですか」


 「ラウラには今でも甘えているようだからな。そう言えばジョアンはラウラのことは何と言っていたのだ?」


 「自分を産み、育て、甘えさせてくれる、大好きな母親、ですってよぉ。どう、ラウラ。そう言われた感想は?」


 「感想なんて……何か恥ずかしいですよ、自分の子にそんなこと言われるなんて。でも、嬉しいですね。すくすく育ってほしい、そう思います」


 「それでアデリナ様のことは自分のことを思って色々助言をしてくれる立派な祖母、私のことは話を聞いてくれる優しい母親、って言ってたわぁ。 何かごめんねぇ、ラウラ。あなたも我が子の相談を受けたかったでしょうに」


 「いえ、多分生母の私には相談し難い事だったと思いますので。イザベル様に聞いていただけて良かったと思います」


 「……そうねぇ、あの子ジョアンは5歳になるまで私には遠慮がちだったけど、この1年で随分と馴染んで心を開いてくれた、そんな気がするわ。……私も正妃として威厳を保たねばならない、そんな気負いが内廷でも出ていたのかも知れない、あの子ジョアンの最近の様子を見ていると、そう感じるの」


 「イザベルの顔立ちは整いすぎているからな。冷たい印象を人に与えやすい。だが、イザベルの笑顔は普段とのギャップもあり、眩しいくらいのものだ」


 「でも私はラウラのように、いつも慈愛に満ちた笑みで人の心を落ち着かせる女性になりたかったわぁ」


 「私だってイザベル様のように凛とした気品のある女性になりたかったですよ」



 「……イザベルもラウラも、どちらも私にとって、そしてアレイエムにとって必要だと私はそう思っている。当然二人の息子、ジョアンとジャルランにとってもな。違う個性の二人の母だ」


 「そうねぇ、そうありたいと思うわぁ。

 私、今日あの子ジョアンが泣き出したのを見て、普段はあんなに大人も思いつかないような発想をしたりするのに、やっぱり6歳の子供なんだわぁって、少し安心しちゃったわ。

 悪い方向に行くという心配は今のところしたことはなかったけど、私たちの手に負えるのかなっていうのは少し心配だったのよぉ」


 「確かにジョアンの発想は、何というか『この世に今までなかったもの』だからな。いや、調べれば東方の国々には伝わっていたりするのだろうが、それをさも当然といった様子で口にし、実行し、作り上げてしまう。私たち大人が助力したとしてもだ。確かに私たちの手に負える才能なのだろうか、と不安に思った事は私もあった」


 「私からすれば、ジョアンはいつだって私の血を分けた愛し子ですよ。大人を超えた発想をしようと、心根さえ間違っていなければ何を置いてでも守ってあげなければならない、愛しい存在です」


 「……そうねぇ。私たちが育んでいかないとねぇ。だってまだ4歳なんですもの」


 「そうだな。ただ、6歳にしては多大な利益を王家にもたらしてくれたがな」


 「ええ。コタツ工場はもうこれから来年の春まで休む暇もなくフル稼働ですよ。私はまた家族の食事を考える生活に戻りたいものですけれど」


 「湯たんぽや洗濯板も多大な益を出しているわぁ。塩の専売利益には劣るけど、もう王家の収入の柱のひとつよぉ。あと、たわしも今後はそうなるでしょうねぇ」


 「……何にせよ、私たちの子供だ。これからも見守り、時には厳しく育てていかねばならんな」


 そう言ってダニエルは樽柿をまた一つ口に入れる。


 「このような甘くなる食べ方、よくぞ思いついたものだ……」






  俺がハールディーズ公爵夫人達とのお茶会の時、中座してイザベル母さんにピアのを断った後、その夜のうちにメイド長のイライザさんからピアに、については無理に務める必要はなくなった、もしピアに気になる異性ができたりした場合でものことを気にする必要はない、と伝えられたようだ。


 次の日の夜、子供スペースに渡ってきたラウラ母さんにそう聞かされた。


 ピアの様子はあの後も変わることなく、てきぱきとメイドとしての仕事をこなしている。


 変わったことといえば、入浴後などに大事な部分を拭くのと、下着の着替えは俺に任せてくれるようになったことだ。


 いまだにピアがあの時何で涙を流したのかはわからない。気にはなるが、ピアには聞いていない。


 聞いたら、何となくお互いが変に意識してしまう気がする。


 ずるい気もするが、あえて触れない方がいい事なんだと思う。


 だからまあ、今日も俺はピアに服を着せてもらって「あーこんな楽させられると、ホントにダメ人間になっちゃう~」などと軽口を叩いている。


 ラウラ母さんも、イザベル母さんと同じく、どうしても性衝動が抑えられなくなったら、ピアにお相手がいない場合のみピアにお願いしなさい、と言った。


 そしてやっぱりイザベル母さんと同じように「ジョアンはそんなことをしないと信じてるわ」とも。


 前世の思春期の性衝動は当然一人エッチで済ませていたんだから、今度もそうしようと思っているが、もしこの体の性衝動がシャレにならん位のものだったらどうしよう、と不安に苛まれている。


 なんてったって「同種族の中でも強靭で優れた体」だからなあ。

 性獣のような化け物じみた性欲が湧き起こったらどうしよう。

 まあでも、そんな心配ばかりしていても仕方がない。

 そこはほれ、前世で培った独りテクを信じるのみだ。

 だいたい、そんな心配をすることが出来るってだけで恵まれてるってものだ。


 前世の俺は、もう枯れてたからな。



 それと、ラウラ母さんにはもう一つ気になっていたことを聞いてみた。


 何故俺たち兄弟には乳兄弟がいないのか、ということだ。


 乳母の子が共に育てられ、将来的には絶対の忠誠を誓う家臣となる。

 それなのに何故? と。


 ラウラ母さんは悲しそうな目をして話してくれた。


 「ジョアンの乳母だったエマの子は、産まれて1年経たずに亡くなってしまったの。冬のある日、とても高い熱を出してね。お乳も飲めなくなり泣くこともできずにそっと息を引き取ったの。

 ジョアンはまだ小さかったから覚えていないだろうけど、エマはひどく落ち込んでね。お乳の出も止まってしまって、あなたが2歳になったすぐ後に乳母を辞めたの。

 ごめんなさいジョアン。そんな事情であなたには乳兄弟がいないのよ」と。


 そういう事情だったら仕方ない。


 やっぱりこの世界の人の命は儚過ぎる。


 前世の日本だと出生した赤子が先天的な異常でもない限り、殆ど健やかに育つ、そんなイメージだったが、それは日本の医学と保険制度が発達した時代だったからだ。


 日本でもそんな幸せな時代はせいぜい60年程度。


 それ以前は、赤子は神の領域の存在だからいつ神が連れて行ってもおかしくない、つまりいつ死んでもおかしくない、そんな存在だった。


 ましてや今のアレイエムではなあ。


 産婆はいるし医者もいるが、このネーレピア世界の医者はせいぜい外科治療、怪我の治療をする程度だ。


 ドノバン先生に聞いた話では治癒の魔法の使い手はいるそうだが、治癒の魔法というのも外傷の治療しかした例がないそうだ。


 まだまだこの世界は発展途上だ。


 ただ、発展途上ではあるが、完全に前世の世界と一緒だとも限らない。

 この世界ならではの発展の仕方があるかも知れない。

 まだまだ俺はこの世界のことを知らないのだ。


 もっともっと、色々なことを知ろう。


 何かを為すために。




 そんな俺カッコイイことを思った。


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