第16話 乗馬後のこと



  今日もいい天気だ。


 絶好の乗馬日和となっている。


 今日の俺のスケジュールは、午前中は馬場で乗馬、午後はイザベル母さんに言われて四阿あずまやでハールディーズ公爵夫人とのお茶会に同席、となっている。


 イザベル母さん曰く、「ジュディは私の一番のお友達なのぉ。だからあなたの人となりをジュディに知っておいてもらいたいの」ということらしい。


 いやー、何か急にそんなこと言い出すから怪しいな、とは思っている。


 ジュディ夫人の娘、ジャニーンと婚約させられる布石みたいなもんじゃないかと。


 お互い親友同士、将来年頃の息子、娘が出来たら結婚させよう、的な約束を交わしていたとしても不思議ではない。

 でも初対面の時はわざわざ引き合わせようという意図だったようにも思えないんだよなあ。

 そういう意図だったら最初から四阿あずまやに呼ばれていただろうし。

 わざわざジャニーンに侍女を撒かせて渋柿を食べさせる、なんて出会いを仕込む意味ないし。

 ジャニーンを俺の印象に残させたいがため、わざわざあれを演出……ん-、そりゃないわ。

 別にそんなことしなくても、王宮に幼女なんて他にはいないのだから、紹介されるだけで十分印象に残るからな。


 初めてジュディ夫人、ジャニーンと出会った日の夕食の時、その話題が出たらジャルランは羨ましがっていた。


 「お兄ちゃんばっかりずるいよー、僕もその子見てみたかったな」


 といつも通り口を尖らせて拗ね拗ねしよる。


 ホンマ愛い奴じゃのう。


 まあ王宮にいる同年代が兄弟二人きりだし、同年代の女の子にジャルランは出会ったことがないから、兄弟以外の同じ年代の子供に興味津々なのだろう。


 今度ジャルランにも合わせてあげるわよぉ、とイザベル母さんは言っていたし、まあ将来的なことはともかくとして、現段階では早急に婚約前提のお見合い、みたいなものではないのだろう。



 そんなことを考えながらカッポカッポと馬の背に揺られている。


 当然、ゲオルグ=リーベルト伯爵、ゲオルグ先生に同乗させてもらっている。


 「はあ」


 何となく溜息をついてしまった。


 「殿下、どうかされたのですか」


 ゲオルグ先生が心配したのか声をかけてくれる。


 「ああ、ゲオルグ先生、今王宮には私と同じ年頃の者が少ないな、と思いまして」


 「確かに殿下と弟君だけですな。王宮で働く女中衆の最年少でも14,5歳ですからな。殿下はそれが寂しいのですか?」


 「私は家族に恵まれており寂しくは感じないんですが、弟の様子を見るに、このまま同年代が兄弟だけでいいのかなあ、と思いまして。何というか子供同士の付き合いみたいなものを覚える機会がないんじゃないかなあ、と」


 「確かに乳兄弟は付くことが多いですな。乳母の子供が一緒に育てられ、将来的に絶対の忠誠を誓う家臣となるようにと」


「うちはそういうのが無いんですよね。何でなんだろう。私は別に気にしないけど、ジャルランにとってみれば同年代の他の子と付き合う中で色々と学ぶことも多いと思うんですけどね」


 「各家で考えは色々とあるでしょうからな。陛下も正妃陛下も、殿下のお母上の第二王妃殿下も色々とお考えになってのことでしょう。それに同年代と言えば先日ハールディーズ公爵家のご令嬢が来られていたのでは? 今日も午後に、殿下とお茶をされるご予定だったと記憶しておりますが」


 「ゲオルグ先生、よくご存じですね」


 「はははっ、一応これでも王宮警備担当の第一騎士団長ですからな。王族の方々の予定に合わせた警備体制なども管轄しておりますので」


 「普段の王宮警備ってどんなことをしているんですか?」


 「王宮の敷地内の警備全般ですな。宮殿の各所に配置された衛兵は我々の管轄下です。内廷、外朝の王族執務室周辺、会議場、広間、厨房、正門はじめ各門、王宮敷地内の正門、他全ての部署を数名の騎士が衛兵を指揮して当たっております。他には王族方や重臣方が王宮敷地内におられる時は専属の騎士が2名づつ護衛に当たっております」


 「へーっ、私にも警備に専属の騎士が着いていてくれたんですね。見かけたことが無かったから知らなかった」


 「基本的には王族の方々には、王宮の敷地内におられる限りはあまり我々の姿を見られないように取り計らって警護しております。常時他人に見られているという圧迫感を王族の方に感じられてもよろしくないとの配慮です」


 「私についてくれている騎士の方にお礼を言いたいな。お会いできませんか?」


 「今のところ交代で務めておりますので、特に誰とは決まっておりません。殿下のお心遣いは皆に伝えておきます」


 なるほど。専属とは言っても職務が専属ということであって、人が専属ということではないんだな。


 「こないだジャニーンが私たちの横を急に走り出したりしたんだけど、ああゆうのは警備の人たちは止めたりしないの?」


 「身元がはっきりされた方の場合は見守るようにしております。本当に万が一ですがジャニーン様が殿下に害意をお持ちになっている場合には体を張ってでも殿下をお守りする体制は整っておりますので」


 ははあ、あれか。エックの部下の庭師たちに護衛が扮しているのかも知れないな。聞いても教えてはくれないだろうが。

 ていうか厨房にラウラ母さんがいる時なんかは厨房の調理人に扮する必要もあるな。

 そう考えると、護衛って体術、剣術ばかりでなく他の仕事もできないといけないから、本当に万能でなければ務まらないぞ。


 「ゲオルグ先生、騎士って凄いんですね」


 「はははっ、殿下に感心して頂けるとは、騎士冥利に尽きますな。そのお言葉も皆に伝えておきます」


 「ところで、ゲオルグ先生の息子さんも騎士団に入られているんですよね? やはり第一騎士団なんですか?」


 「我が息のハンスは我が手元に置いておくと甘えが出るやも知れませんので、王都アレイエムの市中警備担当の第2騎士団所属ですな。まあ貴族家の跡取りでは体験できないことばかりで良い、と申しておりましたので水が合っているのでしょう」


 「へえー、逞しそうですね。私もいつかお会いしてみたいな」


 「そうですな、不肖の息子ですが、いずれお目にかかれる機会があればご紹介いたしましょう」


 などと話しながら好天の元、乗馬気分を楽しんだ。





 さてさて、乗馬を終え一度自分の部屋に戻り、着替なければ。


 ハールディーズ公爵夫人、ジョディ様と娘のジャニーン嬢とのお茶会があるからだ。


 自室に戻る前に風呂場の残り湯で汗を流す。

 ああ、室内温水暖房を導入してよかった、本気でそう思える瞬間だ。

 風呂場の中も当然暖かい。

 今でもメイドのピアが石鹸を付けた布で体を洗ってくれる。

 大事な部分もだ。それくらい自分でやりたい。


 「ピア、自分の手が届くところくらい自分で洗うからいいよ」


 「殿下、昔からこうしていたのですから、今更気にされなくてもよろしいかと」


 「いやいや、ジョアンのジョアンがおっきしたらどうするんだよー、恥ずかしいじゃないか」


 「その場合、私がとなって殿下にお教えするようになるかと思います」


…………


 おいおいお嬢さん。あんたナニを口走ってんのよ。


 「ピ、ピ、ピ、ピアさん?それってど、どど、どいういうことなの……」


 動揺してどもってしまう。


 「ですから殿下がに目覚められましたら、私が私の体でをお教えすることになるかと思います。そういう意味です」


 ピアは凄く真顔だ。マジだ。


 「それってもう決まってることなの?」


 「はい。私が殿下のお付きとなった時から、それも含めて殿下のお世話をする、そういうことになっております」


 「ピア、年はいま幾つなの?」


 「17になります。年上はお嫌ですか?」


 「ずるい言い方するね、ピア。例えば嫌と言ったらどうなるの?」


 「その場合はまた別の者が殿下のあてがいに抜擢されるでしょう。私は暇を出されることになるかと」


 「それも含めてのメイドってことなのかい?」


 「そうなっております」


 「ピア、答えづらいことを聞くけど、男性経験はあるの?」


 6歳の幼児が聞くようなことではない。


 だがこれは大事なことだ。



 「……ございません」


 ここまで冷静な受け答えをしてきたピアだったが、流石に動揺の色を見せ始めた。


 「男性経験がないのに、どうやってを教えることができるんだい?」


 「……を殿下が望まれるお年になる前に、メイド長に教えて頂くことになっております……」


 うわー、貴族の闇だわ。マジか。

 メイド長ってイライザさんだろ? あれか、俗にいう張り型ってやつ使って教えんのか。


 「もしピアが私のになったとして、私に正式なお相手が出来たとしたら、ピアはどうなるんだい?」


 「……殿下のお側仕えはできません。多分幾何いくばくかの保証をいただき、暇を取ることになるでしょう」


 「ねえ、ピア。それはピア自身が望んでいることなのかい?」


 「私は使用人ですから、私の望みだの気持ちだのは関係ありません」


 「んー、確かにピアの立場だと、そう言うほかないね。

 ピア、私はピアのことを年上だからとか好みでないとか言うつもりはないよ。が絶対に必要と言うならピアがいい。でも、ピアは私のになったら、その後はどうなるんだい?

 多分、私の子を身ごもる、なんてことは許されないだろう?

 二度と妊娠できない体にされてしまう。

 そんなのは私が嫌だ。私はピアには好きな男性と一緒になってもらって、成長した私にピアの子供を見せに来て欲しいんだ。」


 ピアは……涙を流し始めた。


 声を一切出さず、ただただブラウンの瞳から涙を流し続けた。


 どういう感情で涙を流しているのか……わからない。


 ピアを拒絶するような言い方はしていないはずだけど、ホントに……


 ああ、いつでも女心は謎だ。



 はくちゅん!


 っと、さすがに温水暖房が入っているとはいえ裸でいるには長すぎた。

 ついついくしゃみが出てしまった。


 自分で体を拭こうと思ったが、ピアを拒絶しているように思われそうだ。


 「ピア、体を拭いてもらっていいかな」


 ピアは服の袖で涙を拭うと、無表情で俺の体を丁寧に拭き出した。


 股間で手が止まり、「殿下、ご自分でお拭きになられますか?」と聞かれた。


 「うん、大事なところは自分で拭くよ」


 ピアからタオルを受け取ると自分で拭いた。

 そして下着も自分で履く。


 「ピア、気分を悪くしたかい?」


 ピアに服を着せてもらいながら聞く。 


 「いえ、殿下、そのようなことはございません」


 ピアはてきぱきと、丁寧に、いつものように服を着せてくれている。


 「ピア、私にとってピアはいつも一緒にいてくれる、有能なメイドなんだ。ピアにはピアが結婚してからも私の身の回りの世話をしてもらいたいと思ってる。小さい頃の殿下に服を着せるのが大変でした、とか昔話をしながらね。だから、気を悪くしないでおくれ」


 ピアは俺に服を着せ終えると、


 「失礼いたしました、殿下」と言って汚れ物を持って下がった。


 あー、どうしたら良かったんだよー、さっぱり正解がわからんわい。


 前世でメイドを使う立場だったらわかったのかな、メイド喫茶じゃなくて本物の。




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