6歳はまだ子供だよ

第15話 出会い



 さてさて、そんな6歳になった俺の毎日だが、多少変化があった。


 5歳の頃は9時から午後3時頃までドノバン先生の講義を受けていた。

 ただ、ドノバン先生は今年の春からジャルランの家庭教師も努めている。

 なので俺はドノバン先生に講義を受けるのは午前中だけか午後だけ、その時はジャルランと一緒にこれまでの復習だったり、新しい部分をジャルランと一緒に学んだりする。

 で、ドノバン先生の講義を受けない時は乗馬だったり、礼儀作法だったりを学んでいる。


 ああ、何か貴族っぽいなあ。あ、王族だった。



 乗馬は宮中伯の一人、ゲオルグ=リーベルト伯爵に教えてもらっているというか何というか。


 何せ俺はまだ6歳。馬の上に乗るのも当然一人ではできない。馬の背が高いから。

 馬の背に乗ってもあぶみまで足が届かない。足が短いから。

 いや俺の体形は多分普通で極端に短足なんかではない。


 幼いんですそうなんです。


 リーベルト伯爵が言うには


 「まずは殿下、馬に慣れることが大事です。馬も殿下に慣れる必要があります。馬に乗るということは人と馬、お互いが信頼しあっていないと上手くいきません。信頼関係は人と人でも築きあげるのに時間がかかります。ましてや種族の違う人と馬。じっくり時間をかける必要があるのです」


 ということだ。


 今のところリーベルト伯爵の乗っている馬に一緒に乗せてもらい馬場を巡っている、それだけだ。


 それでも結構気持ちがいい。馬に乗ると相当視点が高くなる。

 だって普段の俺ってまだ1mにちょい満たないくらいの身長だもの。

 それが馬の背に乗ると3m近い高さの視点になるんだから、そりゃあ気分も良くなる。


 「皆の者、我に続けーい!」とか「わが生涯に一片の悔い無し!」とか拳を天に突き上げて言いたくなるのは仕方ない。


 でも言うのは我慢してますよ。だって痛い子だと思われたくないし。 


 リーベルト伯爵に馬に乗せられ、ゆっくり速足キャンターくらいの速さで馬場をくるくる回るわけだが、当然ずっと無言ではない。


 色々とリーベルト伯爵についての話も聞く訳だ。15歳になる息子が王家の騎士団に入団していることだとか、元々領地持ちの貴族だったが、今後の情勢を考えて王家に領地を返上し宮中伯に転身したことなどだ。


 「リーベルト伯爵、それはまた思い切った決断をされましたね」


 俺は本気でそう思った。たとえ名目上は王やら皇帝やら教皇やらからそこを守護せよって名目で与えられたものだとしても、それももう少なくとも100年以上前の話なわけで、現状は領地=自分の資産と貴族なら誰もが考えている。


 「そうですね、まあ領地を自分の資産と皆が思っている現状がおかしいなどと言うつもりはありません。

 50年前の疾病の大流行以来、著しく働き手が減ってしまった我が領地を立て直すため、祖父、父と代々心を砕いてまいりました。

 ただどうしても我が家は武ばった部分が先行してしまうようでして。10年前のテルプの争乱でも我が家で従軍した者は多くの死傷者を出しましてな。立ち直りかけていた農業収入もまた落ち込むようになりまして。そうなってくるとこれ以上の税は民を絞め殺すようなもの。かといって働き手を他領から勝手に連れてくる訳にもいかない。

 こうなると、無理に痩せ我慢をして領地を焼け野原にするよりは、より大きな規模で民の行き来が可能になるようにした方が結果的に生産性が上がるのではないか、と思いましてな。

 我が父が生きていれば反対されたでしょうが、幸い我が妻、我が息ともに理解を示してくれまして。家臣たちもそのままの待遇で召し抱えられる者は召し抱え、退転する者も次の奉公先を紹介し、円満な形で進めることが出来ました」


 それでもその決断ができるのは大したものだと思う。


 疾病の流行以来、どこの貴族家も農地の働き手が十分確保できているとは言えない状況らしい。


 今や領地経営に青色吐息な貴族も多いと聞く。


 見栄を張って商人に借金をしながら領地経営をしている周囲の貴族たちからの蔑みの目などもリーベルト伯爵には向けられただろうに。


 「最もただ領地経営が行き詰ったから領地を返上した、それだけのつもりではありません。

 傍から見ればそのように見えるのは承知の上で、自分自身の夢想を追ってみたい、そのために決断した部分もあります。

 私にはどうも分を超えた夢想癖があるようでして。伯爵家として私が守っていた領地では、兵は最大動員しても2000を僅かに超える程度。一度で良いから万を超える軍を自分の手足の様に動かしてみたい、そんなことを考えてしまったのです」


 おお、なんか前世の戦国武将の誰かが言ってたようなセリフだ。言ってたっけ? 秀吉が大谷吉継に言ったんだっけか? 曖昧だな。


 「男のロマンですねー」


 「はははっ、最もこれは家族には言えませんがな」


 リーベルト伯爵ったら、下から見上げてもいい笑顔だ。


 「リーベルト伯爵、その夢想は適えられそうなんですか?」


 「どうでしょうな。王族貴族にとっても民にとっても戦などない方がいいに決まっておりますからな」


 最もだ。この人が戦争狂ウォーモンガーでなくて良かった。


 ちなみにどんな役職についているんだろう?



 「リーベルト伯爵は王家ウチでどんな役職なんですか?民生担当とか?」


 「はははッ、一度領地を手放した私に民生担当など。王家第一騎士団の団長を拝命しております」


 団長て!


 パパ上、そうゆうことは早く言っといてよ。

 そんな人に乗馬教わるなんて……緊張しちゃうじゃん。


 「すみませんリーベルト伯爵。騎士団長とは存じ上げませんでした。ご無礼をお許し下さい」


 「いえいえ殿下、まだまだ殿下はこれから様々な事を覚えていく途上にあります。知らなかったとて何も謝る必要もありませんよ。

 普段の私は第一騎士団長として、王宮の警備を担っておりますが、こうしてここにいる私は殿下に乗馬をお教えする一介の教師です。そんなに緊張されなくてもよろしいのですよ。

 それに殿下、あまり殿下が緊張されますと、馬にも緊張が伝わります。馬にとってもよろしくありません。この馬場では私は単なるゲオルグで良いのです。これからはゲオルグとお呼び下さい」


 「はい、ゲオルグ……先生。 これからはゲオルグ先生と呼ばせていただきます」


 「はははッ、これはまたこそばゆいですなあ」


 まあそんな感じで馬に揺られてゲオルグ先生とのどかに過ごしている。




 ドノバン先生の講義の時のように、魔法の実践にかこつけて庭園に行き成り物を食べる、ということはしなくなったが、今は普通に庭園に行って食べている。


 ジャルランはドノバン先生と魔法の実践で庭園に来るので、俺は空いた時間に来ている。


 王宮庭園といっても元々は広大な手つかずの森林。

 その一部に手を入れ、庭園らしく整えている。

 広大な森林の管理が本来庭師頭のエックに任された職域だ。

 森林の管理はエックの部下の複数の庭師に任されている。


 俺が良く行く庭園というのは手入れされた部分のことだ。

 そこはエックといつもの部下3人で手入れしている。


 庭師頭のエックは、俺にとっては植物学の先生みたいなものだ。

 食べられる野草や、怪我したときに塗ると消毒になる草など。

 そうした知識をたまに森林に連れて行ってもらい、色々と教えてもらった。

 柿みたいにたまたま俺が知っている例外はあるけれど。


 今は柿の木の下でエック達と柿の実を眺めて会話している。


 「今年も結構実が成ったね。今年は干し柿だけじゃなくて樽柿もやってみようかな」


 「樽柿ってのは何なんです?」


 「この柿の渋さを、酒を使って抑え込むんだよ」


 「ヘッ?殿下もうその年で酒の味を覚えちまったんですかい? そいつは人生が豊かになるってもんでさあ」


 「エック、悪いけどまだ酒は飲んでないよ。だいたい酒飲みながら渋柿を食べれば渋さが無くなるって、そういう話じゃないからね」


 「あっしはてっきり酒のツマミにすりゃあ渋くなくなるもんかと」


 「父上に話してエックに1個やるから、それで試してみてよ。それで上手く行ったら父上にも試してもらうよ」


 「殿下、そいつは勘弁してください。あの渋みは口が如何どうにかなったんじゃないかって程ですから」


 エックが渋い顔で言う。


 渋柿を食べたことを思い出しているのだろう。


 マジで渋い顔だ。マジ渋。



 「ちょっと、あんた、そこのあんた!」


 あら、幻聴だろうか。

 この世界で生まれて初めて聞く幼女の甲高い声が聞こえる。

 王宮にいる子供って、俺とジャルランくらいのはずだが。


 「ちょっと、あんた聞こえないの!」


 やっぱり聞こえる。


 ラウラ母さん、いつの間にか俺の願いを聞いて妹を作ってくれていたのだろうか。

 そんなありえないことを考えながら振り向くと、確かに女の子がいる。


 え、誰だ?


 と思って誰か尋ねよ「あんた、なに美味しそうな木の実眺めてんのよ」


 気勢を先じら「眺めてるだけじゃ食べられないでしょ!」


 そいう言うと女の子は素早く俺たちの横を走り抜け、柿の木に登り始めた。


 エックもあっけに取られて女の子をただ眺めている。


 「ちょっと、君!」


 声を掛けた時には、女の子はもうすでに柿の木の枝にたどり着き、柿の実を一つもぎり取っていた。


 「それ、食べないで! 渋い!」


 「何言ってんのよ、一つくらいいいでしょ、ケチ!」


 そう言って勢い良く柿の実に女の子はかぶりついた。


 パリッ


   (~_~)


   (>x<)


   (;´Д`)


 女の子は実に分かりやすい表情変化で柿の渋みを表現した。


 「何これ! 信じらんない! しっ、渋~い! 口の中がイガイガする! 何で教えてくれなかったのよー!」


 「言ったのに君が聞かないで食べたんじゃないか」


 「もっと早く言ってよ、バカ!」


 そういって女の子は手に持ったかじりかけの渋柿をこちらに投げつけた。左利きか?


 そしてサルカニ合戦か?


 コントロールが良く、俺の胸元にピュッと柿が飛んで来たのでキャッチした。


 これは順調に育てば将来ヤ〇ルトのエースになれる逸材。イシイカズヒサを超えるぞ。


 「女の子が苦しがってるんだから早くお茶持ってきなさいよ、バカ!」


 おカンムリのようだ。

 女性のワガママにいつでも男は振り回されるもんだぜ、フッ。


 「何やってんのよ! 早く行きなさいよ! もう! 気が利かないんだから!」


 まだ柿の木の上で怒鳴ってる女の子が急かす。


 可哀そうだからお茶を取りに行くことにしよう。


 俺に影の様に付き添っているピアに、お茶ではうがいできないのでうがい用の水を持ってくるように伝えた俺は、多分お茶しているであろう女の子の親と、俺の母親のうちどちらかが居るであろう四阿あずまやにお茶を取りに行った。



 案の定、四阿あずまやではイザベル母さんと見知らぬ美しい女性がお茶を楽しみ、そして数人の侍女がお茶の給仕をしていた。


 俺は近づいて、お茶を貰うため挨拶した。


 「母上、見知らぬ美しいご婦人、ご歓談中申し訳ありません。私はジョアン=ニールセンと申します。実は見知らぬ女の子が誤って渋い柿の実をかじってしまいお茶を所望しているので、よろしければ一杯分けていただけないかと思いまして参りました」


 「あら、ジョアン、もうジャニーンと行き会ったのぉ?」


 とイザベル母さんが言う。


 「あの子の名前はジャニーンと言うのですか」


 「ええ、ジャニーン=ハールディーズ。私の娘です。申し遅れました。私はジュディ=ハールディーズと申します」


 見知らぬ美しいご婦人はそう名乗った。


 ものすごく気品のある女性だ。

 思わず息を吞んでしまう。

 イザベル母さんも黙っていれば気品があって美しいが、俺は普段を知ってしまっているからな。


 「ジョアン、何を見とれているのよぉ。ジュディはこの国で一番力のある貴族、ハールディーズ公爵家の奥方よぉ」


 「正妃陛下にそう言っていただくのは気恥ずかしいのでお止しになってください。ところであのお転婆娘はジョアン殿下にご迷惑をおかけしたようですね、娘に代わり謝りますわ」


 「いえ、そんな、迷惑などかかっておりませんのでお気遣いなく。それよりもジャニーン様にお茶を持って行ってあげませんと。ティーポットとカップ、お借りしてもよろしいでしょうか」


 「殿下にそのようなことをさせる訳には参りませんわ。シェリー、ティーポットとカップを持って着いてきなさい。あのお転婆娘にお灸を据えてあげませんと。殿下、申し訳ありませんが、ジャニーンの居るところまで案内して下さいませんこと?」


 そう言ってジュディ様は立ち上がる。


 「あら、私も行くわぁ。あまりジャニーンを怒らないであげてね、ジュディ」


 そう言ってイザベル母さんも立ち上がる。侍女のレオニーも付き従う。


 「では、こちらです」


 俺はそう言うと4人を柿の木のところまで案内した。



 柿の木の下では、女の子、ジャニーン嬢が木から降りて、ピアに渡された水でうがいをし終わっていたようだ。


 見慣れない制服を着た少女が一人増えている。多分ジャニーン嬢の侍女なのだろう。侍女の少女は13,4歳くらいか。そんな年齢でも侍女になれるんだな、と妙なことを思った。

 お転婆お嬢様は侍女の少女を撒いて、柿の実自爆を起こしたのか。

 無駄にバイタリティがあるな。


 俺の姿を見た女の子、ジャニーン嬢は「あんた、早くお茶渡し……お母さま」


 と言葉の途中で自分の母親を見つけて固まった。


 ガチガチだ。石化魔法か? いやそんなものはない。


 「ジャニーン、あなた、人のお宅にお邪魔しているのに、そのお宅の方にご迷惑をお掛けするようなことをしては駄目でしょう」


 ジュディ様が、落ち着いた声で、威厳を込めて注意を与える。


 「はい、お母さま……」


 「初めて伺うお宅で気持ちが昂ぶる、それは誰にでも起こる心の動きです。でも、その気持ちの昂ぶりを理由に、伺ったお宅の方にご迷惑をおかけしても良いのですか」


 「いえ、良くありません、お母さま」


 「そう思うのであれば、ジャニーン、あなたはもう5歳。どうすればよいか解りますね」


 「……はい」


 そう言うとジャニーンは、俺とエックの方を向いて言った。


 「……ごめんなさい。あなた方の言葉を聞かずに勝手なことをしてしまいました」


 そして侍女の少女にも謝罪の言葉を述べた。


 「ごめんなさい、リズ。あなたの言うことを聞いて行動すべきでした」


 その様子を見てジュディ様は笑顔を浮かべる。


 「良くできました、ジャニーン。イザベル正妃陛下、ジョアン殿下、お二人の前で失礼とは存じますが、我が娘に立ったままお茶を飲むことをお許しいただけますでしょうか」


 「ええ、いいわよぉ。ジャニーン、立派だったわよ。お茶を飲んで一息つきなさぁい。ジョアンもいいわよね?」


 「はい、母上。もしよろしければ私にも一杯戴けませんか」


 そういうとジュディ様の侍女のシェリーが淹れてくれたカップを受け取る。


 「ジャニーン様、謝罪の気持ちは確かに受け取ったよ。これから遊びに来た時も気に病むことはないから、よろしくね」


 そう言ってカップを口に運びゆっくりと紅茶を飲み干した。


 ジャニーン嬢もゆっくり紅茶を飲み終わると、


 「私、あなたの名前をまだしっかり聞いてなかったわ。失礼でごめんなさい。良かったらお名前を教えていただけませんか」と言った。


 「ジョアン。ジョアン=ニールセンと申します」


 「私はジャニーン=ハールディーズ。これからもよろしくお願いします」


 「うん、また遊びに来てね。今度ジャニーン様が遊びに来た時は、さっきの柿を甘くしてお出しするよ」


 「ええっ、噓でしょ? あんな渋いものが甘くなるわけないじゃない」


 「そっかー、そう思うよね。じゃあ今度来る時を楽しみにしておいてね」


 やっぱり今年は干し柿の他に、樽柿も作らなければならないようだな。

 このお転婆だけど素直な幼女に柿の実の甘さを味合わせてやらねば。



 俺はそう固く決心した。

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