第13話 一年後の展開



 1年が過ぎた。


 現在、俺、ジョアンニールセンは6歳。


 結局、室内温水暖房はあの冬には完成しなかった。


 まあ蒸気機関の基礎的な部品の製作が思うように行かなかったことと、冬の間に王宮の壁に穴をあけたりする工事は難しい、というか室内に冷気が入るので、夏の間に工事をすることになったためだ。


 今は秋。


 室内温水暖房の配管と入浴用の浴槽は夏の間に工事をして備え付けられている。

 この秋口から稼働を始めたが、今のところ上手く行っている。

 当初は蒸気機関で使う水というか湯を直接使おうと思っていたが、動作が安定しないというか空焚きして湯灌を痛めたりする恐れがあるので取りやめ。

 蒸気機関で作った蒸気を通すパイプと、室内温水用のパイプを密着させて熱交換させる形式にした。

 内廷の広間を一つつぶしてパイプがうねうねと密着している部屋を作る必要があったが、ここは今や洗濯メイドの物干し場兼憩いの場となってしまっている。秋の長雨で洗濯物が乾きづらい日も安心、というわけだ。冬になったらここで寝るメイドが出そうな気がする。


 室内温水暖房を備え付けた部屋は内廷の使っていなかった子供部屋4室と広間。

 2室は俺とジャルランがそれぞれ部屋を移動して使っている。

 もう1室は、念願の浴室にし、もう1室はメイドや従者の控室にした。


 俺としては檜の浴槽が良かったのだが、パパ上らの反対にあい、仕方なくレンガの浴槽にして表面をタイル張りにした。なんかひと昔前の洋館の風呂、という感じで俺としては面白くない。まあ王宮も洋館といえば洋館だから仕方ないが。


 浴槽の広さは大人3人がゆったり入れる程度の広さ。

 深さは浴槽の床に大人が座って肩まで十分浸かれる程度なので、まだ身長の低い俺とジャルランは一人で入浴することを禁止されている。


 まあ、俺には常にメイドのピアが付いており、ジャルランにはカーヤが付いているので問題なく入りたい時に入浴はできる。


 とは言っても湯がもったいないのでだいたい家族みんな夕食後に入っている。

 あまり気ままに湯を使うと水源が枯れてしまうのではないかと心配しているためだ。

 水は王宮敷地内にある湧き水が湧き出る泉から汲み上げている。

 ずーっと水を汲み上げている訳ではないが、万が一枯れてしまうととたんに飲み水に困る。

 そんな訳で湯の使用は控えめにしている。


 それでも1日1回は家族みんな入浴している。


 俺が入浴の健康面への利点を力説したからだ。

 体の血行が良くなり美肌効果がある、汚れを落とし病気の原因が体に付着するのを防ぐ、などだ。

 その結果毎日家族みんなが子供スペースに渡ってきて入浴するようになった。

 入る順番はだいたい決まっており、アデリナお祖母ちゃん、ダニエルパパ上、イザベル母さん、俺とジャルラン、ラウラ母さんになっている。

 ジャルランはイザベル母さんが毎日のように子供スペースに渡ってくることを喜んでいる。

 俺もラウラ母さんが毎日来るのは嬉しい。


 蒸気機関だが、今のところ泉から蒸気機関、室内温水、一般生活用の共用の水槽への水の汲み上げと、室内温水の循環と王宮内の洗濯、脱水に使っている。

 鋳物職人らとあーだこーだ試行錯誤の末、何とか風車タービンを内部に組み込み、(俺の土魔法を使った型枠形成がかなり役立った)タービンの回転動力を蒸気循環の中から取り出せるようにした。時計職人が大小の歯車を組み合わせ、回転運動を各仕事に振り分ける機構を作り出した。

 もうこの辺はお任せに近いが、ひたすら感心した。タービンの高速回転がどんな伝達の仕方をしたらこうなるのかと思うくらいに各仕事に適した運動になっている。

 湯の循環は中速で、水の汲み上げは高速でパイプ内の空気を排出、洗濯機、脱水機には低速で、と見事なものだった。しかもレバー操作で止めたり動かしたりできるという優れモノだ。

 この時代のゼンマイと歯車の組み合わせで正確に時を刻む時計を作れる時計職人なら、回転の伝達、調整と制御の方法を思いつくのではないかと思って時計職人をお願いしたが、俺の期待と想像以上の働きをしてくれた。


 この時計職人のアーノルドには今後も色々お願いしていくことになると思う。


 蒸気機関の燃料には、ゲルヒナ地方から産出される石炭を使用した。

 ゲルヒナ地方は地表のすぐ下が石炭層となっており、露天掘りで石炭を産出する。

 石炭と言えば山に深い坑道を掘って掘り出す物、という先入観のあった俺は「何たるご都合主義!」とその事実を聞いた時に思ったが、そういえば確か前世のアレイエムっぽい国も露天掘りだったわ、と遥か昔の中学時代の地理で教わった内容を思い出した。


 この自作の蒸気機関が稼働した頃、イグライドから蒸気機関について博識な知識を持つ人物としてアルバート=コナーという元研究者をダニエルパパ上が招いた。


 もう少し早ければ色々とアドバイスを貰えたのに、と残念だったが、招聘の働きかけ自体は昨年俺がパパ上に専門家の招聘をお願いした直後からしていたらしいので仕方がない。

 イグライドから招聘したアルバート=コナーにパパ上は爵位を与えた。男爵位で、領地はなし。いわゆる宮中伯だ。

 今後はアレイエム王国の科学技術の研究に従事してもらう予定となっている。


 この自作の蒸気機関をアルバートに見てもらったところ、非常に感心された。


 何でもイグライドの蒸気機関は蒸気を使ってやピストンを動かすタイプで、水車などのように回転運動として動力を取り出しているのは今はあまりないらしい。水車と違って、全面に蒸気を受けて回転するタービンについては初めて見る発想だと絶賛。


 蒸気機関作成のために記録を色々とつけ、考察もしていたドノバン先生と意気投合し、夜は様々な意見交換をしているようだ。


 ちなみにアルバートに教えてもらったが、ゲルヒナ地方産の石炭は非常に上質な物らしい。石炭にも色々と質があるということは初めて知った。



 この秋は子供スペースは温水暖房が入るので、寒さもグッと和らぐはずだ。


 だが、家族が食事を摂るダイニングの広間はまだ温水暖房を設置していない。

 コタツが現役稼働中だ。

 最も俺が試作品で作った最大4人掛けのタイプではない。

 あの後、家具職人に発注した8人程度が座れる、ちょいと装飾なんかも施された立派なものになった。

 掛布団の上に、装飾用のウッド・ハー帝国特産のタペストリーを掛けてあり、豪華に見える。

 あまり俺の趣味にはあわないが、家族の意向には逆らえないのだ。


 下の台の部分を分割できるようにし、分割した台の下には小さな車輪を付けて動くようにしている。


 これによって分割した台に女性が座り、メイドや侍女の手で動かしてもらうことによって、一々昇り降りする必要がなくなったアデリナお祖母ちゃんやイザベル母さん、ラウラ母さんは大喜びだ。


 食事の配膳も台を動かしておけば概ねテーブルの時と同じようにできるようになった。


 下に台を入れ掘りゴタツ式にするタイプは、大きさが広くなった分熱源の炭も必要になったが、布団と台で熱を密閉しているので暖かさは変わらない。


 台の中も中空ではなく、藁を細かくほぐしたものを沢山詰めて断熱効果を高めた。


 台の上もジャルランの希望通りカーペットを敷いたので横になることが出来るようになったし、一枚板を加工し座椅子も作ったので更に快適になった。


 ジャルランは食後すぐ横になってアデリナお祖母ちゃんやイザベル母さんに怒られている。


 コタツに関しては、今やパパ上、イザベル母さん、ラウラ母さん、アデリナお祖母ちゃんの各自の部屋にも最初に作った4人用のもので台のサイズだけ少し広くして寛げるようにしたタイプが置かれている。


 また、パパ上執務室、イザベル母さん執務室には、執務机に掛布団をかけてその上に板を敷いてコタツの様にした「執務コタツ」が置かれている。

 パパ上とイザベル母さんの執務室の掛布団は、イザベル母さんが侍女のレオニーをしごきつつ、執務の合間を縫って作った。パパ上、この上なく感激しておった。


 また、衛兵詰所やメイド控室など、使用人や王宮で働く者たちの部屋にもコタツを置いて寛げるようにした。

 俺が最初に作った試作品は家族のダイニングに大きなコタツが入った後、内廷の衛兵詰所に下げ渡された。初めてコタツの効能を家族以外で目の当たりにしていた内廷の衛兵たちの喜びようといったらなかった。多分戦場で上官から決死の任務を言い渡されても喜んで志願するであろうほどに。


 現状では薪の使用量が大きく減った訳ではない。やはり、暖炉も炊かないと王宮全体は冷え切ってしまうためだ。


 ただ、蒸気機関を使った温水暖房を使用した方が全体の燃料費は抑えられる試算が出ているため、今後予算が付けられれば王宮全体に温水暖房を導入する方向でパパ上は考えているようだ。


 最も、そうなったとしてもコタツと湯たんぽは変わらず愛用される。

 手足の末端の冷えは如何ともしがたいからだ。

 湯たんぽは夜のベッドのお供として末永く愛されるだろう。



 コタツと湯たんぽの普及については、イザベル母さんが社交界を使って大々的に推し進めた。


 コタツのお披露目パーティでは、台の下に台車を付けて動かせることに目を付け、わざわざコタツに乗って騎士に台車を引かせて、お抱えの楽団にマーチを演奏させながら登場するという、バブル期の新車発表か、と突っ込みたくなるド派手な登場を見せ貴族家の淑女を仰天させた。


 その後(これも何かくじ引きを派手に演出したいと相談されて提案した)ビンゴゲームで上位3名にコタツの同席を許し、ぬっくう、となったところでキンキンに冷えたハラス産ワインを振る舞うという演出で淑女の皆様のハートをがっちりキャッチ。控室に展示品として誰でもウェルカム状態で設置されていた残り2台のコタツは帰りの馬車を待つ間の淑女の皆様に大人気だった。


 また、パーティの帰宅時の手土産に、とアツアツの湯たんぽを一人一人に渡すという気の回しよう。


 これで完全にこの日参加した貴族家のご婦人方に「コタツ、湯たんぽ」を刷り込んでしまった。


 パーティの翌日に数十件、展示してあったコタツを譲ってくれとの引き合いがあり、イザベル母さんの厳正な審査の結果、さる公爵家に一台、なぜか男爵家に一台、譲られた。


 ここで王国法を改正し、国営企業としてコタツ類の大規模な生産を開始する予定、とアナウンスしたところ出資の申し込みが殺到したそうだ。


 なんというかあまりにトントン拍子すぎて、いいのかこれで? と思ってしまう。


 貴族のご婦人方がチョロいのか、ご婦人方の旦那がチョロいのか。


 良く解釈すれば、それだけこの世界の皆様方は、「寒さ」をひたすら耐え忍んできたということなのかも知れない。その昔からずっと続いてきた「木を燃やす」それだけを頼りに。


 ようやく「木を燃やす」以外の寒さに対抗するための武器が手に入ったのだ。


 ちなみにパーティの様子については、俺は又聞きでしか聞いていない。

 誰に様子を聞いたかというと、登場の際にコタツに無理やり同乗させられていたラウラ母さんからだ。

 控えめな性格のラウラ母さんにとっては相当恥ずかしかったようだ。


 アデリナお祖母ちゃんも誘われていたが断固として断ったそうで、そりゃそうだ。


 ちなみにイザベル母さんはアデリナお祖母ちゃんに、展示していたコタツを譲ったことでこっぴどく怒られていた。アデリナお祖母ちゃんが作った掛布団も一緒に譲ってしまったからだ。


 イザベル母さんの涙目は、それはそれは美しかったそうな。


 そんなアデリナお祖母ちゃんだが、コタツを譲った貴族家からの丁寧な礼状の中で掛布団の仕上がりの丁寧さと質の良さが絶賛されているのを読んで、機嫌を直してくれたようだ。





 今年の1月に開催された王国議会で、特許に関する法律が賛成多数で承認された。


 それを受けて、申し込みのあった出資希望者から出資者を決定し、国営のコタツ工場が始動した。


 木工職人は木工ギルドに斡旋を依頼し、独立前だが腕は一人前と認められる若手職人を10人程度確保し、彼らの補助職人を都市部の平民から募って付けた。親方と弟子みたいなものだが、シゴキは禁止ということにしてある。コタツという単一製品の加工に特化した集団ではあるが、弟子の中から更なる技術取得を希望するものがあれば、木工ギルドに依頼し、適当な親方を紹介してもらえるように話をつけている。


 コタツの掛布団を作る縫製ほうせい部門も、基本的な針子の人手はやはり都市部の平民から募った。やがて王宮の蒸気機関が稼働したら、蒸気機関を使った洗濯槽のおかげで洗濯に従事していた洗濯メイドの手が空くようになるため、手の空いた者は針子に回ることになっている。


 縫製ほうせい部門の技術顧問として、アデリナお祖母ちゃんがイザベル母さんやコタツを譲った貴族家のご婦人方の熱い要望で就任した。


 経験の少ないメイドや平民のお針子に乞われ懇切丁寧に教えるアデリナお祖母ちゃんは、未来ではこの国の縫製ほうせいの母、と呼ばれるのではなかろうか、などと夢想している。


 国営コタツ工場は王宮の外苑に建設された。


 原材料や製品の運び出し入れのしやすさと、将来的に木工や縫製ほうせいに水車動力を導入することを視野に入れ、外苑ルム川沿いの位置に建てられた。


 工場建設は急ピッチではあったが、3月までには終わらず、完成は8月の夏の盛りになった。


 工場の本格稼働は今年の冬に向けての製品作りからになる。


 集めた職人たちは遊ばせておく訳にもいかないため、特別に王宮の中広間の使用を許可し、コタツ制作をしてもらっていた。何せ注文は殺到していたのだ。


 工場長には木工ギルドから長年事務方を務めていたヘルマン氏を招いて就任してもらった。実際木材の仕入れ先の選定や数量の読み、価格交渉などは木工ギルドの経験が重要だった。


 事務長として就任させられたラウラ母さんは舞い込む注文を捌くのに必死だったようだ。


 コタツの注文以外にも、もう一つ王家が特許を取ったあるものが爆発的に売れ、コタツ製造が落ち着いてきた夏以降に木工方で製造を始めたので、それもあって夕食のときに顔を合わせるラウラ母さんはげっそりしていた。



 湯たんぽの方は当初の予定通り、御用商であるライネル商会とヤンセン商会に特許使用許可を与え、商会の傘下にある陶器工房で製造したものを販売してもらった。定価は銅貨5枚。


 銅貨1枚あたりが前世の200円くらい。銅貨1枚で王都の酒場でエール1杯分くらいとエックに聞いたので、湯たんぽの定価は1000円くらいになる。


 安すぎる気もしたが、民間への普及と言う点で考えれば、まあ良しだろう。


 特許使用料としてイザベル母さんが設定したのは売値の1割。あまり高くすると庶民に普及しづらいということで低くしてもらった。


 湯たんぽが2個売れたら王家に銅貨1枚が入る。


 湯たんぽは意外に夏場も売れ行きが落ちなかった。


 理由は銅貨5枚という安さと、湯たんぽとしての使用目的以外で、飲料水等の入れ物としても買われていた。


 飲料水入れとして買われたものは破損することも多く、買い替え需要もそこそこある。


 これは意外だった。


 そのうち酒造会社が湯たんぽの特許を使って、湯たんぽの容器にエールを入れて売り出しそうな気がする。


 これはヒットするんじゃなかろうか。


 イザベル母さんに売り込みをかけて貰おうかな。



 ところで、国営コタツ工場の事務長となったラウラ母さんを受注に追われ死んだ目に追い込んだ物とは……




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