第11話 対寒兵器の戦果
ダニエルパパ上にコタツの感想を聞くと、もう大絶賛だった。
「ジョアン、正直に言おう。まだ母が恋しい5歳の子供が言うこと、どうせ大した物ではないだろう、そう思っておった。しかしながら実際に使ってみるとこれはもう手放すことが考えられなくなる程の物であるな。ジョアンを侮っておった。すまぬ」
いえいえ、そんなそんな。
「有難きお言葉に存じます」
「いや実はな、本当に5歳のジョアンが一人で考えられるのか疑問に思ったのだ。誰か大人の知恵、コタツも湯たんぽも、家庭教師のドノバン殿の入れ知恵なのではないか、とな。
それで先日ドノバン殿に聞いたのだ。ご自分の思い付きを実現させるために僅か5歳の子供に入れ知恵し
ドノバン殿は顔を真っ赤にして憤慨されたようだが、王の
「父上、ドノバン先生にそのようなことをお聞きになられたのですか……」
これはまたドノバン先生に謝っておかねば。
ドノバン先生にしてみれば痛くもない腹を探られたわけだからな。
家庭教師を辞任する、と言われても仕方のないことだぞ。
そんな俺の内心など知らず、上機嫌でパパ上は続ける。
「ドノバン殿に言われエックに話を聞いてみると、湯たんぽもお前が殆ど作り、コタツもお前が簡単な図面を書いて作り方を教えたと、そう言われてな。ドノバン殿には謝っておいた」
パパ上、ドノバン先生に謝ったのか。王の謝罪を受けたドノバン先生も驚いただろうな。
自分の非をすぐに認められるのは素晴らしい。パパ上、よくやった。
でも俺からもドノバン先生には謝っておこう。
考えてみれば僅か5歳の幼児が、あんなもの考える筈ないし、作ろうとも思わないだろう。
そうなれば身近な大人の入れ知恵と誰もが思ってしまうのは当然だ。
そこまで考えが至らなかったわー。
「それでジョアン、よくあのような物を思いついたな」
「父上、必要は発明の母と申します。父上たちにとっては慣れた冬の寒さなのだと思いますが、私にとっては耐えられない寒さだったのです。寒くて仕方ない中、お湯の入った容器は暖かいことに気づき、中に入れたお湯がこぼれない工夫をすれば良いのではないかと思いついたのです。それで湯たんぽを作りました。
コタツに関しては、暖炉の火は暖かいのですが、どうも煙突から暖かい風が煙とともに逃げているのではないかと思い、火の上に暖かさが逃げないように布をかければ良いのでは、と思いつきました。
ただ、普通に燃える薪では上の布が燃えてしまいます。そんな時に、煮炊きに使う炭は炎が出ず、煙も出ず、熱だけ出すというのを聞き、これの上に布をかければ良いのではないかと思いつきました。そしてなるべく炭の熱が外に逃げないように、尚且つ座ってテーブルのように使えれば便利なのではと思いあのような形にしたのです」
正直に言おう、元日本人の俺に言わせればこの寒さに耐えられる人がおかしいのだ!
パパ上、そういう意味ではあなた方を俺は尊敬するよ、この寒さに30年近く耐えてきたんだから!
前世の俺なら、すぐに腹が冷えて下痢ピーだ。下痢ピーが止まらず脱水で死ぬと思う。
「なるほどな。そうした創意工夫の積み重ね、思い付きの積み重ねか。大したものだ」
ちなみにこの会話はコタツに入ったパパ上としている。
イザベル母さんとアデリナお祖母ちゃんもコタツにあたっている。
俺とジャルラン、ラウラ母さんは以前まで使っていたダイニングテーブルに座っている。
あの後、コタツは家族が食事をする広間に衛兵らの手で運び込まれたのだ。
いまこうして会話しているのは、朝食時の会話だ。
パパ上とイザベル母さんが主張するには、執務室や会議室は非常に寒いのだそうだ。
いや、正確に言えば一度暖かさを味わってしまったら耐えられないのだそうだ。湯たんぽがあってもだ。
だから寒い執務室でずーっと仕事をせざるを得ない自分たちに、せめて朝しっかり温まる時間を家族が与えてほしい、と懇願されたのだ。
俺たちも俺たちのために働いてくれているパパ上たちのためなら、当然それくらいはお安い御用だ。
その代わり俺たちはパパ上たちが執務に行ったあとしばらくはコタツにあたっていい事になっている。
俺はこの世界の
あってはならぬオーパーツを作り出してしまったのだろうか?
王の威厳のない、だらしない顔でコタツにあたるパパ上を見て、そう自問自答することがたまにある。
だがはっきり言おう、だからどうした! 寒さを舐めんなよ!
といつも自分の中で力強く結論づけている。
いやマジで、俺は自分がこの世界の都市部や農村部に生まれていたら、よほど裕福で燃料をガンガン使える家じゃない限り確実に死んでいた、と断言できる。
マジで寒さは人間の最大の敵の一つだ。
寒さよッ! 俺はッ! 貴様をッ! 駆逐してやるぞッ!
「それで父上、以前私がお願いしたこと、覚えていてくださいますか?」
「ああ、覚えているぞ。コタツは試作品。それを立派な製品にしてほしい。それとジョアン一人では作れない、規模の大きい暖房を考えているので儂に力添えをしてほしい。そうであったな」
「覚えていてくださって有難く存じます、父上。
まず一つ目のコタツの製品化について、ですが、エック達はいくら手先が器用と言っても、やはり本職は庭師です。これくらいの大きさのものまでなら何とかいい出来に仕上げてくれましたが、これよりも大きなもの、要は私たち王家の家族全員があたれるくらいの大きさのものとなると、やはり本職の家具職人や木工職人に制作を依頼する必要があります。
また、上に掛ける布団もそれ相応の大きさの専用の物でないと使えないかと存じます。このコタツに掛ける布団に関して言えば、大きな物を用意できれば、例えば父上の執務室の執務机に掛け、執務机の下に炭を入れた容器を置くことで簡易的なコタツにすることができるかと。
また、試作品で分かったことですが、ご婦人方はスカートで台の上に上がらねばならないため、当初台の上に上がることをためらわれる方が多いかと存じます。踏み台を最初からつける工夫や、あるいは台を分割して下に小さな車輪などを付け、分割した台にご婦人が座られた後、コタツの位置に使用人らに台を移動してもらいはめ込んでもらう、などの工夫ができるかと存じます。
試作品で十分、と満足するのではなく、更なる利便化を追い求めれば更に良いものが出来るかと存じます」
「ジョアン、よくそれだけ色々と思いつくものだな。我が息ながら感心するぞ。」
「お褒めに預かり恐縮です、父上。私は自分が寒さに耐えがたいため、湯たんぽとコタツを思いつきましたが、父上を始め家族の様子を見るに誰にとっても寒さは大敵なのだとの思いを強くいたしました。
湯たんぽ、コタツがある程度世間に流通して民が買えるようになれば、民の寒さのしのぎ方が増え、凍死をする者が減るかと存じます。さすれば将来の働き手が増え、より多くの生産ができることとなるでしょう。
つまり王家直轄領、ひいてはアレイエム王国がもっと豊かになることに繋がることと存じます。
それとこの湯たんぽ、コタツについては職人に制作してもらわないといけませんが、当初は受注生産となるでしょうが、民にまで行き渡らせるためには大量生産が必要となってくるでしょう。
そうなった時のための体制作りもお考えいただければと存じます」
「そうなってくると政治、つまり朝事に関わってくるが……まだお前を外朝に出す訳には流石にいかんな。
そうだな、当面はイザベルとラウラ、アデリナ母さんと一緒にお前のアイデアを練ってみてくれ。
家族の食事の時間をそれに充てるのも寂しい。週に何日かの午後、イザベルの執務を内廷で行う形にしてその時間に充てるよう取り計らおう。
イザベル、頼めるか?」
「そうですねぇ、それくらいなら大丈夫だと思いますわぁ」
イザベル母さんの表情は努めて冷静を装っているが、ふふふ、これは内廷でコタツにあたれる時間が増えることを内心喜んでいるな。
パパ上、後でやっぱり自分が、とか言い出さないでね。
「では、コタツと湯たんぽについてはそのような形で進めていくことにする。良いな、ジョアン?」
「はい、父上。ご配慮有難く存じます」
「それでジョアン一人では作れない、
正直先ほどの話だけでも十分規模が大きい物だったと思うが」
「はい、父上。それはですね」
さてさて、これが俺の考えた本命だ。
「ボイラーという巨大な湯沸かし器を使った、王宮内全域を温める暖房設備です」
そう、これが俺のやりたかった暖房だ。
というか暖房もそうだが、一番の目的は「風呂」だ。
入浴したいのだ。
アツアツのお湯に体全体で浸かって全身温まりたいのだ!
元日本人ならば当然抱く欲求だ。
「ボイラーという巨大な湯沸かし器を作り、多量のお湯を温めます。その熱したお湯を金属性、あるいは陶器性の管、パイプを使って王宮内全域に行き渡らせ、パイプが発する熱で王宮内を温めます。温めたお湯はパイプの中を巡らせるだけでなく、必要な所で必要な分取り出せるようにします。そして入浴などに使えるようにしたいのです」
「ちょっと待ってくれジョアン。話が大きすぎてよくわからないのだが」
だろうなあ。
パパ上が理解力に乏しい訳ではない。
今の世界では誰も見たことのないものだ。
蒸気機関をある程度実用化しているイグライド連合王国の王族なら、もしかしたら理解できるのかも知れないが、ネーレピアでも科学的な分野ではかなり後進国のアレイエムでは、なかなか理解は難しいだろう。
でも、俺は俺の入浴のためにここは譲れない!
「父上、湯たんぽと原理は同じです。熱い湯を漏れ出ない容器に密閉して周囲を温める。そういう原理は湯たんぽと同じです。湯の入れ物がパイプという筒になる、それだけのことです」
「それは解った。そのパイプという管の中に熱い湯を入れ、室内を温める、そういうことなのだな」
「その通りです父上。そのパイプをたくさん繋いで、中のお湯を常に温め続ける、そのために一か所で湯を沸かすボイラーという湯沸かし器を設置するのです。ボイラーには2か所の湯の出入り口を作り、一か所から室内に湯を送り、もう一か所は室内から湯を戻し、また温めるのです」
「だがジョアン、そのようにお湯の流れはうまく行くのか? 両方の出入り口から出ようとしたりするのではないか」
「お湯に限らず物は一度動いた方向に動く性質がございます。お湯の動きを作りさえすればこの循環は上手く行くかと存じます。この流れを作るために蒸気機関というものを利用したいのです父上」
「蒸気機関とは、イグライドの一部で使われているという噂のものか。詳しくは儂もわからんが。イザベル、何か知っておるか」
俺とパパ上の話をコタツにあたりながら
「残念ながら私も詳しいことはさっぱり。ただ、噂ではその蒸気機関というものをイグライドでは船などの乗り物の動力に使おうという研究が進んでいると聞いておりますわぁ」
イザベル母さんのこれはナイスアシストになるのだろうか?
どう転ぶのだろう。
「ふーむ、イグライドではそんな研究が成されておるのか。最近のイグライドの勢いは益々侮れんな」
そしてパパ上はしばらく考え込み、真剣な表情で言った。
「ジョアン、いきなり王宮全部をその暖房に変えるのは無理だ。だが、一部屋二部屋なら試しに、コタツの時のようにやって見るがいい。それと蒸気機関。どのような働きが出来るものか、そちらも試して見るがいい。職人の手伝いが必要なら、そちらは手配する」
マジかパパ上!
これは嬉しい。
ついに入浴ができる。長年(5年)夢に見ていたものだ。
「ありがとう存じます、父上。では遠慮なく。まずは陶器職人、そして鋳物職人、時計職人をお願いしたく存じます。更には、これは将来的にですが、イグライドより蒸気機関に詳しい方をお招きいただければ。その方を中心に、様々な研究者が研究の発表をし、あれこれ検討しあうイグライドのような王立学会を設立していただけると嬉しく思います」
「学会についてはドノバン殿や一部の宮中伯からも要望が上がっておる。我が国もこれからは科学技術の研究に力を入れねばとは考えておる。すぐにとは約束できぬが、なるべく早く実現できるよう尽力しよう」
やべーな、パパ上。
昼間のパパ上はちょっと違う。
昼間のパパ上は男だぜ。
前世の大物ロックシンガーの歌詞のようだ。
このセリフがコタツにあたりながらでなかったら、もっとカッコ良かったのに。
更には執務の時間になっても行きたがらないでグズる、なんてことが無ければ更にカッコいいのにな。
「あなた、そろそろ参りますわよぉ」
イザベル母さんに引っ張られパパ上は外朝の執務室に出かけていった。
ご愁傷様です、パパ上。
パパ上の温めて下さった席の温もり、感謝しながらコタツにあたらせていただきます。
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