第9話 寒い寒い!
俺たちは王宮庭園に出てきた。
「お兄ちゃん、今日は何するの」
「今日は土で物を作るんだ。ジャルもできるならやっておくれ。でも無理はしなくていいからね。それと、庭師頭のエックにちょっと頼みたいことがあるんだよ。先にいつもの小屋に行こう」
いつもの作業用具置き場の小屋に向かうと、庭師頭のエックが、冬囲い用の藁だの縄だのを持って部下と一緒にちょうど戻ってきたところだ。
冬囲いの弱い部分を修繕してきたのだろう。
「エック、今日も寒いのに大変だね。お疲れ様」
「殿下こそ、寒いのに魔法の練習ですかい?熱心で何よりでさあ」
「そういえば干し柿の様子はどうだい? 順調そう?」
「いや、あっしも殿下に言われて初めて作るもんですからね。どんなもんだか
王宮の庭園には柿の木が何本かあった。
前世の日本で俺が住んでいた田舎町では、庭を持つ家なら必ず庭に生えていたし、山や畑のあぜ道などに必ずと言っていい程あった馴染み深い木だ。
前世の仕事で担当していたお年寄りに聞くと、柿は食べる他にも色々使い道があったそうで、それであれだけ沢山、どこに行っても見かける程植えられていたらしい。
柿は元々アレイエムには生息していない植物だそうだが、イザベル母さんの実家のハラス王国から、交易で手に入れた東洋の珍しい植物ということで寄贈されたものだそうだ。
秋の味覚バーベキュー祭りの時に沢山実をつけていたが、収穫されていなかったのでエックにどうしてか尋ねたところ、どれもこれも渋くて食べられたもんじゃないと。渋柿だったのだ。
くり抜いたヘタのところにアルコールを塗ったり、アルコールと一緒に樽で漬けたり、いわゆる樽柿にしても甘くなって食べられるが、ここはポピュラーに干し柿の作り方をエックらに教えて一緒に作ってもらった。
ヘタを残して収穫してもらい、皮を剥いてヘタを紐で結んで
干し柿を見せてもらうと、そろそろ食べても良さそうに思える。
「そろそろ食べても良さそうな気がする。後でちょっと試食してみよう」
「ヘヘッ、楽しみでさあ」
そうそう、エック達に頼みたいことがあったんだ。
庭師頭のエックに聞く。
「エック、木材を使って工作ってできる?」
「まあそんなに美しい仕上がりとかを求められないんなら、できまさあ。何を作るんです?」
「えーっと、おっきな台とローテーブルみたいな低めの机と、机の上に載せる板、かな」
俺は地面に木の棒を使って簡単な図を描き、説明する。
「試作品だからそこまで大人数が座れる物じゃなくていいか。えーっと、机の大きさから決めた方が楽だな。一辺1mの木の板っていうか棒でもいいか、を組み合わせて真四角の枠を作って、そこにしっかり足を4本取り付ける。で、その上に載せる真四角の板、これはちょっとはみ出すくらいの大きさがいいな。一辺1m10㎝くらいでいいか。
それでその下の台だけど、これは2.5mくらいの真四角。で真ん中に90㎝くらいの真四角な穴を開ける。台の高さは大人が入ることも考えると、80cmくらいでいいか。台の真ん中に開けた90㎝四方の真四角の穴の中に、こう、壁と床みたいにして。で更にその中に30cm四方くらいの、うーん、ここはどんな形でもいいっちゃいいのか。でもまあ四角で統一しよう。四角の穴をあけておくれ。まあ試作品だからね。
あと、かなりしっかりした金網、大人が座って腰かけて踏んでもそうは曲がらない奴をこの30㎝四方の穴にかけられるように。
こんな感じの物を作って貰いたいんだ」
「なかなかの工作ですなあ。作れないこともないが、今日中には無理ですぜ」
「今日中じゃなくてもいいよ。エック達の本業もあるんだから。1週間くらいでできれば」
「頑張ってみまさあ」
「じゃあ、よろしく頼むよ。何か手伝えることがあったら手伝うから、いつでも言って」
「殿下にそう簡単にお声がけできませんが、ここに来た時に寄ってもらって指示をお願いしやす」
「わかったよ。じゃあよろしくね」
さてさて、今日の本命に戻るか。
今日から使える簡単暖房器具。
「ドノバン先生、火も風も水も土も、全て魔法は状態がイメージできれば使えるものなんですよね?」
「ええ、そうです。魔法を使ったことがない、使い慣れていな人は呪文のような簡単な定型文を唱えてイメージ作りの一環にする必要がありますがね」
「イメージしてもできない現象はできない、と」
「そうです。古来よりどんな人でも魔法で金を作りだすことは出来ませんでした。ですから何か出来る、出来ないの線引きがあると思うのですがね。魔法自体あまり熱心に研究されてきた対象ではありませんから、今後の研究が待たれますよ」
「じゃあ先生、とりあえずやってみます」
そう言うと俺は土で作り出したいその物をイメージした。
陶器だ。中が空洞で形は平べったい長さ30cmくらいの楕円形。端の上部に液体を入れるための3㎝程の円形の口が付いている。
……
出来た。俺の目の前にそれがあった。
土の加工品も出せたのだ。
「やりましたよ先生、これですこれです。これを作りたかったんです」
「何です、殿下それは。見たこともない形の物ですが」
「これは、この中に湯を入れて体を温める暖房器具です。湯たんぽと言います。多分東の果ての大国、セイの辺りでよく使われている暖房器具ですよ」
これさえあれば、少なくとも寝る時の足元が快適になる。
部屋で勉強する時も、足元に置いておけば寒さに耐えて勉強できる。
家族の人数分は欲しいな。いや、一人2個は必要だぞ。12個だ。
ドノバン先生や協力してくれたエック達、メイドのピア達にもあげよう。
沢山作らなければ。
「ドノバン先生、これを作るの協力して下さい」
「殿下、これはどのように使う物なのですか?」
「こちらの穴からお湯を入れて、この注ぎ口はコルクで栓をします。熱湯なら長時間冷めないでしょう。熱すぎるようならタオルを巻いて調整します。寝る時に布団に入れて足元を温めてもいいですし、勉強の時に足元に置いて足を温めてもいいと思います。先生にも一つプレゼントしますよ」
「ありがとうございます。殿下は物知りですね」
「ドノバン先生が色々教えて下さるからですよ。さあ作りましょう」
「ええ、わかりました」
ドノバン先生も俺が作った湯たんぽを見てイメージがついたのか、同じものを土魔法で作り出す。
ドノバン先生は魔法のオールラウンダーなのだ。
基本的に魔法はどんな魔法でも魔法が使える人は全種類使える。
ただ、使える魔法に得意不得意があるだけだ。
ドノバン先生はどの魔法も満遍なく使うことができる。
そうでなければ全教科を教える家庭教師など務まらない。
「お兄ちゃーん、何作ってんの?」
寒さ除けのため作業用具置き場の小屋で待たせていたジャルランが興味津々でこちらに走ってくる。
おいおい、転ぶなよ。
「お湯を入れて使う暖房器具だよ。ジャルランの分も勿論作ってるぞ」
「えーっ、面白そう。僕もやってみるよ。 大いなる母なる大地の力よ、我が前に具現せよ、えいっ」
ジャルランが集中のための定型文を唱えると、土が盛り上がり楕円形になったが、湯たんぽは作れなかった。
「あー、駄目だよお兄ちゃん、上手くできないや」
「ジャルラン殿下、いきなりこの湯たんぽその物を作るのは難しいですから、まずは形だけ形成できるように頑張って見ましょう。形だけできれば、内部の細工や材質を変化させるのは私がやりますから」
「うん、ドノバン先生、僕頑張って見るよ」
ジャルランとドノバン先生は魔法のレッスンに入った。
ドノバン先生ってば、ジャルランの家庭教師に付くのは来年からだけど、既に英才教育を施すつもりだな。 ドノバン先生もジャルランの可愛さにやられちまったか、フッ、ジャルの奴はいったい何人の人間を
などとどうでもいいことを合間に考えながら10個目の湯たんぽを作り終えると、何となく目が回る気がする。
しばらくすると治ったので、あと2個作れば家族分は揃うと思い、11個目をイメージして作り出した。
11個目の湯たんぽが出現したと同時に世界が真横に動き出した。
あれっ、と思ったら俺は地面に倒れていた。
「殿下、どうしました!」
ドノバン先生が俺が倒れているのに気づいて駆け寄ってくる。
「あ、ドノバン先生……何かめまいがして、治ったと思ったんですけど、もう1個湯たんぽを作ったら何故か倒れちゃいまして……」
「……エックさん、さっき殿下と話していた干し柿、1本の紐で繋がってる分、全部持ってきて下さい」
ドノバン先生は作業用具置き場の小屋に居たエックに大声で干し柿を持ってくるように言った。
「あいよ、すぐ持ってくるわ」
エックはそう言うと、吊るしてあった8個ばかり付いている干し柿の紐を持ってきた。
ジャルランも俺の様子を心配そうに見ている。
「ジョアン殿下、お腹が空いていませんか?」
とドノバン先生が俺に聞く。
「確かにお腹は空いています。こんなに空くのはいつ以来だろうってくらい」
確かに空いている。朝の食事をしっかり摂ったのに、いつも以上に空いている。
「殿下が作られたものですから大丈夫でしょう。さあ、これを好きなだけお食べ下さい」
ドノバン先生が俺にエックの持ってきた干し柿を勧めた。
干し柿食べるなんて久々だ。
前世でもここ数年、てのも変か、食べてなかった。
せっかく成った柿の実をそのままにしておき鳥についばまれるのも勿体ない、そう思って作った干し柿だけど、多分もう食べてもいい時期だよな。特に嫌いだったわけじゃないしな。
パクッ
おおおお、外はもっちり、中身はトロッと。思った以上に上手く出来てるぞ。
急ぎ次の干し柿に手を付ける。
こりゃいい、甘味に乏しいこの世界で、これは貴重だあああ!
タネだけは気をつけないと、噛んだら歯が痛い。
気が付けば紐で吊るしてあった干し柿8個を完食していた。
「いやーエック、こりゃ思った以上に上出来だ。上手く出来てるよ。エック達が気をつけて干してくれたおかげだな、ありがとう。エック達も、ジャルも、ドノバン先生も、ピア達もぜひ味見しておくれ。全部食べる訳にはいかないけど、一人2,3個だったらいいだろ」
「ありがとー、お兄ちゃん」
「殿下のお許しが出たぞ、2個づつ食え」
ジャルランとエック達は作業用具置き場の小屋に向かった。
「ドノバン先生、今のは何だったんですか? 単純にお腹空きすぎたんでしょうか」
「……ジョアン殿下、今のは魔法の使い過ぎの症状です」
「え、そうなんですか? 今まで一度もなったことがないのに」
「今まで授業ではそんなに多くの回数、魔法は使っていません。バーベキューの時も8回程度でした。
魔法を使えるのは王族、貴族、修道士や司教など教会関係者くらいしかいませんが、魔法は大したことができないので、普通そんなに沢山の回数使ったりすることがありません。
魔法というのは無限に使えるものでは無いようなんです。教会の記録では10回程度使用したら
「ドノバン先生、魔力ってなんと言うか精神力とか、何か体力とは別の力ってイメージあるんですけど、そうじゃないんですか?」
「人間や魔物など、魔法を使う生物はいますが、殿下の言われる魔力、を操作しているのかは今だわかっていません。ただ、はっきりしていることが一つだけあります」
「それは何ですか?」
「魔法を使い過ぎると、飢餓症状になる、と言うことです」
!
「先生、それは何か根拠があるんですか」
ドノバン先生は力なく地面に視線を落とし、言った。
「過去にオーエ教が魔法を独占しようとしていた暗黒時代、ほんの40年ほど前ですが、その頃、オーエ教以外で魔法を使う民間の魔法使用者を魔女として迫害していた、そんな歴史があります」
ドノバン先生の言葉は力なく、その中に強い悔悟の念が滲む。
「そんな中で過去のオーエ教会は、捕らえた魔女を拷問し、魔法の連続使用をしたらどうなるのか実験しました。魔法を使用し、先ほどの殿下のような
魔法の作用機序は解っておりませんが、少なくとも発動するために人体に蓄えられた栄養を使用している、ということだけは推測できます。
それで私は殿下に先程柿を干した物を召し上がっていただいたのです」
ドノバン先生の悲痛そうな声は続く。
「私は、現在オーエ教会の俗に言う改革派に属しています。魔女狩りなど、過去のオーエ教の行いを自己批判し、オーエ教の教祖オーエ・ヒートの元々説いていた人は神の元に平等、という教えに立ち返り推し進める、という宗派です。
ですが私は元々
それを知った私は恐ろしくなり、自治都市オーエを抜け出しました。追手がかかったわけではありません。ただ、同じ人が人を恐ろしい手段で迫害する、それを為したのが過去の同じ宗派の者で、今なお高位の位置にいる、そのことが恐ろしかったのです。
故郷に戻った私は、実家に頭を下げ、もう一度アレイエムの改革派教会を紹介してもらいました。そこに所属しながらこうして人に物を教えることを生業にしています。
ただ、どうしても過去にオーエ教が行ったおぞましい事実、これを知りえたのに一人口を
なるほど、オーエ教の最も表に出したくない部分の情報だったんだな。心の中に秘めておこうとしたそれを俺のためにわざわざ話してくれたんだ、ドノバン先生。
「ドノバン先生、そんな秘密にしておきたい重大なことを私のために教えて下さってありがとうございます。私なんかまだまだ何もできませんが、もし将来ドノバン先生が何かお困りになったら微力を尽くさせていただきます。さあ、顔を上げてください。干し柿、美味しいですよ。召し上がってください」
そう俺はドノバン先生に声をかけた。そして聞いた。
「先生、ちなみにその、魔女への拷問を行い、今なお高位の位置にいる人って、どなたなんですか」
「……本道派、バルトロ=シヴァーニ大司教、今は枢機卿です」
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