寒さとの戦い
第8話 寒い!
この世界に生まれて元日本人の記憶を持つ俺が不満な点は多々ある。
その中で目下最大の不満は
「寒い!」
ということだ。
他の異世界はどこも暖かいのだろうか。
日本は恵まれていたのだなあと改めて実感する。
多少のお金で暖房器具が買える。燃料も身近なところで気軽に購入できる。
各家庭に電気が通っており、電気代を考慮しなければ暖を取るのに困ることはない。
アレイエムでは、秋の庭園でキノコを食べていた頃から段々と肌寒くなってきていたが、冬になったこの頃はもう朝起きるのがつらい。というか布団から出たら冷蔵倉庫の中のように寒い。
身を切るような冷たさを実感する日々だ。
何となく転生前の意識をしっかり取り戻してから数年が経ったが、毎年のこの底冷えには辟易していた。
まだ5歳のこの体は元気で血流がいいのかまだ耐えられるが、転生前の俺の身体だったらもう多分軽く寒さで死ねる。
前世から思っていたことだが、寒さは人間が生存する上で一番の大敵だ。
前世の仕事、ケアマネをしていた頃も独居老人がちょいと暖房をケチったせいで体調を崩し肺炎になって命を落としたりするのを見てきた。
物を燃やして暖を取るくらいしかできないこの世界。毎年都市生活者がたくさん凍死するのも納得だ。
寒さが死に直結している。
王都アレイエムでは雪が舞うものの積もっても5cmも行かない。
だが、冷え込みは厳しい。
朝の気温は氷点下だろうと思うが、自分の部屋には温度計がないのではっきりわからない。
子供部屋の共有スペースの広間には温度計があるが、暖炉で火を焚いているので正確な気温はわからない。
基本的に暖炉のある場所は常に暖炉を付けている。
そうしないと石造りの王宮の建物は冷えてしまうのだ。
夏過ごしやすかった湿度の低さが冬は室内体感温度の低さにつながっている。
ままならんものなのだ。
暖炉は各人の居室や人が集まる広間などにある。
当然王族の部屋だけでなく、使用人が使う部屋もそうだ。
そうしないと、マジで凍死する危険性がある。
冬の薪だけでどれだけ必要なのかと思うと、森林資源が心配になるほどだ。
暖炉を焚いていても、前世の「燃える火を見てると落ち着くなー、ビバ、暖炉ライフ!」みたいな良い物ではない。
燃える火を見ることはできるが、クリスマスにサンタクロースが直に入り込める作りの例の奴なので、焚いた火の熱はほとんど煙突から逃げて行ってしまうのだ。
まあ構造的にはちょっと工夫すればロケットストーブになるんだろうが、最高に燃焼した熱が発生するのが結局煙突内になるから意味ないのだ。
暖炉を焚いていても「暖か~い」ってなるのは暖炉の周辺3mくらいまでだ。
前世の暖炉って奴はかなり時代とともに改良されていて性能がいいのだ。
ああ、これ何とかならんかのう!
今朝も起き出して身支度を整える。
当然暖炉の前だ。
メイドのピアが温めたお湯で体を拭いてくれる。
お湯で濡らして絞ったタオルは温かいが、暖炉の反対側の冷たい空気が拭いた部分に触れると「寒ーい!」になる。
ピアは慣れたもので手早く拭いて水分を乾いたタオルでぬぐってくれるが、それでも寒いものは寒い。
「あー、こればっかりは慣れないなー」
とつい声に出してしまう。
ピアは「殿下、我慢なさいませ。間もなく終わります」
ピアは
王族付きのメイドの仕事の一部に
ジャルランはこの体拭きが嫌いなようで逃げ回り、カーヤを手こずらせている。
その日の朝食時、パパ上に聞いてみた。
「父上、この寒さ、毎年このように我慢しているのですか。何かもっと温まるものなどないのでしょうか」
「ジョアンよ、天気や気候などは神様の領分なのだ。我らはただ、我らに許された方法で耐え忍ぶのみなのだよ。アレイエムでも毎年何千、下手すれば万に届く凍死者が出ているのだ。我ら王族はふんだんに薪を使える分、まだ恵まれているのだぞ」
聞いたことと違う答えが返ってきた。つまりは薪を燃やす以外暖を取る方法は無いってことなのだろうなあ。
「お祖母ちゃんは寒くないの」
とアデリナお祖母ちゃんに尋ねてみる。
「寒いに決まってるよ。年を取ると血の巡りが悪くなるのかねえ、手足が本当に冷たいんだ。いつも侍女のレオナにお湯を持って来させて温めてるよ」
なるほど。お祖母ちゃんの末端冷え対策は早急にだな。
「イザベル母さん、ハラス王国には独特の暖を取る方法は無いのですか」
「ハラスも特にアレイエムと変わらないわねぇ。遠方まで貿易に行ってる船員などは遠国の話を聞いているかも知れないけれども、私たちの耳には入ってきてないわねぇ」
そうか、ハラスでも薪を燃やすこと以外暖は取れないんだな。
第一ハラスの方が3方を海で囲まれてるから、もしかしたら潮流の関係でアレイエムよりも暖かいのかも知れない。
ここはとりあえず暖を取るためにアレとアレを作ろう。そして最終的には王宮の改修をしてアレを作るのだ。
とりあえず作るアレとアレは俺個人と数人の使用人の協力があればすぐにできるだろうが、最終的なアレのためにはパパ上の許可と出資が必要だ。
最終目標のアレのため、何としても今日これから簡単に作れるアレを成功させねば!
と言っても、多分、うちの家族分を作るなら大した手間じゃない、と思う。
あ、あと気になっていたことを聞いておこう。
「父上、石炭なる燃える石は薪代わりに使われたりはしないのですか?」
パパ上は驚いた顔をしたが、答えてくれた。
「何だ、ドノバンにでも聞いたのか? 石炭などというマイナーな燃料をお前が知っているとは思わなかったぞ。確かに石炭が取れるゲルヒナ地方では薪代わりに使われているそうだ。だが、独特の匂いがあってな、室内で燃やすと人によっては耐えられないのだ。だから一般的には薪が使われているぞ」
「お教えいただきありがとうございます、父上」
なるほど、トリッシュが蒸気機関黎明期って言ってたもんな。
ネーレピアでも後進国の部類のアレイエムではそんなもんだろう。
後でドノバン先生に聞こう。
ついでにアレ作りも手伝ってもらおう。
今日もドノバン先生がやってきた。
ちなみにドノバン先生は春からジャルランの家庭教師も務める予定だ。
「ドノバン先生、今日はドノバン先生に私が物を作るのを手伝って頂きたいのです」
「いいですよ、殿下。何を作るのです?」
「陶器の入れ物です。土魔法の応用で作れるのではないかと思うのですが」
「そうですね、多分イメージがしっかりしてさえいれば作れないことはないと思います。早速庭園で造ってみますか?」
「はい、お願いします。ただ、その前にドノバン先生にお聞きしたいことがありますがよろしいですか?」
「何でしょう?」
「ドノバン先生は蒸気機関というものをご存じですか?」
ドノバン先生は驚いた顔をしていた。今日はよく驚かれる日だ。
「殿下、良くご存じですね。まだアレイエムでは一般的に知られていないと思っていましたが」
「ええ、父から名前だけは聞いたのです」
「なるほど、そうでしたか。流石ダニエル王、英邁なお方だ。異国の事情にもお詳しいとは」
何かドノバン先生の中でパパ上ポインツが上昇した。
「蒸気機関というのは、その名の通り水を沸かした蒸気で物を動かして人の役に立てることはできないか、そういった発想で作られた物です。水を沸かした蒸気が物を動かす、鍋などのフタを動かすことを昔から人は知っていました。それを使って何か仕事をさせることは昔から研究されていたのです。古くはオーエ大帝国がまだ都市国家の一つだった頃からです。始祖オーエが作らせようとした『蒸気機関車』なるものの図面も残っています。ただ、外見のイメージだけでしたので作ることはできなかったようです。
蒸気が物を動かすことは広く知られていましたが、これを上手く仕事ができる運動に結び付けることができませんでした。
まず誰もが水車のようなものに蒸気を当てて動かすことで、水車のように仕事をさせることを思いつきます。実際これで上手く動いた例も僅かながらあります。ただ、普及はしませんでした。
殿下、何故かわかりますか?」
「水車の仕事は水車に任せた方が効率がいいからではありませんか?」
「その通りです。水車は川などの流れを利用するので、設置すれば壊れない限り動き続けます。対して蒸気機関は水車と同じことができますが、動かし続けるには燃料が膨大に必要になります。ですからよほど川から離れている地域なら別ですが、水車の方が効率がいいのです。水車で行う粉ひきなども、水車のない地域では人力で行った方が燃料がかかりませんし効率的です。自分たちで消費する分以外は水車のある地域へ持って行き、そこで粉にすれば良いのですからね」
まあそうゆうことだ。ただでさえ冬の間の燃料もバカにならないのに、そんなことに貴重な燃料を使うわけにはいかない。国土が禿山だらけになってしまう。
「ただ、何らかの形で仕事をさせるために、錬金術師や個人事業主、もの好きな貴族などによって研究自体はずーっと個人レベルで続けられてきました。
イグライド連合王国では、こうした個人個人が様々な研究を発表し合い研究のための意見交換ができる機会を作るために国立学会というものを20年程前に立ち上げました。これのおかげで様々な分野の研究が進んでいます。その中で金属加工の進んだ方法が見つかり、以前の鉄よりも丈夫な鉄が作られるようになったおかげで、蒸気機関も効率的な利用法が研究されています。昔よりも小型にでき、燃料も薪ではなく石炭に、以前の大型だった蒸気機関よりも効果的な仕事をさせることができる、徐々にそうなってきています。イグライドでは蒸気機関を炭坑内に空気を送り込むためや、湖沼の水を抜いて新な農地を作るために使うなどの実用化がここ数年でされています」
「なるほど。ドノバン先生、我がアレイエムでも近い将来、学会というものを立ち上げて科学研究を活発にしないといけませんね」
「そうですね。そうなると色々と暮らしが便利になる発明や発見も多くできるでしょう。
ちなみに我々が今使っているメートルやキログラムなどの物を計る単位も、イグライドの国立学会で提案され決まったものです」
おお。ポンドやヤードなどが標準じゃなくて良かった。まったく馴染みがないもんなー。
「講義ありがとうございましたドノバン先生。じゃあ、私の作りたいものをお手伝いいただきたいので庭園まで一緒にお願いします」
ドノバン先生と一緒に庭園に移動するためにドアを開け、共有スペースに出ると、ジャルランがカーヤ相手に何度も体当たりをしていた。
俺を見つけるとジャルランが走って近寄ってくる。
何とか転ばずに俺の傍に来ると、動いて上気した顔で言う。
「お兄ちゃん、お外行くの? 僕も付いて行っていい?」
無邪気なもんだ。
「ジャル、今日は多分火を焚いたりはしないぞ。土で物を作ろうと思うんだ」
「それでもいいよー、お兄ちゃんと一緒に行く!」
本当にジャルランは元気だなあ。
「その前にお兄ちゃん、押し合いっこして温まってから外行こー」
こないだ俺が教えた押しくらまんじゅうのことだな。
さっきカーヤに体当たりしてたのはそれなのか。
でも確かに寒い外に出る前にやるのはアリだな。
「よし、温まってから外に行こうか。ドノバン先生、カーヤ、ピア。一緒に背中合わせになって、みんなで背中で相手を押し合いましょう。 温まりますよ」
皆背中合わせになって準備万端。
「じゃあ一緒に僕に合わせて掛け声をかけて下さい。
行きますよ。
せーの!『おしくらまんじゅう、おっされってなっくな』
「おしくらまんじゅう、おっされってなっくな、おしくらまんじゅう、おっされってなっくな、おしくらまんじゅう、おっされってなっくな」
声を出し、背中で押し合い圧し合いを10回くらいしたことで大分体が温まった。
俺が止めると、ドノバン先生、ピア、カーヤと順に止めて行き、最後までジャルランが体をぶつけてきた。
「ジャル、もういいよ」
「エーっ、もっとやりたいよー」
「駄ー目。あんまりやりすぎて汗を掻いちゃうと、外に出たら風邪をひくよ。外に出ないんだったらやってもいいけど。どうする?」
「お兄ちゃんの意地悪。一緒に行くよ」
ジャルランが口を尖らせて言う。
半年しか違わないのに、何でこんなに可愛いんだこんちきしょう!
俺が変な趣味に目覚めたら、それはジャルランのせいだ。
「じゃあ行こうか」
俺たちは庭園に向かった。
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