第6話 秋の味覚と魔法の勉強
ドノバン先生と一緒に王宮庭園の果樹等が生っている区画へ移動する。
メイドのピアにも俺たちの後ろからティーポットに入ったお茶を載せたワゴンを押して一緒についてきてもらう。
さて、庭師頭のエックはどこにいるかな?
例の物を使う許可と、ちょいとばかし果物的なものを貰いたいのだが。
少し果樹系の木々が並んで植えてある奥まったところで、庭師頭のエックが部下の庭師に何等かの指示を出して作業させている。
「おいおい、しっかり落ち葉集めとけよ? お日さんにしっかり地面を消毒しといてもらわにゃ木だって元気無くなるんだからよ」
落ち葉を拾わせているようだ。
集めた落ち葉は集積所に持っていって堆肥にするのだろう。
「おーい、エックー、来たよー」
俺は向こうを向いて部下に指示を出していたエックに声をかける。
「お、殿下、今日は随分とゆっくりでやしたね」
「今日はドノバン先生が授業に熱はいっちゃってね。いつものある?」
ニカッと笑ったエックは手に持っていた物をこちらに突き出した。
手には大きめの金属性の金網。
「燃料とブツはいつものとこでさあ」
エックは顎をしゃくって、園芸作業用具置きの小屋を顎で指す。
俺は園芸作業用具置きの小屋に走って向かった。ドノバン先生も俺を手伝いにやってくる。
園芸作業用の小屋の扉を開けると
「ドノバン先生、薪をお願いします」
ドノバン先生に薪の運搬をお願いし、俺はキノコと栗を別々の
石を積み上げ
エックが作業を一旦休憩にしたのか、部下の庭師3人と一緒にやってきて、金網を手でひらひらさせる。
「殿下、せっかくの秋の恵みです、美味しくいただかにゃあ罰が当たるってもんですぜ」
「わかってるよー」
そう返事をしたところで
「お兄ちゃーん!」
と後ろから声が聞こえたので振り返ると、弟のジャルランと、ジャルラン付きのメイドのカーヤがピアと同じくティーポットとカップを載せてこちらにやってくるのが見えた。
更にはその後ろからゆっくりとアデリナお祖母ちゃんと、お祖母ちゃん付きの侍女のレオナもこちらに歩いてくる。
ジャルランは俺達の姿を見ると、カーヤの制止を聞かずに走り出した。
俺もそうだが、幼児は頭が大きいので走るとバランスを崩して転びやすい。
ジャルランはいつも後先考えずに走り出して、よく転ぶから危なっかしい。
そう言っている間にジャルランは地面の窪みに足を取られ、案の定バッタリ前に転んだ。
運よく落ち葉が重なっている上だから怪我や服の汚れはないだろうが、ジャルランは自分が転んだことにびっくりした表情をし、じわーっと涙が目に溜まり出す。
ジャルランが、大きな泣き声を上げようと息を大きく吸い込んだところで
「よしよし、よく我慢したね」とアデリナお祖母ちゃんがジャルランの前に膝を付いてジャルランを抱き起す。
58歳のアデリナお祖母ちゃんだが、まだ4歳の幼児を抱き起す力はある。
アデリナお祖母ちゃんに抱き起されたジャルランは、褒められたのが分かったのか泣くのを途中で止めて、腕で涙を拭う。
「よし、お前は強い子だよ。でも突然走り出すのはやめときな。お付きの者を驚かせてお茶を無駄にしたら勿体ないからね、わかったかい?」
「うん、お祖母ちゃん、わかった。ごめんなさい」
「よくわかってくれたね。聡い子だよ。じゃあジョアンとこに行ってきな。ジョアンも逃げやしないから慌てずにね」
「うん、ありがとうお祖母ちゃん」
そう言ってジャルランはゆっくり歩いてこっちに来るが、途中でやっぱり駆け出した。
これにはアデリナお祖母ちゃんも苦笑いだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんだけずるいよー」
ジャルランが走りながら口を尖らせて抗議する。
全く、アデリナお祖母ちゃんに言われたこと、3歩歩いたら忘れるんだな。
でもそれだけ自分のしたいことに集中してるのかも知れないな。
俺には無い幼児の純粋さだ。
「ごめんごめん、魔法の勉強の一環だからさ、許しとくれよ」
「まったくもー、庭園に出てくるんだったら一言くらい声かけてくれてもいいじゃんかー」
そう言って頬をぷっくり膨らませる。
何こやつ、俺より半年しか遅く生まれてないのに、なんだこの可愛さは。
愛いやつじゃのう。
決して俺はショタ趣味があるわけではないが、ジャルはそちら方面のお姉さま方には大人気になるであろうな、などと思ってしまう。
そんな不埒なことを考えていると、ゆっくり歩いて来たアデリナお祖母ちゃんにも声を掛けられる。
「ジョアン、魔法の勉強は熱心だねえ」
「お祖母ちゃん、魔法だけじゃないですよ。ドノバン先生に朝食後からずっと歴史と地理の勉強を教えてもらってたんですから」
「あらあら、そうかい? ドノバン先生も真面目なこと以外に随分と楽しそうなことを孫に教えてくれたみたいだねえ」
お祖母ちゃんはそう言ってドノバン先生をチラリと真顔で見て、ニヤリと笑った。
「いいかい、こういう楽しいことを自分たちだけでやろうってのは料簡が太いよ。こうゆうのは周りを巻き込んじまって共犯にした方が後腐れがないもんなのさ。レオナ」
そう言ってお祖母ちゃんは侍女のレオナにうなづき掛けると、レオナは懐から塩の入ったビンを取り出した。
「せっかくの秋の味覚、そのまま食べても美味しいだろうさ。だけどねえ、せっかくもっと美味しく食べる方法があるのに、それをしてやらないってのは食材にも悪いだろう?」
お祖母ちゃんはそう言うと俺に向き直って言う。
「じゃあ、ジョアン。勉強の成果を見せておくれ。それでエック達、栗のイガ剥いとくれ。剥き終わったら栗の実に小刀で切れ込み入れるんだよ。でないと弾けるからね」
「はい、アデリナ様!」
エック達は飛び上がって作業にかかった。
「じゃあジョアン殿下、焚き付けに火をつけてください」
とドノバン先生が言う。
ドノバン先生によると本来、魔法は詠唱などは必要ないものらしい。ただ、初めて魔法を使う人だったり使い慣れていない人の場合は簡単な言葉を詠唱して、火が付くのをイメージさせるらしい。
俺は無言で手を1m程先の藁に伸ばして藁に火が付くのをイメージした。
ポッと藁に火が付く。ドノバン先生が慣れた手つきで薪をその火にくべようとするとお祖母ちゃんが制する。
「ドノバン先生、薪をくべる前に栗のイガを放り込んでおくれ」
ドノバン先生が栗のイガを2つ3つ拾い、焚き付けた藁にくべると栗のイガは勢いよく燃えた。
「栗のイガは焚き付けに便利なんだよ」
とニヤリとする。お祖母ちゃんの知恵袋から知恵が出た。
ドノバン先生が薪をくべると
「ジョアン殿下、ゆっくり風を吹き込んで下さい」
と薪に火をしっかりつけるために風を送ってくれと指示された。
ゆっくり、一定の、息を吹くような強さで風を起こす、とイメージしたところ、
「お兄ちゃん、僕も手伝うー!」
と言ってジャルランが突風を起こした。
ぶわっと
それを見てジャルランが自分のしたことにびっくりした表情になり、
「ごめん、お兄ちゃん、僕、僕、お兄ちゃんを手伝おうと思ったのに……うっ、うわーん」
ジャルランが泣きだしてしまった。
転んだ時には我慢できていたのだが、生憎一度涙腺が緩くなったら泣きやすくなってしまうみたいだ。
でも俺の手伝いをしたいだなんて可愛いじゃないの。うひょー。
そんなに泣くほど気にしなくていいんだぞ。
可愛い弟を慰めてあげないとな。
「ジャル、私を手伝おうとしてくれたんだろう、だったら私は嬉しいよ。まだジャルは先生について魔法を勉強してないから、自分の力の使い方がわからないんだよ。ジャルは今でもあれだけ強い風を起こせるんだから、先生に付いてしっかり魔法を覚えれば、私なんかよりずっとずっと上手に魔法を使えるようになるよ。焦らなくていいからね。今日はジャルの見本になるように私が頑張るから、よく見てておくれ」
と言うとジャルランは泣き止んでくれた。
「うん、お兄ちゃん、僕、しっかり見てるね」
「ありがとう、ジャル。頑張るからね。カーヤ、ジャルにお茶持ってきてもらっていいかな?」
「はい、今お持ちいたします」
カーヤがジャルランにお茶のカップを渡し、ジャルランはそれを受け取るとグッと飲み干した。
男らしいなおい。
「火の粉が飛んでいないか念のため水を撒いておきましょう」
そう言ってドノバン先生は水を霧状にして
「じゃあジョアン殿下、もう一度火をおこしましょうか。皆さん待ちくたびれていますよ。兄思いのジャルラン殿下にしっかりいいところをお見せしないと。さあ」
ドノバン先生に促され、俺は今度は直接栗のイガに火をつけた。
栗のイガが燃え上がり、ドノバン先生が薪をくべる。
息を吹き込む強さで、少しづつ何度も風を送る。
薪にしっかり火が燃え移った。
「じゃあまずはこいつからだな!」
エックが金網に一杯キノコを裏返しに置き、
その上にレオナが腕を蛇の鎌首のようにして、塩を振っていく。
あの調味料の掛け方、前世でも見たけどどんな意味があるんだろう?
そんなことを考えていると、キノコのかさにかいた水分が飛んで行き、いい匂いがし出した。
「そろそろいいんじゃないかい? ジョアン、ジャルランに一番最初に選んであげな」
とアデリナお祖母ちゃんが言うので、一番よく焼けたキノコをジャルランに渡す。
「あんたらも、今日は秘密を共有する共犯者になってもらうよ。さあ、食べな」
アデリナお祖母ちゃんがピアやカーヤ、レオナ、エックらにも声を掛ける。
使用人が主人の前で物を食べるなど通常はもっての外だ。
エレナ達は戸惑っているが、エックはアデリナお祖母ちゃんとも長い付き合いということもあり、
「そういうことなら遠慮なくいただきまさあ、おい、お前たちも食え、食え。せっかくアデリナ様が勧めて下さってるのに食わないと罰が当たるぞ」
と部下の庭師たちにも勧める。
その様子を見て、エレナ達もおずおずといった様子でキノコを手に取り食べる。
実はいつも俺たちについてきて、一緒に庭園の果物などのご相伴に預かっているピアの遠慮は演技だと俺は知っている。ふっ、こやつめ。すました顔して悪よのう。
まあ、ともかく、焼いたキノコは美味しかった。
朝夕2食のこの世界で、王宮庭園での昼のつまみ食いは元日本人としては止められない。
アデリナお祖母ちゃんは知っていたみたいだが、巻き込んだので今後は後ろ盾になってもらおう。
そう思いアデリナお祖母ちゃんを見ると、コッチを向いてまたニヤッと笑われた。
これはすっかりお見通しの奴ですねそうですね。
アデリナお祖母ちゃんに近づき、お礼を言う。
「ありがとうお祖母ちゃん。今までも知ってて見逃してくれてたんだね」
「子供の頃はお腹が空くもんさね」
「うん、食べても食べても空く」
「体が成長するために体が欲しているんだよ。だからいーっぱい食べて一杯大きくなってもらいたいと願ってる。あたしみたいなトシになると子供の成長はまぶしいんだよ」
「うん」
「でもね、大きくなるためなら誰の物でも取って食べて良い訳じゃない。
人ん家の庭の物、盗って食べたら盗られた家の者はどう思う? 怒るよ。ジョアンが大切に取っておいた物を人に食べられたらどう思う?」
「腹が立つし、悲しくなるよ」
「ジョアンはよくわかってるね。そうだよ。王宮の庭園の物も、王家の物。ジョアンは王の息子だから食べる権利はある。でもね、王に黙って勝手に食べて良い訳ではないんだよ。王の許可を取って、ちゃんと堂々と食べればいいんだ。わかるね?」
「うん、おばあちゃん、大事なことを教えてくれてありがとう」
「今日の夕食の時に、ちゃあんとダニエルに話して、許可を貰うんだよ。わかったね?
お祖母ちゃんも口添えしてあげるから、きちんと自分の口で話すんだよ」
「はい、おばあちゃん。必ず父さんに自分の口で伝えるよ」
アデリナお祖母ちゃんはそう言うと、ジャルランに焼けた栗の皮を剥いて渡し、頭を撫でている。
ジャルランもお祖母ちゃんに頭を撫でられて嬉しそうだ。
アデリナお祖母ちゃんは凄いな。
前世の記憶の俺の婆ちゃんも、孫には優しかった。
でも5歳の俺にこんなにわかりやすく、納得しやすく道理を説明してくれたりすることはなかった。
まあ、何かする時はしっかり根回ししとけっていう当然のことなんだけど。
ケアマネなんて根回しが殆どの仕事だったので嫌という程やってたけど。
当然知ってることを聞いた俺自身が、反発もなくこんなにすんなり聞き入れられることにびっくりだ。
心底俺のことを心配して言ってくれてるのが俺にも伝わるからなんだろうな。
トリッシュのくれた特典「何となく雰囲気で考えを伝える力」なんて要らなかったんや!
気が付くと、
「ジョアン殿下、栗を取り置いておきましたからそれを召し上がって下さい。召し上がられましたら後片付けをして今日は終わりにしましょう」
ドノバン先生がそう言って俺に声をかける。
俺は焼き立ての栗を頬張りピアの淹れてくれた茶を飲み、味わう暇もなく食べ終えると、ドノバン先生のやっていたように水を水滴状に出して火を完全に消した。
「ジョアン殿下、だいぶ上手く魔法を扱えるようになってきましたね。では今日の授業はこれで終了です」
その日の夕食時に、俺は父ダニエルに王宮庭園の成り物を昼の時間に食べて良いかを聞き、アデリナお祖母ちゃんの口添えもあって、王宮に収める分を除いて余った分なら良い、と許可を貰った。
「ジョアン、決して一人占めにしようなどと思うなよ。必ずジャルランも呼び、ジャルランにも与えるのだ。必ず分けて食べるように。
王宮に収める分は庭師頭のエックに伝えておくので食べて良い分はエックに聞くように」
とダニエルパパ上が威厳を出して許可してくれたので、
「ありがとうございます、父上。独り占めなどせず、必ずジャルランと分けること、神に誓って守らせていただきます」と恭しく礼を言った。
その日の夜、ラウラ母さんが俺の部屋に渡ってきてくれて、寝る前の時間を一緒に過ごしてくれた。
ラウラ母さんは本を読んでくれた。
オーエ・ヒートの話だ。
「オーエ様はオーエに住む民のために土で溝を作り、いつでも民が新鮮な水を飲めるようにしてくださったのよ。常に民のことを思う、お優しい方だったのよ」
「私にとっては母上ほど優しい方はいません。私を産んでくださり、こうして育んでくださり、そして一緒に寝て安心させて下さいます」
「ジョアンは甘えん坊ね。よしよし」
そういえば昼間思いついたお願いをしてみよう。
「母上、私は妹が欲しいのです。妹を私にプレゼントして下さい」
「ジョアン、子供はね、神様からの授かり物なのよ。欲しいと思ってすぐ出来るものではないのよ」
「でも私は欲しいのです。妹がいたら楽しいと思うのです。」
「あらあら、困った子ねえ。じゃあお父様に頑張ってもらえるようにお願いしてみるわね。」
「はい、ありがとうございます母上。妹ができるのがとっても楽しみです」
そう言ってラウラ母さんに甘えているうちに、俺はラウラ母さんに抱かれたまま眠りに落ちた。
こうして、5歳の俺のある一日は過ぎて行った。
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