第5話 歴史と地理のお勉強
※アレイエム王国周辺図を7月7日の近況ノートに上げていますので、そちらも参考にして下さい。
https://kakuyomu.jp/users/ketakutonn/news/16816452221426959413
食事が終わったら子供部屋に戻る。
内廷の子供部屋で使っているのは、俺とジャルランの寝室兼勉強部屋が2つと、共有スペースの広間、それと宿直の侍女やメイドの控室となっている。
広間にくっつく形で俺たちの部屋があり、使っていない子供部屋があと4か所ある。
全部で6人の子供が過ごせる作りだが、今のところ俺とジャルの2人だけだ。
そのうち兄弟が増えるとしたら妹が欲しい。
前世でも俺は弟が下に3人だったので、妹を持った経験がない。
今度ラウラ母さんにねだってみようと思っている。
すぐできたらいいなあ、と思うが、こればかりは父の頑張り次第だ。
子供部屋に戻ると今日の朝担当メイドのピアが、俺を着替えさせ、髪を整える。
食事に行く前にも同じことをしているがこれから家庭教師が来るため、それに合わせてだ。
「ピア、いちいちそんな丁寧に着せてくれなくてもいいのに。服を着るくらい自分でできるよ」
「殿下、襟元などご自分では整えられないところもございます。私にお任せください」
何かこそばゆい感じだ。元日本人としては慣れない。
だが彼女らはこういった主人の身の回りの世話をする技術を磨いているので、服を着せてもらっても非常に快適だ。
「何かピアに身の回りの事全部お世話してもらっていると、二度と抜け出せない堕落に引きずりこまれる気がするよ」
「殿下は大袈裟です。服くらいでそんな」
しかし何故貴族だの王族だのの子供は下はタイツに半ズボンなのだろう。
こればかりは本当に慣れない。
準備が整ってしばらくするとコン、コンとノックの音がした。
どうぞ、と声を掛けると家庭教師が入室してきた。
家庭教師ドノバン=アーレント。
家庭教師としての評判は高い。高位貴族家からひっぱりだこだそうだ。
今年から俺の専属ということになっている。
元々はアーレント伯爵家の出だが、3男なので当然家督は継げるはずもなく、修道院に入り学問を修め、貴族家の家庭教師となった。現在は王都アレイエムに居を構えており、通いで教えに来てもらっている。
「ではアーレント先生、殿下をよろしくお願いいたします。折を見てお茶を淹れに参ります。では」
メイドのピアはそう告げると部屋を後にした。
「では殿下、今日も始めてまいりましょうか」
とドノバン先生が今日の授業の始まりを告げる。
「先生、今日はどんなことを教えて下さるのですか?」
ドノバン先生はすべての授業を教えるオールラウンダーだ。
当初はこの国の言語を中心に教えてもらっていた。
ある程度言語をマスターした今は、本当に色々だ。
「そうですね、まずはこの世界の歴史をもう一度おさらいしましょうか」
そう言ってドノバン先生はこの世界、というか前世ならヨーロッパに当たるこのアレイエムを含む地域「ネーレピア」の地理、歴史を語りだした。
「ネーレピアは我が国の西に広がる『偉大な海』と、2つの内海『シマンジュ海』と『デラッシュ海』に挟まれた地域を指します」
前世にあてはめると『偉大な海』が大西洋と太平洋が繋がった海、『シマンジュ海』が地中海、『デラッシュ海』が黒海にあたる。
「ネーレピアの文明はシマンジュ海に面した現在の都市国家連合周辺から始まりました。当初はトリエルも含めた狭い地域で都市国家が覇を争っていました」
前世ならイタリア周辺になる。最もネーレピアのその周辺には半島が突き出してない、残念。
「覇を争う都市国家の中で、オーエという都市国家が力をつけてきました。オーエは元々違う名前の都市国家だったのですが、合議制で政治を運営していました。その中でオーエ教の教祖オーエ・ヒートを政治面でも指導者に迎えた時から躍進が始まったといいます。
オーエ・ヒートが在命中に周辺の都市国家を併呑したオーエは、その後百数十年でネーレピア全域、マル山脈以西のエルドライドの地まで及ぶ大帝国を作り上げました」
エルドライドは前世のアフリカ北部にあたる。
「現在の私たちの言語や文明はほとんどがこのオーエ大帝国のものが元になっています。ただ、オーエ大帝国時代の土木技術などの大半の技術は現在失われています。現在の都市国家連合やトリエルに残る舗装された道路、大規模な建築物は現在は再現することが難しいものばかりです」
まんまローマだ。最初から後の世界宗教指導者に導かれたって感じだ。
「私たちが使っている暦も、オーエ・ヒートが生誕した年を元年として数えています」
今年は1755年らしい。
「広大な領域を版図に収めたオーエ大帝国ですが、政治形態はオーエ・ヒートの死後は建前上は合議制を取りつつも、ほぼ議員の全てをオーエ教の信者が占めるようになり時の教皇が帝国の代表、皇帝を名乗るようになりました。
その後オーエ大帝国の繁栄は続きますが、始祖オーエ・ヒートの時代以降は新たな文明や文化の進歩は止まってしまいます。
そして600年代にエルドライドのマル山脈東部に住む異民族ウッド・ハーがマル山脈以西に侵出を始めます。ウッド・ハーの騎馬を使った機動戦術に、オーエ大帝国の軍は太刀打ちできませんでした。エルドライド全域をオーエ大帝国は失ってしまったのです」
いつの時代も騎馬民族は脅威だ。
「エルドライドの地を失ったオーエ大帝国は、皇帝=教皇の威信が揺らぎ始めます。各地の統治に当たっていた帝国内の実力者が次々と独立していきました。そうしてできた国々がトリエル、スリマルクなどです。
中でもオーエ大帝国にとって痛かったのは、最も広大な版図を統治していたバーナビーの独立でしょう。バーナビーは現在のエイクロイドとアレイエム、イグライドまで及ぶ広大な版図の執政官でした。彼の独立とともに彼に従う諸侯と、北方より雇い入れた傭兵団がバーナビーの傘下に入りました。
オーエ大帝国の影響力は現在の自治都市連合周辺にのみになったのです。
独立したバーナビーは国家名をエイクロイド王国としバーナビー王を名乗りました」
「先生、エイクロイドは確か皇帝が治める帝国だったと記憶していますが、どのような経緯で王国から帝国になったのですか?」
「さすが殿下、いいところに気づきましたね。影響力が低下したオーエ帝国ですが、自治都市連合周辺のみの兵力ではウッド・ハーに太刀打ちできません。ウッド・ハーは造船技術はオーエ帝国に劣っていたのでシマンジュ海を超えて攻められる恐れはありませんでしたが、陸地伝いに攻められる恐れがあったのです。そのためオーエ帝国の皇帝=教皇はネーレピア全土の元オーエ帝国だった国々に防衛と、領土の奪還を要請しました。中でも最大の実力者だったエイクロイド王国の王バーナビーには、皇帝位の禅譲をしてまで協力を依頼したのです」
「先生、それは思い切りましたね」
「そうですね。実際地図で見てみると都市国家オーエと現在のウッド・ハーの国境は100㎞程度しか離れていません。オーエの教皇にしてみれば、ウッド・ハーの大軍のオーエ侵攻には、かなりの危機感を感じていたのでしょう。それ以来皇帝と教皇は分離され、皇帝はバーナビー家が代々受け継いでいます」
「なるほど、理解できました先生。それで防衛と領土の奪還を要請された各国はどのように動いたのですか? あまり自分たちの得になる要請とは思えませんが」
「元盟主、また生活に結び付いた教会の最高指導者の要請ということもあって、各国は領土の奪還『聖戦』に派兵しました。当初は奪われた領土奪還を目指していましたが、徐々に出兵理由が変化していきます。それはエルドライドへの出兵による文化交流です。捕虜になったり捕虜にしたり、奪ったり奪われたり、大量の血が流れましたが、その中で徐々に文化的な交流が進み、各国は出兵した遠征軍が持ち帰るウッド・ハーの文物を目当てにするようになりました。
最初のエルドライド奪還要請が700年代中期にあり、それ以降『聖戦』は断続的に1200年代まで続きました」
「エルドライドへの出兵は結局なぜ終了したのでしょう?」
「一つはオーエ帝国への求心力が低下したことですね。各国とも独立してそれなりの年月が経過し、宗教としてのオーエ教は生活や権威付けに必要でしたが、自分たちの盟主としてのオーエ帝国はもう必要としなくなったことが挙げられます。
オーエ帝国側も、国家としてのオーエ帝国は徐々に解体に向かい、過去の都市国家それぞれが独自の自治活動をする自治都市国家連合の盟主、という位置に落ち着きました。
オーエは教皇のおわす都市国家として現在まで続いていますが、教皇はいま現在も各地のオーエ教の最高指導者です。たとえオーエ教が分裂してもですね。
もう一つの理由はウッド・ハーが領土拡大の野心を見せなかったことです。
オーエの教皇はウッド・ハーの侵攻に怯えていましたが、ウッド・ハー側はこれ以上北部への侵攻は考えていなかったようで、エルドライド奪還の『聖戦』終了後もウッド・ハー帝国とネーレピアの境界にあたる国トキアとサバルには侵攻されていません」
「なるほど。先生、ところで我がアレイエムの話を早く聞きたいなと思うのですが」
「我がアレイエム王国の成立についてはもうすぐですからね。
『聖戦』終了後、またしばらく文化的にも文明的にも停滞、多少の退化もありました。次にネーレピアを動かしたのは東北方面から侵入してきたハーン帝国でした。
彼らはやはり騎射技術に優れ、あっという間にデラッシュ海周辺の国々を征服していきました。マル山脈付近ではウッド・ハー帝国とも交戦していたようです。これらの侵攻は1400年代中盤に起こりました。
これをネーレピア西部諸国、というかエイクロイド帝国と北方4か国ですね。これらの国々はハーン帝国の侵入をカタ山脈、マル山脈の山岳地帯で防ぎました。
このハーン帝国との戦役は数年続きましたが、その間にエイクロイド帝国は出征する諸侯や北方からの傭兵団に領地を与え、各部隊が領地から上がる収益で出兵する体制を取りました。
そうしないと何分巨大な版図を持ったエイクロイド帝国ですから、兵と物資の集積と移動に大変手間がかかってしまうからです。
この体制に移行したことで長きにわたるハーン戦役を乗り切り、エイクロイド帝国はハーン帝国から領土を守り切ることができました。
ただし、この体制は領地を持った諸侯や傭兵団に力を与え、蓄えさせることにもなりました。
そしてハーン戦役終了後、1500年代に各地で力をつけた諸侯や傭兵団の独立祭りとなり、エイクロイド帝国は現在の版図となったのです。
我がアレイエム王国は、その時傭兵部隊の大隊長だったニールセン家を中心に、現在のアレイエム、テルプ等の諸侯や傭兵が独立、連合して建国した国家なのです」
「やっと我が国の建国まで来ましたね。嬉しく思います」
「そうですね。私も嬉しく思います。このような経緯で建国された我がアレイエム王国ですが、建国の経緯からして諸侯の連合に担がれた王家、という性格が非常に強く、各諸侯の独立性も強いものがあります。そのため内乱続きでなかなか国内が安定しないという事情があり、現在もそれは解決しておりません。テルプ独立騒乱以来辛うじて内乱は起こっておりませが、不穏の種はそこかしこに潜んでいます。
そんな中で曲がりなりにも国内を安定させている殿下の御父上、ダニエル国王陛下の手腕は歴代王の中でも優秀と言っていいのではないでしょうか」
なるほどね、プリンスパパ上、やりますな。今度肩でも揉んで差し上げよう。
「現在の我がアレイエムは、周辺を東から時計回りに言いますと、テルプ、アールマンス、スリマルク、トリエル、エイクロイド、ハラスの6か国に囲まれております。中立を宣言し、優秀な傭兵の派遣元となっているスリマルクと、イザベル正妃陛下のご実家、ハラスを除く周辺諸国の動向が定かではない昨今、国内の安定は必須です」
要は地形や経緯は多少違うが、おおよそは前世のヨーロッパと同じような経緯を辿って、同じような現在に辿り着いてるってことだな。
いやしかし、これだけの話を聞いても疲れないし、しっかり頭に入ってくる。この体は相当優秀だ。
トリッシュが言ってた「同種族の中でも強靭で優れた体」てのはこれのことかな。
しかしこの歴史聞くたびに思うけど、オーエ帝国の始祖オーエ・ヒートは転生者なんじゃないかなって思う。
今更1700年も前の話だから確かめようもないけど。
ネーレピア、エルドライド一帯を制圧する大帝国を築いた、って転生者だったとしても相当優秀だ。
楽しかったんだろうなあ。
あまり羨ましいとは思わないけど。
俺が目指すのはもっとスローライフでいいのだ。
などと考えているとコン、コンとノックの音がしてメイドのピアがワゴンにティーポットとカップを載せて入室してきた。
「ドノバン先生、休憩がてら庭園に行きませんか? そのあとは魔法の練習ということで」
俺の提案にドノバン先生はニコッと笑い
「殿下もそうお考えでしたか。私もそろそろそのようにしようと考えておりました」
と返答された。
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