Ⅷ幕 根源悪ノ牧場
-せんせいと看守が眠るハックを連れてくる
せんせい 「ふう。ありがとう。手伝ってくれて。あなたには迷惑をかけないように
するから」
看 守 「…」
-一礼して部屋を出ていく看守。
ハックを一瞥してせんせいも部屋を出る。
ハックの虚構意識。ネズミとコウモリの少女が出てくる。
ネズ&コウ 『ハック!』
-ハックに駆け寄る二人。
しばらくして目を覚ますハック。
ハック 「う、ううん…」
ネズミ 「ハック!良かった。無事で」
ハック 「ああ。二人とも」
コウモリ 「今回は早かったのね。一日しかたってないのに」
ハック 「一日?」
ネズミ 「そうよ。良かったわね」
-そこにソルトが現れる。
ソルト 「それはどうかしらね」
ネズ&コウ『キャア~!』
ハック 「お前確か、あの女の子と一緒にいた」
ソルト 「昨日は悪かったわね」
ネズミ 「そうよ!あなたのせいでハックが捕まっちゃったのよ!」
コウモリ 「何なのよあんたは?あの二人組の仲間?」
ソルト 「別に何でもいいでしょ。それより相談なんだけど」
ハック 「相談?」
ソルト 「ええ。聞くところによるとあんた。ここから出たいそうね」
ハック 「それがどうした?」
ソルト 「あんたが、あたしの頼みを聞いてくれたら、それの手助けをしてあげる
わよ」
ハック 「何?」
ネズミ 「ちょっと。一体どういうことよ?」
ソルト 「どうもこうもそのままの意味よ」
コウモリ 「そんなこと言って、私たちを騙そうとしてんじゃないの?」
ソルト 「どう思うかは、あんたらの自由よ。あたしとしては、昨日のお詫びをし
たいってだけだけどね」
ネズミ 「どうするの?ハック?」
ハック 「…分かった。頼みって何だ?」
コウモリ 「ちょっとハック!大丈夫なの?」
ハック 「大丈夫だ。何となくだけどな」
ソルト 「分かってもらえて嬉しいわ。じゃあ、あたしに付いてきて」
-部屋を出ていくソルト。
ハック 「二人とも。ちょっと待っててくれ」
ネズミ 「必ず帰ってきてよ」
コウモリ 「約束だからね」
ハック 「俺を信じろって」
-部屋を出ていくハック。
ネズミとコウモリも姿を消す。
収容所のあちこちで破壊と怒号が起こる。
所長が入ってくる。
所 長 「何だこの騒ぎは?一体何が起きたんだ?!」
-大音量の音楽と共にせんせいが入ってくる。
せんせい 「所長!大変です。暴動が起きました!」
所 長 「ただでさえ騒がしい時にそれはやめてもらえますか!」
せんせい 「ああ。すいません」
-ラジカセを止めるせんせい。
せんせい 「暴動が起きました。収容者の大半が参加して、施設内を破壊していま
す。所長も早く避難したらどうですか?」
所 長 「避難?暴動と聞いて、ここの責任者である私が逃げ出す訳にはいきませ
んな。それに、私には政府に直通する番号がある。そこにかければ、すぐ
に軍の部隊を派遣してくれる手筈になっている。家畜が何人束になろうと
無駄なことだ」
せんせい 「なるほど。それなら安心ですね。ちなみに所長」
所 長 「何ですか?」
せんせい 「健康診断には行きましたか?」
所 長 「こんな時に何を下らないことを。それに行ったでしょう。私にそんなも
のを受けている暇など…う…」
-突然苦しみ出す所長。
せんせい 「あらあら。頃合いは見計らってたけど、まさかここでなってくれるなん
て」
所 長 「ど、どういうことだ?」
せんせい 「だから何度も言ったじゃないですか。ちゃんと健康診断を受けて下さい
って。まぁ、診断結果を伏せてた私が言える立場じゃありませんけどね」
所 長 「何?なぜそんなことを?」
せんせい 「今回の暴動の首謀者が私だからですよ」
所 長 「なんだと!」
-銃を抜き取り、せんせいに向ける所長。
所 長 「貴様!一体なぜこんなことを?」
せんせい 「…帝都第七収容所」
所 長 「何?」
せんせい 「知らないわけないでしょう。あなたが看守として働いていた収容所です
ものね。そこであなたは、精神に障害を持った子供を一人、虐待し死に追
いやった」
所 長 「…貴様。なぜそれを知っている?」
せんせい 「私の息子よ!!」
所 長 「先生の、息子?…そうですか先生。敵討ちのつもりですか?」
せんせい 「そんなこと。私にする権利なんてないわ。全ての発端は、あの子を手放
した私にあるんだから…」
所 長 「…ふふふ、その通りですよ先生。全ての責任はあなたにあって私にある
訳ではない。実の息子を平気で収容所に放り込むような女なんて、母親失
格だ。そんな人間に責められる覚えはありませんな。それに、あなたはい
ずれはご自身の手で、息子さんを殺してしまってたんじゃないんですか?
だったら、私が代わりにやったまでのこと。感謝されることはあっても、
恨まれる覚えはない!」
せんせい 「ええ!その通りよ!これは、私の醜い復讐心を満足させるための、ただ
それだけの行為でしかないわ。当初は、暴動を起こして、あなたが手に入
れた全てを奪った後に殺してやろうと思ったけど、それはやめたわ。あな
たには、じきにもっとふさわしい罰が下ることが分かったから」
所 長 「罰?」
せんせい 「所長。あなたはさんきゅうと同じ病気にかかっていたのですよ。なの
で、彼と同じ後遺症による障害があなたを苦しめることになるでしょう
ね。あなたが、家畜以下と蔑んでいた者に、あなたもなるんですよ」
所 長 「…私が、家畜以下に?………ふふふ。せんせい。そういえばあなたも、
あの秘書と似た質問をしてきたことがありましたね。もし、自分も障害者
の側に立つことになったらどうするつもりなのか?私が何て答えたか。覚
えていますか?」
せんせい 「さぁ、覚えてませんね」
所 長 「ならば今、実際にお見せしましょう。答えはこれです!」
-所長。自分の頭を撃ち抜き絶命。
せんせい 「…最後の最後まで、勝手な男ね」
-その場を去るせんせい。
入れ替わりに、ソルトとジョナが現れる。
ジョナ 「何だ。お前も覗いてたのか」
ソルト 「ええ、まぁね」
ジョナ 「…」
ソルト 「…ねぇ」
ジョナ 「何だ?」
ソルト 「あんたは、今回のこと。どう思ってるの?」
ジョナ 「どういう意味だよ?」
ソルト 「あたしたちがここまで人間に関わるなんて初めてのことなんでしょ?」
ジョナ 「確かに初めてのことだって聞いてるな」
ソルト 「正しいことだと思う?」
ジョナ 「…さぁな。言われたからやってるだけさ」
ソルト 「あの子と仲良くするのも言われたから?」
ジョナ 「弐っちゃんか?どうだかね。話してて楽しいってのは確かかな」
ソルト 「…確かに、人間はまだいろいろと間違いだらけよ。殺しあったり、人間
同士で差を付けて、どれが人間として正しいか正しくないかを決めつけ合
ったり、上から眺めてて確かにウンザリするけど、だからってあたし達が
口出しすることが、果たしていい方向に行くのかしらね」
ジョナ 「さぁな。まぁ、こういったことはこれっきりにしてほしいもんだな」
ソルト 「ならないわね」
ジョナ 「え?」
ソルト 「これは、単なるはじまりよ。最初で最後になる訳ないわ」
ジョナ 「根拠は?」
ソルト 「人間の一番人間らしい面を間近で見ることになったわ。地上に興味を持
つ奴が出てくるでしょうね」
ジョナ 「それじゃ人間だな」
ソルト 「あたしたちも人間じゃないってだけで、限りなく人間に近い存在よ。じ
ゃあ、後はよろしく」
ジョナ 「ああ」
-ソルトと入れ違い、ハックが駆け込んでくる
ハック 「あれ?おい、あの女はどこだ?」
ジョナ 「…」
ハック 「おい!何とか言ったらどうだ?」
ジョナ 「ハック。そろそろ終わりにしようぜ」
ハック 「は?何の話だ?」
ジョナ 「過去にしがみついた生き方さ」
ハック 「何のことを言ってるんだ?」
ジョナ 「こっちも頼まれた身なんでね。嫌でも最後まで見てもらう。そして、思
い出してもらうぜ」
-ジョナゴールドの能力が発動し、ハックルベリーの過去が映し出される。
ハックルベリーの過去。
追われる身となったハックルべリーをフレンドが匿っている。
ハック 「 悪いな。匿ってもらって」
フレンド 「何だよ、今更」
ハック 「この埋め合わせは必ずするぜ」
フレンド 「気にすんなって」
ハック 「にしてもあいつら、あんな本一冊で大騒ぎしやがって。なにが国家に対
する冒涜だよ、俺は本当のことしか書いてないってのに」
フレンド 「苦労してるな」
ハック 「ホントだぜ」
フレンド 「けど・・・安心しろよ。もうすぐ、そんな苦労をしなくて済むようにな
る」
-外から警察のサイレンの音が聞こえてくる。
ハック 「おい!一体どういう事だ!?」
フレンド 「見ての通りさ。社会に貢献してるんだよ」
ハック 「おまえ、自分が何言ってるか分かってんのか?!社会に貢献だと?いつ
からそんな馬鹿な事をするようになったんだ!」
フレンド 「…残念だけどな。今の世の中からすれば、馬鹿な事をしてるのはお前の
方なんだよ。…許してくれ」
-ハックの前から立ち去るフレンド。
ハック 「…チキショ~~~!」
-過去の投影が終わり、領域の中。
自我を取り戻したハックルベリーと、スパイス・バジル・ペッパー・ジョナゴールドがいる。
スパイス 「お疲れ様でした。ジョナゴールドさん」
ペッパー 「人間の過去を映し出すなんて、すごい能力持ってんだな。こんなに早く
済ませちまうなんて」
スパイス 「ジョナゴールドに、リアルソルト。私達と同じ役目を持った人たちで
す」
ペッパー 「で、二人が選んだのが、弐っちゃんな訳だ。あの二人の女の子が見えた
のも、二人がいたからだったんだな」
ジョナ 「まぁ、そういうことだ。さて、これで手伝いは終わりだ。本来の役目が
残ってるからな」
スパイス 「彼女の方にも、私からお礼があったとお伝えください」
ジョナ 「一応伝えるが、元々こっちのヘマが原因だ。あんまり気にするな。じゃ
あな」
-立ち去るジョナ。
スパイス 「…さて、やっとお話ができますね。ハックルベリーさん」
ハック 「…ここは?あんたらは一体何者なんだ」
スパイス 「一言で表すのは難しいですが、あなた方とは別の世界から来た者です」
ハック 「…目的は何だ?なぜ俺に、あれを思い出させたんだ?」
バジル 「我々の役目のため」
ハック 「役目?」
ペッパー 「俺たちは、アーゼンノアを探しに来たんだ」
ハック 「何だそれは?聞いたことないぞ」
スパイス 「世界の真実を知る資格を持った人間のことです。この世界は今、今まで
に無いほどの歪みが生じています。ねじ曲がった正義と、正当化された悪
が入り乱れ、絶対的な価値は失われ、相対的、曖昧な存在価値が溢れかえ
っている。このままではいずれ、ひとつ間違えれば、この世界からは、完
全に正しい心が失われることでしょう。その最悪の結末を逃れるために、
私達はアーゼンノアを捜しもとめているのです」
ハック 「それに、俺が選ばれたっていうのか?」
スパイス 「そうです」
ハック 「冗談言うな。現実から逃げ出したこんな俺に、そんな資格があるはず無
いだろ」
スパイス 「しかし、あなたはそれすら補うほどの力を持っている」
ハック 「何だよそれ?」
スパイス 「自由を生きる力です」
ハック 「自由を、生きる?」
バジル 「何物にも縛られない自由」
ペッパー 「何物にも押さえつけられない自由」
スパイス 「そして、命の保証など存在しない自由」
バジル 「社会に住まう人間が最も生存出来ない囲いの向こう側の世界」
ペッパー 「常に命が危険にさらされ、生に対する純粋な渇望を抱く世界」
スパイス 「純粋な生物としての人間の姿が形成される世界。あなたは、そこで生き
ることが出来る。それだけで、あなたには立派な資格があります」
ハック 「だがそれは、ただ旅をしていただけのことだ」
スパイス 「もう一つありますよ。これです」
ハック 「さんきゅうが持ってた本か。それがどうした?」
スパイス 「あなたはご存じないのも無理ありませんね。これは、一見ただのファン
タジー小説に見えますが、これは、あなたが書いた本に共感したある作家
が、国の審査の目を欺けるように、あなたの伝えたかったことを内容に含
ませた作品です」
ハック 「俺の本を?」
スパイス 「そうです。今の社会を否定し、それを全ての人に訴えるために作ったあ
なたの武器。本のタイトルは、『根源悪の牧場』。あなたは、その本の中
で、人間とは何と書いたか。覚えていますか?」
ハック 「人間とは…」
バジル 「人間とは?」
ペッパー 「人間とは?」
スパイス 「人間とは?」
ハック 「…自ら、家畜になった生物」
-本を開くスパイス。文を朗読する。
スパイス 「いつからか、人間は自分達を柵で覆うようになっていた。命の保証と同
時に、それは命への執着を薄弱化させる結果を生んだ」
バジル 「いつしか、人間は自分を管理してくれる牧場主をつくるようになった」
ペッパー 「その牧場主も、自分を管理してくれる牧場主をつくり」
スパイス 「全ての頂点に位置する牧場主も群れの中から祀り上げられた」
ハック 「元家畜。やがて、その牧場には黒い欲望が渦巻き始め、新たに生まれた
者の根本には無機質な悪意と欲望が宿り始めていた」
スパイス 「私たちは、あなたを我々の世界に迎えるために、この地上にやってきま
した。しかし、それを決めるのは、ハックルベリーさん。あくまでもあな
た自身です」
ハック 「………俺は…、俺は」
-暗転する舞台。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます