Ⅴ章 現在構築ノ記憶

-照明明転。

 懲罰房を覗いているバジルとペッパー。


バジル  「どうだ?」

ペッパー 「何かブツブツ喋ってるけど、何言ってるんだろ」

バジル  「相変わらずか」

ペッパー 「戻る?」

バジル  「そうだな」


-持ち場へと戻る二人。

 夢の中のハックルベリー。フレンドに旅の話をしている。


フレンド 「で、今度はどこ行ってきたんだ?」

ハック  「北の方だ」

フレンド 「何で北に行ったんだ?」

ハック  「暑かったから、涼しい方に行きたくなっただけさ」

フレンド 「単純だねぇ」

ハック  「良いじゃないか。深く考えたって意味の無いことだ。それに、考え事は

     俺には向かない。だからお前みたいな立派な社会人にもなれなかった訳だ

     し」

フレンド 「別に立派ってほどでもねえよ。それで?」

ハック  「それでな、そこで食った料理がすごくうまくてな。お前にも食わせてや

     ろうと思ったんだが、うっかり帰る途中に俺が食っちまった」

フレンド 「何だよ。また土産無しかよ」

ハック  「すまんすまん。まあ、またそこに行くことがあったら必ずお前の分を持

     って帰ってきてやるよ」

フレンド 「ほんとかよ」

ハック  「俺を信じろって」

フレンド 「はいはい」

ハック  「じゃあ、そろそろ行くぜ。今度は南にでも行って来るわ」

フレンド 「ああ。いってらっしゃい」


-違う方向へ行く二人。

 看守・弐っちゃん・リアルソルト・ジョナゴールドが廊下を歩いている。


弐っちゃん「ねぇねぇ。そういえば名前聞いてなかったと思うんだけど、何ていう

     の?」


-困り顔の看守。そのまま行ってしまう。


弐っちゃん「ああ、待ってよ」


-後を追う弐っちゃん。

 応接室にて待つスパイス。そこにさんきゅうが入ってくる。


さんきゅう「どうも」

スパイス 「すいません。わざわざ呼び出したりして。今日呼んだのは、ちょっとあ

     なたに聞きたいことがあって」

さんきゅう「僕にですか?」

スパイス 「ええ、この収…施設の中で、いい意味で浮いているあなたにね」

さんきゅう「浮いている?」

スパイス 「この施設に住む人々を見てきた中で、…こういう言い方はあなたは嫌う

     と思うんだけど、あなたが一番人間らしいの」

さんきゅう「…」

スパイス 「ごめんなさい、こんな言い方で。でも、所長や看守のまるで不良品を扱

     うようなやり方に反発していたのは、あなたしかいなかった。他の人は、

     心のどこかでそういう扱いをされる自分を受け入れてしまっている様に見

     えるの。良かったら教えてほしいの。一体何が今のあなたをそうさせてい

     るのか。それは、あなたや他の人々もれっきとした人間だと私は思ってま

     すよ。でも、この環境の中、それを保たせるには相当な何かが必要なはず

     だと思って…」

さんきゅう「…」

スパイス 「ごめんなさい。やっぱりこんな事聞くべきでは無かったですね」

さんきゅう「親友です」

スパイス 「え?」

さんきゅう「今の僕があるのは、僕の親友のおかげです」

スパイス 「親友?」

さんきゅう「その親友に出会ったのは、小学生の時でした。そいつは、生まれた時か

     ら重度の障害を持っていました。骨格や筋肉に異常があったらしくて、立

     つこともままならず、何とかペンが握れるような状態でした。でも、僕に

     してみればそんなことはどうでも良かったんです」

スパイス 「どうでもいい?」

さんきゅう「ええ。車椅子に座った珍しい奴がいるという理由もありましたが。喋る

     ことはできるのだから話はできるし、指が動くのならゲームも出来る。外

     に出たくなったら車椅子を押してやればいい。僕と彼は普通の友達だった

     んです。違いなんて、車椅子に乗ってると乗っていない、それぐらいだっ

     たんです」

スパイス 「その友達は、今は?」

さんきゅう「…もういません。成人式を迎えた一月後に…」

スパイス 「…そうなの」

さんきゅう「ええ。でも医者からは、二十歳まで生きられないと言われていたそうな

     んです。一緒に成人式を迎えられて嬉しかったです。おまけに、…あまり

     喜びたくはないですが、今の社会に遭遇せずに済んだ」

スパイス 「その親友の存在が、今のあなたにつながっているの?」

さんきゅう「はい。3年前、僕はこの施設に入ることになりました。絶望も感じまし

     たが、心のどこかで嬉しくも思っていました」

スパイス 「嬉しい?」

さんきゅう「少しだけ、あいつの気持ちがわかった気がして。そりゃあ、僕だって人

     間として観られない自分を受け入れてしまいそうにもなりますよ。でも、

     そうなる度にあいつの事を思い浮かべて、自分に言い聞かせるんです」

スパイス 「何てですか?」

さんきゅう「そんな自分を受け入れることは、親友であるあいつも人間ではないと認

     めてしまうことになると。だからあいつのためにも、車椅子以外自分と何

     も変わらないと思った自分自身のためにも、それを受け入れる訳にはいか

     ないんです」

スパイス 「そうだったんですか」

さんきゅう「…すいません。長々と話してしまって」

スパイス 「とんでもありません。話を聞かせてくれて感謝しています」

さんきゅう「こちらこそ、聞いてもらえて嬉しかったです。じゃあ、そろそろ戻りま

     すね」

スパイス 「はい、ではまた」


-部屋を出て行くさんきゅう。

 バジルとペッパーが入ってくる。領域を展開するスパイス。


バジル  「姉さん。なんで彼と話をしようなんて思ったんですか?」

ペッパー 「もしかして、あいつを?」

スパイス 「いえ、あの人の人間性に興味がわいただけで、そんなつもりはないわ

     よ」

ペッパー 「な~~んだ」

スパイス 「ぼやかないの。ところで、彼に何か変化はあった?」

ペッパー 「別に何にも」

バジル  「懲罰房の中で、ぶつぶつと独り言を言ってますよ」

スパイス 「独り言?」

ペッパー 「あ。そういえばさっき行ったら、途中であのせんせい見かけたよな」

バジル  「そうだったな」

ペッパー 「あそこ今は使われてない区画だよな。あんなとこで一体何してたんだろ

     うな?」

バジル  「所長に隠れてダンスの練習でもしてんじゃないか」

ペッパー 「ああ。ありえるかも。スパ姉はどう思う?」

スパイス 「…」

バジル  「姉さん?」

ペッパー 「スパ姉?」

スパイス 「彼はいつもどんな事を喋ってるの?」

バジル  「え?」

スパイス 「独り言よ」

バジル  「ああ。え~と…」

ペッパー 「よく聞こえないんすよ。あそこの扉分厚いから」

スパイス 「彼が懲罰房から出されるまであと五日。それまでに何としても聞き取っ

     てくれない」

ペッパー 「別に出された後でもいいじゃん」

スパイス 「それじゃダメなの。あの二人の少女がいない時の事が聞きたいのよ」

バジル  「分かりました。何とかやってみます」

ペッパー 「でもどうすんのさ」

バジル  「医務室から聴診器でも持ち出すさ」

スパイス 「じゃあ、頼んだわね」


-領域を解くスパイス。

 三人はそれぞれの場所へ。

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