終章 自由ヲ、モトメテ
収容所内の植物園。
さんきゅうと弐っちゃんがいる。
「静かになったね。まだ出ちゃだめなのかな?」
「せんせいが戻って来るまではいた方がいいかな」
二人の間にもしばし沈黙が続く。
その様子を離れたところから、ソルトとジョナが見ていた。
「やっぱりあいつだったみたいね」
「察しは付いてたが、本当に必要なのか?」
「必要か大切かは、あの子自身も分かってないわ。でも、あいつの返答次第で、あの子の"せかい"は完成するわね」
「安全の屋根で覆われた"せかい"か」
「ええ。欠落による安心と幸福で満ち足りた"せかい"よ」
「俺たちにもそこに行く権利はあるのか?」
「ええ。あんたはどうする?」
「考え中だ。お前は?」
「同じくよ。意見が合ったら、またつるまない?」
「それもいいな」
その場を離れる二人。
「…ねぇ、さんきゅうさん」
「うん?どうしたの?」
「わたしと、別の"せかい"に行かない?」
「え…」
戸惑うさんきゅうをよそに、弐っちゃんは話始めた。
「わたし、ずっと匣の中にいたの。出る時は、お医者さんに会いに行く時だけ。お父さんとお母さんはいつも優しくて笑顔をみせてくれるんだけど、実は笑ってないの分かったんだ。それに、しばらくすると、お父さんもお母さんも、顔や声が変わっちゃってるの」
「…どうしてそんなことに?」
ようやくさんきゅうが聞き返した。
「夢の話をしたからかも…」
「夢?」
「何にもない世界を歩く夢。空には、大きな樹が浮かんでて、とてもきれいで、そこで女の子と友達になったの?」
「樹?それに、女の子って?」
「もしかしたら男の子だったかも。でも、とても仲良くなれたんだ。そういえば、それからかな。わたしが"せかい"を創り始めたのって」
「前話してくれた、たくさんの屋根がある"せかい"?」
「うん。それ」
「そこに、行けるの?」
「うん!行けるって。友達の二人が」
「…」
沈黙してしまうさんきゅう。
「ダメ、かな?」
「…実はさ。僕も似たような夢を見たんだ」
「え?」
「医務室で休んでた時、終わりを迎えた世界みたいな場所に立ってて、空にはとても巨大な樹が浮いててさ」
「同じ」
「そこで、女の子に出会ったんだ」
「さんきゅうさんも?やっぱり女の子だったんだ」
「でも、僕が会ったその子は…」
弐っちゃんの方を向いてー
「君だった気がするんだ」
「わたしが?」
「うん。間違いない。君だったよ。…それが理由って訳じゃないけど、君の"せかい"。僕も行ってみたいな」
「ほんと?…ありがとう」
「でも、実際はどうやって行くの?それに僕も君も、まずはこの匣から出なくちゃね」
「それなら大丈夫。友達が手伝ってくれるから」
「友達?もしかしてそれって…」
近づいてきたソルトとジョナの方を向くさんきゅう。
「あら見えるようになったのね」
「なら、お前もダチだな」
そして、ふたりの姿は
~
「あんたたちの話を信じるよ」
「では…」
「だが、案内はいい。野暮用ができたんでな。この匣からも、あんたが言ってた場所にも、自力で行ってやるさ」
「野暮用とは?」
「探し物だ。この世界からの餞別として欲しいものがある」
「それは?」
「本さ。題名は、根源悪の牧場」
「なるほど。でも見つかるでしょうか?わたしたちも無理でしたのに」
「俺ならできるかもしれないだろ?」
「そうかもしれませんね。それでは…」
~
暴動から数日。
せんせいと看守に連れられ、ハックが自室へと戻される。意識は判然としてない様子。
「これでよし。あなたもお疲れ様」
「…」
「ほら、こういう時はお疲れ様でしょ?」
「え?」
「もうあの人はいないんだから、肩の力抜くようにしなさい。良かったら明日、一緒にお昼でもどう?」
「あ、はい是非。お疲れ様でした」
部屋を出る看守。
「…聞こえてるんでしょ?そのままでいいわ。まず、ごめんなさいね。私の身勝手に巻き込んでしまって」
反応のないハックに、構わず続ける。
「騒動の事だけど、ここの人たちは、とりあえず刑罰には処されずに済みそうなの。中央の御偉方にとっても、ここのやり方は目に余るものがあったみたいね。所長の自殺体が見つかったこともあって、責任を彼に被せて終わらせる腹積もりね」
「…」
「それと、さんきゅうと弐っちゃんなんだけど、見つからないの。あの暴動の日から、忽然と姿を消してしまってね。心配ではあるんだけど、なぜかあのふたりなら大丈夫。そんな気がするのよね」
ハックの口元に、かすかに笑みを浮かぶが、せんせいは気づかなかった。
「じゃあ、そろそろ戻るわね。まだ施設の立て直しで忙しくてね。職員もその対応に追われてるの」
ハックの横に収容所の鍵を置くせんせい。
「あと、これ良かったら。お詫びの品よ」
と、愛用のラジオもそこに置き、部屋を出ていった。
部屋に一人となったハック。
そこに、ネズミとコウモリが現れる。
ハックを起こそうとした二人は傍らにあるラジオに気づき、スイッチを入れる。
ラジオから音楽が流れ出し、ハックが目覚めた。
再会を喜ぶ三人。
鍵があることにも気づいた彼は、自らの手で部屋の扉を開ける。
彼らを遮るものはなく、遂に彼らはその
その後の彼らの行方を知る者はいない。
~
しばらくして-
倭国が引き起こす戦乱が沈静化していき、ひさかたぶりの平穏が戻り始めた頃、世界各地に謎の巨大生物が突如発生し始める。
さらにその後ー
倭国のさらに南端。世界の末端にある取るに足らない筈の島に、何物をも拒む、巨大な壁のごとき要塞が聳え立つ。
その所属も、正体も謎の要塞の解明を求め、世界中からその要塞の攻略を狙う者たちが、世界の末端へと集うことになるのだが-
それもこれもまた、別の物語である。
終
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