伍章 今ニ至ル歴史

 隔離室の中。

 閉じ込められるハックは、過去の記憶に思いを馳せていた。

 世界を気ままに旅していた彼には、倭国に一人の友人フレンドがいた。

「今回はいつも以上に長かったな」

 フレンドは、ハックとは対照的な印象を放つスーツ姿の男だった。

「ああ。気付いた時には世界の半分は巡っていたな」

「なのに土産はひとつも無しか?」

「土産話が山ほどある。それをゆっくり話そうと思ったんだがな…」

「驚いたか」

「ここは本当に俺たちの故郷か?」

 長旅から帰った彼が見たのは、戦争という最悪の手段を取った倭国の姿だった。

「ずっとここにいる俺にとってはな。お前は違うか?」

「大違いだ。俺はこんなこと認められそうにない」

「どうするんだ?こんなとこ見限って出てくか?」

「…いや。一発ぐらい文句言ってやらなきゃ気が済まねえよ」

「やばいことはするなよ」

「大丈夫さ。俺を信じろ…」

 その様子を、隔離室の外から聞き耳を立て、伺っているバジルとペッパーがいた。

「ずっと話してるな」

「話し方からして、相手はあの子たちネズミとコウモリじゃなさそうだな」

「やっぱりあの二匹がになるんだな。内容からして、ここに捕まる前の頃の記憶みたいだ」

「友達か何かかな?」

「だとしたら、ここにも面会か何かで来ているかもな」

「記録みてみる?それぐらいなら俺たちでも覗けるし」

 と、ペッパーが提案する。

「そうだな。手がかりは多い方がいい」

 その場を離れる二人。

 場面は切り替わり、収容所の作業棟の外。

 人目を避けた場所で、さんきゅうとスパイスが話をしている。

「親友がいたんですよ」

「親友?」

「そいつは生まれつき、体をうまく動かすことができなくて。出会った頃は何とか歩けてたんですけど、それもできなくなっていきました」

「何かの障害?」

「よくは知らないんです。僕にとっては身体を動かすのが少し苦手な奴ってだけだったんで」

「その親友は?」

「…一緒に成人式出たすぐ後に」

「そうだったの…」

「でも、医者からはそこまで生きられないって言われてましたから。すごい奴でした。だから、あいつを否定するようなことを、僕はしたくない」

「それが、がいる理由なのね」

「すいません。こんな話でよろしかったんですか?」

「充分よ。おかげで納得できたわ。でも親友のためとはいえ、言動には気をつけてね。あの所長は。わたしから見ても危険だわ」

「ありがとうございます。そろそろ戻りますね」

 作業棟へと戻るさんきゅう。

 その頃、弐っちゃんと看守も別の場所で話をしていた。

 そこは現在閉鎖中の、収容所内でもっとも静かな場所だった。

「私、ここが嫌い」

「うん。静かすぎるし、何か出そうだもんね」

「ああ、じゃなくて。この収容所全部が嫌いなの」

「そうなんだ」

「ここだけじゃない。戦争しか考えてないこの国も嫌い。でも、結局何もできてない自分が一番嫌いなんだ」

「何もじゃないよ」

「え?」

「さんきゅうさんの本。君のおかげで持ってられてるんでしょ」

「検閲の時に許可を出したってだけよ」

「でも、さんきゅうさん喜んでるよ。あとあたしも」

「何で?」

「時々読んでもらってるの。世界を旅する冒険者のお話。とってもおもしろいよ。だからありがとう」

「…どういたしまして」

「あら?そこに誰かいるの?」

 通路の陰からせんせいが出てきた。

「あら?二人しておサボり」

「も、申し訳ありません!」

 慌てて姿勢を正す看守。

「ちょっとちょっと。所長じゃないんだから。ほら、今戻れば大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます」

「またね」

 看守が急いで本棟へと戻っていった。

「せんせいもおサボり?」

「私はちょっと違うかな」

「じゃあ、お仕事?」

「役目って言った方がいいかしらね。でももう済んだわ。私たちも戻りましょ」

「うん」

 二人も本棟へと戻っていった。

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