弐章 参ト弐

 時間と場所は移り、収容所内の庭園。

 作業が始まる前に立ち寄ったさんきゅうは、そこに見知らぬ女の子がいる事に気づき、声をかける。

「あの、君…」

「あ、こんにちは」

「え?」

 その子は、さんきゅうに気づくと挨拶をしてきた。着ているのは収容者の制服だが、かなりくたびれており、胸には"弐"の番号がある。

「まずはあいさつだよ。…どうしたの?」

「いや…」

「おはよう?」

「夕方だよ」

「おやすみ?」

「寝るのはまだ早いって。こんにちはで大丈夫だから」

「じゃあ、こんにちは」

「こんにちは。ところで君は?」

「あたし。今日ここに来たの」

「そうだったんだ。よろしく。僕は…」

「え?」

「あたし漢字読めるの。さんきゅうさんでしょ?」

 さんきゅうの制服を指す女の子。

「いや、これは名前じゃなくて…」

「あたしは、弐」

「弐?」

「ほら。ここに弐って。だから弐っちゃんって呼んで」

「に、弐っちゃん?」

「うん!よろしく、さんきゅうさん」

「よ、よろしく」

 戸惑いながらも笑みを返すさんきゅう。

「ここにいたか!」

 そこへスパイスを引き連れた所長がやってくる。

「所長?」

 さんきゅうには構わず、弐っちゃんに詰め寄る

「何を勝手に出歩いている。余計な仕事を増やすな」

「あ。ごめんなさい」

「所長。そんな厳しく言う必要は…」

 止めに入るさんきゅう。

「何だ参級。こいつの肩を持つのか?なら丁度いい。奉仕作業の指導役を探していたところだ。貴様が教えてやれ」

「僕がですか?」

「何か不満があるのか?」

「…いえ。分かりました」

 そこに、看守がやって来る。

「所長。すいません。どこを探しても見つか…」

「ここをまず探すべきだったな。貴様が職務を怠ったせいで、私まで時間を取られる羽目になった」

「も、申し訳ありません!」

「もういい。二人を作業棟に連れていけ。今度は決して目を離すなよ」

「は、はい」

「行こうか。弐っちゃん」

「はい。さんきゅうさん」

 看守の連れられ、庭園を出る二人。

「まったく。だから、ガキの障害者は引き取りたくなかったんだ」

 苛立つ所長を他所に、スパイスは庭園を見渡している。

「どうしました?」

「すいません。こう言ってはなんですが、には不釣り合いな空間だと思って…」

棄匣きばことなる前の設備でしてね」

「前の?」

「医療設備も備わった大型の老人介護施設でした。本当に前時代の価値観は理解に苦しみます。国民の義務も果たせない連中を手厚く看取るなど…」

「義務?」

「国民とは、自国の構築した社会に従い貢献する。それこそが、人という知性ある者の正しく美しい姿だと私は信じています。しかしここの連中は、国に貢献するどころか、国が提供する金と居場所が無ければ、碌に生きられない上に、何かを生み出すこともしない。正に、家畜以下の存在だ」

「家畜…」

「そんな奴らを、我々と同じ人間であるなどとは思いたくもありませんね」

「…もし」

「何です?」

「もし、何かの拍子で、所長がその家畜の側になってしまった時は、どうしますか?」

「即刻、死を選ぶでしょうな。この国のために。…もうよろしいですか?我々も戻りましょう」

「…もう少し、ここを見てからでもよろしいですか?」

「構いませんよ。では…」

 所長が庭園を立ち去り、一人残ったスパイス。

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