壱章 弾圧ノ箱

 静寂が支配した室内に、所長とスパイスが入ってくる。

 所長は昏倒するハックを忌々しげに蹴り上げた。

 ハックは一切反応を示さない。

「治まったようだな。こいつを隔離室に放り込んどけ。明日まで食事は与えるな」

 看守はハックを抱え上げ、機械のような動きで彼を運び出した。

 その姿を蔑んだ目で見送ると、今度は部屋の奥にあるベッドに近寄る。

「おい。起きろ」

 部屋には、さんきゅうと呼ばれるもう一人の収容者がいた。

 ベッドで寝ている彼を、たたき起こす所長。

「…所長。もう休憩は終わりですか?」

「昼寝とは呑気なものだな。同居人が暴れた出したことにも気づかないとはな」

 ハックがいないことに気づき、さんきゅうは険しい表情を所長に向けた。

「ハックは?まさかまた連れていったんですか?」

「秩序を乱した結果だ」

「本当に暴れてたんですか?」

「貴様にそんな発言をする権利はない」

「…」

 無言で睨みつけるさんきゅうだが、それ以上は何も言わず枕元の本を手に取り立ち上がる。

「どこへ行く?」

「まだ休憩時間なので…」

 部屋を出ていくさんきゅう。

「…いやいや、お恥ずかしいとこを見せてしまいました」

 始終を見届けていたスパイスに、さんきゅうとはまるで違う態度を取り出す所長。

「彼らが…」

「ええ、私の悩みの種です」

「連れてかれた方はまだわかりますが、今の彼は…」

ですか」

?」

「ここでの階級ですよ。壱級は国民復帰が期待できる者模範囚を指しますが、参級は欠片も見込みのない屑です。本来は番号で呼びますが、奴はある意味なので」

「特別?」

「奴は、反戦思想が極めて強い傾向にあるのです。個人的には即刻、特殊隔離処置優良教育をしたいところですが、明確な違反行為をしている訳ではないのでね。もどかしいものですよ」

 薄ら笑いを浮かべる所長。スパイスはその表情の奥に空虚で冷たい憎悪と苛立ちがるのを感じていた。

「ところで、あのハックと呼ばれていた方ですが…」

「〇〇壱番ですか。この収容所第七棄匣最初の収容者ですよ」

「取り押さえられる前に、誰かと話してるように聞こえましたが…」

「それはこいつですよ」

 所長が壁を軽くと、壁の中からネズミの鳴き声がする。

「ネズミ?」

「ええ。あと、裏の林にコウモリがいます。この二匹、いつの間にかこの部屋に出入りするようになりましてね。向こうは餌目的なんでしょうが」

「彼が話してたのは、そのネズミとコウモリだと?」

「その二匹の侵入が引き金トリガーにはなっているようですね。しかし毎度毎度、あの一端の男を気取ったかのような口ぶり。もしかしたら、ちっぽけな害獣ネズミとコウモリが年頃の娘にでも見えてるのかもしれませんね」

 嘲る所長。

 そこに別の看守が入ってくる。

「すいません所長」

「どうした?」

「まもなく新しい収容者が移送されてきますが、支給品に不足がありまして…。申し訳ありません」

「そんな事か」

「追加の発注が届くまでは、別の収容者のものを貸し与えるようにします」

「いや待て。〇〇弐番のは残っているか?」

「明日、処分する予定ですが」

「再利用しろ。新品の発注など必要ない」

「しょ、承知しました」

 廊下へと消える看守。

「すいませんね。配属初日からごたごたと」

「いえ。その、〇〇弐番というのは?」

「〇〇壱番と同時期に来た古参ですよ。ただ意味もなく生きていた屑でしたが、先日、ようやく我々の役に立ってくれました」

「…」

「そろそろ質問の方はよろしいですかな?」

「はい。大丈夫です」

「では、移送の手続きの準備に入りましょう」

「分かりました」

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