SSG連載版

序章 虚構ノ城

 彼がいる場所は、黄昏に染まっていた。

 室内にしては不自然なほどに、全てが朱く染まりきった部屋の真ん中で、項垂れた姿でピクリとも動いていなかった。

「よいしょ…」

 部屋のどこからか声が聞こえる。それは隅の壁に空いた小さな穴からだった。やがて、穴の中から声の主が現れた。

 ラフな服装と眼鏡が似合う女の子ネズミだった。穴から這い出たその子は、彼の姿を見つけると一目散に駆け寄ろうとした。

「待ちなさい!」

 それを遮ったのは、窓の格子をすり抜けて入ってきた、ゴスロリ姿と眼鏡が似合う女の子コウモリだった。

「何抜け駆けしようとしてんのよ!」

「そっちが遅かっただけでしょ!言いがかりはよして!」

「あんたが慌てすぎなのよ。この調子じゃ、今回も失敗しちゃうわ!」

「うまくいかないのは、あなたの雑なやり方のせいでしょ!」

「なによ!」

「なんなのよ!」

「ううん…」

 彼が動き出した。

『ハック!!』

「ああ…、おはよう。二人共」

「おはよう、ハック」

「身体は大丈夫?」

「平気だよ。ところで、今日はどうしたんだい?」

「何言ってるの。今日こそはここを出るわよ!」

 壁を削り始めるラフ姿の女の子ネズミ

「そうそう。グズグズしてらんないわ!」

 窓の格子を外そうとするゴスロリ姿の女の子コウモリ

「ちょっと!だからそんなやり方でうまくいくわけないでしょ」

「そっちこそ!そんなチマチマしたやり方で、今日中に出る気あんの?」

 言い争いながらも壁を削り、格子を引き続ける二人。

「落ち着けよ二人とも。何でそんなに急いでるんだい?」

「何を言ってるのよハック!一刻も早くここを出たいでしょ!」

「出たい?俺が?」

「そうよ。会いに行きたい友達がいるんでしょ?」

友達フレンド?」

「そう。友達。大親友なんでしょ」

「また、旅の話で盛り上がりたいって言ってたじゃない」

「俺が?友達フレンド…」

 そこへ、部屋の扉が開き、ふたつの黒い影が入ってきた。

『キャー!!』

 影の存在に気づいた二人ネズミとコウモリ

「まずい。二人とも逃げろ!」

 二人ネズミとコウモリを守るように、影の前に立ちはだかるハック。

「でも、それじゃあ…」

「そうよ。ハックが!」

「大丈夫だから、俺を信じろ」

「また会える?」

「そうよね!?」

「当たり前だ!俺を信じろ!」

「約束よ!」

「信じるからね!」

 壁の穴と格子の隙間から部屋を出る二人の女の子ネズミとコウモリ

 一人残ったハックに、ふたつの影が迫る。

 しかし、ハックはそれほど抵抗を見せずに影に囚われ、首に何かを打たれ倒れる。

 そして、周囲の情景が一変する。

 黄昏色だった部屋は、無機質で生気を感じない灰色の病室となり、小さな穴が空いた壁には、無数の引っ掻き傷が。

 ひとつだけある窓に付いた格子には血の手形が残っていた。

 そして、2つの影だったものは、この収容所の看守であり、その足元で倒れるハックの手は血で滲み、歪んだスプーンが握られていた。

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