第六話 悪魔の狙い

 響子は妙子の手を握り霊視を始めた。


 妙子には霊感が備わっていることが、家に棲み着いてる存在には目障りだった。


 観葉植物を育ててもこの一戸建ての家では枯れてしまったり、犬も早くに亡くなったのも全て妙子の身代わりとなっていたということ。


 いくら暖房を焚いても部屋の中が暖まらないのは霊が家全体を霊界に近い空間にしていたこと。


 夫の孝之はアルコール依存症であり、しかも自己愛性人格障害であること。


 家に棲み着いてる存在は妙子が邪魔な存在のために妙子を脳幹梗塞等いろいろな病気や腰痛や骨折等の怪我をさせて入院させ、あの家から度々排除していた。


 響子は妙子から感じ取れるものをイメージとして言葉で妙子へと伝えた。


 全ての霊障は巧妙に存在を女性の霊の姿にカモフラージュしているが、響子はその存在を知っていた。


 真っ赤な目……血のように真っ赤な目をした存在。


 恨みや妬みや悪意に満ちた存在。


 底知れぬ闇を纏った存在。


 黄ばんだ歯をカチカチを鳴らして、鋭い鉤爪と馬の蹄を持った獣臭と死臭がする存在。


「この悪魔が昔、長男さんに耳元で嘲笑ったんだわ。長男は深夜になるといつも長い黒髪の白い着物を着た女の幽霊が深夜三時二十分に部屋の扉の前で見ていたはずよ」


「えっ?!……どうしてその事を?」


「多分、次男さんも見てしまったことがあるんじゃないかしら? それ以前に次男さんはこの家に引っ越して来る以前……いいえ……妙子さんのお腹にいた頃から何かあるわね……」


 響子のその指摘で妙子は恐ろしい恐怖体験を思い出した。


 約四十年近く前、妊婦の妙子はなかなか眠れず、居間で深夜三時過ぎ迄起きていた。


 当時、市営住宅の最上階である四階に家族三人で暮らしていた。


 夫の孝之は月曜から出張で家には金曜の夜に帰宅しない。


 金曜の夜に洗濯物を玄関に置いて孝之はそのまま何処かへ遊びに出かけ土日も帰宅せず、月曜の早朝に帰宅したと思ったらまた出張に出かける。


 当時5歳の長男の博行も父親である孝之の顔を忘れてしまっていた。


 妙子は幼い長男と二人で母子家庭の様な生活をずっとしていたのだった。


 そんな深夜に居間に接している廊下と居間を仕切る擦りガラスの引き戸越しに、一人の幼い男の子の気配と姿を認識した。


「博行かい? どうしたの? トイレ?」


 妙子の声がけには返答はなった。


 そして、擦りガラスの引き戸がゆっくりと開かれ、少し開いた隙間から子供の小さな指が現れた。


 妙子は引き戸からなかなか姿を見せない子供にもう一度声を掛けた。


「どうしたの? こっちへいらっしゃい」


 すると、小さな手で扉を開けて姿を現した男の子は妙子に満面の笑みで近づいてきた。


「こ、来ないで!」


 妙子はその知らない男の子に向って咄嗟に叫んだ。


 男の子は振り子玩具みたく頭を左右に傾けて戯けてみせながら、屈託のない笑みでさらに妙子の傍まで近づいてきた。


「こ、来ないで!」


 その光景は子供の愛らしさとはかけ離れた異質なもので妙子には恐怖しか感じられなかった。


「こ、来ないで!」


 男の子は何か楽しい事を思い出した時のような忍び笑いを口元から洩らし、妊婦の妙子のお腹に小さな手で触ろうとした。


「やめて!!」


 妙子の叫び声に弾かれた様に男の子は居間からベランダの扉の方へ慌てて去って行った。


 その時、ベランダのガラス扉は激しく揺れ窓ガラスが割れるのではないかというくらいの音をたてた。


 キキッという悲鳴と共にベランダに置いてあるウサギのゲージが激しくガチャガチャと音をたてた。


 そして、先程までの出来事が嘘のように静寂が辺りに満ちたのだった。


 妙子はおそるおそるベランダの扉を開けて見ると、長男が幼稚園からもらってきたウサギの赤ちゃんが骸となっていた。


 妙子は響子にそこまで話をした。

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