第四話 穢れ

 翌日、朝早くから野口妙子の住んでいるアパートへと向かった。


 アパートは街の中心部から近い場所であり、交通の便も良い場所であった。


 アパートは築年数三十年を過ぎた物件であるが、外壁も新調され見た目的には古さを感じさせない。


 野口妙子は窓から間宮響子たちの姿を見つけると玄関の扉を開けて中へ招き入れた。


「よく来てくれました。本当にありがとうございます。どうぞ中へ入ってください」


 響子は微笑みながら中へ入った。


 部屋の中はお世辞にも綺麗とは言えない有様であり、この狭いアパートに野口妙子家族三人と間宮響子たち四人は流石に窮屈であった。


 部屋の中も物が多すぎて収納しきれず段ボール箱も山積み状態であった。


 いわゆるゴミ屋敷とか汚部屋と呼ばれる状態である。


「ごめんなさい。部屋を片付けられなくて……」 


「それよりも、さっそくだけど本題に入りましょう」


 響子は野口妙子と対面でその場の床に座った。


 野口妙子はいざ話すとなると何から話し出せばいいのか分からす困惑の表情を浮かべた。


「大丈夫、焦らないで。最初から話してちょうだい」


 響子の言葉が発火剤の役目を果たした様に妙子はいままでの出来事を話し始めた。


 このアパートで暮らす前、今から三十ニ年前に新築一戸建てを建てたという。


 その家は引っ越した当初から室内は夏場でもエアコンなしでも震える程寒く、冬場は暖房を焚いても暖かくならず凍える程の寒さであった。


 当時、三十四歳の夫孝之は地方への出張ばかりで家には金曜の夜に帰って来て月曜の朝には出て行くため、週末にしか家には居なかった。


 そして、中学二年生の長男博行と小学二年生の次男芳生は日中は学校のため不在であり、専業主婦であった妙子しかいつもこの家には居なかった。


 家の中では枝が折れるというか割れる様な甲高い音が時々ではあるが響いていた。


 廊下の照明の電源が入っていたりもすることもあり、最初は誰かの消し忘れかと思っていたが頻度が増すことによって違和感を覚えるようになった。


 和室の扉を閉めておくと扉がガタガタガタと激しく揺れたり、和室には仏壇もあるが扉前の一箇所畳が一年中湿った感じで足で畳を踏むとぐにゅぐにゅと柔らかく一部分だけではあるがそこだけ状態がおかしかった。


 和室の廊下を挟んで浴室やトイレ等の水回りがあり、風呂場の浴槽に湯を溜めていると誰も浴室に居ないのに内側から施錠された。


 入浴中、浴室の擦りガラスから人影を確認し気配を感じては扉を開けても誰も居なかった。


 最初はこんな感じで、錯覚や勘違いかと思えるような出来事であったが、次第に恐ろしい事が増えていった。


 玄関のドアノブを激しくガチャガチャと動かす事があり、最初は子供のいたずらかと思ったがそれが何度も続きその度に空き巣狙いで誰かがやっているのではと思うようになった。


 妙子は犯人を確かめるためにドアノブが激しくガチャガチャと動くと同時に扉を開けて、家の外を見たが誰も居なかった。


 素早く逃げたのかと思い、次回の時には家の周りも走って探したが誰も居なかった。


 夫の孝之に話しても興味がない様で酒ばかり飲んで妙子の話をまったく聞こうともしない。


 家庭が不和になっていったのもこの頃からであった。


 反抗期の長男博行に振り回され、次男芳生を蔑ろにするようになってしまった。


 長男博行から妙子が聞いた話であるが、ベッドで寝ていると突然、何かが来たという危機感で目を覚ましたら足元から這い上がって来る感覚と重さがあったそうなのだ。


 それは足元から腰、そして胸元へと段々這い上がってきた。


 遂には顔の前までその何かの顔が迫り、博行の首元に顔を埋め耳元までグハハハハハと低い声で笑ったのだという。


「その当時は、長男さんの年齢は十四歳ですもんね。狙われていたんだわ」


「狙われていた!?」


「邪悪な者は汚れなき魂を狙うのよ。次男さんはその当時何か体験したりしていないのかしら?」


「芳生は小学生でしたが、夜遅くまで外で遊んでなかなか家には帰らないとかありました。いくら注意しても小学生が外で遊ぶ様な時間帯ではない時間夜の八時とかに帰宅したり」


「もしかしたら、家には居たくない理由とか原因があったのかもしれませんね。次男さんにはその家にいる霊たちが見えていたかも知れません」


「芳生からは当時、幽霊の話とかは聞いてませんが……そういえば確かに異常に幽霊とかは怯えてました。でも、その位の年齢的にはよくある事かと……」


「次男さんは怖いがゆえに言えなかったのかも知れませんね」


 響子の言葉に納得するように妙子は頷いた。


「そうかも知れません。今はあの家から離れてこのアパートで暮らしていますが、私も息子たちもあの家には夫が亡くなってから一度も近づいていませんし……」


「その家から離れてもまだ霊障に悩まされているため、今回私に助けを求めたんですね?」


「はい。今は長男のアパートに私と次男は身を寄せています。夫が亡くなって一年が過ぎた頃からこのアパートでも不可解な事が頻繁になりました」


 夫孝之と別居して妙子は長男博行のアパートで暮らし、次男芳生は実家で夫孝之と暮らしていた関係が二年程続いていた。


 その間、孝之は実家で仕事もせずに酒とインターネットゲームをしており、芳生は大学卒業後から十年以上ずっとひきこもり自室でインターネットゲームをする生活であった。

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