第6話 お人好し アタマの毛を抜かれる

「あなたは私の言う事を聞きたくなるわよ。絶対にね」


 そう言ってナスターシャはウマに押さえ込まれる俺の頭側に回り、自身の膝と膝の間に俺の頭を挟んでガッチリホールド!

 16歳のカワイイ王女の膝に頭を挟まれるなんてなかなか無いぞっ。


 ミニスカートじゃなくズボンなのが至極残念だが、下から見上げるたわわな胸の双眸は素晴らしき絶景!

 だがそれはウマが俺にウマ乗りになってなければの話だ。


「ウフフフ♪ 動けないでしょう?」


 ぷちんっ。


「いてっ」


 前頭部に針でちくっと刺されたような小さな痛み。ナスターシャの手には一本の髪の毛が。

 なにっ? 前髪を抜きやがったっ?

 俺が動けないのを良いことになんて悪逆な事をするんじゃいっ。

 だがここはクールに冷静にっ。


「痛いじゃないかナスターシャ。カワイイ女の子がむやみに人の髪の毛を抜くものじゃないよ?」


「ナニよクールぶっちゃって。その小憎コニクらしい顔を凍りつかせてあげるわよ♪」


 すうっと細める目つきがヤバいぞナスターシャよっ。ホントに16歳かっ!?


「ハイ、もう1本♪」

 ぷちっ。

 いてっ。


「ほら、もう1本♪」

 ぷちっ。

 いてっ。


「それ、もう1本♪」

 ぷちっ。

 いてっ。


 おいマジかっ!

 なんてリズミカルに脱毛しやがるんだっ!


「あなたが『はいわかりました』って言うまで一本ずつ抜いてってあげるわ。ウフフフフ♪」


 なあっ!? なんか嬉しそうだけど目が笑ってナイ!

 こわっ!

 だがここはクールに冷静にっ!

 オトナな俺はブチ切れてわめき散らすなんてコトはしないのだ!


「そんな事をしてもムダだよ、ナスターシャ。髪なんてすぐに生えてくるからな」


 って、聞いてる?

 ナスターシャは俺が喋ってるのをそっちのけで、ウエストバッグから手のひらサイズの小瓶を取り出した。


 その小瓶のラベルに書いてあるのはなんとっ!


『永久脱毛クリーム*げき


 なぬっ! 

 なんでそんなモン持ってるんじゃいナスターシャっ!

 げきって名前がヤバいっ!

 ヤバすぎるっ!


「なんでそんなモノ持ってるんだって顔してるわねラルフ。教えてあげるわ。仮にも私は王女。第二だけどね。

 王女たるもの美を疎んじてはなりません。

 なんてお母様に言われて、お付きの侍女達に全身のありとあらゆるムダ毛を処理されたのよ。

 15歳の時にね」


 ほほう。

 15歳でですか。ボーボーだったのかな?

 言わないけど!


「毛を抜いた後でこれを塗るともう生えてこないの。効果は絶大よ?」


 ナスターシャは長袖をめくって、白く美しいつるすべの腕を見せてくれた。

 うむ、確かにスベスベだ。


「……ナニよその目は。イヤらしい。あなたがムッツリスケベだってコトはバレてるんだからね」


 なんとっ!

 いったいドコでバレたんだっ!?


「ドコでバレたんだ、って顔をしてるわねラルフ。二週間も一緒にいれば誰だってあなたのイヤらしい視線に気づくわよ?」


 なんと気付かれてましたかそーですか。

 だがそれはあくまでも健全な男の反応!

 決して変質者的なイヤらしい目線などではなかったハズだっ。


「イヤらしい目線などではなかった、って顔をしてるわねラルフ。カワイイ女の子をジロジロ見るのはキモいだけだから止めておきなさい」


 ことごとくズバズバと好き放題言ってくれちゃってもう! 俺の思考が読めるのかっ!?

 ここは話を元に戻さねばっ。


「脱毛クリームなんて、そんな危険な薬品を持ち出すとは感心出来るコトではないぞ、ナスターシャ」


「危険? なにそれ。本当に危険な薬だったら人体に使うワケないじゃない。美容薬品なんてドレッシングルームにいっぱいあるし。

 いつか誰かに使うか売ろうかと思ってちょろまかしたのは事実だけどね。

 一般庶民にはなかなか出回らない物らしいから、高値で売れれば旅の路銀くらいにはなるでしょ?」


 なかなかにしたたかだなナスターシャよ。

 だが備品をちょろまかしてはイケマセンよっ。

 ん?

 全身って言ったか?

 俺の中にふとした疑問が浮かび上がり。


「全身の、ってコトは……下もか?」


 訊いてから俺はハッと息を飲んだが時すでに遅し。

 ナスターシャは道の端っこに落ちてるゴミクズ、いや、う○こ、イヤイヤ、そのう○こに涌くウジ虫でも見るような、冷たくアイシーで凍てつく目でただ一言こう言った。


「……死ねっ」


 どぅはっ!

 16歳の女の子からの『死ね』頂きましたぁっ。

 俺はっ! 俺はあっ!

 そんなつもりじゃなかったのにいっ!

 16歳の美少女にっ! セクハラ発言するようなオトコじゃないんだあっ!


「下品なセクハラ野郎は前髪の生え際から一本ずつ抜いていって、このクリームをたっぷり擦り込んであげる。さあ、どうする?

 いつまで強がっていられるかしら?」


「わかったよ、ナスターシャ。降参だ」


「え、もう?……早いわねー」


 くふっ!

 そんながっかりした顔で『もう?』とか『早い』とか言っちゃダメ!


 ここはクールに冷静にっ!

 だが俺の心臓ばっくばく!

 この歳で前髪を永久脱毛なんて考えたくもないわいっ!

 ナスターシャっ!

 なんて恐ろしい娘なんだっっ!

 覚えてろよっ!


 絶対のゼッタイに!

 復讐してやっからなっ!


 今は無理だけどなっ。

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