第5話 お人好し ウマに押し倒される

 突然現れて『オンナにして』などと、ワケのわからん事を口走るナスターシャ!

 ハラワタが煮えくり返りそうになるのをグッと堪える。

 俺はそう簡単にはブチ切れたりしないのだ。

 ここはクールに冷静にナスターシャに対応してみせますよっ。


「ナスターシャ。君の虚言で俺は国外追放の身となった。君とはもう何の関係もないだろう。

 俺に何の用があるっていうんだい?」


 我ながらクール!

 エクセレントでマーベラスな紳士的な神対応!

 なんか意味が被ってるけど気にしない。


 声音を低く保つのがポイントだ。

 人間ってのは興奮すると声のトーンが高くなるからな。

 それすなわち、心が動揺してるって事だ。

 交渉時に相手に弱みを見せてはいけないのだ。

 

 だがしかし、ナスターシャはそんな俺の態度を気にも止めない。


「何をカッコつけてるのか知らないけど、とりあえず私の話を聞きなさい!」


 なんかえらく上から目線だなナスターシャよっ。馬に乗ってるから目線は高いが、物理的なコトではなくその態度がなっ。

 でも俺は動じませんよっ!


「俺には君の話を聞く理由が無い。君のせいで俺は国外追放されたんだぞ?」


「私の話を聞けば国外追放処分を取り消しにできるかも知れない、と言ったら?」


 なに!? 追放処分取り消しっ!?

 そんなウマイ話があってたまるかいっ。


 俺はクールに突っぱねる。


「信用できないな。できるワケがない」


「私を助けた報奨金も手に入る、と言ったら?」


 なぬっ! それはオイシイじゃないかっ。

 追放処分取り消しで報奨金ゲットなんてっ!


 イヤイヤ待て待て、ちょっと待て。

 そんな都合のいい話があってたまるか。

 王女が護衛も無しに一人で現れる事自体おかしいだろ。


「そんなウマイ話をハイそうですかと信じるほど俺はバカじゃないよ、ナスターシャ」


「……チッ」


 おいナスターシャよっ。なんですかね今の舌打ちはっ。

 まさか本当に俺がその話に乗るとでも思ってたのかっ? なめられたもんだな、まったく。


「話は終わりだ。サラバだ、ナスターシャ」


 プイッとかっこよく去る俺!

 我ながら渋いのではっ?

 ナニを言われても無視だ無視!

 無視ってのも、ひとつの復讐になったりは……しないかな?


 と、背後から殺気!

 後ろから襲うとは卑怯だぞナスターシャ!

 だが魔王を一撃で倒すほどの腕前の俺をなめるなよっ!


 くるりと身体を反転し抜剣!


 すると目の前には!


 ウマっ!? ウマヅラがっ!


「なあっ!?」


 これにはさすがの俺も驚いた。女の細腕だと油断して虚を突かれてしまった!

 ナスターシャかと思いきやウマが襲って来るとはなっ。


 ウマの奴は器用に前足で俺を押さえ込みやがった。なんだこのウマはっ。人間の体術でも使えるのかっ?

 ウマのヤツったら、全体重を乗せてくるもんだから俺は身動きが取れなくなってしまった。


 ダサい。くそダサい。魔王を一撃で倒すほどの腕前のこの俺がウマに負けてしまうとはっ。


「よーしよし、良いコね、ラルフ」


 ウマのウマヅラを愛しそうに撫でるナスターシャ。

 は?

 え?

 おいまさか。


「ナスターシャ……まさかと思うが、このウマの名前って……」


「ラルフよ。ホントはラルファンセルって言うんだけど愛称でラルフって呼んでるの。カワイイでしょ?」


 マジかっ。馬の本名の方が人間の俺よりカッコいい名前じゃないかっ。

 名前までこの馬に負けるとはっ!

 イヤ、今それはいい。

 ウマと名前を張り合ってどうする。

 この状況をなんとか打破せねばっ。


「とりあえずウマを退けてくれないか、ナスターシャ」


 ここはクールに冷静にっ。コムスメの機嫌を損ねないようにしなければ。

 あと、このウマったら、なんか、じーっと俺を見つめてくるんですけどっ。

 カワイイ女の子ならともかく、目の前に迫る巨大なウマヅラは恐怖でしか無いっ。


「あら? このコあなたのコトが気に入ったみたいね」


 は? ナニを言ってるんですかねナスターシャさんっ?


「ちなみにこのコ、女の子だから」


 なにっ! メスだったのかっ!

 メスウマに負けたのか俺はっ。

 それはまあいいっ。もう退いてくれませんかねっ。息が苦しくなってきたんですけどっ。


「どう? 私の言うコト、聞く気になった?」


 仰向けに押さえ込まれる俺を覗き込むナスターシャ。金色の髪からは良い匂いが漂ってきますがっ。

 くっ! コムスメめっ。この状況下でそんなコトを言うとはなっ。

 だが俺はコムスメに屈しないのだ。つとめてクールに冷静にっ。


「この愛らしいウマを退けてくれたら話を聞こうじゃないか、ナスターシャ」


「へー。こんな状況でも強がるんだー。ふーん。へーえ」


 なんですかねその冷ややか目はっ。

 オトナのオニーサンをそんな目で見るものではありませんよっ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る