ブラックの章

 夏休み最後の日はアルバイトが休みだった。特になにか用事があって休みを取ったわけではなく、夏休み中ほとんど毎日入ってもらっちゃったから最後ぐらい休みなよ、とホームの代表の佐々木さんに言われて、ぽっかりと空いた休みだった。

 明日から二学期が始まると思うと憂鬱だった。私は、学校があまり好きではない。小さい頃からそうだった。だからといって、高校へ行かないという選択肢は選ばなかった。ほかに何もやりたいことも無かったし、大学まで出なさいと強く言う母に逆らって「中卒」で生きていくということを考えただけで、私の持っているエネルギーを全部底までさらえても到底足りないような気がしたのだ。


 図書館の自習室にほとんど毎日通っていたから、たくさんあった宿題もなんとか終わっていた。いつものように、母が仕事に出掛けるのを待って部屋を出る。いつからか、母を避けるように時間をずらして居間へ降りるようになっていた。夕飯のとき二日に一回は、いつまで寝てたの、と嫌味を言われるのがオチなのだけれど。

 今日、母は仕事のあとお友達と食事をすると言っていた。母は友達が多い(と思う。具体的に名前を聞いたわけじゃないから、よく会う人が少数いるのかもしれないけど)。小さい頃は、時々母の友達が家に遊びに来ていると挨拶をしなさいと言われるのがとても嫌だった。そのとき必ず言われる、おとなしい子なのね、という知らないひとたちからの言葉も、ほんとに駄目な娘で、という母からの言葉も。


 空は曇っていた。一応、傘を持って家を出る。履こうと思っていたウエッジソールのサンダルはやめて、歩きやすい運動靴にした。

 外へ出た途端、じめっとした暑さに包まれる。バイトの日じゃないけど、ホームすずらんに行ってみようかなあ、とも思ったけれど、ホームの利用者さん、とくにアイさんは、急に予定が変わるのがとても苦手だ。何か予定があるときは、もえみさんは必ず居間のカレンダーにそれを書いて、利用者さんたちにちゃんと話をしている。

 もえみさんの話によると、アイさんは私がバイトに行くのをいつも楽しみにしてくれているというから、行ったら喜んでくれるかもしれない。でも、今日は行くはずではない私が現れることで、その後もしかしたら気持ちが不安定になってしまうかもしれない。気持ちがたかぶると抑えられなくてヒステリーを起こして苦しそうにしているアイさんを何度か見ていたから、それは避けたかった。

 

 家の前の道から国道へ出て信号を渡り、川沿いを右に折れる。小学校から中学まで通っていた通学路だ。水位の低い川面を横目に見ながら少し歩くと、細く、川のほうへ下がっていく道がある。その上を線路が通っていて、高架下と呼ぶべきなのか、ほんの少しだけある地下道の上が線路、というような道だ。電車が通る時間にそこにいると、頭上からゴウゴウと大きな音がする。小学校の頃はその音が怖くて、電車が来るのが見えると手前で立ち止まって待っていた。

 線路が通っている真下がいちばん低く、右側がガードレールになっているその横はすぐ川だ。そこからまた傾斜は上を向き、民家の前の狭い道を通って(その民家には私が小学校を卒業する頃まで、ものすごい勢いで鎖を引っ張りながらワンワン吠える柴犬がいて、前を通るのにとてもドキドキした)、駅近くの道路に合流する。

 何度か、大雨が降ったときに川の水があふれて、大回りをして学校へ行ったのを覚えている。雨が降っても必ずしも水没するわけではなかったから、きっと海の潮の満ち引きとか、そういう関係もあったのだろう。なんでこんな変な道を通学路にするんだろうと思っていたけど、駅近くの道は車が多いから、少しでも交通量の少ない道を指定していたんだろう。

 小学校のころは、決められた通学路を必ず通らなくてはいけなかった。通学路の決まりをやぶることを、同級生の男の子たちは「つうやぶ」と呼んで、よく違う道を通ったりしていたようだったが、私は一度も「つうやぶ」をしないまま卒業し、小学校から数百メートル向こうにある中学へ通うようになってからも、中学は通学路というのはなかったのに、小学校のときと同じこの道をほぼ毎日、通って通学していた。


 歩いていくとじわじわと汗が出てくる。どこからか蝉の声がする。小学校の近くの「おばけ屋敷」と言われていた古い空き家はずいぶん前に取り壊されて、新しいマンションが建った。そのほかにも、少し来ない間に新しい住宅やアパートがだいぶ増えたような気がした。


 中学校まで数百メートルというところで私は足を止めた。道路が工事中で通行止めになっていて、低いガードレールが向こうの方までずっと連なっていたのだ。今日は工事は休みなのか、それともまだ仕事が始まっていないのか、見る限り誰もいない。重機で塞がれているわけではないし、ガードレールは乗り越えられる高さだったけれど、何となくそれをするのは気がとがめた。ぐるっと大回りをして、中学校へ向かえる道を探す。結局、今までに一度も通ったことのない細い道から入って、やっと中学校の前へ出ることができた。

 懐かしい風景というよりは、いつも見ていたのと違う角度から見る校舎はなんだか自分が通っていたのとは違う学校のような、不思議な感じがした。ただ単に、たった数ヶ月前に卒業した中学のことを、もう少しずつ忘れ始めているだけかもしれなかった。私はそのままきびすを返して、もと来た道を戻った。

 帰る途中で激しい雨が降ってきて、私は傘をさしながら歩いた。ざあざあと落ちてくる水の粒が足もとを濡らした。傘の横から入ってくる雨で濡れた頬に髪の毛が一筋貼りついて、不快感に気持ちが波立った。そうして、私はまた昔のことを思い出していた。



 中学に入学したころ、私は今よりずっと成績が良かった。行っていた塾でも、クラス分けのテストで中の上ぐらいのクラスにいた。勉強が好きだったわけではない。母に勉強しなさいと言われるのと、やらないと落ち着かない性格なのとで一生懸命テスト勉強していたら、そこそこ良い成績が取れたというだけのことだったのだろう。


 中学二年生のとき、晴れた夏の、もうすぐ夏休みというある日のことだった。お昼休みの時間、私はひとりで自分の席に座って、次の授業の英語の教科書を広げていた。

 クラスに仲の良い友達はいなかった。何もせずにぼうっとしているのも、机に突っ伏して寝たふりをするのも気が引けて、ほんとうにただ何となく、教科書を眺めていた。教科書の中ではボブがサムを週末のバーベキューに誘っていた。一年生の教科書からずっと登場し続けているボブの将来の夢は、たしか宇宙飛行士になることだった。


 教室の窓側で、じゃんけんぽん、あいこでしょ、とにぎやかな声が響いていた。負けたひとりが、いやだー、と半分笑いながら大きな声を出して、そのあと、しばらくのひそひそ話。


「ねえ、高野さんに、何時間」

「教えて、くれるかな?」


 背中がぎゅっと固くなった。ついに来た、と思った。さっきジャンケンで負けた山本くんが、クラスで「臭い」と言われて嫌われている松川くんに話しかけていたのを、そして、それを見て窓際の皆が声を潜めることもなく笑っていたのを、私は知っていた。早くチャイムが鳴れ、と強く強く願ったけれど、お昼休みはまだあと十分もあった。

 きらきらと立つ笑い声が、私に関係ないものならいいのに。彼らがこの前「ガリ勉」と言っていたのが、私じゃないと思い込もうと頑張っていたのに。どうか、どうか、どうか、そっとしておいてくれればいいのに。


「ねえねえ、高野さん」


 声を掛けてきたのは、桜井マリナちゃんという子だった。おじいちゃんが外国の人だという彼女は、テニス部で、バンビみたいな長い睫毛と健康的に日焼けした肌がとても可愛い子。去年もクラスが同じで、入学式のあと何度か言葉を交わしたけれど、いつのまにか全然しゃべらなくなってしまった。


「高野さんてさ、毎日何時間勉強してるの?」


 すぐに答えられなくて、目を逸らした。窓の方で、酒井さんや山本くんや中野さんや横井くんが、くすくす笑ったり頬杖をついたり、お互いつつき合ったりしながらこちらを見ていた。私は、そこからさらに目を逸らして視線を自分の机と身体がくっついているところのちょうど境界線に移して、俯いたまま、わかんない、と答えた。

 マリナちゃんは、しばらくなんだかんだと言って私にその質問の答えを聞き出そうとしていたけれど、私がどうしても答えないことを知ると、ふうん、と心底つまらなそうな顔をして言い、ぱっと身体を翻して仲間たちのところへ戻っていった。


 それから、私は少しずつ勉強ができなくなっていった。勉強することをやめたわけではなかった。教科書を読んでいても、ノートに公式を書いていても、今までより、それをすぐ忘れてしまうようになっていた。授業中に、しっかり前を見て黒板を見て先生の話を聞こうとしているのに、教室の隅で起こる小さな小さなひそひそ話や笑い声が気になって仕方なくて、気が付くと教科書が何ページも進んでしまっていたり、当てられたことに気付かなくて答えられなかったりするようになった。

 それと同時に、元々苦手だった体育の授業も、もっと苦手になっていった。走るのも泳ぐのも前はもうちょっとできていたはずなのに、と思いながら、どんどんできなくなっていった。ハードルや跳び箱を失敗すると必ず起きるくすくす笑いや、チームプレーの球技でボールを取れなかったときの落胆の溜息や文句の言葉が、さらに私の身体を固く、重くした。

 その年の終わりになる頃には、私は「ガリ勉で暗い人」から、「勉強も運動もできない、ただの暗い人」になっていた。



 家に着くころには雨は止んでいた。私はお風呂場へ行って濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びた。部屋へは行かず、居間のエアコンを点ける。テーブルの上に置いてあったリモコンを取り、テレビを点けた。

 うちでは食事のときテレビを見る習慣がないので、居間でテレビを見るのは久しぶりな気がした。とくに見たい番組があったわけではなかった。いくつかチャンネルを変えて、見たことのあるシルエットが出てきたのを見つけて止めた。BSの動物番組で、画面の中をたゆたゆと泳いでいたのは、黒いウーパールーパーだった。あ、ブラックだ、と私はひとりごとを言う。母はカエルとかヘビとかの「ヌルヌルした生き物」が大嫌いなので、この番組ももし一緒に見ていたらきっと、気持ち悪いと言ってすぐチャンネルを変えてしまうだろう。きっと、たぶん。ソファに座った私の、部屋着のワンピースから出た肩先を拍子抜けするほど冷たい風が撫で、私はしばらくそうやってただ座っていた。



 夏休みが終わって学校が始まると、アルバイトは週三日入ることになった。テスト期間は休みを取ってもいいよ、と佐々木さんや水谷さんが言ってくれたので、直前の一週間だけ休ませてもらうことにした。それ以外は、火曜、水曜、金曜がアルバイトの日で、第二と第四水曜はホームひまわり、それ以外はホームすずらんでの勤務になった。

 二学期になってからも、私は学校では相変わらず何の取り柄も目立つところもない、存在感のない人であることは変わらなかった。変わったことは、ホームへ行けば私のやる仕事がきちんとあるということだった。それはつまり、私の居場所があるということ。そのことは、思った以上に私に変化をもたらした。

 まず、ホームへ行く日は学校帰りにそのまま行って、帰りは夜遅くなるから、宿題はできるだけ学校でやるようになった。今までも、私は休み時間、ほとんどひとりだった。だから、宿題でも読書でもなんでもできたはずだった。でも、私はそれをするのが怖かった。意味もなく立ち上がってロッカーから荷物を出すふりをしたり、ウロウロと遠くのトイレに行ったりしていた。ひとりで机に座っているのは、誰かに「独りぼっちの人だ」と思われたり、疎まれてしまうような気がして、とても怖かった。どちらにしろ、ひとりだというのに。

 ともかく、ホームに行く日は宿題は学校でしなければ、夜遅くなって眠気と戦いながら机に向かう羽目になってしまう。勉強はできない方だから、授業の合間も昼休みも必死で宿題をやった。もちろん終わらないときもあったけれど、家に帰ってから全部するよりはずっと楽だった。

 宿題が出ないときやバイトのない日には、学校の図書室へ行って本を読んだ。高校の図書室は一番古い校舎の一番端の目立たないところにあって、何となく薄暗い。これまでは放課後だけこっそり(とはいえ、鍵が開いていたということは下校時刻までは開放されているんだろうけれど)入って、自分の居るところだけ電気を点けて、近くにある適当な本を眺めて夕方まで時間をつぶしていた。でも、ある日昼休みに行ってみると、午後二時頃まではパートの司書さんがいて、授業の合間の休み時間にも自由に入れることが判明したのだ。司書さんは年齢不詳、性別不詳(でも、スカートを履いていたことがあるからおそらく女性)な上ほとんど前髪で顔が隠れているような感じの人で、市立図書館の司書さんたちと雰囲気が全然違うので最初に見たときはびっくりしたけど、いろいろ話しかけたりせずに黙っていさせてくれるので気が楽だった。

 図書室は本当にほとんど人が来ず、たまに誰かが来ても集団ではなくひとりで来て、やはり黙っていてくれるので気まずいと思うことはなかった。全部電気が点いた状態で改めて見ると図書室には意外と新しい本もあって、市立図書館では予約でいっぱいだった本も、なんと棚にあった。私はなんだか秘密基地を見つけたような気持ちで嬉しくなって、たぶん生まれて初めて、学校に通うのが少し楽しいと思い始めた。



 九月も終わりのある日、お昼を食べ終えていつも通り図書室へ向かおうとすると、廊下を歩いて来た担任の先生から声を掛けられた。高野、ちょいちょい、と言って手招きをされる。

 一年のときから担任の森口先生は、男性のわりに背が低くて、情報科と家庭科を担当している。男の人なのに家庭科の先生というのと、三十代なかばなのに独身で、背が低くぽっちゃりしていて早口で声が高い、という理由で、クラスの女の子の中では、オタクっぽいとか、おかまっぽいと言われているのも聞いたことがあった。

 私は、先生のことをとくに好きでも嫌いでもなかった。ただ、問題に答えられないとずっと立たせるとか、大きな声で急に怒鳴るとかいうことがないので、小学校や中学校までの担任の先生よりはいいかなあ、と思っているぐらいだった。

 森口先生にとっても、私はまったく目立つ生徒ではないはずだった。アルバイトのことについて、何か言われるんだろうか。もしかして、この間あった英語の小テストの成績がすごく悪くて、英語の先生が何か言ったとか。不安な気持ちで先生について行った先は、保健室の隣の、相談室というプレートがかかった小さな部屋だった。まあ座れや、と丸椅子をすすめられ、先生と向かい合って座る。


「高野、最近学校はどうだ」


 どうだ、と訊かれて、私は困ってしまう。言いよどんでいると、先生が先に口を開いた。


「最近、よく図書室行ってるよな」


 ちくり、と胸の奥が嫌な気持ちになった。


「もうすぐ体育祭だからな、安藤とか、桐谷とか、はりきってるやつらが休み時間にも何かするかもしれないから……」


 先生は少し言いにくそうに言った。さっき生まれた嫌な気持ちが、ぶわっとお腹全体に広がった。


「教室にいたほうがいいんですか」


 言った私の声は、自分のじゃないみたいに刺々しかった。ううん、まあ、そうとも言えないがな、と、先生はすごく曖昧な言い方をした。その言い方も私をさらに苛立たせた。


「どこにいても、私の勝手です」


 立ち上がって私は相談室を出た。誰かにこんなきついものの言い方をしたのは、久しぶりだった。でも、久しぶりでない気もした。何か嫌なことがあったり理不尽なことを言われたりしたとき、私はいつも、こんなふうに、しかも、ことが終わったあとで、頭の中で相手にずっと怒鳴り散らしていたのだった。ああ言えばよかった、こう言えばよかった、と。

 扉を開けるときに少し手が震えているのを、先生が気付かなければ良いと思った。扉を後ろ手に閉めるのと同時に、さっきの苛立ちとは違う、重たい嫌な気持ちが喉元まで広がる。安藤さんや桐谷さんたちは、運動部で、クラスでも行事があるときは率先して係をやったりして張り切っている子たちだった。だから、体育祭に向けてクラスで何か役割を決めたりするとき、休み時間に、私がもしずっといなかったら、役が決められなくて迷惑だと思うかもしれない。先生は、それがもとで私が今よりもっとクラスから浮いたり、嫌な思いをするんじゃないかと思って気を遣ってくれたのだ。なのに、私はあんな言い方をした。

 本当は、私は気付いていた。バイトのために休み時間に宿題をしたり、図書室によく通うようになって、学校へ来るのが少し楽しくなって、なんだか強くなったような気がしていたけれど、本当はひとりぼっちで教室にいたくなくて逃げ出しているだけだと、自分で気付いていた。だから、先生に一言訊かれただけで、図書室に行くことを否定されたのかと思ってしまった。先生はあまり怒鳴ったりしないから、強く言い返した。私は、同じだ。中学校のときの桜井マリナちゃんや、酒井さんや山本くんや中野さんや横井くんと、同じだ。自分より弱い人に言いたいことを言って、相手の気持ちも構わず笑っていた、憎い憎いひとたちと同じだ。


 帰りのホームルームのときも、翌日になっても、私は先生と目を合わせることができなかった。ただ、翌日から私は休み時間に図書室に行くのをやめた。体育祭の準備は先生が言ったとおりそれからすぐ始まって、私はすんなりと、応援用の横断幕を作る係の一人になった。

 昼休み、ご飯を食べたあとに空き教室に横断幕の布を広げて、同じ係になった数人のメンバーで作業をする。メンバーは美術部の子が多くて、デザインはすぐ決まった。私はあまり意見とかは思いつかなくて言えなかったけれど、それでも皆と一緒に絵の具で色を塗ったりして、同じ係の子たちと少しだけど話をすることもできた。

 バイトのない月曜、放課後に数人で残って作業をしていると、空き教室の扉から森口先生が顔を覗かせた。横断幕を見て、おお、よくできてるな、と言った先生が教室を出て行こうとするまで、私はずっと顔を伏せていた。でも、最後にふと顔を上げたら、ばっちり目が合ってしまった。


「もうすぐ下校時刻だから片付けろよー」


 そう言って先生は、去り際に私の目を見たままニカッと微笑んで、大きく二度頷いた。それを見たら、いつもの痛みとは違う痛みで胸のあたりが少し苦しくなって、先生、ごめんなさい、と私は心の中で二度、言った。



 十月半ばの金曜に、体育祭は無事終わった。無事、というのは、我がクラスがぶっちぎりで優勝したとか私の足が急に速くなって短距離走で入賞したとかそういうことではなく、出場する競技の集合場所がわからなくて迷子になるとかリレーでバトンを落として怒られるとか応援合戦で声が小さくて睨まれるとかお腹が痛くて倒れるとかそういうことがなく、もう本当に最低ラインの甘く甘くみたギリギリで誰にも迷惑をかけずに終われた、という意味で。

 私たちの(と言えるほど貢献できたかは不明だけど)横断幕は他の学年の人たちからも好評なようだったし、クラスは優勝とまではいかないけれど、全校で一年生としては大健闘の八位入賞を果たした(これも、というか、これこそ私はまったくと言っていいほど貢献できてないけど)。

 暑かったのと、一日中気を張っていたのでぐったり疲れてしまったけれど、それでも去年までよりはずいぶんと気持ちの楽な疲れだった。



 ホームすずらんの最寄り駅からホームまでは、静かな住宅地を通って行く。道の両脇には街路樹がぽつんぽつんと植わっていて、その中でひときわ大きな銀杏いちょうの樹が、いつの間にか葉を黄色く色づかせている。

 体育祭の日はバイトを休みにしてもらったので、約一週間ぶりの火曜日。いつものようにホームすずらんに行くと、ホームには、もえみさんと一緒にもう一人女の人がいた。樋口ひぐちミホさんと名乗ったその人は、もえみさんの友達で、しばらく前からホームひまわりで働くようになったらしい。これから、私が入らない日にすずらんの方にも入ることになったのだと、自己紹介と一緒に教えてくれた。今日は見学に来て、そのままもえみさんの仕事を手伝っていたのだという。

 居間のカレンダーを見ると、樋口さん見学、と、もえみさんの字でちゃんと書かれている。もえみさんはギャル系な見た目からは想像もつかないほど(と、言ったら失礼だけど)小学校の先生みたいな、すごく綺麗な字を書く。整っているんだけど、のびのびとした字。

 シフォンケーキを作っていたという二人はエプロン姿で、台所には美味しそうな甘い匂いが漂っていた。作業所から帰ってきてからのおやつタイムをみんな楽しみにしているから、今日はとくに嬉しい時間になりそうだと思って、わくわくした。人見知りな私が、初めて会う人なのに、わくわくした気持ちになることが嬉しかった。

 樋口さんは黒髪のストレートのロングヘアで、銀縁のメガネをかけて、アジア雑貨屋さんでよく見かけるようなタイダイ染めのシャツを着ていた。もえみさんとは全然違うタイプに見えたけれど二人は仲が良く、仕事の合間には楽しそうに話をしていた。


 夜ご飯のとき、いつものようにテレビを見ながら皆でご飯を食べていると、画面に見覚えのある風景が映った。あ、と思わず声を上げると、こっちを向いたもえみさんと目が合った。


「あ、ゆきちゃんもしかしてこーいうの苦手な人?」


 画面に映っていたのは、このまえ家のテレビで見た、ウーパールーパーのブラック。ホームではBSは見られないのだけれど、番組を地上波で再放送しているようだった。


「え、いえ、大好きです!」


 勢い込んで言った私に、それもどーなの!と突っ込んで、もえみさんはギャハハという勢いで笑った。テレビ画面の中のブラックは、黒の皮膚だけどつぶらな黒の瞳がよく目立って、色のせいかリューシスティックやアルビノよりちょっとスマートな体型に見えて、やっぱり口角は少し上がっていた。

 それを見てカエル、カエル、と何度も言うヒロシさんに、ウーパールーパーですよ、ウーパールーパー、ウー、パー、ルーパー、と真剣に教えようと試みる私を見て、もえみさんと樋口さんはいつの間にか爆笑していた。でも、ばかにされて笑われているわけじゃないとすぐにわかったから、私はやっぱり、なんだか嬉しかった。


 夜の九時になり、利用者さんたちはおやすみの挨拶をしてそれぞれの部屋に戻っていく。私ももうバイトを上がる時間だったけれど、仕事を片付けて一息つきながら喋っているもえみさんと樋口さん、年上のお姉さん二人の話を聞くのが新鮮で面白くて、ちょっとドキドキしながら会話を聞くともなしに聞いていた。


「またやったんだって、籠城?」


 え、籠城?、と、樋口さんが問う。もえみさんは少しだけ声を潜めるようにした。


「麻生くんのフィアンセ」


 麻生さんの名前が出たことにドキっとする。その次に、言われた言葉にも。どくん、と心臓が打った。


 トイレか風呂場に閉じこもって出てこないんだって。え、だって麻生くんより上でしょ、もう三十とかでしょ?いい歳じゃん。ちょっとほら、あれだから、メンヘラ?

 ああ、うん、と樋口さんが苦笑する。この話は、二人の間ではどうやら前にも語られたことがあるようだった。

 

「フィアンセ、」


 口に出してしまって、はっとする。今まで会話に参加していなかったのにいきなり口をはさんだから、きっと変に思われてしまう。でも、もえみさんはとくに不思議そうな顔もせず、あ、フィアンセって古いね、と言った。


「婚約者ね」


 言って、人差し指を口もとに当てるジェスチャーをする。私が黙ってこくこくと頷くと、変な話聞かせてゴメンね、と言って苦笑した。


 頬から口もとにかけてがじいんと痺れたようになって、私は今、すごく悲しい顔をしているんじゃないかと思った。でもふっと顔を上げてもえみさんの背後にある窓を見ると、そこに映っている私の口角はわずかながらちゃんと上がっていた。カーテンを、そろそろ閉めておかなければいけない。同時にばたんと居間のドアが開き、アイさんが、お水くださあい!と大きな声で言いながら入ってきた。今日は、少し調子が悪いのかもしれない。はいはい、ともえみさんが立ち上がる。


「あれ、ゆきちゃん、もう帰んなきゃなんじゃない?」

 

 樋口さんに声を掛けられて時計を見ると、いつのまにかもう九時半を過ぎてしまっていた。


「まだ高校生なんだよね?話には聞いてたけど、めっちゃ頑張ってるじゃん」


 今日初めて会った樋口さんが私の名前を覚えてくれていたことも、頑張ってると褒めてくれたことも、ホームの誰かが私のことをよく言ってくれていたらしいことも、すごくすごくすごく、嬉しいことのはずだった。それなのに、ありがとうございます、と言った自分の声は、誰か違う人が言ったみたいに遠く聞こえた。

 戻ってきたもえみさんと、今日はもえみさんと一緒に泊まるという樋口さんに挨拶をして、帰路につく。体育祭が終わるとすぐ中間テストの範囲発表で、明日からテストが終わるまでの間、バイトはお休みさせてもらうことになっている。

 帰り道、電車のガラスに映った私の顔は、やっぱり曖昧に口角が上がったまま固まっていた。電車は混んでいて、私はドアのガラス部分に顔を映したままずっと立っていた。気持ちが悪くなったり、苦しくなったり、涙が出てきたりはしなかった。ただ心の奥のほうが、すかすかと冷たくなってしまったような気がした。

 麻生さんに、恋人がいた。恋人どころか、婚約までしている人が。麻生さんは、一度も私にそんな話をしなかった。でもそれは、私にそんな話をする、必要がないから。恋人がいる、とか、そういう話をわざわざ、するような関係じゃなかったから。

 麻生さんに、恋人がいた。恋人どころか、以下略。でも、その人はメンヘラ(というのが正確にどういう人のことを言うのかよくわからないけれど、もえみさんと樋口さんの口調からいい意味じゃないことはわかった)で、自分の思い通りにならないことがあるとトイレに閉じこもったりお風呂に閉じこもったりする。

 麻生さんが駅のベンチで隣に座ってくれたり、一緒に水族館に行ったりしたことが思い返されて、「メンヘラ」な麻生さんの恋人に対してさげすむような思いを持っている自分の心に気づいてしまって、麻生さんにお祭りで焼きそばを買ってもらったり喫茶店で向かいの席に座ったりしたことが思い返されて、私の頬は家に帰ってからもずいぶんと長い間、もったりと痺れて動かないままだった。


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