第3章 九条琢磨 9
「どうでしたか?あの後は・・何事もありませんでしたか?」
琢磨の質問に舞は少し困ったように言った。
「え?ええ・・・大丈夫でした・・。それで・・これからこのお部屋の窓ふきをさせて頂いても宜しいでしょうか・・・?」
「あ、そうでしたか。清掃会社のスタッフだったんですね?ええ、大丈夫です。お願いします。」
琢磨が頭を下げると、舞はほっとした顔を見せた。
「では、早速お掃除に入らせて頂きますね。」
舞は頭を下げると、早速清掃用具の乗ったカートを押して琢磨の背後にある全面ガラス張りの窓へと向かい、持っていた清掃用具を次々と取り出した。
(よし、俺も仕事にとりかかるか・・・。)
琢磨はデスクの上に乗っていたノートパソコンの蓋を開け、電源を入れるとすぐパスワード画面へ移動する。琢磨がパスワードを入力するとすぐに画面が切り替わり、クラウドにアクセスした。そして鍵付きの引き出しから琢磨が今抱えている案件の資料を取り出し、デスクの上に広げ・・チラリと舞の様子をうかがった。
(あんな小柄な体でどうやってあの高い窓を掃除するつもりなんだろう・・・?軽く見積っても3m近くはあるのに・・。)
作業している舞の姿を見ていると、彼女は窓拭き用のワイパーをクルクルと回し始めた。するとワイパーの棒の長さがどんどん長く伸びてゆく。
(ああ・・なるほど・・・。あのワイパーは伸縮自在だったのか・・なら高い場所でも届くな・。)
そこまで考えていた時・・・。
「あの~・・・。」
突然舞が声を掛けて来た。
「え?」
琢磨は舞に声を掛けられて我に返った。
「あ、あの・・・私に何か御用でしょうか・・?」
「え?あっ!」
琢磨はその時になって気が付いた。そっと見ているつもりが、いつの間にか琢磨はジロジロと舞の事を見ていたようだったのだ。
「あ・・・す、すみません。こんな高い窓・・どうやって掃除するのか気になってしまって、ついまじまじと見てしまいました。申し訳なかったです。気が散ってしまいましたね?」
琢磨は慌てて謝罪した。つい、舞の事が気になって見つめていたとは口が裂けても言えない。
「いえ、気が散ると言う事はないのですけど・・・何か私に用があるのかと思って・・。」
舞は居心地が悪そうに言う。
「すみません。用は別にありません。」
(まずいな・・・このままじゃきっと彼女の気が散って掃除がしにくいかもしれない・・。)
そう思った琢磨は使用していたPCの電源を落とし蓋を閉じ、デスクの上に広げていた資料をバサバサとまとめ、茶封筒に入れ、さらに私物のカバンを引き出しから取ると椅子から立ち上った。
「あ、あの・・どちらかへ行かれるのですか?」
舞が慌てたように話しかけてきた。
「ええ、右隣の部屋で仕事をしているので終わったら声を掛けてくれますか?」
琢磨は舞を見ると言った。
「あ、あの・・・何だかすみません・・・。お仕事の邪魔をしてしまったようで・・。」
舞が申し訳なさそうに言う。
「あ、いえ。そんな事はありません。そちらもお仕事なのですから・・・。ただ私がいると、気が散ってしまうかと思っただけです。」
「いえ。そんな事は・・・。」
しかし琢磨は笑みを浮かべると言った。
「では、部屋のお掃除どうぞよろしくお願いします。」
「はい、お任せ下さいっ!」
舞の元気の良い声に見送られ、琢磨は部屋を後にした―。
****
午前10時―
コンコン
琢磨が部屋で仕事をしていると、ノックの音が聞えて来た。
「はい。」
(誰だろう・・・?彼女だろうか?仕事が終わったのか?)
すると外から声が聞こえて来た。
「九条、俺だ。二階堂だ。入るぞ・」
そして琢磨の返事を聞かず、二階堂が部屋に入ってきた―。
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