第3章 九条琢磨 8
月曜9時―
いつものように出社してきた琢磨はあることに気が付いた。それは水色の上下のユニフォームに同色のキャップを被った人々が大勢清掃用具を持って歩き回っていた事である。
(何だ・・・いつもの管理会社の清掃員たちとは違うな・・?何かあったのだろうか?)
訝しみながら琢磨は廊下を歩き、社長室の前で足を止めてガチャリと扉を開けて中へと入った。
この部屋は琢磨専用の社長室である。以前までは二階堂と同じオフィスルームで仕事をしていたが、事あるごとに二階堂が自分の仕事を振ってきたり、仕事中にも関わらず自分の家族の自慢話をするなど、私語が絶えなかったので琢磨は二階堂に半ば泣きつくような形で自分専用のオフィスを用意して貰ったのだが、それでも1日の内半分は二階堂と同室で仕事をしている。
琢磨が与えてもらった地上15階にあるオフィスルームは南側は全面ガラス張りで、外の眺めの良い景色が眼前に広がっている。日当たりが良く、窓際の隅に置かれた観葉植物は大きく育っている。
琢磨は窓際に寄せたデスクに向かうと、大きな引き出しの一番下を開けて自分のカバンをしまい、コーヒーメーカーが置かれているカウンターへ向かった。
「今朝はこれにするかな・・・。」
琢磨はカフェモカのカプセルをカウンターに置かれた引き出し付きの棚から取り出すと、コーヒーメーカーにセットした。そしてタンクを取り出すとウオーターサーバーから水を入れ、セットをすると電源を押す。やがてお湯が沸いた知らせが鳴ったところで、注ぎ口に紙コップをセットしてコーヒーを注いだ。
途端に室内にコーヒーの良い香りが漂ってくる。
「朝はこの時間が一番好きだな・・・。」
琢磨は呟くと、湯気の立つカップを持ってデスクへ移動した。窓際に立ち、ここから見える高層ビル群を眺めながらコーヒーを飲んでいると、突然ノックの音が聞えて来た。
コンコン
「ん?誰だ?」
琢磨のオフィスを尋ねてくるものは二階堂以外は滅多にいない。そしてその二階堂は重役出勤の為にまだ出社してくる事は無い。
「どうぞ。」
「失礼致します。」
するとカチャリとドアが開かれ、入室してきたのは先ほどこの部屋まで来る途中にすれ違ったユニフォーム姿の人物で・・女性スタッフだった。キャップを目深に被っている為に顔が良く見えないが、まだ若そうに見えた。
女性は大きなカートを押して入室してきた。カートの上にはバケツにモップ、キャップ付きに入った洗剤、等々・・さまざまな清掃用具が乗っている。
「あの、本日は定期的なビル清掃の日なので・・掃除に来たのですが・・大丈夫でしょうか?」
そして女性はキャップを外し、琢磨を見た。その顔には見覚えがあった。
「あ・・・君は・・・!」
「え・・?」
女性は不思議そうに首を傾げ、尋ねた。
「あの・・・もしかして私の事をご存じなのでしょうか?」
女性の方は琢磨の事を覚えてはいないようだったが、琢磨は良く覚えていた。
その女性は幼稚園で男性に絡まれていた女性・・舞だったのだ。
「ええ、実はこの間の運動会でお会いしてますよ。確か、レンという名のお子さんと一緒に暮らしていますよね?」
「ええ、そうですが・・何故それを・・・?あっ!」
そこでようやく舞は目の前に立っているのが誰か分かり、慌てて頭を下げた。
「これは大変申し訳ございませんでした。スーツを着ていらしたので・・気づきませんでした。」
「いえ。いいんですよ。」
琢磨はにこやかに答えて笑みを浮かべた―。
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