第3章 九条琢磨 7
21時―
琢磨は都内のタワーマンションにある自室で1人、高層ビルから見える夜景を眺めながらワインを飲んでいた。
そして今日の出来事を思い起こしていた。
レンという子供を育てている女性・・・。
「あの男の子は・・彼女の子供じゃないって事なんだろうな・・。そして彼女から子供を奪おうとしていたのは恐らく父親・・・。だけど・・あの分だと彼女は子供を奪われる可能性の方が高いな・・・。」
そこまで考えて琢磨は我に返った。
「お、俺は一体何を考えているんだ?どっちにしろ、もう会う事も無いだろうし俺には何の関係も無いことだしな。」
そして琢磨は煽るようにワインを飲むと、85インチのテレビのリモコンを付けて映画を見始めた―。
翌日、琢磨は1日中タワーマンションから出る事をせずにフィットネスジムで汗を流し、夜は久しぶりにこのタワーマンションの最上階にあるバーラウンジへと足を運んだ。
高層ビル街の夜景が美しく見えるカウンター席で1人ウィスキーを飲んでいると、不意に背後から声を掛けられた。
「九条さんではありませんか?」
振り向くとそこに立っていたのは琢磨の隣の部屋に住む不動産会社の社長を務めている男性だった。年齢は42歳で独身。普段から時間さえあればジムで身体を鍛えている人物で、筋肉質で外見もとても若々しかった。30代でも通用する風貌をしている。
「ああ・・青柳さんでしたか、こんばんは。」
「隣・・座ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「では、失礼します。」
青柳は琢磨の隣に座ると、すぐにウェイターがやって来た。
「何に致しますか?」
「そうだな・・・ギムレットを頼みます。」
「かしこまりました。」
「今夜は女性連れじゃないんですね?」
琢磨はからかうように言った。
「また・・九条さんはそのような事を言って・・・。まるで私が毎回毎回女性を伴っているようじゃありませんか。」
青柳は照れたように言う。
「ですが、前回このバーでお会いした時も若い女性と一緒だったじゃないですか?」
言いながら琢磨はウィスキーを飲んだ。
「失礼致します。」
そこへウェイターが現れ、青柳の前にギムレットを置くと言った。
「ごゆっくりどうぞ。」
そして頭を下げると去って行く。青柳はギムレットに手を伸ばし、一口飲むと言った。
「色々なショットバーで飲んでいますが・・・やはりこの店が一番おいしく感じますよ。多分、ここで暮らしているので安心感があるのかもしれませんね。」
「ええ・・・そうですね。このマンションはレストランもあるし・・独り身の自分としてはとても住みやすい環境だと思っています。」
琢磨が答えると青柳は言った。
「九条さんは・・・ご結婚は考えていないのですか?」
「え?俺が・・ですか?」
「ええ、多分九条さん程の容姿を持っていれば女性なんか自由に選び放題なんじゃないですか?それなのに・・私は貴方が女性と一緒にいたところを見たことが有りませんから・・ひょっとして結婚には興味が無いのかと思いましてね。」
「結婚・・・。」
その時、琢磨の頭の中に一瞬・・朱莉の姿が浮かび・・・すぐに消えてしまった。
「どうしましたか?九条さん。」
「いえ・・・実は、結婚したい女性はいたんですけどね・・・彼女は思いを告げる前に・・別の男性と結婚してしまったんですよ。」
「えっ・・?!」
青柳の顔が曇る。
「ま、まさか・・九条さんほどの男性が・・振られる事があるんですね・・。」
「そんな、大げさですよ。結局・・その女性が忘れられず、誰とも付き合う気になれないのですから。」
「そうですか・・でもきっとその内またいい人が現れますよ。実はね・・私も今日振られたばかりなんですよ。」
青柳は笑いながら言う。
「えっ?!そうなんですか?!」
「ええ・・だから、今夜はお酒・・付き合って貰えると嬉しいですね。」
「ええ。俺で良ければ喜んで。」
そして青柳の言葉に琢磨は頷いた―。
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