第3章 九条琢磨 3
みんなの体操が終わり、運動会のプログラムは3番目に入ろうとしていた。
「いいか、九条。栞のスタートは5番目だ。左側のレーンから数えて2番目の列で走るからな?しっかり動画撮影をしておけよ。俺はスタート地点から撮影するからお前はゴール地点で撮影するんだ。しっかり俺の娘の雄姿を動画に収めておけよ?」
紺色のブランド物ポロシャツ姿に、スウェットのパンツを履いた二階堂が琢磨に念を押している。
「ハイハイ・・分かりましたよ。栞ちゃんをしっかり撮影すればいいんでしょう?」
「ああ、そうだ。後でその動画を編集して1本のブルーレイにまとめるつもりだからな。」
大真面目に言う二階堂に九条は半ば呆れた。
(全く・・あの先輩がここまで親馬鹿になるとは思わなかった・・・。俺にはさっぱり理解出来ない・・。)
「おい、聞いているのか?九条?お前・・・手抜きで動画撮影しようものなら・・・インド行だぞ?」
さらりと二階堂はとんでもない事を言う。
「じょ・・冗談じゃないですよっ!パワハラもいいとこじゃないですかっ!」
「何、ほんの冗談だ。気にするな。ただ・・・それくらい真剣に動画を取れよと言っておきたかっただけだ。それじゃ、しっかり頼むぞ。」
ハハハと笑いながら、琢磨の肩をポンポン叩く二階堂の目は・・真剣だった。
「わ・・分かりましたよっ!全身全霊を掛けて真剣に撮影頑張りますっ!」
半ばやけくそで言うと、九条はビデオカメラを持って、持ち場へ急いだ―。
「な・・なんなんだ・・・?この人だかりは・・・?」
ゴール地点へやって来た琢磨は目の前の光景に目を見開いた。そこには大勢の保護者が黒山の人だかりになって、我が子の雄姿を収めようとビデオカメラやスマホ・・デジカメを構えている。中には三脚を出したり、持参した脚立に登ってカメラを構えている強者までいた。
「こうしちゃいられない!」
のんきに構えていた琢磨は、慌てて列に向かい・・何とか自分のポジションを確保すると、真剣な眼差しでビデオカメラを構えた。
(先輩はああは言ってたけど・・・腹の底じゃ何を考えているか得体のしれない男だ・・。下手したら本当にインドに飛ばされてしまうかもしれないからな・・・本気で撮影に臨まなければ・・・!)
その結果―
やり手の琢磨は見事に栞の撮影に成功したのだった。
「ふう~・・・やれやれ・・。何とか撮影成功したな・・・。」
首から下げたビデオカメラを持って、琢磨がその場を去ろうとした時・・。突然背後で女性の声が上がった。
「レンちゃんっ!しっかり!頑張ってーっ!」
(え・・?!レンちゃん・・だって・・?!)
その瞬間、琢磨の脳裏に朱莉の姿が蘇った。優しく・・・物静かで、そしてとても美しかった朱莉。自分の子供でもないのに・・蓮をまるで我が子のように慈しみ、子育てを心から楽しんでいた朱莉・・・。
(まさか・・・朱莉さんかっ?!)
琢磨は振り返ったが、そこには大勢の母親たちがいて、子供たちの応援をしている。そこに・・朱莉の姿はなかった。
「・・・ハハ・・・当然・・だよな・・。いるはずは無いか・・・。大体住んでいる場所が違うじゃないか・・・。」
各務家は六本木に住んでいる。そして・・ここは青山。当然蓮がこの幼稚園に通っているはずは無かった。
溜息をついて、再び背を向けた時・・・歓声が上がった。その中に琢磨は、はっきりとその声を聞いた。
「やったー!レンちゃん!1位よ!1位っ!」
再び、女性の声が聞こえ・・・琢磨はどうしてもレンと同じ名を持つ子供の母親を見て見たくなり、振り返った。
(あの女性か・・・?レンと呼んだのは・・・?)
琢磨の目には1人の女性の姿が映った―。
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