第3章 九条琢磨 2
翌朝8時―
良く晴れた5月の青い空の下、Tシャツ姿にジーンズを履いた琢磨は二階堂から託された一眼レフカメラとビデオカメラを持って、二階堂と静香の娘・・栞の運動会へやってきていた。
「九条さん。本日はありがとうございます。何だか・・夫が無理なお願いごとをしてしまったみたいで申し訳ございません。」
スウェットスーツにキャップを被った静香が丁寧に挨拶する。
「いえ、いいんですよ。気になさらないで下さい・・・。」
乾いた笑いで九条は答える。すると白い体操着に紺色のハーフパンツ姿の今年4さいになったばかりの栞が琢磨の足に抱きつきながら言った。
「ね~。たっくん。私、たくさんたくさん頑張るから・・綺麗に撮影してね?」
「ああ・・・分かったよ、任せておけって。」
琢磨は苦笑しながら栞に笑顔を見せた。まだ4歳ながら栞はなかなか早熟な娘で、まるでモデル並みの容姿を持つ琢磨の事をとても気に入っていた。何せ、将来はたっくんのお嫁さんになるっ!と二階堂の前で言って、冷たい視線を時々浴びせられるほどである。その度に二階堂は何処まで本気で言っているのが分からないが、「娘はお前にはやらないからな。」と大真面目に言うほどであった。
(全く・・・勘弁してほしいな・・)
ただでさえ、琢磨は注目を浴びるのが嫌いだ。そしてまだ独身の琢磨は、やはり周囲から見れば非常に若々しくみられる。その為に、幼稚園の運動家に参加している他の母親たちから熱い視線を向けられ・・・さらには父親たちからは嫉妬と羨望の入り混じった目で注目を浴びていた。
(こんな事なら、もっと目立たない恰好をして来ればよかった・・・。)
しかし、後悔してももう遅い。その時、園内放送が流れた。
『はい、それではそろそろ、白鳥幼稚園の運動会が始まりますっ!園児の皆さーん、ステージの上に立つ園長先生の前に集まってくださーい!みんなの体操が始まりますよーっ!』
元気な女性の声が響き渡り、ステージ上には恰幅の良い男性が紺色のジャージを着て両手を大きく振って園児たちを手招きしている。すると途端に歓声を上げて園児たちがステージに向かって駆けていく。
「あ!私・・行かなくちゃっ!」
栞がステージに向かって駆けていく。すると静香も言った。
「すみません、九条さん。私もPTAの仕事があるので、行ってきます!手が空いた時は荷物番お願いしますっ!」
「え?荷物番?」
(それって・・・ひょっとして・・・運動会が終わるまで俺にずっとここにいろって事なのか?!)
琢磨は焦った。午前中だけ動画と写真撮影に付き合い・・お昼ご飯をご馳走になった後は適当に言い訳をして帰ろうと思っていたのだ。
(じょ、冗談じゃないっ!何が悲しくて親戚でもない子供の運動会を1日見ていなければならないんだ!)
「あ、あの・・・俺、今日は・・!」
慌てて立ち去ろうとする静香に声を掛けると、静香は琢磨を振り返ると言った。
「頼りにしてます!九条さんっ!」
そして走り去って行く。
「た、頼りにしている・・・?」
こうして、琢磨の今日の予定は1日運動会で潰れてしまうのかと覚悟を決めるしかなかった―。
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