第3章 九条琢磨 4
琢磨の目に映った女性は・・・若かった。まだ20代半ばかと思われるその姿はとても美しかった。長い髪の毛を後ろで一つにまとめ、競技に参加する為だろう、紺色にピンクの縦のラインが入った上下のジャージを着ている。他の母親たちよりは地味な格好をしていたが、それでもひときわ輝いて見えた。弾けるような笑顔で子供の応援をしている姿は好感が持てた。
(そうか・・彼女がレンという子供の母親か・・。一瞬でも朱莉さんの姿を想像してしまったが・・。まさかこれほど朱莉さんの事を引きずるとは自分でも思ってもいなかったな・・・。)
そして琢磨は溜息をつきながら、荷物番の為に先ほどいたシート席へと向かった―。
****
その後も競技は進み・・・ついにお昼休みになった。
「九条、午後もよろしく頼むな?」
レジャーシートに座った琢磨に缶の飲み物を渡してきた。何気なく受け取った琢磨はラベルを見て驚いた。
「え?こ、これってビールなんじゃないですかっ?!」
「ちょ、ちょっと!あなた!何してるの?!こんなところでビールなんて!」
静香も驚いて夫をたしなめると二階堂は笑いながら言った。
「何言ってるんだ?2人とも・・・俺が幼稚園の運動会でビールなんか渡すはずないだろう?ノンアルコールのビールさ。」
「な、何だ・・・そうなのね・・・。」
静香は安堵の溜息をついた。
「そういう事ならこちらも遠慮なくいただきますよ。」
琢磨はプルタブに手を掛け、プシュッと蓋を開けると上を向いて喉をゴクゴクと鳴らしながらノンアルビールを飲み干し・・・何やら視線を感じて辺りを見た。
(な、何だ?)
すると静香と二階堂だけでなく、周囲に座っている他の保護者達も何故か琢磨を凝視している。
(何だ?やっぱりこんなところではノンアルビールも飲んだらまずかったのか?)
しかし、それにしては男性と女性では自分を見る目が違う。女性の方はうっとりした目つきで琢磨を見ているし、男性は何やら嫉妬や羨望が混ざったような目で琢磨を見ているのだ。すると二階堂がため息をつきながら言った。
「はぁ~・・・九条。お前なあ・・・。」
「本当・・・少し自覚を持ったほうがいいわね・・・。」
静香も額を押さえてため息をつく。一方の栞はおにぎりを食べながらお茶を飲んでいた。
「え?え?な、何なんですか?2人とも。俺・・何かしましたか?」
二階堂と静香の顔を交互に見ながら琢磨は尋ねた。すると二階堂は言った。
「お前・・・無駄に色気を振りまくな。無自覚なら尚更気を付けろ。」
「ええ。本当・・ほら。だからママたちはうっとりした目で九条さんを見ているし、パパの方は嫉妬の目で見ているのよ。」
「ええっ?!そ、そんな・・俺はただ普通に飲み物を飲んだだけですよっ?!」
「やっぱりあれだ・・。」
二階堂は言う。
「ええ。そうね・・・。あれしかないわね・・。」
「な、何があれなんですかっ?!」
「つまり、早く所帯を持てって事だよ。」
二階堂はだし巻き卵を食べながら言う。
「そうよ。結婚すればきっとそのフェロモンが抑えられるはずよ。」
静香は言い終わるとウィンナーを口に入れた。すると、突然栞が言った。
「ええ~っ!そんな、駄目だよ!たっくんは私と結婚するんだからぁ!」
「駄目だっ!栞!九条だけは絶対に!」
二階堂が本気で怒る。
「ええ~ヤダヤダヤダヤダ~ッ!!」
そんな栞を二階堂と静香は必死になって栞に言う。結婚するなら他の男の子にしろと説得している姿を九条は冷めた目でおにぎりを食べながら見ていた。
(全く・・・運動会に無理やり参加させておいて、2人とも・・栞に何俺の変な話をふきこんでいるんだか・・。)
おにぎりを食べ終えた琢磨はまだもめている3人に声を掛けた。
「あの、手を洗ってきたいのですけど・・どこかにありますか?」
すると静香が指さしながら言った。
「ああ、それなら・・・ほら。あのテントの奥に水道があるわ。」
「ありがとうございます。ではちょっと行ってきます。」
琢磨は立ち上がり、スニーカーを履くと水道の方へと向かって歩き出した―。
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