第13話

俺が小学生の頃は、うちはまだごく平凡な普通の家だったと思う。


親父は俺が幼稚園の頃から仕事に追われあまり家にいることはなかったが、それでもたまに帰ってきては必ず外に遊びに連れて行ってくれたし、家族でピクニックやキャンプもやった。


俺と妹は3つも歳が離れていて、小さい頃は本当に仲が良かった。

妹は赤ん坊の頃から気立が良く、俺は昔から太っていたが、こんな醜い兄にも妹はとても良く懐いていてくれた。


きっかけは、俺が偶々テストで満点を取る日が続いたことだと思う。


運動が苦手で見た目も悪い俺は、その分を成績で補おうと躍起になって勉強した。

そうやって何とか自分の地位を確保したくて、必死に秀才のふりをした。


テストでいい点を取ればお袋は喜んでくれるし、親父はケーキを買って帰ってきて褒めてくれた。

妹はいつも「おにいちゃんはすごいねぇ」と俺を讃えてくれた。


俺は調子に乗って、中学受験をしたいと言い出した。


後で聞いた話だが、中流家庭で高卒だったお袋は名家である親父の家に嫁いだことで、親族から散々嫌味を言われ悔しい思いをしてきたらしい。


そんな事もあって、俺を名門中学に入れて親族を見返してやろうという気持ちもあったのかも知れない。


俺とお袋はそれまで以上に勉強に力を入れ、二人三脚で頑張ってきた。


この時からお袋は既に教育に熱が入りすぎて、俺はオーバーヒート寸前だったし、妹は蔑ろにされグレる兆候を見せ始めていた。


だが、そんな崩壊の予兆は当時の俺達には感じ取ることが出来ず、俺は見事に有名私立中学に合格してしまった。


お袋は俺が難関校に合格したことを周りに吹聴して回るようになり、完全に天狗になっていた。


一方で俺は難関校に合格したことに胡座をかき、少し休んだ途端に全く授業について行けなくなっていた。


俺は少しでも遅れを取り戻そうと塾に缶詰になり、学校以外にも1日12時間勉強に当てるという中学生にしては相当な無茶をしたが、一向に成績は良くならず、次第にもう止めたい、と懇願する様になった。


だが、お袋はそれを許さなかった。


周囲に自慢して回り、後に引けなくなったというのもあるんだろう。

気付けばお袋は、鬼のように俺の指導について回るようになり、少しでも成績が下がろうものなら烈火の如く怒り狂い、散々家族に当たり散らした。


もう限界だった。秀才のメッキは剥がれ、俺は壊れてしまった。


部屋に引き篭もり、ひたすらゲームやアニメに夢中になった。


お袋は、そんな俺を最初の頃こそ叱り、ゲームや玩具を破壊しては無理矢理机に向かわせていたが、俺の頑なな態度にやがて諦めがついたのか何も言って来なくなった。


これでよかった、これでやっと普通に戻れる。


ところがそう思ったのも束の間、お袋は折れてしまった駄目な兄に見切りをつけ、今度は知らない間に順当にスクスク育っていた妹の慶子の方に目を付けたのである。


どうやら親父の優秀な血は、兄ではなく妹の方に受け継がれていたようだ。

お袋の過干渉を適当にあしらいながらも妹は難なく難関中学を突破し、特待生として既に留学を何度も経験するまでになっていた。


一方、落ちぶれた俺の方はというと中学からの貯金で何とか高校に進学したものの、壮絶な集団イジメに遭い、一年生から引き篭もりを続け遂には高校を退学した。


親父はというと、仕事なのか愛人宅なのかは知らんが、この頃には全く家に寄り付かなくなっていた。


「臭いから近寄んないでよ、負け犬根性が移る」


これが俺と妹の最後の会話だった。


以降、俺と妹は同じ家にいながら、妹が死ぬまで顔を突き合わせることはなかった。

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