第7話
12月29日、遂にコミケ当日──
俺達はキャリーケースに大量の荷物を乗せ、朝五時に会場に前入りを済ます。
まだ始発一回目だと言うのに、現地には既に前入りした連中で長蛇の列が出来ていた。
俺はそんな列を横目に、悠々と関係者用出入り口に回る。
フハハハハ、どけどけぃ、この関係者用パスが目に入らぬか。
え、サークル側は入場7時半?
え?あ、はい、今回初参加です。
いいえ、はい、待ちます待ちます、ここで待たせて貰います…
ちなみに親父は俺のお目当ての品のお使いの為、一般参加側の列に並ばせておいた。
一応欲しいものリストとチェック済みのカタログ
は渡して、入念に言い含めておいたが激しく不安だ。
べ、別に親父のあちこち傷んだ老体が心配とかじゃないんだからねっ///
「只今より、第9x回、コミックマーケットを開催いたします──。」
いよいよ始まった。
身体が震える。
武者震い ではない、
何千人もの参加者が一斉に走り出しこの狭い会場に押し寄せてきた為、物理的に会場全体が揺れているのだ。
俺はこれから一人でこの荒れ狂う猛獣共の性欲を一手に引き受けなければならない、
保ってくれよ、オラの身体!
界王拳3倍だァー!!!
──なんてねっ☆
分かっている、現実はそうそう甘くはない。
有名な絵師や壁サークルでも、最初の頃は2〜3冊しか売れなかった、なんて話はザラにある。
ましてや俺はSNSなどで一切何の告知もしてない。
一冊、いやせめて三冊、
先ずはそこから、そして段々と有名絵師の階段を登っていけばいい。
今日は伝説の幕開け、予定された負けイベント、前哨戦みたいなものだ。
俺はようやく登り始めたばかりだからな、
この果てしなく遠い同人誌坂をよ…
とは言いながらも、やはり体は正直で、気付けばウキウキと(親父が)夜なべして作った手作りのポップを設置していった。
「あの」
隣のサークルが話かけてきた⁉︎
そういえば聞いたことがある、サークル同士は挨拶代わりに自分の同人誌を交換しあうのだと、
今がその時か?
俺は慌てて同人誌を両手に精一杯の笑顔を作って振り向く。
「あ、よろしくお願いします〜」ニコッ
「ポップがこっちにはみ出してるんでそれしまってもらえません?」
ア、ハイ、…マセン
っんだボケコラカスゥ、
誰に向かって文句言ってんねん!!ボコー
俺は大人なので脳内で隣サーのメガネをボコボコにするだけに留めてやる。
イカンイカン、せっかく祭りに参加したのだ。
ここは俺が大人になってやらねば、
「こっ、こっ、これ俺の作品です、よ、よかったらふヒョヒョ」
メガネは俺の作品を一瞥した後、溜息を吐きながら受け取り、嫌そうな顔をして「はいじゃあコレ」と自分の作品を投げ渡してきた。
プッチンプリン
スーパームキムキ俺「オラァ!」ドゴォバキィブラッシャァッッ!!!!
かつてんメガネだったモノ「ん……んゅ……?」ピクピク
スーパームキムキ俺「───ッッッッシャァアアッ!!!!」ッパーンドゴオオオ
肉塊(メガネ)「」
つい勢い余って殺しちゃった
でも俺を怒らせたメガネが悪いんだぞ❤️❤️❤️
死ね❤️❤️❤️
はぁ、はぁ、危ない危ない
脳内で肉塊になったぞメガネ
次からは口の利き方に気をつけろよ?
それにしても親父遅いな、何やってだ…
三時間経っても親父は姿を現さず、俺はずっとこの固いパイプ椅子に座りっぱなしだった。
もう何人の人達を見送って行っただろう、
通り過ぎる人達は皆、俺の作品には全く興味を示さず足早に通り過ぎていく。
ま、それは隣サーのメガネも一緒か……
ソシャゲをポチポチするのにも飽きてしまった俺は、暇潰しに隣サーの同人誌を見てみることにした。
「エッッッッッッエッッッッッッッッッ!!!」
エ、エロいや違う、
う、上手い、超絶に上手すぎる、うっそだろ神絵師様御降臨してんじゃん。
要チェックや!!!
急いでSNSで作者名を検索しまくる。
こんな逸材を逃していたなんて、俺の馬鹿、もう知らない!!
俺の声にならない叫びが周りの連中にも呼応したのか、メガネのスペースにはぽつぽつと人が足を止めるようになった。
それが徐々に、段々と、人が人を呼びあっという間に列を形成するようになった。
あっ、ちょっと、横に並ぶなそこ俺のスペースだぞ
「すいません隣の方に迷惑なんで列崩さないで下さい」とメガネが列に注意喚起を促す。
ほう、最低限の礼儀はあるようだな
「ついでに小銭無くなってしまったので両替えさせて貰えませんか?」
イヤミか貴様ッッッ!?
そんなこんなであっという間に同人誌を完売してしまったメガネは、早々にポップ類を片し帰り支度を済ませてしまった。
ふん、スペース広く使えるようになって精々したわ
とっとと消えろ、このオレ様にぶっ飛ばされんうちにな
「あの、両替え有り難うございました。
これ余ったんで良かったら使ってください」
メガネは去り際にそう言うと、俺にホッカイロを手渡してきた。
「応援してます、それじゃ」
俺は自分の心の狭さと同志の優しさに触れ、一人静かに涙を流した。
決して未だ一冊も売れないどころか、手に取ってみてさえ貰えない自分自身が惨めに思ったからではない。
決して
決して
────
5時間経ち、ようやく親父が姿を見せた。
髪の毛も服も皺くちゃで、手には俺が頼んだ品の紙袋で一杯になっていた。
俺は何も言わずパイプ椅子を出して親父を座らせ、ぬるくなったポカリスエットを手渡してやる。
親父はやっと一息付けたようで、安堵のため息を漏らした。
「すまん、頼まれてたもん半分も買えなかった」
いいんだ、親父、いいんだよもう……、
流石に開場から5時間も経つと人もまばらで、サークル側にもちらほら帰り支度を済ましている人達がいた。
「それで…、どうだった?少しは売れたのか?」
親父は机の上に並べてからこれまで微動だにすることのなかった俺の同人誌をちらりとみた。
「…………でした」
「え?」
「今回のコミケで...俺は......
なんの成果もッ!!得られませんでしたッ!!」
俺は泣いた。
人目も憚らず、子供のようにゎんゎん泣いちゃった。。。まじムリ。。。リスカしょ。。。
親父は黙って俺の背中をさすってくれていた。
コミケ終了のアナウンスが流れる
こうして、俺の最初で最期のコミックマーケットが幕を閉じた──
一冊も売れず重いだけの荷物になった紙の束を這々の体で持ち帰り、真っ暗な部屋のベッドに体を投げ出す。
疲れた──
もう何もしたくない、
あれだけ楽しみにして親父に無理させて買わせてきた有名絵師達の同人誌さえも、今は只のゴミにしか見えなかった。
ふと思いつき、インスタで長谷川直子の名前を検索する。
一件の検索結果が出たので、どうせ別人だろうなと思いながらもタップする。
あの時と変わらない笑顔の彼女がそこにいた。
隣には旦那と思われる男と赤ん坊を抱えて─
俺はスマホをそっ閉じし、布団を深く被り
膝を抱え、声を押し殺して夜明けまでひたすらに泣き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます