第8話

頭痛が痛い、頭がガンガンする。


流石に20時間は眠りすぎた、

あの日以来、睡眠を長く取るのが癖になってしまった。


洗面所へ行き湯水が出るのを待って頭からかぶると、その辺にあったタオルを引っ掴み乱暴に拭く。


鏡を見た、酷いクマだ。


いつもなら風呂上がりの鏡を見る度、俺も結構イケてるんじゃね?と思ったものだが、

この日イケメンに代わってそこにいたのは、

髭ボーボーでまるまるテカテカした中年膨れ面おじさんだけだった。


明日も♪晴れるかな〜♪

じゃねぇわっ!!


ひとしきりひとりボケツッコミを済まし、リビングに向かう。

「親父ィ、めし─」


知らない男が親父に向かい合い正座していた──


俺はバク転ロンダートバク宙返三回転を決め(たつもりで)、警戒感MAXで廊下に影を潜める。


「誰だっ!」

ゴルゴ並の低い声で精一杯威嚇する


「初めまして慶一郎さん、私は──」

「いや、俺から説明させてくれ」

お、親父?


「慶一、この青年はな、俺の元部下で俺が退職後も色々お世話になっている枢木白虎君だ」


へー


「お世話だなんてそんな、此方こそ鳥越さんには御引退したにも関わらずご相談に乗って頂いてばかりで──」


「彼はな、まだ若いのにとても優秀な青年で、俺の指示を一聞いたら百結果を残すような、現場にはなくてはならない皆から重宝される立派なエースなんだ」


あっそうッスカ、


「次長の適確な御指導ご鞭撻の賜物があっての今の私です。あの頃の一若輩者がここまで仕事を任されるようになったのは、一重に次長の類稀なる指導力と皆を纏める統率力があってこそ、

私は次長という良いお手本を前に、真似事をしているに過ぎません。」


「おいおい、俺はもう引退したんだ、

次長はよしてくれよ」


ハハハ、と親父が枢木と呼ばれる背中をバシバシ叩く。


でっていう


「は、申し訳ありません、ですが私にとっては今も次長は変わらず一番に憧れ、目標としている上司です。慶一郎さんはご存知ないかも知れませんが、次長はその豪腕で数々の案件を捌いてきた我々の中でも生きる伝説として──」


「興味ないね」

俺は鼻くそを小指で丸めてピンっと弾く。


「なっ──!」


「俺の中では親父なんてのは仕事にかまけて家族を蔑ろにしてぶち壊したクズ野郎でしかない、

仕事でどんだけ優秀でアンタの憧れだったかは知らんが、こんな屑ニートの社会の御荷物作り出してる時点で大抵碌な人間じゃねえよ。

つまり俺という存在が親父をただのろくでなしだって証明してるのさ Q.E.D(証明終了)」


枢木という男は途端に顔が真っ赤になり、腕をプルプルとわななせていた。


「人様の家庭の事情に首突っ込むにゃ百年早いよこのボンボンが、分かったら帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな坊や」


はぁ〜、高学歴論破すんの気持ちえぇ〜

俺は射精に似たオーガニズムで悦に浸った。


「やめろ枢木君っ!!!」

っぴゃあっ!?


突然奴が俺に飛びかかってくるのを、親父が肩を抑えて制止する。

「ッ離して下さい次長!!!」


「次長は男親のいない俺を親身になって育ててくれた本当の父親みたいな人だ、

それを実の息子とはいえここまで馬鹿にされて黙っていられませんっ!」


お前の父親じゃなくて俺の親父なんですけど?

ベロベロバァ、ねぇねぇ、論破されてどんな気持ち?今どんな気持ち?


「座るんだ枢木君、座れ」

親父が奴の両肩を無理やり押さえて座らせる。


そうだそうだ、どんだけ高学歴だかは知らんが、初対面の人間に対して直ぐに暴力に訴えようとするなんて、なんて粗野で野蛮な野郎なんだ、即刻獄門打ち首市中引き回しの刑に処す!ね、ケイ一郎っ♪ヘケックシクシ、処すなのだ♪


「慶一も座れ、大事な話がある」

処す?

何でオイラまで席に着かなきゃならんのよ、

何か座らなきゃならないソースでもあるんですか?


「いいから座れっ!!!」

っぴえっ!?


親父がここまで怒るなんて……


クッソ、奴が帰ったら覚えてろよ軍隊式暗殺八極拳さんアップお願いします。


「今日はな、枢木君にお前の仕事の世話を頼もうと思って来てもらったんだ」


は?


「僕の義父がそこそこ大きいセメント会社を経営していて、未来ある職人育成の為に求人募集をかけてるんだけど中々人が集まらなくてね、

次長に相談を持ち掛けた所、是非君を、って」


えぇ……やだぁ、


「どうだろう、試用期間でも御給料はちゃんと出るし、寮もあるから家賃や光熱費の心配も要らない、寮食は朝夜出るし、昼もちゃんと弁当が支給される、ある程度体力が必要な仕事だけど、昼休憩はあるし福利厚生もしっかりしてるし、年齢不問だから仲間もすぐにできると思うよ。」


凄い、魅力的な仕事を紹介しているようで今時極めて当たり前の労働環境なことしか言っていない。


こいつはくせえッー!!ブラック以下な臭いがプンプンするぜぇッーッ!!!


「本当はもっと早く紹介しようと思っていたんだがな。お前が自分で働く口を見つけてくれたならそれが一番いいと思って敢えて何も言わなかった。

だが、なぁ……」


そうか、あの日のノーパンしゃぶしゃぶ会合は

この日の為のものだったのか。


そりゃあ俺だって本当に若いギャルのパンティーをしゃぶしゃぶしてるとは思わなかったさ、

今は風営法で禁止されてるしね。


だからってこんな……


「なぁ、どうだろう。あの日以来、碌に絵を描いているわけでも無いんだろう。


俺ももう歳だしいつまでもお前の面倒を見れるわけじゃ無い、蓄えも無いし俺が亡くなったらお前これからどうやって暮らしてくんだ?」


ぐぬぬ……


「俺はお前が心配なんだよ、母さんも出て行ってしまって今や残された家族はお前だけだ」



「……だから俺も厄介払いして、自分一人で気ままに自由を謳歌しようってのかよ」

「なっ」

「慶一郎君っ!」

「部外者は黙っててくれ!!」


「なぁ!結局そういう事なんだろ、自分の老後の生活の為に俺が邪魔で要らないから都合の良い捨て場所探してたんだろっ!!アンタは昔っからそうだもんな!都合が悪くなったらすぐ逃げる!家庭が嫌で仕事に逃げて俺が嫌だから今度は捨てるんだっ!慶ん時だって──」


「慶一っ!!!」


親父の不意の一撃に、漫画みたいに体が吹っ飛ぶ。

親父はつい手を出してしまった自分が信じられないようで顔面蒼白になって目を背けた。


二度もぶったね、親父にも殴られいや親父だけど。


開戦のゴングが鳴った。


俺の軍隊式暗殺八極拳が唸りをあげ、俺、親父、枢木とかいう奴、と突掴み合いの壮絶な喧嘩がおっぱじまった。


大地を揺るがすあまりの激しい戦いに近所の人が恐れをなし警察を召喚し、事態が収拾する頃には当たりはもう夕暮れの光に包まれていた。


「また来ます」と言い残し、枢木という男が

去って行くのを玄関で見送る。


二度とくんな、親父塩まけ、塩


「殴って済まなかった──」

親父はそうぽつりと言い残し家の中に入ってしまった。


俺は泣いた。

きっと今度こそ、眩しいその夕日の光が目に染みたのだ。

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