第3話 この地

「久しぶりだね、元気だった?広中くん」

彼女は、最後に会った時よりも、ぐっと大人っぽくなっていた。


「ああ。何とかね。五月さんは綺麗になったね」

彼女の名は、五月愛衣(さつき めい)。

その名の通りで、五月生まれの女の子だ。


「広中くんは、あまり変わらないね」

「そうかな・・・」

「うん。一目でわかったよ」


五月さんい会うのは、4年ぶり。

でも、そのブランクは全く感じなかった。


「他のみんなは元気?」

「うん。元気だよ。もう、先に引っ越したけどね」

「そう・・・」


その言葉に、少しの寂しさを感じる。


駅前にある店は、もうほとんど閉まっていた。

二度とそのドアが、開くことはない。


「でも、よく僕に電話をくれたね」

「最後だからね。君のも見ておいてほしかったんだ」

「うん・・・五月さんはどうするの?」

「うちも、引っ越すよ。そうなると、もう頻繁には会えなくなるからね」


2年間過ごしたこの村。


あまり、人間関係をうまく築けない僕に、彼女は積極的に声をかけてくれた。

そのおかげで、それなりに楽しい時間を過ごせた。


「でも、どうして五月さんが、僕に電話をしてくれたの?」

「君は私にとって特別だからね。最後の想い出は君と作りたかったんだ」


特別な意味はないのは、わかっている。

彼女なりの気遣いだろう。


2年間過ごしたこの村は・・・


来月にはダムの底に沈む。


先日の電話は、その事を知らせる電話だった。

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